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願いの魔精

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願いの魔精

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 逃げる魔精の少女の頬を、飛来した剣が掠めた。
「どこへ行くのです? 死にたいのでしょう?」
 コートのフードを被った何者かがいる。日除けのフードで顔を隠した坂上 来栖(さかがみ・くるす)であるが、少女に知る由もない。霜月とクコが身構える。
 来栖がゆっくりと歩を進める。
「どきなさい。事ここに至っては、もはや時間などありません。良からぬことを企む輩に奪われる前に、彼女自身の願いを叶えるべきでしょう。それで争いの理由はなくなる」
 それでも退かない霜月とクコに来栖が言った。
「今ここで助けて貴方達は良い気分かもしれない。ですが、また同じ様な事が起きない保証は? 彼女に生きたいという願いがなければ、同じ事の繰り返しをするだけです。そのたびにこうして面倒を見るのですか?」
 結局のところ本人の生きる意志の問題、とは先の論争でも言われていたことで、ついになんともならなかった問題だった。何度も言われずとも、百も承知のことだ。
「それでも、自分はやはり納得できませんから」
 もう言葉はいらない、戦う他ない、霜月は愛刀を携える。
 戦いが始まった。少女はそれを眺めている。目を離せなかった。
 勝手なところで始まった自分とは無関係な戦い、先ほどまでの少女ならばそう思っていたかもしれない。
 剣が掠めた頬に指をやる。指に附着した血。あと十センチも剣がズレていれば望み通り消え去ることができたのだろうか。それは歓迎すべき事態で、安堵すべき事態ではないはずだった。
 それでも安堵している。つまりそれは死にたくない、生きたいということだった。
 その思いがあるのは、願いを一方的に申し付けられるだけではない、初めての会話があったからこそだった。
「生きたい……」
 蚊の鳴くような声だった。それにもかかわらず、小さな声はこの場の全員に伝わった。
「わたしは、生きていく」
 今度ははっきりと声を発した。
 その答えに、来栖がわずかに頬を緩めた。
「ならば、証明してみなさい」
 来栖は虚影魔術により無数の剣を掃射した。少女は飛来する剣を真っ直ぐに見据える。一歩も動かなかった。
「あなたは決断しました。どういう決断であれ、わたくしはそれを尊重しようと思っていましたが、それとは別に、この決断をしてくれたことを嬉しく思います」
 リリィが剣から少女を守る。
「俺は君の願いを叶えるために来たからねぇ。これが君の願いなんだから、もちろん叶えるさ」
 なぶらが剣を叩き落す。
「よかった、って思うんだ。やっぱり、生きてくれた方がいいもん」
 晃代が剣を逸らす。
「その選択は、後悔するかもしれないぞ。だが、そうだな、生きていてよかったと思える日もある」
 グラキエスが剣を弾いた。
 少女の願いに呼応した面々によって、飛来した剣はただの一本も少女まで届くことはなかった。
「彼女が生きることを願うというのなら、その道を進むための力をお貸ししましょう」
 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が少女の傍らに立った。
「そこで、どうでしょう、これが終わったらお茶でも」
 本気とも冗談ともつかないエッツェルの誘いの言葉に、少女は微笑んだ。
「考えておくわ」
 少女の返答に、エッツェルもまた微笑む。
「そう、生きてさえいれば考えることもできる。それはいいことです」
 この時、戦いは終わっていた。竜造や六黒の奇襲作戦は、迅速に少女を押さえることができなかった時点で失敗していたし、来栖は自らの放った剣がいかなる結果に終わるのかを確かめるまでもなく、満足げな笑みを残して立ち去っていた。