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リアクション
二号車。
形は一般客車となっているここ。旅の開放感に酔いしれているかと思いきや、そうではない。
ここは武者修行目的の猛者が集められた修羅の車両。居並ぶ屈強そうな男達。
そのせいか、殺伐とした空気を醸し出しているのだが、それに拍車をかけている集団があった。とにかくうるさいのである。
「ちょいマテや。それローカルルールとちゃうんか?」
瀬山 裕輝(せやま・ひろき)は異議を唱える。
重なったトランプを流そうとしていた鬼久保 偲(おにくぼ・しのぶ)。同じく参加している扶桑の木付近の橋の精 一条(ふそうのきふきんのはしのせい・いちじょう)と東方妖怪伝奇録 『霊奇譚』(とうほうようかいでんきろく・れいきたん)と顔を見合わせる。
「『八切り』は普通だろ?」
「『イレブンバック』も普通だぜ!」
「『階段』も普通だわ」
やっているのは大富豪(大貧民)。ローカルルールの宝庫である。
「んなもん、オレんとこではあらへんかったわ」
「なら何があったんだ?」
「『じゅっとば』と『9リバース』や」
「UN○かよ!」
一条に言われて気付く裕輝。
「せや、U○Oやればええんや」
「逃げるのか? 卑怯者」
「ルール事態が違ぅたら、勝負も何もあらへんやろ」
「それで負けても言い訳は聞かないぞ?」
「もちろんや」
偲に釘を刺されるが、平然と受けて立つ。
そして、新たに配られた札。
「勝負開始や」
「ドロー2」
「ドロー2」
「ドロー2」
「いきなりかい!」
初っ端の猛攻に突っ込まざるを得ない。
しかし、秘策があるのか裕輝は笑みを浮かべスキップ札を出す。ポカンと呆気に取られる三人。
「なんや、『ドロー回避』知らんのか?」
スキップ札でドローを回避できるローカルルール。周りを見ると、全員が首を振っている。
「無知やな」
「四人中三人が知らないようなルールは無しだ」
「そうだぜ! ノーカウントだ、ノーカウント! ノーカン! ノーカン! ノーカン! ノーカン!」
必死に抗議する一条。なぜなら、それを受け入れてしまうとドローが自分に降りかかってきてしまう。
「うるさいやっちゃな。これでええんやろ」
出されたのはドロー4。
「……卑怯じゃね?」
「これに卑怯もくそもあるかい」
流石に裕輝の言い分が正しい。泣く泣く取る十枚の札。
「ほなら次々いこか。色は緑で」
ゲームが再開。手番は次の偲に回ってくる。
「あがり」
『はあ!?』
一気に六枚、同じ数字を出した偲。
ありえないわけではないが、全百八枚中、手札の六枚が同じ数字になる確率は如何ほどのものか。
「如何様だ!」
「私が何をしたと言うのだ?」
「如何様やろ」
「それを見たのか?」
「見てへんけども……」
「変な言いがかりはよしてくれ」
「そうそう。君ら、熱くなりすぎよ。バレなきゃ如何様じゃないわ」
一人だけ偲に同調する霊奇譚。
「次はワタシの番ね」札を三枚、「スキップ三枚でまたワタシ」
嫌な予感がバリバリ。
「ドロー4二枚でウノ。色は赤だわ」
「おまえもか!」
「……スキップや」
「それ、さっきやったぜ!」
「くっくっく、よっわーい」
「くそっ! 一対一で挽回してやる!」
霊奇譚の嘲笑に闘志を燃やす一条。
「落ち着けないわ……」
流石というべき雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)。
新学期を迎え一区切り。これまでの成果を振り返り、成長のための武者修行の旅に来ているのだが、裕輝たちの騒動と場の空気は思索することすらままならない。
「武者修行って何をすればいいのよ……」
「何や? 考え事でもしとるん?」
そこに騒ぎの元凶ともいえる裕輝が絡んでくる。
「……何か用かしら?」
「罰ゲームであの子の悩みを聞いて来い言われてな」
はた迷惑な罰ゲームを押し付けられた。
しかし、これは好機かもしれない。誰かの意見を聞いてみるのも一つの解決策。
「実は武者修行……」
「よっしゃ、わかった。協力したる」
「えっ? まだ――」
何も伝えていない。だが、すべてを悟った裕輝は大声で呼びかける。
「おーい! 皆の衆! よう聞いてや!」
殺気のこもった視線が集中するが、まったく気にせず続ける。
「このお嬢さんが武者修行したいらしいで! この狭い車内、近接戦しかできへん今なら、お近づきになるチャンスかもしれへんで?」
これはもう嫌な予感しかしない。
「さあ、新たなる旅に! レッツサバイバー!」
宣言されるサバイバル。車内を静寂が包み、そして、
『勝負だ!』
一斉に上がる挑戦の声。
「やっぱりこうなるのね……」
降りかかる災難に辟易する。自分の体質を忘れ、好機と感じた自分を恨みがましく思う。
「ほな、武者修行、頑張ってなー」
「ちょっと! 待ちなさいよ!」
面倒だけ起こして、そそくさと去る裕輝。制止の声虚しく、群がる人混みに消えていく。
「これだけの数相手にどうしろっていうのよ……」
一瞬で囲まれ、多勢に無勢の状況。
「とにかく、戦うしかないみたいね」
この戦局を何とかしなければ。
「何だおま、ぐはっ!」
「相手はむこ、ばふっ!」
そんな最中、人垣からやられ声が聞こえた。
「何が起きているの?」
「雅羅さん!」
「大助じゃない」
人波を掻き分け現れたのは四谷 大助(しや・だいすけ)。彼もまた、自身を鍛え直す旅の途中だ。
その動機は雅羅を守るため。猛者との対決で今以上に強くなる。それには同じ武者修行目的の集まるこの車両はおあつらえ向き。何かの切っ掛けで戦闘に発展するば相手には事欠かない。
だがそこに、守りたい張本人が居合わせ、あまつさえその切っ掛けになるなど誰が想像できようか。
しかし、大助はこの場面をむしろチャンスととらえた。
雅羅を守り抜けば評価も上がり、共闘すれば信頼度も上がる。そう考えた大助は雅羅の隣に立ち、
「助太刀するよ」
兵どもを相手取る。
「いいの? 付き合せて」
カラミティと疎んじられるほどの災難体質。今回も原因はそれだと疑いを持たない雅羅に、大助は語る。
「雅羅……前にも言ったよね、『オレをもっと頼って欲しい』って。今がその時だよ」
過去に体質の悩みを打ち明けた相手。一緒に居れば巻き込まれると理解しているのに、こうして共に闘うといってくれている。
「それに、オレも武者修行中なんだ。この状況は願ったり叶ったりだね」
「武者修行……そうだわ」
降って湧いたこの闘乱。何が理由だろうと活かせばいい。
「それじゃ大助、背中は預けるわね」
「任せてよ」
少しだけでも頼られ、嬉しく思う大助。それに好きな人の前では負けられない。
「ハッ……来いよ。弱体化していようと、今のオレは無敵だぜ」
全身から闘気を放ち、駆け出す。
「さあ、あなたたち! 私の糧となりなさい!」
雅羅も敵陣へ、一歩を踏み出す。
始まる闘争。
襲い来る荒武者。振り上げられた拳。
「彼女の前にワタシが相手をしてあげる!」
その間に割って入る想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)。近くには想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)もいる。
「えっ!? ……って、瑠兎子に夢悠?」
「奇遇ね、雅羅ちゃん」
「ホント、偶然だよ!」
思いがけない出会いに喜ぶ二人。けれど、今はそんなことをしている場合ではなく、
「オレたちにも協力させてよ」
「雅羅ちゃんを守るのはワタシの生き甲斐よ。拒否権はないわ」
盾を構え、間合いを詰めつつ【カナンマインゴーシュ】で突く瑠兎子。夢悠は戦闘補助に徹する。
「もう、勝手に……でも、心強いわ」
戦力としても、心の支えとしても、一緒に居てくれる人が増えて嬉しい雅羅。
「私も負けていられないわね!」
数刻後。
雅羅と大助の二人は背中合わせで、倒れる乗客の中央に居た。
「あははっ、ボロボロだね」
瑠兎子と夢悠も傍で佇み、辺りを警戒しているが、
「……どうやら片付いたみたいだね」
夢悠の台詞で構えを解く面々。
「ところで、雅羅ちゃんはどうしてここに?」
「武者修行にきたんだけど、やることがわからなくて。そうしたら、いつの間にか流されて戦って……でも気付いたわ。これも武者修行になっているんだって」
その言に大きく頷く瑠兎子。
「ああ、わかるわかる! ワタシもそんな感じで修行したりしたもん。ワタシの修行は、雅羅ちゃんへの煩悩を抑える事だったけどね」
チロリッと悪戯っぽく舌を出す。
「出会えば抑えようとするけれど、雅羅ちゃんが好きで好きで堪らなくて、結局抑えきれずに何度もセクハラしていたわ。そして後々反省するのよね」
自己嫌悪できつかったわ……と、感慨深げに話す瑠兎子。
「そのおかげか、最近は雅羅ちゃんを守る事が生き甲斐になってきてるの。このまま雅羅ちゃんの恋人になれなくても、騎士でいられたら良いって」
突然のカミングアウト。雅羅もどう反応していいかわからない。だけど、話はここで終わらない。
「……とさっきまでは思ってたけど、気が変わったわ!」
瑠兎子は短剣の切っ先を雅羅に向ける。とんだ急展開が待っていた。
「雅羅ちゃん、決闘しましょう! 貴女を傷つけてもいい、嫌がられてもいいと思える自分の気持ち、抑えられそうにないから。それを貴女にぶつけて、ワタシも変わりたい」
まだまだ修行が足りないらしい。
「瑠兎姉、暴走しすぎだよ……」
「雅羅さん、どうする?」
「……受けて立つわ」
腕を磨こうとする雅羅と欲望を抑えようとする瑠兎子。
交差する二人。
勝ったのは……雅羅だった。
「あはは、負けちゃった」
「……瑠兎子」
「ん? 何?」
「今、手を抜いていたわね」
「……バレた?」
「真面目にやりなさい。それじゃ意味がないわ」
「わかったわ。今度は本気でいくわよ!」
対峙する雅羅と瑠兎子。
覚悟の決まった武者修行が始まった。
三号車。
二号車と同じく、向かい合わせのボックス席が並ぶ一般車両。
その一角で、斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)と伏見 さくら(ふしみ・さくら)は窓の外を眺めていた。
「あたし、観光知識で勉強したけど、蒸気機関車に乗ったのって初めて!」
「……ハツネもなの」
心躍らせる二人。シュッシュッと車輪を回す音、時折響く汽笛、後方へ流れていく景色と煙。
「カメラで撮らないと!」
レンズを外に向け、シャッターを切るさくら。車窓からの風景を収めることができ、満足気に振り返る。
「誘ってくれてありがとう、ハツネちゃん!」
感謝を述べた相手は、うつらうつらと船を漕ぎ出していた。
「ハツネちゃん、眠いの?」
「……楽しみすぎて昨日は眠れなかったの」
眠そうな顔で瞼をこする。
「そうなんだ。実はあたしも少し寝不足なんだよね」
「……さくらちゃん、一緒なの」
様子を傍観していた斎藤 時尾(さいとう・ときお)は微笑を交わす二人に温かくなる。
「ハツネに親友ねぇ……」
「あ、時尾さんもありがとうございます!」
「あー、そんなに畏まらなくていいよ。あたしはただの付き添いなんだから」
細めた目はほのぼのとしたハツネをとらえる。
「嬉しそうなハツネが見れるのはいいことさねぇ。これからもよろしく頼むよ、さくらちゃん」
「もちろん!」
二つ返事で頷く。
「心の清涼剤だねぇ」
「……ふわぁぁ、なの」
気が緩みすぎたのか、大きな欠伸を噛み殺すハツネにさくらは提案する。
「ねえねえ、ゲームやらない? 頭を使えば少しは眠気が覚めるかも」
「……やる、なの」
そうしてチェスに興じたのだけど、
「はい、チェックメイト」
「……うく……か、勝てないの……」
どうあがいても逃げられないキングの駒。まったく歯が立たない。
涙目になりつつあるハツネは意気込んで申し出る。
「ト、トランプ! トランプなら勝てるはずなの!」
眠気を忘れさせることは出来たが、勝ちすぎて悪い気しかしないさくらにとって、これは願ってもない進言だった。
「でも、二人だと人数少ないよね……」
時尾を探すが、いつの間にか居なくなっている。煙草でも吸いに行ったのか。
他にはと捜し求めると、通路を挟んだ向かいの席に同じ境遇の乗客を発見した。
シャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)とヴァイス・グリモワール(う゛ぁいす・ぐりもわーる)の二人組み。
「旅行っていいですよねー、列車の旅!」
「……嫌いじゃない。揺れと音が眠気を誘ってくれるから……」
「もうシロさん、そんなこと言って寝ないでくださいよー。蒸気機関車ですよ? 蒸気機関車っていいじゃないですか!」
「……どこが?」
「うーん、そうですね……」
口元に指を当て、思いついた言葉を発する。
「浪漫があっていいんです!」
「……ふーん、そう」
会話が得意ではないヴァイスは気のない返事を返す。それでも喋りたいシャーロットは新たな話題を振る。
「それに、駅弁も好きです!」
「……駅弁は、好き」
「ですよねぇー。少し高いですけどやっぱりおいしいですよね」
返ってきた反応に嬉しくなる。
「車内販売が来たら買ってみましょう!」
「……それまで、おやすみ」
「って、シロさん! 寝ちゃダメですよ!」
眠気に勝てないヴァイス。
「お姉さん」
「はい、何でしょう?」
「一緒にトランプやりませんか?」
カードを示し、笑顔で誘いの言葉をかけるさくら。
「いいですねー、やりますよー! シロさんも――」
「……ぐぅ」
「寝ちゃってるじゃないですかーっ!」
呼んだり揺すったり、何度起こしてみても無駄だった。
「しょうがないですねぇ……一人だと寂しいですし、私だけでも参加させて貰ってもいいですかー?」
「全然構わないですよ。ハツネちゃんもいいよね?」
「……問題ない、なの」
女の子三人で楽しく始まるトランプゲーム。
「それじゃ、何からやろっか?」
「そうですねー、やっぱり『ババ抜き』が王道ですねー」
「……さくらちゃん、覚悟なの!」
気を吐くハツネだが、
「……また負けた、なの……」
「ハツネさんは顔に出やすいですからねー」
「……もう一回、なの!」
目配せするさくらとシャーロット。そして――
「……あがり、なの!」
「負けちゃったよ」
「負けましたー」
喜びに満面の笑顔を咲かせるハツネ。それを見る二人も、自然と顔が綻んでいく。
「さてと、乗ったはいいけど全席禁煙とはねぇ……」
その頃、くわえた煙草に火を付けることが出来ず、悶々としていた時尾。
「酒で紛らわすかねぇ。酒盛り相手の保名は……」
二号車との連結部前に居た天神山 保名(てんじんやま・やすな)。
「保名、何してるさぁ?」
近づくと、隣の車両から喧騒が聞こえてくる。
「ん? この声は、以前どこかで聞いた覚えがあるのじゃ」
聞き耳を立てる。
「……思い出したぞ。雅羅とかいう女子じゃ」
時尾も耳をそばだてると、確かに聞こえてくる叫び声。
「……なんだい、決闘でもしているのかねぇ?」
「十中八九間違いないじゃろう。ならば、わしがやることは一つじゃ!」
勢い込むと、
「おぬしには悪いがわしは行かせてもらうぞ!」
「保名ェ……」
飲み相手の離脱。
「……しょうがない、そこのあんた、一緒に飲まないかねぇ」
「私ですか?」
ターゲットにされた吉井さん。
「お酒は太っちゃうので……」
「つれないこと言わずにさぁ」
「時尾さん! 絡み酒はまずいです!」
さくらに止められ、渋々その場から離れる。
席に帰ってくると、遊びつかれたのか眠気がピークにきたのか、さくらに膝枕されているハツネ。その横でもぐっすり眠ったヴァイスがシャーロットの膝の上。
二人の無防備な寝顔は心を和ませてくれる。
「ま、今回はこれを肴にしようかねぇ」
いつもより、少しだけ美味い酒が飲めそうだった。
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