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5:遠い約束





 前線が激しい戦闘を繰り広げている中、その現場を支えている後方もまた、別の戦いの最中にあった。

「大破したイコンの輸送先はどちらでありますか?」
「4番ドックを確保しています。手続きをお願いします」
 丈二の問いに、アリーセが応えれば、今度はルカルカの端末が着信を告げて鳴り響く。
「偵察機、一時期間。リチャージの準備を」
「了解であります」
 何分、即席の前衛基地である。特にこういった組織的拠点を作るような作業にはあまり縁の無い者のフォローも合わせて、ルカルカ達後方部隊は、前線同様に慌しさの只中だ。
 その采配のためと、いざというときの最後の兵器としてこの場に残っていたスカーレッドは、何とか救助された佐那が運ばれた救護テントを覗き込んだ。
「様子はどう?」
「イコンの装甲に守られていましたから、命に別状はありません」
 それを聞いて安堵に息を吐いたスカーレッドだったが、それ以上にローズは大きく息を吐き出した。どうやら、最も酷い怪我の治療が終わったらしい。残る回復を冬月 学人(ふゆつき・がくと)に任せ、額に浮かんだ汗を拭った。
「もう……大丈夫です」
 そう言って少し笑ったローズとは対照的に、スカーレッドは僅かに表情を曇らせた。
「……これから恐らく、戦いは激しさを増すわ」
 エネルギーの問題もだが、前線の契約者の体力の消耗も激しい。負傷者がこの先増えないとは言えない。
「救援の間に合っていない今、怪我人の対処はあなたたちが頼りよ」
「はい」
 真剣な面持ちに、ローズは即答した。
 もとより、全力を尽くすつもりでいたのだ。戦場へ出ない分、戦場で傷ついた者全てを、必ず助けてみせる。そんな覚悟の満ちた顔に、スカーレッドは、僅かに眩しそうにして、その表情を緩めたのだった。


 同時刻、シャンバラ大荒野の只中。
 思い切り機晶バイクのアクセルを踏み込んだ二人が、暴走族もかくや、という速度で突き進むこと数時間。
 ゴーレムとイコンが入り混じった戦場を後目に、キャッスル・ゴーレムが残した巨大な足跡を辿ってたどり着いたのは、殆どその形を残していないが、遺跡だったと思われる場所だった。
「ゴーレム達が目覚めたことで壊れてしまったのか?」
「いえ、元々殆ど形を失っていた遺跡ですね」
 そこに残されていた、何かの建物の土台らしき跡は、長い月日の間で風雨に晒されていたようだ。そこからやや離れた所にめくれあがった岩盤があり、その新しさからこちらが本命であると知れる。
「最近、大地の力が弱まっているようですからね。地震か何かで、埋まっていたゴーレムが、むき出しになったのかもしれません」
 封印と呼ぶほど大げさなものではないが、恐らくは身動きが取れない状態になっていたものが、雷か何かの自然現象によって、ゴーレムが動力を得てしまったのだろう、と、その周辺の土壌を調べてツライッツは言った。レンもサイコメトリで確かめてみたが、やはりゴーレムの復活は、天災による偶発的な要素であり、人為的なものではなかったようだ。
「だが、こちらの遺跡が無関係とも思えないな」
 レンが呟き、視線を巡らせた、その時だ。何かが彼のトレジャー・センスに引っかかった。その視線に、ツライッツが残された土台跡を調べると、その隙間に挟まった何かが、小さく光を反射するのが見える。
「……これは」
 すぐさま引っ張り出した二人は、顔を見合わせた。そこにあったのは、鳩と三ツ葉の紋章が描かれた機晶石の指輪だったのである。



 そして再度、後方部隊の一角。白竜から送られてくるゴーレムの紋章データと、レンから送られてきた紋章のデータを比較して、ニキータはふうん、と呟いた。このふたつは、完全に同じ紋様だ。つまり、遺跡となった建造物の持ち主が、あのゴーレムの主人、ということだろう。ではそれは誰か、ということで、データを検索しているのだが、鳩と三ツ葉というだけでは一致するものは案外に多い。
「これは違う……ええと、これは日本の、郵便局?」
 流石にこれはないわぁ、とニキータは肩を竦めた。その時だ。
「ああ、そうだ」
 そんなニキータの近くで、画像データを睨めっこしていたメシエが、別角度からの指輪の画像に、メシエが声を上げた。
「その指輪の意匠で思い出しました。その紋章は、既に絶えた貴族のものですね」
 その言葉に、説明を求めるように向けられたエースの視線に、メシエはこくりと頷くと、それほど詳しく覚えているわけではないですが、と説明を始めた。
 その紋章を掲げていたのは、貴族とはいってもそれほど有名というわけでもない地方貴族の一つで、武名はそこそこ聞こえてはいたものの、一族の数は少なく、よくある領地間の諍いで、武器によって滅んだのだという。
「ですが確か、一族は皆殺しにされたはずです」
 つまり、ゴーレムを動かす権限を持っているものは、既に存在しないはずなのだ。そこまで聞いて「じゃあ」とニキータは目を細めた。
「そろそろ教えていただけないかしら、大尉?」
 その視線を受けて、スカーレッドもまた目を細める。その表情に構わず、ニキータは続ける。
「持ち主のいなくなったはずのゴーレムについての、それだけの知識。今更無関係では通らないことぐらい、わかってらっしゃるんでしょう?」
 ニキータの追求に追従するように、皆の視線が一斉に集まるのに、スカーレッドはふう、と大きくため息を吐き出し、「そうね」と諦めたように苦笑すると、遠くを見るようにして、ぽつり、とそれを口にした。

「……キャッスル・ゴーレムが探しているのは……私、なのよ」

 予想外の回答に、一同が思わず言葉を失う。
 そんな中、いち早く我に返ったメシエが「しかし」と口を開いた。
「一族の名前は、レディーナではなかったと思いますが?」
「レディーナはミドルネームよ」
 その問いには、スカーレッドはあっさりと肩を竦めた。
「もうとっくに滅んでしまった一族だもの。私が死んだ時、名は潰えたわ」
「……死んだ?」
 その言葉に、エースが引っかかったように首を傾げたが、それには触れずにスカーレッドは続ける。
「私がまだ、本当に幼かった頃……シア、と幼名で呼ばれていた頃のことよ」
 一族が住んでいた小さな城は、その守護者であったゴーレムごと無残に打ち崩され、生き残った者たちも皆捕らえられ、皆殺しにされてしまったのだという。
「キャッスル・ゴーレムもその時、完全に沈黙したと思っていたわ」 
 屋敷を守りきれず、破壊され、再生も不可能だと思われていたキャッスル・ゴーレム。二度と動くはずのなかった彼が動き出したきっかけは、恐らく自分のパートナーの手術にある、とスカーレッドは言った。パートナーとして契約した際に渡したペンダントは一族に伝わるもので、それが恐らく、ゴーレムへの命令権限を所有する証なのだろう。だろう、というのは、当時幼かったスカーレッドは何も教わっていなかったため、本当のところは判らないのだ。
「ここからは予想でしかないけれど……助けて、とあの子は願ったんでしょうね」
 その願いは、沈黙していたゴーレムの最期の力を呼び覚ましてしまったのだろう。だが、そのぼろぼろの体では正常な判断は出来ず、ただその願いを命令として、軍勢は侵攻を開始したのだ。
「……待ってください。もしその願い、いや命令で動いているなら、命令をしなおすことも可能なのでは?」
 話を受けて、白竜が言ったが、それにはスカーレッドは首を振る。
「無理よ。ペンダントは今、あの子が持っているし、あの子はここには連れて来られない」
「ですが、大尉は一族の末裔なのではありましょう?」
 丈二も疑問を口にしたが、スカーレッドは更に複雑な顔で首を振った。
「……キャッスルの時間は、あの時で止まってる。今の私を認識するのは不可能よ」
 静かな言葉に、一瞬沈黙が下りる。だが、ただ一人、ニキータはまるで怒鳴るかのように、盛大にトラックのクラクションを鳴らし「やってみなきゃわかんないでしょ!」と声を上げた。
「試しもしないで、諦めるなんてらしくないじゃない」
 挑発するように目を細めたニキータに、一瞬驚いたように目を開いたスカーレッドだったが「……それも、そうね」と呟き終え、振り返ったその顔は、普段の彼女の、不敵な笑みに戻っていた。
「私はキャッスル・ゴーレムを止められるかどうか試してくるわ。一時、この場は任せるわよ」
「了解」
 後方として残っている教導団員たちの敬礼を背に、スカーレッドは地面を蹴ると、ニキータのトラックの上へ飛び乗ると、即座に鎌を構えて、道を作る準備へと入る。
「振り落とされないで、ねっ!」
 再び、アキュートとスカーレッドによる連携で開かれた道を、ニキータのトラックが土煙を上げながら猛スピードでキャッスルゴーレムへと向かっていったのだった。



「さて、ここで手をこまねいてもいられないな」
「そうだな……ん」
 二人を見送って直ぐ、呟いたクローディスに同意したヴァルだったが、その彼女が踵を返すクローディスを見咎めて、早足に近寄ると、その足を止めずに「どうするつもりだ」と声をかけた。
「本人が動かせないなら、動かせる方を動かすしかないだろう」
 その言葉には、なるほど、とキリカが意図を悟って頷いた。
「命令権限を示すペンダントがある方が、確実でしょうね」
「よし」
 パートナーの言葉に頷いて、ヴァルが自分の胸を叩いて、クローディスに笑いかけた。
「俺も行こう。病院へは兎も角、戦場に届けるのには、足では間に合わんからな」
 


 そんな彼らを見送った丈二からの通信を受けて、白竜が自らに言い聞かせるかのように、口を開いた。
「さて……クローディスさん達が辿り着くまで、時間を稼ぐとしましょうか」