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美食城攻防戦

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美食城攻防戦

リアクション


広間


「何ぃ? 2部隊ともやられちまったのかよ……。くそ! 俺の配置ミスだな」
 大鋸は悔しそうに腿をはたく。
 意気揚々に攻城を開始したはいいが形勢は一方的だ。
「まだ勝機はあります。諦めてはなりません」
「そうだな。諦めたら終いだ」
 度会 鈴鹿(わたらい・すずか)は大鋸と共に草むらに息を潜めている。
 城を俯瞰できる位置にいるのはいいが、城門を叩きその間にテラスに攻撃を仕掛ける作戦も悉く打ち破られてしまった。
 かくなる上は総大将たるルドルフを捕獲するしか手立てはないが、
「畜生……。城内に入る方法が思い浮かばねぇ」
 大鋸は頭を抱えてしまった。
「大鋸さん……」
 鈴鹿は心配そうな目で大鋸を見やる。
「っておい。あれはなんだ? 飛空挺がもう一隻あるなんて聞いてねぇぞ」
 城の周りをふわふわと漂っている飛空挺。
 まるで敵を挑発しているかのように、近づいたり遠ざかったりを繰り返している。
「おらおらおらおらあ! 飯を食わせろ! こちとら腹減っとるんじゃ!」
 飛空挺から身を乗り出しライフルを構えているのはメルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)
 テラスでの戦闘はひと段落着いたのだが、どうしても諦めきれないらしい。
「今日を逃せば次いつ食えるかわからねぇんだよおおおおお! つらいんだよぉ……。ひもじいんだよぉ……」
 威勢のよさが後半に行くにつれてなくなってしまったのはやはり空腹のせいなのだろうか。
 今にも錯乱状態で柔を乱射しそうである。
「敵か。くれぐれも広間に近づかせないようにするぞ」
「主よ、敵の矢面に立つのは私とガディにお任せを!」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)は窓に足をかけ、メルキアデスの動向を注視している。
「ガディ、行くぞ。我が主に食事の機会を増やし栄養を摂ってもらわねば」
 アウレウスにとって、それは悲願であった。
 最近めっきりやせ細ってしまったグラキエス。
 彼の健康を取り戻すには一にも二にもまず栄養補給が必要だ。
 スピアドラゴンのガディに乗りメルキアデスの乗った飛空挺を追い掛け回す。
 その後を追い、グラキエスもスティリアに飛び乗る。
「なんなんだよぉ! 俺様を餓死させるつもりか? これは遊びじゃねぇ! 命と命を懸けた真剣勝負だ!」
 ちょっとした刺激にも敏感になっているメルキアデスは、追尾してくるドラゴンに向かって発砲する。
 しかし不安定な空中、しかも空腹状態で集中力に欠いているメルキアデスが素早いドラゴンに弾を命中させることが出来るはずもなく、ただ闇雲に銃弾をばら撒いているに過ぎなかった。
 対してグラキエスは、じっくりと飛空挺に照準を合わせていた。
 だがグラキエスもまた弾を食らわすには至らなかった。
 余りにも飛空挺の動きが不規則すぎた。
 常人なら一定の法則があるというのに、上昇や下降を細かく繰り返されては風の影響も加味した軌道計算が上手くできない。
「仕方ない。方法を変えるか……」
 グラキエスはブリザードを詠唱し始めた……のだが、城の中、ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)の視線が付きまとっていることに気づき思わずベルテハイトの元へ行く。
「どうかしたのか」
「いや、なんでもないよグラキエス」
「そうか。あなたは何も任務はないんだな?」
「そうだよ、愛しの弟よ」
「ならルドルフ校長のところへ行ってくれ。万が一に備え警護を頼む」
「了解。ただ、もう少しグラキエスとドラゴンの戯れを楽しんでからでいいかな?」
「言っておくが、これは戦闘だからな。出来ればすぐにでもルドルフ校長の下へ向かってほしい」
「分かったよ……」
 ベルテハイトは残念そうに広間へ続く階段を下りた、ように見えたが、途中で振り返りグラキエスの様子を再び目で追う。
「ああ。君はなんて愛おしいんだ、グラキエス……」
 もうベルテハイトはグラキエスのことしか考えられなくなっているようだ。
「あひゃひゃ! ぶっ飛ばしてやるぜ!」
「それはこっちの台詞だ!」
 グラキエスは再度メルキアデスを射程に収めた。
 今度は銃撃ではなく、ブリザードだ。
 飛空挺ごとメルキアデスを氷付けにし、戦闘不能に陥らせようという算段なのである。
「食らえ!」
「くそったれえええええええ!」
 ブリザードは見事メルキアデスの動きを止めたのだが、最後の悪あがき、操舵管を思い切り面舵に取った結果、傾いた飛空挺は一直線に美食城の屋根へと向かっていった。

「やったぜ! 屋根に穴が空いた! 待機している連中をあそこから侵入させる!」
 大鋸は手を叩いて喜んだ。
 その命令が下達され、次々と刺客が城内へと忍び込んだ。
「さて、俺もあっちに……」
「そうはいかないであります」
「てめぇは……」
「自分は大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)であります。本日はあなたと一戦交えたいと思い立ちここに来た次第であります」
「よく俺の居場所が分かったな」
「はい。自分はこれでも陸士長でありますので……」
 剛太郎は実直な態度で大鋸に接する。
 大鋸に敬意を払っているのだろう。
 その目には美食城など、ひとかけらも浮かんでいなかった。
「いざ、尋常に勝負」
 パワード装甲で完全装備した剛太郎が大鋸に突っ込む。
 手加減なしの正面衝突だ。
 単純な力比べになる。
「うおおおおお!」
 剛太郎は押しに押す。
 大鋸は負けじと剛太郎の腰に腕を回す。
「おらあああ!」
 杭を引っこ抜くように剛太郎を投げ捨てる。
 がしゃん、と音を立てて剛太郎は地面に叩きつけられた。
「つぅ……まだまだぁ!」
 機敏に立ち上がると、再び大鋸へと挑んでいく。
 2度、3度。そして4度。
 剛太郎はスープレックスを連続で食らい続ける。
 いくらパワード装甲をつけていようが、度重なる衝撃とダメージに呼吸をするのも辛くなってきた。
「はぁはぁ……」
「降参したらどうだ?」
「いえ、自分はまだファイティングポーズをとれるのであります!」
 威勢よく先ほど同様突進していくのかと思いきや、組み合う寸前で足を踏ん張った。
 タックルを受け止めるつもりでいた大鋸の動きが一瞬止まる。
「だあっ!」
 掌底だ。
 カウンター気味で顎に入った掌底の威力は推し量りがたい。
 たった一撃で大鋸の巨体が膝をついてしまったのだ。
「よし、これで勝てるであります!」
 剛太郎はパワード装甲の内に手を突っ込みロープを取り出した。
 これでがんじがらめにしてしまえば、いくら力自慢の大鋸であろうと脱走は叶わない。
「そうは行きません!」
 まさに大鋸に手をかけようとしたそのとき、鈴鹿が剛太郎のわき腹に槍の柄を突き立てる。
「ぐっ」
 いくら装甲に包まれているとはいえ、力のすべてが一点集中されていては堪らない。
 地を転がり痛みを誤魔化すしかない。
「助かったぜ鈴鹿!」
「大丈夫ですか?!」
「ああ、ちっと頭がくらくらするが、意識までは吹っ飛んでねぇ」
「立てますか? 肩を貸します」
「すまねぇな」
「いえ、大したことありません!」
 よっこいせ、という掛け声と共に立ち上がる大鋸。
 確かに、足元がおぼつかない。
「さあこちらへ。逃げてください!」
 鈴鹿は体格差のある大鋸を抱えたまま獣道へ消えていく。
 剛太郎が後を追ってくる前に。
 少しでも遠くへ行かなければならなかった。


「失礼しますよ、ルドルフ校長」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)はルドルフの胸ポケットに禁猟区を施した赤い薔薇を挿した。
 姿を消した敵を察知するための施策である。
「クナイ、いるのかな?」
「はい。こちらに」
 北都の呼びかけに呼応し、クナイ・アヤシ(くない・あやし)が駆け寄ってきた。
「どぉ、敵は」
「先ほど屋根に空いた穴から侵入した痕跡はありましたが、まだ肝心のやつらの捕捉は出来ていませんでした」
「そっかぁ……。もっと派手にくると思ったんだけどなぁ……」
 瀟洒な飾り付けが施され、長く巨大なテーブルには純白のテーブルクロスと銀食器が、いかにもパーティーの始まりを待ちきれないばかりに煌びやかな存在を誇示している。
 しかし、参加者がすべて集う広場というのは、その名の通り、広い。
 相手が潜むことが出来るスペースは多い。
「引き続き、探してねぇ」
「はい」
 クナイは小さく頷くと同時に再び斥候任務に当たった。
「ふふ、本陣である広間なのに警護が薄いであります。完璧を求めたために出入口の警戒を強めすぎたのでありますね」
 目の前を通り過ぎたクナイの背中を見送りながら葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は口角を上げた。
「でもやはりあの男、邪魔でありますね……。イングラハム、二十二号」
「ここに」
「我もである」
 吹雪の元にイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)鋼鉄 二十二号(くろがね・にじゅうにごう)が集まる。
「手はずは整っているであります。あとはどこかに潜んでいるみわみわとコハクっちと連動すればルドルフをとっちめることが出来るのでありますよ」
 そう、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)も広間に潜んでいるのだ。
 クナイに見つからないよう、給仕室の狭いロッカーの中に入っている。
「まったくルドルフもひどいよね。ロイヤルガードとして同じ釜の飯を食べた仲なのに」
「美羽はなんでそんなに怒ってんだ?」
「当たり前じゃない。ダーくんに招待状送ってないんだよ? 全く理解できないよ!」
「そうだな。単に行き違いがあったとしか思えない」
「だから私は怒ってるの! お城はこんなに大きいんだから、ルドルフもみんなに食べさせてあげればいいのにね」
「多分それだとすごい人数が押し寄せて大変なことになるから招待制にしたと思うんだけどな……」
「何はともあれ、私はダーくんの味方。それだけは変わらないよ!」
「そうか……」
「ん……この笛の音は合図かな?」
 広間に甲高い音が鳴り響く。
 突然姿を現した鋼鉄がルドルフに向かい猪突猛進する。
「そうはさせないよぉ!」
 しかし北都が両手を広げルドルフを庇う。
 明らかに体格差があるのだが、北都は顔色ひとつ変えず柔らかな表情を崩さない。
 そして、二人が交錯する瞬間、
「せいっ!」
 掛け声と共に鋼鉄はつんのめり床へとヘッドスライディングをしてしまった。
「僕はね、相手に力があればあるだけ強くなるんだよぉ」
 つまり鋼鉄のエネルギーを受け流し、ダメージを自らではなく鋼鉄に叩き込んだのだ。
 鋼鉄の上に圧し掛かると、北都は鋼鉄を拘束しようとするが、
「詰めが甘い」
 イングラハムの触手が北都に絡まる。
 空中へと担ぎ上げられた北都は悔しそうに、
「こっちが本命だったわけだねぇ……」
 と呟いた。
「ルードルフさん、こっち向くであります」
「まだ敵はいるのか?」
 そしてシークレットサービスと引き離された総大将は、顔面がクリーム塗れになった。
 吹雪の仕業だ。
「一学園の校長が、いい格好でありますね」
 吹雪はけらけらと笑う。
「他のみんなに見せてあげたいくらいであります」
「不覚を取った……」
 ルドルフの舌打ちが広間に反響する。
 ルドルフは顔にべったりとついたクリームを拭おうとするが、油分豊富なクリームは手をてかてかにぬめらせるだけで、到底奪われた視界をどうにかできるようなものではなかった。
「やあやあやあ、われこそはー……なんだっけ」
「遅いでありますよみわみわ」
「ごめんねーぶっきー。ちょっとロッカーから出るのに手間取っちゃって」
「それは美和が最近ふとっ……ぶ!」
「おお、いいパンチであります」
「発言には気をつけようね」
「いつつ……。そういえばいつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
「え? さあ」
「気が合う、ってこういうことを言うのでありましょうか」
 現れたのは美羽とコハクであった。
 相手方の総大将を目の前にして、随分とリラックスした様子だ。
「随分と舐められたものだな」
「だってもう、勝ったも同然でありますから」
「そうだね」
 美羽はクリスタルソードで鞘から抜いたばかりのルドルフの剣を巻き上げた。
「騎士道では、武器を取られたらどうするんだっけ?」
「……分かった、僕の負けだ。好きにしてくれ」
「言われなくても」
 美羽はルドルフを縄できっちりと縛り上げた。
 ゆえに、攻城側の勝利となった


攻撃 4点
守備 4点


「ところで美羽」
「なにー?」
「招待状って、これのことだろ?」
「うん、そうだけど。どうしたの? 拾った?」
「いや、うちに来てた」
「……マジぽん?」
「マジぽん」
「あちゃー……。ルドルフには悪いことしちゃったね」