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枕投げ大会【1】


 トコナッツ島。昼間に水着コンテストが行われていた浜辺。
 見上げれば満点の星空。月の光を浴びて幻想的に輝く透明な海。耳に聞こえてくるのはさざ波の音だけ。
 そんな神秘的な光景のこの場所の近くに建っている海の家は、外と同様に落ち着いた雰囲気で旅の疲れを癒すには絶好の宿泊先のはず……だった。

「我々は、断固抗議しまーす。
 散々荷物を運ばせた挙句、小汚い部屋に小汚い男衆と一緒の部屋などー。言語道断だー」

 海の家、廊下。
 枕を手に持ち武装した男子たちの先頭に立ち、瀬山 裕輝(せやま・ひろき)はメガホン越しに相対する女子たちに宣戦布告を行っていた。
 何故こんな事態に発展したのか説明すると。
 この海の家にはスイートルームがあるが、残念ながら人数分の部屋はなかった。お陰でその部屋に泊まれない者たちは、大部屋で雑魚寝するしかない。
 そのことをスタッフから聞いた女子の一人が、何気なく口にした一言が発端だ。

『男子が大部屋で雑魚寝したら?』

 結果、その言葉は男子たちの怒り(※一部)を加速させるには十分すぎて。

『ここまで荷物を運ばせた挙句、大部屋で雑魚寝をしろだと!? ならもう戦争しかねぇじゃねぇーかァァッ!!』

 憎悪の果てに戦争は起こる。
 そうして頭が沸騰した男子たち(※一部)と女子たちは決別して、対峙することになった。
 そして現在。互いの寝室をかけた仁義無き枕投げが開幕しようとしているのだ。

「……俺としてはみんなでわいわい出来る雑魚寝でも、楽しめると思うんだけどな〜」

 男子チームの一員の大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は、頭をボリボリと掻きながらボソッと呟いた。
 そんな康之の言葉を耳にして、チームの大将である高円寺 海(こうえんじ・かい)はギラリと彼を睨む。

「今さらなにを言っている。あの時の屈辱を忘れたのか?」
「屈辱って……別に、荷物を運んだぐらいで大げさに、」

 言いすぎだろ、という康之の続きの言葉は、海がガシッと両肩を掴んだことで止められた。

「甘いぞ、康之。甘すぎる。それじゃあダメなんだ」
「……なんかキャラが違うくねぇか、おまえ?」

 康之の突っ込みを無視して、多分夏の開放感のせいで人が変わったようにノリノリな海は、他の男子チームのメンバーを見回した。

「いいか。なにがなんでも勝つぞ。男子の尊厳の為にも。そしてなにより――オレたちの安眠のために!」
「おお……」
「いざ! これよりオレは、オレ等は修羅に入るっ! 女子にあっては女子を斬り、神とあっては神を斬れっ!!」

 海は枕を天井に振り上げる。つられて、他の男子も枕を高く上げた。

「問答無用! 大敵・雅羅の首を取れっ!!」
「「お、おおーーーっ!」」

 初めは戸惑っていた男子のメンバーも、次第に声を合わせて咆哮をあげ始めた。

「損害にかまわず突き進め! オレがヴァルハラに送ってやるぞっ!!」
「「おうっ!!」」
「いい返事だ。ならば是非もない。
 ――さぁ行け、裕輝。おまえが開戦の狼煙をあげろ!」

 海の言葉を受けて、裕輝はニヤリと口元を吊り上げた。
 それは分かった、という了承の仕草。そして裕輝はもう一度メガホンを構え直す。

「だから、言わせて貰う──」

 裕輝はもったいぶるように大きく息を吸い込んだ。
 と、ほぼ同時。その場にいる全員が唾を飲み込んだ。それは次の言葉が開戦の狼煙になると感じたからだ。

「「…………」」

 一触即発の空気と共に、静寂が廊下に訪れる。
 裕輝は海を指差し、続けるために口を大きく開き――。

「一緒に入れてください。と彼は言ってましたー」

 発せられた言葉は、全員の思考の斜め上をいっていた。

「……オイ、裕輝。どういうことだ? 事前の打ち合わせと違うだろ、」
「もしくは何かください。下着でもいいと言ってましたー。雅羅のなら尚良しとも言ってましたー」

 海の制止を無視して、裕輝が放った言葉は別の意味で、廊下に静寂をもたらした。
 ぞくりとする冷たい刃のような視線が海を襲う。まるで汚物を見るかの如き女子たちの目から逃れるように、彼は静かに顔を背ける。否、あふれ出る涙を零さぬために天井を見上げた。

「え、えげつねぇ」
「あ、あいつ、人としてやっちゃいけないことをしやがった」

 裕輝は周りの男子からのそんな批判を気にする素振りを見せず、続けるために言葉を紡いでいく。

「ま、そういうわけで、下着をくれないんだったら徹底抗戦しまーす。
 彼も涙を流すほど遺憾のようなんで、覚悟しておいてくださーい。以上」
「「最低だよコイツ!」」

 男子からの一斉の非難と共に、裕輝の宣戦布告は終了した。
 海の心に癒えない傷と、彼の女子からの評判と信頼に亀裂を入れて。

 ――――――――――

「……なんだ、あれ?」
「なにって、夢悠。あれでしょ、茶番じゃない?」

 遠目で一部始終を見ていた想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)の呟きに、想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)は答えると、慌てて手を口に当てた。

「っと、ごめんごめん! 今は夢悠じゃなくて、軽短夢己(かるみじ・ゆめき)だったね」

 瑠兎子はそう謝ると、夢悠を見た。
 今の夢悠は、どこからどう見ても女子と見間違えるほど。それは瑠兎子が事前に用意していた女装セットのお陰だ。
 しかし、夢悠は雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)を守るために女装をしたのはいいが、どうしても不安を拭いきれずにいた。

「……でも、大丈夫かなぁ。女子チームに加勢するのはいいけど、バレないかなぁ」
「大丈夫! そのために誰にも見られないように女装完了したし!
 前にこの名前で女装してるのを雅羅ちゃんに見られてるから、雅羅ちゃんにはバレるかもしれないけど、そこはチーム勝利のために黙っておいてもらいましょう。うん、これで問題無し!」
「問題ある気がするけど……。でも――」

 夢悠は今まさに枕投げが行われようとしている、廊下に目をやった。
 そこでは最後に、康之がルールの説明をしていた。
 その内容は、武器は枕だけ。ド派手でドでかいスキルも極力使わない。女の子は顔と腹はセーフ。といったものだ。
 勝敗を度外視した、男子に不利なこのルールを、他の奴らは残念ながら守ることは無いであろう。
 これから始まる枕投げは、無法地帯の廊下で繰り広げられる大惨事になることは必須だ。
 だからこそ、と夢悠は思う。

「……そうだね。
 雅羅さんが枕を叩きつけられたり、それでKOされたりするのは見たくない。男子には悪いけど、オレは雅羅さん達を勝たせるんだ!」

 夢悠は不安を振り払い、決意を固めた。
 そんな夢悠を見て、瑠兎子は思う。

(どこまでも一途なんだもんなぁ。これだけ気持ちを割り切れれば、ワタシも……)

 瑠兎子はクスッと小さく吹き出すと、どこか嫉妬に似た感情を紛らわせるために茶化すように口ずさんだ。

「裏切り者と〜名を呼ばれ〜男を捨てて〜戦う義弟〜♪」
「歌うなぁ!」

 夢悠が顔を真っ赤にして言った。
 そして夢悠と瑠兎子が疑われることなく女子チームに加勢したころ、康之によるルールの説明が丁度終わり、枕投げ大会がスタートした。

 ――――――――――

 海の家の廊下に枕が飛び交う。
 それを影響がない遠く離れた場所で眺めながら、ラトス・アトランティス(らとす・あとらんてぃす)は言葉にした。

『さてさて、男子チームと女子チームがまくら投げを開始したが。俺はどっちに付くべきだろうか? 右腕しかないし』

 言葉通りに、ラトスには右腕しかない。
 それは改造実験の悪影響により体の大半が崩壊し異形の右腕だけの存在になってしまったからだ。
 そしてパートナーの七瀬 灯(ななせ・あかり)と文字通りに一体化しているラトスは右腕だけなので、勿論性別はないに等しい。

『灯はどうするつもりだ?』

 だからラトスは、身体の持ち主である灯の判断に従おうと、彼女に問いかけた。
 灯はその問いを聞いて呆れたようにため息を吐くと、静かな声で答える。

「立場上女子チームにつくべきだとは思います。
 ですが、あんまりこういう時の無駄な争いはしたくないので静観しましょう」
『ふむ……そうか。ならば、俺もこの無駄な争いを静観するとしようか』

 そう会話を交わす二人の視線の先で、数多の枕が銃弾のように飛び交っていた。
 まるで本当の戦場みたいだ、と灯は思う。そして、もう一度呆れたように長いため息を吐いた。

『どうしたんだ? 幸せが逃げるぞ』
「いえ、あれだけ派手にやられると、周囲に迷惑がかかるだろうな、と思いまして」
『ああ、なるほど。灯は優しいのだな』
「違いますよ。後で謝るのはこっちなんですから、そう思ったら気が重くて」
『……ああ、なるほど。――っと、あれは……』

 ラトスが相槌を打つと、何か枕投げの最中に二匹の猫のようなものが横切ったのを見た。

『ん、あれは……ねこ、か?』
「……なんで疑問系なんですか?」
『いや、だってあれ』

 ラトスが自身の本体である右腕を伸ばして、二匹の猫のようなものを指差した。
 二匹共に大きさは子猫ほどで、ふさふさした毛は海のように蒼い。開かれた目は星の色で、尻尾は細長い。
 そこまでは猫と一緒なのだが、けれど、その二匹は猫の外見のくせして――。

『二本足で、立っているぞ……?』
「……しかも、踊っていますね。……あれは盆踊りでしょうか……?」