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【2022バレンタイン】氷の花

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【2022バレンタイン】氷の花
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大切な人への想い−5−

 金 鋭峰(じん・るいふぉん)は所用で空京を訪れていた。無論単独でではない。ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)董 蓮華(ただす・れんげ)の4人が随行員だ。教導団のメンバーから、ルカルカに氷の花の一件についての一報が入り、彼女は随行員にその情報を伝えていた。とはいえ、それは全ての物質をを透過する上、常時上ばかり見ているわけにも行かない。繁華街を少しそれ、ゆったりした遊歩道に差し掛かったときだった。

不意に金が凍りついたように足を止めた。顔面が蒼白となり、胸を押さえている。

「団長!?」

ルカルカが叫び、咄嗟に体を下に潜らせ背中に手を回し彼の体を支える。体が異常に冷たい。これは……。先の情報にあった症状だ。

「お願い、団長を休ませられる場所を探して!
 とにかく近くで! 静かなベンチでもいい、あまり動かしたくないから!」
「了解しました!」

異口同音に3人が叫び、駆け出す。ルカルカは背中にかけた手に力をこめ、金に低く囁きかける。

「視察の帰りに、教導団としても個人としても頼っていると言って下さいましたね。
 とても嬉しかった……。
 信頼は積み重ねで作られていく物。それゆえに尚更でした。
 私をきちんと見ていて下さって、評価して下さって……。
 身に余る光栄です
 団長が安易に人を評価されない事を存じておりますから」

テレパシーで力をこめ、金に向かい念を送る。霞んだ金の眼を見て、力強く静かに訴えた。

『ジン……金鋭峰団長!しっかりして、ジン団長。負けないで!』

何度も団長と呼びかけ、背中に回した手に力を込める。涙が一粒、堪えきれずに金の腕に落ちる。

「団長、どうか…… どうか戻ってきて下さい!」
「……大 ……丈夫 ……だ……」

搾り出すような声で金が言った。彼の鋼のような意思が、氷の花の魔力と戦っている。
上空にいた魔女がそんな金の様子を見ていた。

「ふうん。本来ならあれが入り込むと、己のいちばん弱い部分や思いと正反対の部分が全面に出る。
 周囲が眼に入らないほど支配されちゃうはずなんだけどねぇ。
 ここまで自制心を持った人間もいるわけか…… 興味深いこと」
「……そう、……なの?」

箒の後ろからおサエが言った。

「そうとも。しかもあの男が取り込んだのは花びらじゃない。花一輪なのさ。
 1人2人では溶かしきれやしない」

そこへダリルと土御門が駆け戻ってきた。すぐそばに東屋があるという。3人は時折よろめく金を支え、東屋のベンチに彼を座らせた。ルカルカはすぐにダリルを呼んだ。

「ダリル!特効薬を連れてきて!」
「承知」

ルカの言葉にダリルは即座に三倍速箒に飛び乗り参謀羅 英照(ろー・いんざお)の元へと飛び立った。それを見送り、ルカルカは土御門に励ましの言葉をかけるよう言い、他になにか方策はないかと、携帯で忙しく連絡を取り始める。

土御門は、遠慮がちに金に声をかけた。

「あの……団、長?」

元から冷徹で怜悧な男である。一見大きな変化は無いが、顔色は蒼白で表情には出さないものの苦悶しているのは感じ取れる。

(これが氷の花って奴なら、あたしも何かしなきゃ……。
 で、でも何て言おう……って言うか、何から言えば……。
 見てるとあたしまで何か苦しくなってくる……。
 前、冗談で『名で呼んでみるかね?』なんて言われたけど……恐れ多くてそんなことできなくて)

「……らしくないですよ。
 あたしが知ってる金団長は、とっても偉くて、すごくて、厳しいけど部下思いで、 
 ……でもあたしが告白した時、ほんとに困らせちゃいましたよね。
 迷惑も心配も、たくさんかけちゃいました……団員失格かもしれません。
 ……諦めた方がいいって何度も思ったんですよ?
 でも…やっぱり、団長の一番近くにいたいって気持ちは消えなくて。
 勝手なわがままですよね。すみません」

ひとたび言葉を切る。金の隣に座り、心配げに顔を覗き込む。

「……そんなわがままなのに、団長それ聞いてくれちゃったんですよ?
 雲雀の気持ちは嬉しいって。
 もう少し国勢が落ち着いたら私の方から君にって。
 待っててくれるかって。

 あたしの気持ちはずっと変わりませんから。
 ……そんな顔、しないでくださいよ。
 あたしまで泣きたくなっちゃうじゃないですか。ずっと好きです」

涙が金の肩に零れ落ちる。金は身じろぎし、胸を抑えたまま切れ切れに言った。

「君のせいでは無いとはいえ……ザナドゥでの君のパートナーの行いは……君の監督不行き届きだ。
 ……申し訳ないが、……今の君とは、……付き合えない。
 ザナドゥでの行為を……払拭できるだけの功績を……上げなさい」

はっと目を見開いて土御門が大きく身を引いた。

「は……はい……」

花に支配されてはいても、国軍の長としての応対をするだけの気力を集めているのがわかった。背後に目をやると、蓮華がルカルカのそばに戻ってきていた。土御門はそっと蓮華を呼び、金に言葉をかけて欲しいと伝えた。自分はルカルカに金団長が冷え切っているので、なにか暖かいものを調達してきます、と、その場を後にした。

 蓮華は、そっと金のそばに寄った。密かに慕っている団長が目の前で苦しんでいる。自分は彼にとってはただの部下だが、何かできるのではないか。先ほどよりはよいようだが、やはり苦悶している様子に、蓮華は内心の動揺を堪えて話しかける。

「董蓮華です。貴方の教導の兵です。
 団長が苦しんでらっしゃるのを見ているのは私も辛いです。
 私の言葉が団長の心に少しでも届きますように……。
 団長が指揮された戦いで、私と私の家族は命を救われました。
 少しでもご恩を返したい、お役に立ちたい……その思いで教導団に参りました。

 どうか、いつもの団長に戻って下さい。堂々と自信に満ちた団長に……」

金の氷のように冷たい手を取り、自分の暖かい胸に押し当てる。

「団長には想ってくれる人が沢山います。皆に慕われているんですよ。
 たとえ団長の記憶に残らなくてもいい。言葉に込めた想いが氷を溶かすなら私は申します。
 
 団長……お慕い申し上げております!」

記憶に残らないからこそ言える言葉に、蓮華はひたすらに一途な想いを込めた。何度も心の中で繰り返す。

(いつも……お慕いしております。……この想いが少しでも氷を溶かしますように)

涙が金の手に落ちる。金は蒼白だが、力のこもった目で蓮華を見た。

「気持ちは嬉しいが……、君は私にとって ……一士官にすぎない」

蓮華は静かに頷いた。解かってはいるのだ。

一方、ダリルはテレパシーで羅 英照に事態を説明し、彼を自分の箒に載せ、全速力で金の元へと向かっていた。

「参謀長をゾディアックから救出した時もこの箒でした。
 よくよく相乗りに縁があると見えます」

ダリルの軽口に、羅はふっと笑った。

「人は緊張すると饒舌になるものだ」

降り立った羅に、ルカルカが叫んだ。

「参謀長、貴方の言葉で団長を元に戻してくれ」

(ルカ達の言葉であと少しになってる事を願うぜ)

ダリルは密かに祈った。羅はすたすたと歩いてゆくと金の両肩をしっかりと掴み、活を入れた。

「ジン、お前どうした、その体たらくは! 
 国軍のトップとしての誇りはどうした!」
「……羅 ……英照……?」
「いかにも私だ。
 お前がそんなことでは教導団を率いてゆくことなどできんぞ!」
「……ああ、……そうだな」

羅は金の瞳を覗き込んだ。低い声で囁きかける。

「ジン、お前が望むなら全てを手に入れてやる。
 目を覚ませ!」

ふっと膜が張ったようだった瞳が普段の光を取り戻す。

「何かめまいがしたようだが……、何かあったか……?
 英照……? 何故ここに?」
「お前が加減が悪くなったと、連れてこられたのさ」
「お帰りなさい団長」

ルカは笑った。参謀長と団長の絆の強さはやはり並ではない。
金はゆっくり全員を見、普段どおりの様子で声をかける。

「心配をかけたな」

ダリルがそこで念のため検査の必要がある、ルカルカの飛空艇で教導本部の医務室へ行くべきだと呼びかけた。

「まあ、念のためですがね。これもまあ、身分の高い方の義務のひとつ、ということで」

魔女はじっと立ち去る面々を眺めていたが、ほっとひとつ息をつくと、箒を発進させた。


                 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 噂を聞きつけた大岡 永谷(おおおか・とと)は、今日は買い物で空京に出かけると言っていた小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)が心配になり、心当たりを探しにきた。果たせるかな、空京の繁華街の一角で小暮は氷の花に侵されていた。そのひどく所在無げな姿に、大岡の心は痛んだ。冷たい肩に手をやり、そっと休憩用のベンチに座らせる。

「……人の行動なんて確率では測れない。いつも予測不能の事態で激しく変化する……。
 ウォーシミュレーションは……、得意だった……。だが……、それが何になるというんだ」

苦悶に頭を抱え、小暮は呻く。

「……シミュレーションは……遊びだ。子供のお遊びだ……。
 実際の……戦闘は…… まるで違う……。確率を予想しても、予想しても…… 覆る……」

大岡は嘆息し、小暮の冷たい肩を抱いた。男女のそれではない。弱った同僚を励ます同性のような、そんな仕草だ。

「小暮は理屈っぽいけど、決して弱音を吐かないで、常に前に進もうと努力していると思っている。
 ケチな魔法ごときで悲観的なことを口にし、絶望的なお前は見たくない。
 小暮よ、その魔法で自分が変わっている可能性は概算するとどれぐらいだ?
 その魔法を解ける可能性は、どれぐらいだ?

 いつもお前は、どんなに小さな数字でも、0じゃないって希望を持って進んできたじゃないか。
 だから、今回もいつものように考えろよ」

小暮はあえぐように呟いた。

「0じゃなきゃいいってものじゃない……。
 俺は…… 俺は…… 力不足のクセに ……こんな ……こんな」

言葉が途切れ、微かな嗚咽が漏れる。大岡は小暮から目を逸らし、まっすぐ前を見つめた。

「お前のことが、気になってしまう。
 それが恋だというのならば、そうなのかもしれない。
 でも、良くわからないと気持ちもあるんだ。
 一緒に前に進みたいとは思う。だが、小暮の為に女の子っぽくふるまいたいか? と言われれば否だ」

自分でも何故こんなことを言っているのかわからない。大岡は自分自身に戸惑いすら感じていた。だが、しかし。こんな小暮を見ているのは嫌だ、元に戻って欲しい、その思いは確実だと確信する。

「なあ、小暮、一緒に歩もうぜ。未来は開けてるんだ。
 だから……、小暮、いつものような輝きを取り戻してくれよ……」

大岡の瞳から、堪えきれず涙がこぼれた。その熱が、小暮の全身の氷を溶かす。

「……大岡殿? ……どうしたんです? 何かあったんですか?」

いつもと変わらぬ小暮の、戸惑ったような声。大岡は肩に回していた手をはずし、ぶっきらぼうに一言言った。

「いや、なんでもない」