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海辺のトコナッツランド【4】


 その頃、ベルク・ウェルナートは念願のフレンディス・ティラとの二人きりの時間を楽しんでいた。
 隣の席には五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)ンガイ・ウッド(んがい・うっど)上杉 三郎景虎(うえすぎ・さぶろうかげとら)の見知った顔やらも居たし、
 背の向うには窓の外の景色を楽しげに撮影している清泉 北都らのグループも居たが、文句は言うまい。
「綺麗な景色ですね、マスター」
 微笑む彼女が居るのだから。
 少し珍しい程に素直な笑顔で返したベルクはフレンディスの無防備な手が近くに居るのに気づいていた。
 そっと握ろうと。そうした時だった。
 ガタンゴトンと音を立てながら走っていた乗り物が、ゆっくりとスピードを落とし静かに停車したのだ。
「なんだろう、演出……って訳じゃ無さそうかな?」
 北都が立ちあがって無人の運転席を見ていると、唐突に扉が開いたので、彼は自分はやっていませんよと困ったように両手を上げた。
 すると彼の無実を証明するかのように、天井に付いているスピーカーから無機質な機械音のアナウンスが流れる。

『お客様にお知らせ致します。当乗り物は現在システムトラブルの為停車致しました。
 安全は確保されておりますので、高架上を歩いて次の駅までいらしてくださいませ』

「はあ? 随分といい加減だな!?」
 ベルクのボヤく声を聞いて、リオン・ヴォルカンが息を飲みながら窓の外を見る。
「ここ、歩くんですか?」
「トラブルも気の持ちようだよ」
 北都はリオンの頭をぽんぽんと叩くと、真っ先に外へ出て行った。
 そんな彼にクナイ・アヤシが続いた。
 絶対の信頼と愛情を向けている北都と一緒なら何処でも構わない。
 そもそも守護天使なのだからいざと言う時には飛ぶことも出来るし。
 そう思っていたクナイだったが、外へ出てみると一つの発見もあった。
 電車の中や普通に歩いている時は気にして居なかったが、気づいてみるとそよぐ風に潮の香りがのっている。
「海風ですね」
 クナイに笑顔を頷くと、北都はリオンに手を伸ばす。
「行こう、一緒に」





「これも修行の一環、ですねマスター!」
 超感覚の耳と尻尾が嬉しそうにパタパタとしている。
 そんなフレンディスの姿は可愛らしい事この上ないのだが、ベルクは複雑な気分で高架上を歩いていた。
「結構遠いし、何時着くんだ?」
「本当に……何時着くんだろう……」
 ベルクよりも絶え絶えの声を真に迫って言うのは東雲だった。
 思わず遊園地にきてしまったものの、元来の身体の弱さを自覚して選んだ比較的優しいチョイスだったはずなのに、まさかその乗り物がこんなことになるとは……。
「わぁ、ジェットコースターが見えるよ。
 …………見てるだけで気分悪くなってくる」
「全く我がエージェントは。
 いつもいつも出だしは気合入っていても、途中で萎えるのであるな」
 そう言いながら横に寄り添い歩く猫型ポータラカ人ンガイに、東雲は申し訳なさそうに笑顔を向ける。
「ごめんねシロ、後少し頑張って歩くから……ん?」
 突然立ち止まった東雲に、ンガイは顔を上げて彼を見る。
「どうした我がエージェント」
「今青い猫が見え……」
「青い猫だと!? まさか我のもふもふ可愛い地位を脅かす新手のポータラカ人か!? それとも――」
 ンガイは続けているが、東雲は目を擦ると首を振った。
「違う、ワンコだ」
 東雲が指差した先、彼等が進んで行く後ろから一匹の豆柴犬が走ってくる。
 それはフレンディスの忍犬、忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)だった。
「そ、そこの下等生物! 随分と具合が悪そうだな!」
「……え?
 わーーわわわわっ、可愛いワンコが話し掛けてきた!」
「ワンコじゃない! 僕は優秀な忍犬、忍野 ポチの助だ!!」
「忍犬? そっかそっか、凄いんだねぇ。
 心配してくれてありがとう、ポチ君」
 東雲はポチの助の横に座り込むと、何かを言いたそうに口籠っている。
 ポチの助がそんな彼の様子に気づいて「なんですか!?」と言うので、東雲は勇気を出して告白……もといお願いをした。
「……あの……抱っこしても良いかな……?」
「べ、別にいいけど……」
 きらきらと目を輝かせて、東雲はポチの助を抱き上げる。
 よく手入れされているのだろうか、柔らかな毛並みとやんわりとした温もりが腕の中から伝わってきて、東雲は感動に打ち震えた。
「はう、もふもふ!」
「全く、仕方無いですね。僕が一緒に居てあげましょう。
 有難く思うのですよ!」
「ちょっ、まっ!!
 忍犬だか豆柴だか知らんが、もふもふ担当は我である!
 我がエージェントも! ワンコのもふもふにうっとりして、浮気であるか!?
 犬、我がエージェントのもふもふの座は譲らんぞ!」
 四つの脚でぴょんぴょんジャンプをしながら抗議をしているンガイの姿を見ると、ポチの助は見下したような視線を投げつけた。
 曰く――
 (ふ。猫如きでこの僕に可愛さで勝とうなんて100年早いですよ!)
 という視線。
 これに怒らない訳がない。
 ンガイは東雲のパンツの裾をガリガリとひっかいて叫んだ。
「キイイイイイこの泥棒猫ー!!!」
「猫はシロでしょ。もう、ちょっとうるさいよー」





「ごめんなさい北都、途中で気の上に鳥の巣を見つけて……気付いたら皆居なくなっていて」
 北都の華奢な身体を腕の中にすっぽり包み込みながら、リオンは北都の超感覚で生えたもふもふ耳を擦りつけるように首を左右に振っている。
「もういいよ、無事に見つかって良かった。止まっていた乗り物が急に動くとか、あるかもしれないと思って少し焦ってたんだ」
「あああ……そんなに心配を掛けて……本当にごめんなさい」

 少し前の事。
 リオン・ヴォルカンは迷子になっていた。
「路面電車で道は一つしかないのに、何故逸れるのか分からない」
 という北都の言葉も最もだったが、リオンの迷子マイスターぶりに一本道だとかそんなものは何ら意味を持たないのだ。
 歩いていて、違うものに気を取られて、もう一度歩き出したら反対側。
 というウルトラCだって簡単にやってのけるのだから。
 超感覚に禁猟区。
 それからクナイの風の便りとさまざまなスキルと携帯電話を駆使してやっとこさ見つけたのである。
「今度は手を離さないようにしないとね」
 と、リオンの手を握って歩きながら、北都はクナイに視線を向ける。
 大変だったね。というつもりだったのに、
「少しでも二人きりになれたのは嬉しいです」
 と囁かれて、北都は頬をほんのりと赤らめた。