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悪意の仮面・完結編

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悪意の仮面・完結編

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「それじゃあ少し、助太刀と行くか」
 孝明が腕をかざす。廃墟の床がきしみ、薫のすぐ隣にいる石榴が甲高い声を上げながら地に落ちた。重力干渉、奈落の鉄鎖である。
「あまり長くは持たないぞ。早くしろ」
「ええ……行きますよ!」
 ハイコドが体勢を低くして駆け込む。薫が放つ矢を、ソランが盾と刀で弾き落とす。
「すまない…ありがとう、親父」
 ごくわずかに頭を下げて、孝高が続く。
「……!」
 はっとした孝明だが、すぐに首を振る。
「……お前から『ありがとう』なんていつぶりかな。いや……今は集中だな」
「ぴきゅう〜!」
 わたげうさぎ状態のピカが迫り、薫の足下にすがりつく。
「もうやめて! 構わないでなのだ!」
 わたげうさぎがいなくなったことでかえって枷が外れたのか、薫の体から熱が広がる。思わず、ピカが後退。
「くっ……! こうなったら、仕方ないな。ソラン!」
「ああ、ここで蒸し焼きは勘弁だからね!」
 二人が手の中の武器を振り上げる。狙ったのは、薫……ではなく、建物の壁だ。建物自体を支える構造物を傷つけないよう、勢いよく壁を引き裂き、打ち崩す。
「これでっ!」
 夜の風が中に吹き込む。その時、ごうんっ! と、激しい爆音がそばから響いた。


「少し荒っぽくなるけど、いいかな?」
「……わかった、やってくれ」
 苦しげに答える条一に和麻が頷く。それを聞いたアキュートが、放たれる矢の間隙を縫って飛び込んだ。
「あまり、傷つけるのはまずいんだったな……」
 ゴーレムの大ぶりの一撃をかわしながら、アキュート。反撃の機会はあるにはあるのだが、一撃で破壊しかねないポイントばかりだ。七ッ音の矢をかわしながらなら、なおさらである。
「そのまま引きつけて!」
「ううっ、やっぱり私を狙ってるんだ!」
 和麻の指示に反応した七ッ音が弓を構え直す。狙いが緩まった隙に、アキュートがゴーレムに足払いをかけた。
 かかっ!
 放たれた矢はゴーレムの背中に突き立った。
「はい、お疲れ様」
「しまっ……!」
 和麻の手がひらめく。いかなる技か、廃ビルの壁が、
 ごうんっ!
 と音を立て崩れた。


「! 誰か居る!?」
「我の居場所を奪わないで!」
 七ッ音が、薫が、共に崩れた壁の向こうに人の気配を感じて弓を構えた。共に仮面を着けた二人が、隣の建物に立てこもっているもの同士に矢を放った。
「っ!?」
「まずい!」
 孝高と条一が叫びを上げる。その時だ。
「コミックリリーフで終わってたまるかぁ!」
 崩壊した壁から、特殊隊員じみた勢いで飛び込んだロアが拳を振り回す。七ッ音に迫る矢を打ち払った。
「まっ……たく!」
 それに負けじとばかりに、吹き飛んだ壁から迫る矢を、鞘に収まったままの刀でたたき落とすソラン。
「〜〜!」
 めまぐるしい状況に混乱しかけながら、七ッ音が弓を構える。
「悪人ごっこは終わりだ!」
 弓を引き、放つよりも早く。びきりと不自然な音を立ててロアの頭にねじれた羊のツノが伸びる。人間の反射を超えた速度で、鋭い爪の生えた手がその矢をつかんだ。こうなっては、構造上撃つことはできない。
 そのままもう一方の拳を振り上げたロアがあごを振る。さすがにこのまま顔を殴る気になれなかったのだろうと判断して、アキュートはすっぱりと仮面を両断してやった。


「もう構わないで!」
「構うなだと? みんな、お前に構うためにここまで来たんだぞ!」
 かんしゃくを起こしたように叫ぶ薫に、孝高がしかりつけるように返す。
「まったくです。だいたい、薫さんがいる所に来てくれる人が居るのに、それでも居場所がないと言うんですか?」
「そんな仮面にほだされて、自分で自分の居場所を壊そうとしてることに気づかないのか!?」
 ハイコドとソランの言葉に、薫がはっとしたように顔をあげた。
「どうして一人で抱え込もうとする?俺達や友人知人に話せばいいのに」
「だって……我なんか、迷惑」
「迷惑とか、そう言う風に思うな。頼ってくれ……お前は独りじゃないんだぞ」
 薫と孝高の視線が交差する。孝高が仮面を外すのに、もう薫は抵抗しなかった。


「あ……あ、あわっ、わ、私ってば、なんてことを! ご、ごめんなさい!」
 仮面が外れて意識を取り戻した七ッ音は、何よりも先に頭を下げた。
「仮面をつけた途端にみんなのことがすごく怖く見えて……!」
「他人に対する悪意だけでなく、コンプレックスも増大されたってことかな」
 やれやれと、和麻が肩をすくめた。
「私、迷惑かけちゃいましたよね。ああ、ごめんなさいごめんなさい!」
 必死な様子に、ロアが小さく息を吐く。
「別に、そんなに謝らなくたっていいよ。仮面が悪いってことはみんな分かってるからな」
「許すも許さないもない。もっと面倒になる前に片付けただかけだ」
 アキュートはドライにそれだけ行って、もうどうにでもしろと言うように、ビルを降りていった。
「……まあ、そういうわけだから、気にするなよ」
 条一が壁に手を突きながら、つり目の上の眉を下げた。
「ここは終わり、でも、まだまだ仮面はあふれているようだから、気をつけて」
 和麻が告げる。きょとんとした七ッ音に、ロアが奪いかけていた弓矢を手渡した。
「仮面のせいだってことは分かってるんだ、必要ないことまで自分のせいにするなよ」
「思ってるより、敵なんていないってことだ。……いてて」
「条一さん……!?」
 条一の様子に無事かと尋ねようとした七ッ音ははっとした。
 誰かが困ってれば助けたくなる。なるほど、そんなものかもしれない。


「まあ、しかし、なんですね」
 と、ハイコドがぽつり。
「ぴきゅう」
 と鳴くピカと一緒にわたげうさぎたちを連れ帰った風花も、ウサギ姿のまま感慨深げに頷いた。
「……同じような悩みを抱えて、同じような事件を起こす方もいらっしゃるのですわね」
「なんだか、ますます恥ずかしいです……」
「恥ずかしいのは、ビルを占拠したことじゃなくて勝手に他人を敵だと思い込んでるところだけどな」
 七ッ音の言葉に、呆れたように条一がうなった。
「て、てへへ……」
 七ッ音と薫が、それぞれビルに空いた穴からお互いを気まずそうに会釈を交わした。