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わたしの中の秘密の鍵

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【十一 フレームリオーダー】

 バンホーン調査団は、もう間も無く、エースやローザマリア達が待ち受けているドロマエオガーデンのファンダステン研究施設に到着しようとしていた。
 低い岩山が点在している迷路のような荒地を、バンホーン調査団の車列が一気に駆け抜けてゆく。
 だが、その岩山の群れを抜けた直後、事態は一変した。
「危ない!」
 先頭のジープを運転していたグロリアーナ・ライザが、慌ててハンドルを切って回避しようとしたものの、一瞬だけ僅かに間に合わず、全身が砕かれるような衝撃を受けて、ジープは弾き飛ばされた。
 助手席に座っていたバンホーン博士は車外に放り出され、全身を強かに打ちつけて、地面に横たわった。
「博士!」
 慌ててグロリアーナ・ライザが運転席を飛び出してきたものの、目の前にそびえ立つようにして行く手を阻む巨大な影に、思わず息を呑んで、その場に硬直してしまった。
 それは、一見すると巨大なトリケラトプスのようにも見える。しかし、頭部から側頭部、そして特徴的なフリル部に至るまで、合計八本の角が生えているその姿は、トリケラトプスとは似て非なる存在――即ち、オクトケラトプスの巨躯が、そこに佇んでいたのである。
 夜明け前の、最も暗い時間帯。
 その漆黒の闇の中で、オクトケラトプスの巨躯は不気味な程に大きく見えた。いや、実際相当な大きさを誇っており、通常のトリケラトプスと比較すると、数倍程度の規模はあるように思われた。
「博士! 大丈夫ですか!?」
「しっかりしろ!」
 同じジープの後部座席に乗り合わせていたグラキエスとゴルガイスが、素早く車外に降り立ち、地面で大の字になっているバンホーン博士を抱き起こして、手近の岩山の陰へと引きずってゆく。
 その間も、オクトケラトプスとグロリアーナ・ライザとの睨み合いは続いていた。
 だが、それも長くは続かない。
 不意に、オクトケラトプスの腰付近から猛烈な爆発音が響いた。見ると、菊が対イコン用爆弾弓の弦を引き、岩山の陰から大声で呼ばわってきていた。
「ライザ様! 早く、御方様のところへ!」
 更に、岩山の間からカイが両手に二振りの黒刀を振るって猛然と飛び出してきた。
「行け! ここは俺達に任せろ!」
 最初から戦闘要員となるべく参加していたカイにしてみれば、こういうところでこそ、己の真価を発揮しなければならない。
 しかし、相手はイコンに優るとも劣らぬ程の巨躯を誇る魔獣である。
 そして更に。
「くそっ……矢張り、こいつもか!」
 カイが吐き捨てるように叫ぶのと呼応するかのように、オクトケラトプスは瞬きするかしないかという程の圧倒的な速度で、巨人型戦闘形態へと変貌を遂げた。
 魔獣形態時の八本の角は、それぞれ両腕両脚に二本ずつ配置を変え、格闘戦用の武器へ転用されていた。全体にずんぐりした体型ではあったが、その俊敏性は目を見張るものがあり、如何にカイが機敏に走り回ってみせても、その動きに対応して的確に反撃してくる。
 こうなるともう、戦力差が如実に反映されてしまい、カイはあっという間に窮地へと追い込まれた。
 だがそれでも、カイは菊の援護射撃を受けて、耐えに耐えた。
 ラーミラ達が脇をすり抜けて、ドロマエオガーデンのファンダステン研究施設に駆け込むまでの間だけ、何とか凌ぎ切れれば良いのである。
 事実、カイの視界の端で、咲夜と時雨が先導し、セレンフィリティとセレアナの護衛を受けたラーミラが、オクトケラトプスの注意を引きつけること無く、何とかこの場をやり過ごそうとしていた。
 このまま、ラーミラが無事に辿り着ければ――しかし、カイのそんな思いを嘲笑うかのように、更なる巨影が岩山の間を縫って姿を現した。
 超巨大アンモナイトの如き巨影が、ドロマエオガーデンの境界を形成する環状山岳地帯の麓に、忽然と姿を現したのである。
 アイアンワームズであった。

「ラーミラさん! 早く行って!」
 あゆみがアイアンワームズの前に立ちはだかり、ラーミラと、その護衛である他のコントラクター達を先に行かせようと、自らを楯とした。
 流石にあゆみひとりを放っておく訳にもゆかず、おなもみがスケッチブックを抱えたまま、あゆみの傍らに素早く走り込んできた。
「うわ〜、迫力あるなぁ……よし、ここでデッサン取っちゃおう」
 アイアンワームズの不気味な姿を前にしても尚、自分ワールドを存分に展開するおなもみは、ある意味、最強ともいえる。あゆみは思わず表情を引きつらせ、乾いた笑いを漏らした。
 しかしその一方で、あゆみも他のコントラクターでは到底想像もつかないような方法で、アイアンワームズの進撃を阻もうと躍起になった。
「ほ〜らほら! 怪物さん、かかっておいで♪ あゆみのお肉はおいし〜ぞぉ♪」
 しかし、アイアンワームズに人肉食の習性があるかどうかは、あゆみ自身にも全く分からない。
 ただもうとにかく、相手の注意を自分に引きつけたいという一心で、取り敢えずいってみただけ、というのが正しい。
 果たして、アイアンワームズの無数の触手があゆみに襲い掛かってくるかどうか――何故かわくわくした面持ちで成り行きを眺めているおなもみの前で、アイアンワームズがいよいよ、何らかの動きを見せようとした、まさにその時。
「あゆみちゃん!」
 聞き覚えのある声が響くと同時に、対イコン用爆弾弓から放たれた一撃が、アイアンワームズの頑丈な殻の一部を僅かに焼いた。
 見ると、美羽が小型飛空艇ヴォルケーノを駆って、上空から手を振っている。
 美羽の放った攻撃はほとんど焼け石に水ではあったが、それでも一瞬だけ、アイアンワームズの注意をラーミラ達から逸らすのには大いに威力を発揮した。
「さぁ、行くわよ!」
 セレンフィリティが指示を出し、その後にラーミラ、セレアナ、咲夜、時雨と続く。また別方向からは、ダリル、正子、リカインといったバティスティーナ・エフェクト要員がオクトケラトプスの攻撃をかいくぐって、同じくファンダステンの研究施設へと走り込んでいる。
「皆! 早く! こっちだ!」
 待ち切れなくなったのか、エースが小型飛空艇ヘリファルテを駆って研究施設から飛び出し、必死の形相で走り込もうとしているラーミラ達を誘導し始めた。
 ところが――。
「あー! あ、危ない!」
 背後から圧倒的な質量の接近を察知した咲夜が、甲高い悲鳴を上げた。
 その直後、ルカルカ達の足止めを振り切ったメガディエーターが、巨人型戦闘形態に変形して雪崩れ込んできた。
 エースのヘリファルテはその勢いに巻き込まれて墜落したが、それでも本人は地面に激突する前にヘリファルテを飛び降り、難を逃れている。そこへ、セレンフィリティを先頭とした一陣が走り込んできた。
「入り口は!?」
「あそこだ!」
 エースが指差す方向に、人間がやっと通れる程度の狭い洞窟らしき穴が、岩肌をくり抜くようにしてぽっかりと開いている。
 あの中に潜り込むことが出来れば、ひとまず安心か――誰もがそう思った直後、そんなひとびとの願いを木っ端微塵に粉砕すべく、メギドヴァーンが巨人型戦闘形態で高空から垂直に飛び降りてきて、ファンダステンの研究施設がある環状山岳地帯の急な斜面に、拳を叩きつけた。
 その破壊力は最早絶望的とさえいって良く、数発の拳を叩き込んだだけに過ぎないというのに、環状山岳地帯のその一角だけは、巨大な重機で山肌ごと削り取られたかの如く、無残な破壊の嵐に晒される結果となった。

 フレームリオーダー達の攻撃は、苛烈を極めた。
 少なくとも生身で何とかなるような、そんな簡単な相手ではない。それまでは何とか持ち堪えていたコントラクター達も、ファンダステンの研究施設が徹底的に破壊されたのを受けて、半ば戦意喪失となった。
 ある者は岩山の陰に飛び込んで攻撃を逃れ、ある者は横倒しになったトラックやジープの陰に隠れ、またある者は小型飛空艇等の飛行手段を用いて上空に位置を移し、フレームリオーダーの猛威から身を離した。
 とにかくもう、手のつけようの無い有様であった。
 まるで永遠に続くかと思われた破壊の嵐ではあったが、それでも夜明けを迎える頃には攻撃の手が止まり、巨人型戦闘形態を維持した四体のフレームリオーダーは、息を潜めて身を隠しているコントラクター達等にはほとんど気も留めずに、抉り取られた環状山岳地帯のその一角を凝視していた。
 そして――。
『全員の外観情報は押さえたか?』
 コントラクター達は、揃って仰天した。
 メギドヴァーンが古代シャンバラ語と思しき言語を、殷々と響くような声音で口にしたのである。この時初めて彼らは、フレームリオーダーに知性がある事実を知った。
 そんなコントラクター達の驚愕などまるで知らぬといった様子で、メガディエーターが頭を僅かに垂れて、曰く。
『間違い無く、ここに居る人間共全員の外観情報を記録しました』
『では、スカルバンカーに照合を依頼せよ。この中に、コントラクターでは無い者が居る筈だ。そやつが、鍵の保持者である』
 岩山の陰で、ラーミラがごくりと息を呑んだ。フレームリオーダー達は、誰が魔導暗号鍵の保持者であるのかをまだ把握していない様子ではあったのだが、恐らくラーミラが特定されるのも、時間の問題であろう。
『炙り出しますか?』
『……放っておけ。保持者が特定出来れば、いつでも殺せる。今回の主目的はあくまでも除去装置の破壊だ。それに同志達の封印場所特定を、少しでも早く進めておくべきである。鍵の保持者は後回しで良い』
『御意』
 メギドヴァーンの回答を得るや否や、メガディエーターは宙空に飛び上がり、一瞬にして巨大鮫形態へと変形を遂げた。と思う間も無く、その直後には夜明けの大空を悠然と飛び去って行ってしまった。
 オクトケラトプスとアイアンワームズも、僅かに遅れてそれぞれ魔獣形態へと戻り、猛然たる速度で大地を響かせながら、走り去って行った。
 そして、残ったメギドヴァーンは。
『コントラクター共よ。要らぬ手出しは無用だ。死にたくなくば、大人しくしておれい』
 それだけいい残すと再び超巨大ワイヴァーンへと姿を変え、二対の大型飛行翼を轟と響かせ、夜明けの空に舞い上がった。
 フレームリオーダーが全て去った後、コントラクター達は恐る恐る、それぞれの隠れていた場所から姿を現して、互いの無事を喜び合った。
 そんな中、ローザマリアが全身砂埃にまみれた格好で、破壊されたファンダステンの研究施設内から這い出てきた。
 何度も咳き込み、目尻には苦しげな涙がうっすらと滲んでいる。
「全く……あの化け物共、手加減って言葉を知らないのかしらね」
 毒づいたローザマリアだが、何とか生き延びることが出来たという安堵感が、言葉の端々から僅かに感じられる。そこへ、菊とグロリアーナ・ライザが慌てて駆け寄ってきた。
「本当に、よく無事だったな。あれだけの攻撃、普通なら死んでおるぞ」
「御方様……一時はもう、駄目かと思いましたわ」
 口々にローザマリアの無事を喜ぶふたりだが、しかし当のローザマリアは依然として渋い表情を崩さない。理由はひとつ――敵が目的を達成したことにあった。
「何とか死なずに済んだのは良かったけど……でも、魔導暗号鍵除去装置が、完全に破壊されてしまったわ。この後どうすべきか、ちょっと考えないとね」
 ローザマリアのこのひとことは、その場に居る全員の、今後の課題でもあった。
 フレームリオーダーという新たな脅威を敵に廻して、どのように対処してゆくべきか。爽やかな夜明けとは対照的な重苦しい空気が、その場を支配していた。