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「いいお天気ですわね、宵一様。絶好のテロ狩り日和ですわ」
『熾天使の比翼』を装備して、上空から『双眼鏡“NOZOKI”』で怪しい行動をしている人物を探していたヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)はパートナーの十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)に言った。
「ああ、そうだな。素晴らしい一日になりそうだ」
 宵一は乗り物の『ジェットドラゴン』に乗り、レース場の上空からレースを妨害している者を見張っていたのだが、動き出したテロリストを見つけ出して頷いた。
 バウンティハンター貧乏として一流の賞金稼ぎを目指して戦っていた彼は、ある日、穏やかな春の風を浴びながら、ぼーっと考えて、そして決心したのだ。
「そうだ、テロリスト狩りに行こう」
 まるでどこかに観光するような気分でテロリスト狩りに向かおうとした矢先、ネアルコの町の八百長レースに寺院のテロリストが関係していると耳にして、その話に飛びつくように、パートナーのヨルディアと共に春のテロリスト狩りにやってきていたのであった。
 ヨルディアと共に、誰かが故意にレースを妨害しているかどうかを調査していた宵一は、しばらくテロリストの動きがなかったので少々しょんぼりして帰ろうとしていたのだが、ようやく収穫物を見つけてほっと安堵の息を漏らした。
「これで今日もおいしいご飯が食べられるぜ」
 上空から町を俯瞰していれば人の動きがよくわかる。その中で一人、怪しいそぶりの男を見つけたので、目で追っていく。結構根気の要る作業だったが、ハンターの彼は待つのが得意だった。やがて、そいつはあろうことか、客でいっぱいの競技中の観客席の裏手から地下へ入っていくのが見えた。
「宵一様……」
「間違いない。奴らのアジトは町中にあったんだ。それも競技場の地下に……!」
 バウンティハンター貧乏はためらわなかった。飛行状態を解除して着地すると、奴らが入って行った観客席の裏手の隠れた扉を蹴り破る。その音に驚いて、すぐさま地下へと続く階段の奥から武器を持った男たちが駆け上がってくる。テロリストたちに雇われた傭兵たちだった。見つけ次第問答無用で攻撃すると決めてあった宵一は頭で考えるより先に、特製武器の、「代理人の大剣」と「GARB・OF・BH’S」を即座に装備する。この二つの装備品は組み合わされることによって秘められた力を発揮するのだ。
 向こうが攻撃してくるより先に、宵一はスキル「シーリングランス」で敵たちにダメージを与える。敵は吹っ飛んだが、その騒動に通行人たちは悲鳴を上げ、うろうろしていたガッツ鳥たちは逃げ出した。
「行くぞ、一網打尽だ!」
 初夏のテロ狩りフィーバースタートの予感を察知した宵一は「スタンクラッシュ」で敵に止めをさしにかかる。秘めたる力の発揮された代理人の剣の重量を載せた派手な全体攻撃に、奴らの潜んでいた建物は客席の壁ごと半壊する。さらには、二度三度、全ての敵が立ち上がってこなくなるまで徹底的に攻撃する。
 宵一の背後で激しい突風が吹き荒れた。向こうからやってくるテロリストたちの援軍を見つけたヨルディアが特性武装の『熾天使の比翼』で吹雪を巻き起こしたのだ。それでも体勢を立て直そうとしている敵の集団に「稲妻の札」で雷を降らせた。
 周囲は大変な騒ぎになっていた。競技場の裏手である。客席はざわめき、通りは宵一たちの改心の一撃であちらこちらにひびが入っていた。周囲は死屍累々の阿鼻叫喚だった。これで、ここを根城にしていたテロリストたちはほぼ全滅しただろう。
「テロリストです!」
 向こうで女性の叫び声が聞えた。たちまちにして武器を手にした警備兵たちが大勢やってくる。
「その通り!」
 宵一は堂々と頷いた。そう、テロリストだ。テロ狩りだ。見よ、この成果。彼の勇気と行動が悪の野望を打ち砕いたのだ。バウンティハンター貧乏の勝利だった。
「この人たちです!」
 女性は宵一たちを指差した。
「……なにっ!」
 宵一は驚きに目を丸くする。
「貴様か、この辺りを荒らしているテロリストは!」
 警備員たちは一斉に襲い掛かってきた。
「ま、待て……違……!」
 弁解もままならず、宵一とヨルディアは警備員たちに取り押さえられ、どこかへ連れて行かれてしまった。
 かくして、宵一とヨルディアの初夏のテロリスト狩りは終わったのであった。だが忘れてはいけない。彼らがいたから悪が滅びたのだと言うことを。ハンターはまたどこかに出現するだろう。それを期待しよう……。



「くくく……、あのインチキ中国人め。そう簡単に騙されるか」
 フルベットは札束や証券類のぎっしり入ったアタッシュケースを両手に提げて、ネアルコの町から逃げ出そうとしていた。外部から来た調査団によって、彼への包囲網は徐々に狭まってきており、間もなく捜査の手が伸びてこようとしていた。先ほど、彼が雇っていた傭兵団まで全滅したと話を聞き、覚悟を決めたのだ。なに……カネさえあればどこからでも再起できる。幸い手元には、これまでに蓄えてきた財産が残っているのだ。
「11レース3番がくるだと? そんなに簡単に仕込めるはずがない。あんなものは偶然だ」
 彼は呟きつつも、名残惜しそうに大通りを振り返った。散々稼がせてもらった鳥レース、別れるとなると寂しいものだ。と……。
 人だかりの出来ている券売り場をしばらく眺めていると、フルベットのよりも大きなトランクケースを抱えた少年が券売り場に近づいていくのが見えた。
 この町に来るなりギャンブルばかり続けていた湯浅 忍(ゆあさ・しのぶ)だった。彼は、ケースを開き、言う。
「11レース、3番、全部。全額一点勝負だ」
「……なん、だと……」
 フルベットは目を見張った。そのトランクケースの中にはぎっしりと札束が詰まっていた。
「驚いただろ。あいつは“転がし”続けてるんだ」
 柱にもたれかかるように声をかけてきたのは、町長の家に連れの娘を残し去っていったダン・ブラックモア(だん・ぶらっくもあ)だった。彼は一般客に混じって八百長事件の監視をしていたのだが、他の協力者たちの活躍により事件はほぼ片付きつつあったので、戻ってくるところだったのだ。
「あいつは1レースから賭け続けて勝ち続けている。その結果があのカネだ」
 ずっとレースを見ていたダンに間違いはなかった。
「転がし続けて、だと……?」
 転がすと言うのは、賭けで勝った額をそのまま次の勝負に賭けることである。
「1レースからずっと当たり続けている、と言うのか……その男が、3番を買った……」
 フルベットは逃亡途中なのも忘れてもう一度まじまじと忍を見つめた。ゴクリと喉が鳴る。
「また……当たるのか? 3番が、当たるのか……」
 やはり、仕掛けの話は本当だったのか……? フルベットは我も忘れて忍に駆け寄る。
「……なぜ3番を買った? 何か……知っているのか?」
「さあ……?」
 凄い額の記された券を手にした忍は不敵に笑う。
「ただ、ギリギリの勝負でヒリついてこそギャンブルだろ。それだけさ……」
 こいつは生粋のギャンブラーだ、とフルベットは思った。その男が3番を買った……。
「よし、俺も買おう」
 とうとう、フルベットは手にしていたアタッシュケースを券売り場の台に載せる。
「3番、全部だ!」
「……かしこまりました」
 売り子はものすごい額に動じることもなく、巨額の券を発行してくれる。ちょうどその時、発売締め切りのベルが鳴った。
「よし、頑張れ、3番!」
 フルベットが観客席の最前列で見物する。これでとんでもない大金持ちだ、とほくそ笑みながら。
 レースのスタートが切られた。
 3番は50メートルほど走ったところで躓いて転び、動かなくなった。誰に妨害されたわけでもなく、素でダメな鳥らしかった。
「……あれ?」
 フルベットはその光景が信じられずにしばらく真っ白になっていた。
「参ったなぁ……前のレースでやめておけばよかったぜ……」
 忍も無念そうに天を仰ぐ。彼は特に仕込みをしていたわけではなかった。本当に今日はついていたのだ。だが、それもここまでのようだった。
「一生分の運を使い切ったかなぁ……、でもまあ始めたのは10Gからだったから、失ったのはそれだけか……いや、それでも痛いかな……」
 ぶつぶつ言いながら去っていく。
「……あれ、え……?」
 全財産がたった50メートルでなくなったフルベットは、その場に膝を着きしばらく呆然としていた。
 その背後から、彼がテロリストと関わっていたという証拠を持った契約者たちがやってきていた……。