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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

リアクション

     ◆

 時間軸が遡る事十数分前。
恭介と瑞穂は公園の脇の通路を歩いていた。手には僅かばかりの荷を持ち、二人は穏やかな表情で歩みを進めている。
「なんだかこうして歩いてると、昔を思い出すなぁ」
 瑞穂の突然の言葉にやや困惑しながらも、隣にいる彼女の目線を追う恭介。ぼんやりと漂うそれは、しかし何処か一点を見つめていて、そしてそれがどこであるのか、恭介本人には何となく理解が出来ていたから。公園の出口にある、独特の形をした柵。子供が飛び出さない様に配置されたそれを見て、恭介はただ「そうだねぇ」と答える。
「ねぇ、恭ちゃん? そうだねって私が言おうとしてる事、わかって言ってるのかな?」
「え、わかってるから言ったつもりなんだけどなぁ」
「じゃあ、何?」
「あれだよね、小さい頃。近所に住んでた時で、まだそこまで仲良くなかった時の事だよね」
 瑞穂は別段何を言うでもなく、ただ彼の言葉の続きを待つ。
「あの時はまだ、みーほの方が身長が大きくてさ。わしがあの柵を潜るのについてきたら、思いっきり頭ぶつけて――」
「そうそう、あれは痛かったなぁ…………そしたら恭ちゃん、懸命に私に謝ってきて。あの時の恭ちゃんの困りっぷりったらないよね。ふふふ、今思い出しただけでおかしくなっちゃうもん」
「だって、あれは――」
 くすくすと笑う瑞穂を横に、やや顔を赤らめながらに弁明しようとした恭介の言葉を、彼女はふと、遮った。
「あの頃ってさ、お互い何も考えないで結構普通に遊んだりなんかして。でもさ、やっぱ不思議なもので、年が経てば、お互い大きくなれば変に意識しちゃって」
「…………うん、確かにねぇ」
「結構詰まらなかったんだよ? 本当は昔みたいに遊びたいなって、そう思うとき、結構あったんだ」
「そっか」
「うん」
 何処か会話を詰まらせる恭介をよそに、瑞穂は「でも」と区切りをいれて、彼の前に躍り出る。それこそまるで、ダンスのステップを踏むが如く軽やかに、彼の前で踵を返した彼女は、何処か悪戯っぽく笑いながら、言葉の続きを紡ぐのだ。
「こうやってまた、色々なところに行けるし、遊べる様になった。私はね、それだけでとってもとってもとーっても、嬉しいよ」
 恥ずかしげもなく胸をはってそう言う目の前の女性を見て、恭介は思わず頬を赤らめた。その言葉だけで、もう十分だと思っただろう。
特別な事はなく、日常として共に彼女といれる、という事実を、現実を。彼は噛み締める様に実感していたのだ。
「わ……………………わしも、その――」
 何かを言おうとしたのだろう。
 何かを言いたくなったのだろう。
 考える事もなく、思わず口を開いた彼は、しかし目の前の彼女、瑞穂の怪訝そうな表情に口を閉ざす。自分は何か、不味いことでもしたのだろうか。暫く考えながら彼は瑞穂を見やる。が、すぐにそれが自分に向けてでは無いことに気付いたらしい。彼女が怪訝そうな顔をしている方向に顔を向けた。
「ねぇ? 恭ちゃん。あそこにいる人たち、なんか様子変じゃない?」
「そう、だねぇ。言われてみれば、ちょっと様子がおかしいよ」
 今までの表情は何処へやら。二人は真剣な表情で人だかりの出来ている場所へと目を向け、思考する。
「行って聞いてみよう? もしかしたら何か、不味いことが起こってるのかもしれない」
「賢明な判断だね。事情を聞くだけなら、きっと迷惑にはならないだろうし」
 二人のデートは此処で終了する。否――一時停止する。といった方が、明確かもしれない。何より、一日はまだまだこれから。今日と言う日を終わりと取るには、些かまだ早いのだから。



 一方――。
「ねぇマスター。何で私が荷物持ってるんですかー?」
「おい、待て。その言いはおかしいぞ? そうは言うがよ、お前。俺が持ってる荷物の量とお前の持ってる荷物の量を見比べてみろってんだよ」
 言いながら、冷ややかな目線を送るベルクに気付きフレンディスが自身と彼の持つ荷物を見比べていた。首を捻り、「あれぇ?」等と言ってみる彼女。
「マスター、沢山買いましたねぇー」
「違う! これは全部お前の物だ! 厳密に言えば俺以外の物だ! なのになんだって俺が此処まで持ってやらにゃならんのだ! 更に言うに事欠いて「何故私が荷物を持っているか?」だと!? 本来は自分のものは自分で持つのが普通だろう! 確かに持ってやるとは言ったが、全部持つとは言っとらんし、此処まで買って良いとも言っとらん!」
「何を男が細かい事をぐちぐちと……………斬って捨てるぞ!」
「何でそうなる!」
 黙って様子を見ていたレティシアは、どうやら文句を言い始めたベルクに苛立ちを覚えたのか、突如として何処からともなく剣を取りだしてベルクに突きつける。
「まぁまぁ、ベルクちゃんの言い分も一理ありますから、そんなに起こっちゃダメですよー、レティーちゃん」
 まるで喜劇でも見ているかのように、その様子を傍らで見ていてたアリッサがけたけた笑いながらレティシアを宥めると、更に含みのある笑顔を浮かべながらフレンディスへと近付き、彼女の荷物を受け取ってベルクの持っている荷物の上へと放る。
「な、何を!?」
「『一理ある』とは言ったですけど、全面的にベルクちゃんの主張が正しいとは、アリッサちゃんは一言も言っていないのですよっ、だから頑張りましょう、男子君っ! それに――」
「それに………………何だ」
「これを持てば、おねーさまからの好感度は更に上がるのですっ☆」
「くっ…………………………貴様っ! 卑怯にも程があるぞ!」
 後半はなかば内緒話の様に呟くアリッサに釣られてベルクも小声で応戦する。
「ふふん、アリッサちゃんってばやっさしーい♪ これはもう、恋のキューピットさん確定なのですよっ」
「何がキューピットだ、この無機物め…………………くっ」
 悪態をつく彼は、しかし「好感度アップ」を選択したらしい。恨めしい目をアリッサに向けてはいるが、どうやら観念してフレンディスの持っていた荷物も持つ気になった様である。
「あれー、マスターとアリッサちゃん。何をお話してるんでしょう?」
「知らん。我に聞くな。そんなもの、知る気にすらならんからな」
「ですかー。結局マスター、私の荷物も持ってくれるみたいですし、助かりましたぁー」
「………………………………」
 怒りの矛先を失ったベルクが一人荒々しく歩調を取って先行し、その後ろをアリッサとフレンディスが。最後尾にはレティシアが二人の後を追う形で、四人は再び家路へと着く。と、フレンディスの隣を歩いていたアリッサが突如として、その足を止めた。
「あれー? どうしました? アリッサちゃん」
「ふふふ。アリッサちゃんは何やら発見したのです。おねーさま、アリッサちゃんはちょっと向こうで何があったか確認してくるですよ」
「あっ! アリッサちゃん!?」
「放っておけ、あんな無機物」
「で、でも…………………」
「っておい! いちいち剣をこっちに向けんじゃねぇよ! 危ねぇなっ!」
「先程から黙って聞いていれば貴様――」
 いがみ合っているベルクとレティシアを他所に、先程笑顔で去っていったアリッサが慌てて戻ってくるや、フレンディスのもとへと駆け寄ってきた。
「おねーさま! 大変だよ、なんか皆凄い怖い目にあった顔してたよ! なにかあったみたい!」
「怖い目……………一体何が」
「こちらが勝手に憶測をたてたところで答えなどは開けん」
「そうですよねー……………うん、行ってみましょう! 困っている人がいたら、助けなきゃですよ。ね? マスター」
 そう言うや、フレンディスはアリッサが走ってきた方向へと全速力で走りだす。彼女の姿はすぐに小さくなり、三人の声の届かぬ距離まで行っていった。
「あ、ちょ! おい! 俺に話降っといて俺の返事を聞かずに行くんじゃねぇ! まずどうすんだよこの荷物!……………………」
「はーい、ベルクちゃん残念でしたー。おねーさまはもう行っちゃったよー」
「早くしないと置いていくぞ。まぁ早くしたところで置いては行くがな」
 その後を追うようにして走っていくアリッサとレティシアに取り残されながら、ベルクはただただため息を着くだけだ。
「ったく。どいつもこいつも好き勝手やりやがって。俺は保護者じゃねぇんだよ………………何だってんだ」
 そっぽを向きながらそう呟く彼は、しかしどうにもフレンディスの事が気になって仕方がないらしい。暫くの沈黙のあと、懸命に荷物を抱えながらに彼女らの後をおって走り始める。
「くっそ、惚れた弱味でもなけりゃあ、とっとと帰って寝てやるのによ。好きなやつが頑張ってんのに、俺が何もしねーわけには、いかないだろーがよっ!」
 懸命に走る姿、発言と――彼の持っているもののギャップが酷く、偉く場面とミスマッチなのは、この際おいておくとしよう。



 物語の舞台が空京内と言うことで、買い物に訪れている者は多い。淳二、ミーナ、芽衣もその例に漏れることなく買い物をした帰りだった。
「ねぇマスター?」
「なんです?」
 共に歩いていたミーナに声をかけられ、淳二は首を傾げながらに返事を返す。
「その、急にごめんなさい。その、お買い物に付き合ってもらって」
「あぁ、その事ですか。さっきも言いましたけど、別に謝る事ないですよ。俺も見たいものがあったので、ちょうど良かった。ただのそれだけですから、礼を言われる事は何も。それよりも芽衣。貴女はさっきから何故そんなに押し黙ってるんです?」
「なんて事はないねんけどな、私も買おうと思ってたものがあったんに、微妙に所持金が足りんで買えんかった。ただそれだけや。気にせんでええよ」
「そう、ですか」
 何気ない会話。普段通りの会話をしながら歩く彼等は、しかして『出掛ける』と言う行為そのものに満足をしているらしく、詰まらなそうな顔をする者はいない。三人が三人、なにか思うところはあれど、それは決してマイナスの感情などではなく、あくまでも『今日も一日楽しかった』と言うそれに集約されているらしい。
「あぁ、そう言えば」
 ふと、ミーナが何かを思い出したかの様に口を開く。
「今日、何やら中央病院の方で事件が起こったとかで。まだ詳しい事はわからないんですけど」
 買い物をしていた店の店員に聞いたらしい情報を二人に話す彼女と、その話をなんの気もなしに聞く淳二と芽衣。
「相変わらず物騒ですねぇ。ま、何事もなければそれに越したことはないでしょう。それに、もし犯人がコントラクターだったら、一般の人に被害を及ぼすことはないでしょうし」
「せやな。悪さするにしても、流石に犯罪者にまでなろう言うんは少ないしな。仮にそんなんがいたら私らでぼっこぼこやで」
 おどけた様子で笑顔を見せる芽衣に、淳二とミーナは思わず苦笑を浮かべる。案外物騒なのは、この子ではないのか。と言う意味合いの笑み。
「兎に角、帰り道は気をつけた方がいいよ、との事です」
「俺たちだってコントラクター。それは言われなくても大丈夫ですよね」
「勿論や」
 と、芽衣がそう言い終わった矢先、ミーナの足取りが止まる。
「あれは……………?}
 何を見つけたのか、不思議そうに指をさし、隣に並ぶ二人にもわかるように指を立ててある一点を指したミーナ。彼女の指す方を見た二人は、「さぁ?」などと言って再びその足を進める。
「ほら、ミーナ。行きますよ」
「あ、でも」
「考え過ぎなんと違うん? 特になんもないてー」
「そう、でしょうか」
 やや不安そうにそう呟く彼女も、再びその足を進めた。が、どうにもそれが気になったらしい彼女は途端に進路を変更する。おどおどと歩いている様な足の運びだったにも関わらず、方向転換をしてからはなにか確実性を持った足取りで地面を蹴りだす。
「あ、ちょっとミーナ! 芽衣、俺たちも行きましょう」
「気にしなさんなって言うたんに……………………あン子はぁ」
 ぼやきながら二人の後を進む芽衣の足取りが、そこで一瞬停止した。

「あれ…………………………? なんやの、この感じ」

 呟く。違和感を覚えて呟き、そして彼女は首を傾げた。ほんの一瞬だけの感覚。彼女は胸騒ぎを覚えながらも、再び淳二、ミーナの後を追う。
目指すは、人々の集った公園内。