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 十六章 紅の騎士 中編


 九十九 天地(つくも・あまつち)は、侵食の炎と稲妻の札を放った。
 炎と雷が一斉にネイトに向かい炸裂。ネイトは盾で防御した。

「炎と雷の味は如何で御座いますか?」

 天地はネイトに問いかける。
 ネイトは盾を軽く払い、笑みを浮かべたまま、皮肉をこめて言い放つ。

「まァ、そこそこなんじゃねぇか」

 開幕の狼煙が上がり、戦士達は一斉にネイトへと向かう。

「……何か敬意を払えとか言われたけど意味がわからないね」

 そう呟きながら真っ先にネイトに突っ込んだのは、緋柱 透乃(ひばしら・とうの)だった。
 武器は己の拳のみ。間合いを詰め、真正面から烈火の戦気を纏った拳を振りかぶる。
 透乃の燃え上がる闘志が炎のような闘気となって拳に籠もり、炎熱属性を付与させた。

「はぁぁああ!」

 深紅の盾と拳が衝突する。
 鈍い金属音が周囲に響き、二人を中心に風圧が生まれた。

「……へぇ、やるじゃん。苦しみや痛みや狂った思考との『戦い』を放棄して、半端な覚悟で暴力を振るうだけの死に損ないのくせに」
「痛いとこ突くねぇ。まぁ、その通りだわな。否定はしねぇよ」

 透乃の皮肉を軽口で返し、盾を振り払う。
 透乃はこれをバックステップで回避し、二人の間に僅かな距離が生じた。

「戦う事に恍惚を、殺す事に快感を……それで狂った思考を抑えてたんだからな。でも、まぁ――」

 ネイトは透乃に接近し、長剣を振るった。
 迫り来るそれは的確に死をもたらそうとする一閃。
 速さも、重さも、何もかもが磨きぬかれた剣閃だった。

「――ッ!」

 透乃は龍鱗化により硬質化した身体で受ける。
 それでも、たゆまぬ鍛錬により完成された透乃の肉体でなければ、確実に戦闘不能に陥っていた。

「そんな死に損ないに殺されたくなかったら、必死にかかってこいよ?」
「ッは! おまえに言われるまでもないね」

 透乃は拳を固く握り、守ることは考えず思いっきり力を溜めた。

「死に損ないに負けたくはないから全力で挑むよ……!」
「あァ、本気で来い!」

 そして、修練の結果として怪力を身に付けた渾身の一撃をネイトに叩き込む。
 盾で受け止めるネイトの腕に甘い痺れが走る。それは、戦いの快感をより一層強めた。

「……ッ! やっぱり戦いこうでないとなァ!」
「はッ! その点だけはおまえに同調するよ!!」

 一撃必殺の打ち合い。反撃を恐れず全力をぶつけ合う。
 お互いに猛禽じみた笑みを浮かべながら、本気の命のやり取りを楽しそうに続けた。

 ――――――――――

 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)はネイトの戦いぶりを見ていた。

(なにせ過去の者、今では失伝した技があるかもしれないし、どれほどの奥の手を隠しているかも分からずに突っ込んで倒されたら元も子もない)

「しかし、強い……いや、怖い……な。離れて見てても鳥肌が立つ……ただ強いだけじゃない……。
 まぁ、それでこそやり合う価値があるがな……」

 エヴァルトはそう呟きながら、ネイトの戦闘の様子を冷静に観察していた。
 その隣でパートナーのロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)が気合を入れる。

「ま、エヴァルトがやるって言うんなら頑張るけどね!」

 そうして、ロートラウトは自分を鼓舞した。
 その二人の姿を眺めながら、殺戮本能 エス(さつりくほんのう・えす)は不満そう愚痴をこぼす。

「……なかなかの強者とやるようだが……チッ、憑依先のエヴァルトは、基本的に強靭な精神の持ち主ときてやがる。
 味方の誰か……ロートラウトとやらが丁度良いが、致命傷でなくとも大ダメージでも受ければ、精神レベルが低下して体を乗っ取れるんだがな」

 そうブツブツと呟くエスに、エヴァルトは声をかけた。

「――エス、そろそろ頼む」
「……チッ」

 舌打ちを行い不満そうに、エスはエヴァルトに憑依する。
 目は金に、髪は血のような赤く、肌はほぼ真っ白に変化。
 一見しただけでは誰か分からない姿に、エヴァルトは変貌した。

「よし、そろそろ参戦するか……!」
「うん、って……エヴァルトが変貌しちゃった!? 何こいつー!?」

 ロートラウトはパートナーの変わり様に目を丸くして、驚きのあまり叫び声を上げた。