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リアクション
第一幕:それぞれの指針
ツァンダ東部の森で暮らしていた魔女ルーノ。
彼女の住んでいた家の前には話を聞いて駆けつけた生徒たちの姿があった。
「……ひどい」
無残にも荒らされた惨状を目の当たりにして誰かが呟く。
それは誰もが胸の内で思ったことだった。
久瀬 稲荷(くぜ いなり)が眉間にしわを寄せながら、厳しい面持ちで言う。
「最近、このあたりで活動していたという野盗の仕業でしょう。皆さんには彼らが二度と同じことをしようと思えないように灸をすえてもらいたいのです。もちろんクウクンの捜索を忘れずにお願いします」
スーツの上に白衣という一風変わった服装だがこれでも教員だ。
久瀬の言を確かめるように、魔術師らしき洋装をした青年が彼に声をかけた。
「……彼らの居場所は判明しているのですね?」
御凪 真人(みなぎ・まこと)だ。久瀬は頷く。
「ここから南の方に行くと開けた場所に出ます。そこから南東に向かっていくと洞穴が見えてくるはずです。私が聞いた話では入り口は一つしかないそうですが、自然にできた洞窟を改装しているようなので罠などがあるかもしれません。注意してください」
久瀬の話を聞いていたツナギを着込んだ技術者風の女性が何かを考えるような仕草をする。高崎 朋美(たかさき・ともみ)だ。彼女は隣にいたパートナー、ウルスラーディ・シマック(うるすらーでぃ・しまっく)に言った。
「……シマック、君の大好きな破壊やってもいいよ。朋美特製の機晶爆弾用意してあげるから入り口塞いじゃって」
「へえ、朋美にしてはめずらしく強硬策だねえ。面白そうだ。のった!」
物騒な話をしている二人に御凪が首肯する。
「心情的には賛成かな。ええ、こう見えてもかなり怒ってますよ」
普段と変わらぬ好青年らしい笑みを浮かべながら続いた。温厚な人物を怒らせると恐ろしいというのはこういうことなのだろう。さすがに危なすぎると感じたのか、和服に身を包んだ女性、神凪 深月(かんなぎ・みづき)が会話に割り込んだ。
「待つのじゃ。そんなことをしてはクウが捕まっておった場合、危険であろう。まずはクウが捕まっておるか確認をせねば」
彼女の背後、執事姿の人形? あるべーる・どーる(あるべーる・どーる)が手にしていたプラカードをこちらに向けてきた。そこには『マスターの意見もごもっとも』と書かれている。サッと裏返すとそちらには『いのちをだいじに』と書かれていた。動き回っているところを見るに彼は人形ではなくゆる族なのだろう。
「皆さんそれぞれ思うところもあるでしょうし、ここは一つチーム分けをして行動してみてはいかがでしょう?」
「それなら先生。ボクは男たちのアジトに行くよ。シマックもそれでいいでしょ?」
「朋美がそれでいいなら俺としちゃ異論はねえよ」
視線を交わすと頷き合う。その姿には信頼の深さが窺えた。
「俺もそちらに参加しますよ。二度と悪さができないように懲らしめてあげましょう」
「おぬしらだけじゃと色々不安じゃからわらわも行こう」
『同行いたします』
二人の後に御凪と神凪、そして彼女の隣に佇むあるべーるが続いた。
「深月さんが行くなら僕も参加しますよ。お父さんも来ますよね?」
「先日のお茶のお礼ってわけじゃないが平和を乱す輩には仕置きしてやらないとね。サズウェルや深月がいるなら心強いしな」
まだ幼さを残す顔つきをした少年、サズウェル・フェズタ(さずうぇる・ふぇずた)と黒のコートを身にしている青年、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)アルクラント・ジェニアスが示し合せるように手の甲を合わせた。二人の視線の先にはアルクラントのパートナー、シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)の姿がある。
「ここの森は苦手なのよね……」
「ああ、そういえば一緒に走り回ったよな」
「迷ってたんです! ですけど、あんな可愛い女の子たちを怖がらせるなんて許せないわね。今日はワタシも本気で行かせていただきます」
手にした槍を掲げている姿から意気込みが感じられた。
高崎を先頭に森へと向かう一団。
そんな彼女らのあとを追う者の姿が二つあった。
「君たちもついて行くのかな?」
久瀬に声をかけられたのはキリエ・エレイソン(きりえ・えれいそん)とセラータ・エルシディオン(せらーた・えるしでぃおん)だ。
前者は術者らしくローブに身を包み、後者は剣士らしく鎧に身を包んでいた。異なる両者の姿は互いの足りない部分を補っているようにも見受けられた。
「深月さんの言葉ではありませんが少し心配ですので」
「俺は守ることが仕事ですから」
「はは、あの御凪クンもさすがに怒っていたようですから気遣ってあげてください」
「ええ、それでは行ってきます」
彼らが森の中へと姿を消したのを確認すると、久瀬がほかのメンバーを見回した。
「クウクンも探さないとまずいですよね」
「当然です」
間、髪を容れずに応えたのは流れるような長い青髪の青年、マクフェイル・ネイビー(まくふぇいる・ねいびー)だ。
「まだ男たちに攫われたと決まったわけじゃありません。私は森に探しに行きます」
「わたくしたちも同行しますわ」
彼に続いたのはレディスーツの女性、ジュンコ・シラー(じゅんこ・しらー)とそのパートナー、マリア・フローレンス(まりあ・ふろーれんす)の二人だ。
「その恰好で大丈夫ですか?」
マクフェイルの視線はマリアの着ている服に向かっていた。
彼が疑問を浮かべたのも当然と言える。彼女はドレスを着込んでいたのだ。
「大丈夫よ。足手まといにはならないわ」
「そちらの心配はしていませんよ。期待しています」
互いに微笑み合う。
「私たちも一緒に行動するよ。ね、ブルーセ」
「うん。ま、任せて!」
彼らに寄り添うように前に出たのはネスティ・レーベル(ねすてぃ・れーべる)と太陽の東月の西 三匹の牡ヤギブルーセ(たいようのひがしつきのにし・さんびきのおすやぎぶるーせ)の二人だ。まだ若く見える容姿、特にブルーセに至っては子供と言っても差支えがなかった。
「だ、大丈夫か?」
マクフェイルが不安がるのも仕方がないと言えた。
だが二人の身のこなしは軽く、すぐに不安は払しょくされた。
「大丈夫そうですね」
「見ての通りだよ」
自信あり気に応えるネスティは見た目とは裏腹に頼れる存在に見える。
それは久瀬やジュンコたちも同じだったようで不安などは微塵も感じさせない笑顔をこちらに向けていた。
「ではクウクンのことはお任せしましたよ」
久瀬の言葉に後押しされるようにマクフェイル達も森へと向かう。
「では残った人たちで――」
久瀬が振り返り皆に話しかけるが、その横を通りぬけて森へと向かう者の姿があった。
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だ。ビキニの上にロングコートを羽織るだけという恰好をしている。普段ならば男たちの熱い視線を集めていただろう。しかし今日はそうはならなかった。普段は異性、同性を問わず好意を持ってしまう笑顔が今日に限ってなかったからだ。その面持ちは厳しい。
「行ってくるわね」
それだけを言い残すと足を止めることなく森へと姿を消していった。
「というわけだから私も行ってくるわ」
セレンフィリティのパートナー、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も彼女の後を追って駆け抜けていく。小さくなっていく後ろ姿に向かって久瀬が声をかけた。
「無茶はしないでくださいね!」
振り返ると続けた。
「……ちょっと心配なのであと2、3人ほどついて行ってくれますか?」
「僕たちが行くよ」
名乗りを上げたのはユーリ・ユリン(ゆーり・ゆりん)と同人誌 『石化の書』(どうじんし・せきかのしょ)、そして紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の三名だ。紫月はユーリの姿を視界におさめ――
「メイド服だけでは心配が増すだけだからな」
「なんと!?」
「ほらほら馬鹿やってないで行きますよ」
何やら言い合いながら彼女たちの後を追う。
喧騒はしばらくすると聞こえなくなり、その場には木々の揺れる音だけが残った。
(これでクウクンたちに関しては大丈夫そうですかね。あとは……)
久瀬は思い、家の前で座り込んでいるルーノに視線を向けた。
寂しそうに家を見続けている。その姿にはクウと喧嘩をしていた頃の明るさはひとかけらも見当たらない。容姿が子供なだけに漂う哀愁も一際だ。
そんな彼女に近づいていく一組の姿があった。
佐野 和輝(さの・かずき)とアニス・パラス(あにす・ぱらす)、そしてルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)の三人だ。
佐野はルーノの隣に並ぶと腰を下ろした。
「……大変だったな」
言うと彼女の頭を撫でた。
ルーノはされるがままだ。アニスとルナも心配からか、ルーノの傍で静かに座っていた。
そこだけ時間がゆっくりと流れているように感じられる。
「ルーノ君は……まだそっとしておいた方がよさそうですね」
赤髪の青年、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が久瀬に話しかけた。
久瀬がエースへと向き直る。
「現場検証は終わったのかい?」
「とりあえずですけどね。何か目的があって襲ったんじゃないかと俺は思ってたのですが、荒らされ方からしてただの物取りみたいです。一応残っていたものはリストアップしたので何が盗られたかは確認できますけど……」
言い、ルーノを見る。
「照合してもらうは無理そうですね」
「それなら佐野クンに聞いてみるといい。彼は前にルーノクンの家に招待されているからね。少しは思い当たることとかあるかもしれない」
「そうだね。お願いしてくる――」
彼が佐野の元へと向かおうとすると、そこにはすでにエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)の姿があった。彼はエースのパートナーだ。
「エースクンの相方は仕事ができるねえ」
「本当に。一応他の人にも聞いてきますよ。そのあとは森に行った人たちの所にでも」
「ああ、いってらっしゃい。ところでルーノクンの帽子に付いている薔薇は……」
「最初に話しかけたときにプレゼントしたんです。気に入ってくれたようで嬉しい限り」
久瀬の視線の先、ルーノの被っている帽子に赤い薔薇が咲いていた。
エースが現場検証を終えるのを待っていた笠置 生駒(かさぎ・いこま)は彼が久瀬の元へ向かうのを確認すると、ルーノの家のへと足を向けた。室内に入り荒らされ具合を確認する。
「どんな感じじゃ?」
訊ねてきたのは彼女のパートナー、ジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)だ。
家の修繕に着手する前にどれだけの資材が必要か見に来たのだ。
「ひどいもんだよ。威嚇行為なのかな、無駄に壊してるのが見てわかる」
「ふむ。家具をこのまま使うのは無理がありそうじゃな」
「タンスに食器棚に……これはなんだろ?」
笠置の足元には元は階段状に作られていた棚らしき残骸があった。
「それ茶葉が置いてありましたよ」
彼女に声をかけたのはリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)だ。眼鏡をかけており、手には本が握られている。絵に描いたような文学少女だ。二人の視線がリースに向かうと、彼女は恥ずかしそうに本で顔の半分を隠す。
「ま、前にお茶をごちそうになったことがあって、そのときに見せてもらったんです」
「コレクション用の棚か」
「簡素すぎる作りじゃな。わしならもう少し装飾のある棚を用意するところじゃ」
「それなら彼女が喜ぶようなのを作ってあげないとね」
笠置はルーノを見て言った。
ジョージは頭をかくと深呼吸をする。
「ではそのあたりで木材を用意するかのう」
「わ、私は皆と部屋の片づけをしますね!」
リースは言うと外で待っていたパートナー、セリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)に声をかけた。
「みんなもよろしくね」
「よろこんで。レラちゃんも手伝ってくれるし――」
足元に佇む狼を撫でると振り返り、後ろに立っていた男性に向かい合う。
「ナディムちゃんもいるからねぇ」
「ったく、しょうがねえなあ。姫さんやリースだけに任せるのは心配だし」
言うと傷ついた棚を外に運び出す。
「力仕事は必要だからな」
「ナディムに任せると物を壊しかねないからね。あたしも手伝うよ!」
ナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)に寄り添うように立つとマーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)が続いた。
「あ、小物類は直せば使えるかもしれませんからこちらにまとめて置いてくださいね」
中で作業を始めた彼女たちに声をかけたのは執事のような洋装をしている少年、清泉 北都(いずみ・ほくと)だ。彼の隣には眼鏡をかけた長身の男性の姿、モーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)の姿もある。
「ならば我は掃除をするか……しかし茶葉をこのように扱うとは許せん」
モーベットは床に散らばった茶葉を見て苦虫をつぶしたような顔をした。
「あ、まだ使えそうなのが残ってたら保管しておいてね」
「心得ているよ」
賑やかになっていくルーノの家の前、たくさんの荷物をトナカイに積んで運んできたサイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)が隣にいたクエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)に話しかける。
「私たちも手伝いに行きますか?」
「そうね。人手は多い方が良いわよね。ですから先生も手伝ってくださいませ」
歩み寄ってきた久瀬を視界におさめて言った。
「分かっていますよ。では私たちも私たちの仕事をしますか」
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