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◆第4章 ここは任せてさきに行け!◆

 幾つもの小部屋が連なった区画の奥に、広大な部屋がある。朽ちかけた石柱が立ち並び長きに渡る時間の流れを感じさせるこの場所は、今や熾烈な戦場と化していた。
「さぁ! スペシャルステージ、はじめるよっ!」
そう言って遠野 歌菜(とおの・かな)が手を上げると、閃光が彼女を包む。次の瞬間、華麗な衣装に身を包み、少しだけ大人びた歌菜の姿があった。
 アイドルのライブを連想させる華やかな光が踊る。しかし観客は危険な大蜘蛛やガーディアンだ。遺跡の奥へ向かう仲間たちを安全に行かせるため、歌菜はここで敵と戦うことを選んだのだ。
 続々と姿を現すモンスターたちを見渡し、歌菜は微笑む。今は姿を隠しているが、信頼できるパートナーが傍に居る。恐れる理由など何もなかった。
「魔法少女マジカル☆カナのスペシャルライブ! 今日はバトル・バージョンッ♪ 1曲目から、飛ばしていくよ!」
 広大な空間は彼女のバトル・アリーナだ。その歌声に惹かれ、一匹、また一匹と歌菜の周囲にはモンスターたちが集まりつつあった。心を持たぬ石造りのガーディアンでさえ、その誘惑には逆らえない。
 それでもモンスターたちは牙を剥く。リズムと本能の間を揺れながらも歌菜へ向かって殺到しつつあった。
「アップテンポで気分がノッたかな? じゃあ、次はクールでシックな大人のバラード、それから凍えた心を溶かすラブソング、2曲続けて聞いてください♪」
 七色から薄い一転、薄いブルーへライトが変わる。流れだす大人びたバラードと共に冷気が吹きよせ、次々とモンスターたちの足元が凍りついてゆく。続いて赤とオレンジのライトと共に流れ出すのは、燃え尽くすような激しいラブ・ソングだ。冷気は一瞬にして炎へと変わり、急激な温度変化に耐えられなくなったガーディアンの身体にヒビが入り始めていた。
 遠野歌菜は歌姫であり、舞姫だ。
 静かに取り出した2本の槍を手に、彼女は一気に“客席”へと飛び込んだ。
 円を描き振われる槍が蜘蛛を薙ぎ、ガーディアンを貫く。
 激しい演舞を見せながら、歌菜は歌い続ける。それが自分の役目だと言わんばかりに。
 やがて曲が終わりを迎え、歌菜はポーズと共に立ち止まった。
「ふぅっ……これで一息、かな?」
 その時を待っていたのだろうか、砕け散ったガーディアンの隙間から数匹の蜘蛛が飛びかかる。
 ……が、それらは全て、どこからともなく振われた槍に切り払われていた。
「まったく、無粋だな。……まぁ、蜘蛛に言っても仕方ないことだが」
そう呟いて月崎 羽純(つきざき・はすみ)はピタリと槍を構えた。背中を預け合った二人は、まるでそれが自然体であるように、互いの死角を補い合う。
「さすがに、簡単には倒しきれないね」
「回ってきた連絡では、この遺跡は鏖殺寺院が建てた基地だったそうだ。なら、どれだけ多くの敵が出てくるか……下手すれば無尽蔵、かもしれないな」
 新たに姿を現したガーディアンたちへ槍の穂先を向けながら、羽純が言う。
「うん……でも、大丈夫だよ! みんなが頑張っているんだから、きっと何とかなる!」
「あぁ、そうだな。なら、俺たちは俺たちの出来ることをしよう」
 歌菜の浮かべる陽向のような笑みに、羽純もつられて笑う。
「歌菜、ステージ第2部だ。いけるか?」
「うんっ! じゃあいくよ、羽純くん!」
 どちらともなく、リズムを合わせ始める。
 歌菜と羽純の双槍。
 それは比翼の如く舞い、連理のごとく互いを繋ぎ止める。
 二人の円舞が、押し寄せる大軍を迎え撃った。

 *  *  *

緋柱 透乃(ひばしら・とうの)はの周囲では、既に十体以上のガーディアンが透乃の周りで物言わぬ瓦礫と化していた。破壊の嵐を巻き起こしたのは、他でもない透乃自身だ。
 その中心で、闘神のように彼女は笑う。
 彼女は満たされていた。命を賭け戦うことへの無上の喜びが、彼女を内から支え、滾らせているのだ。
(透乃ちゃん、楽しそう……)
 緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)は少し距離を離して、透乃の様子を幸せそうに見ている。本来であれば陽子は闘い無駄なく終わらせる主義だんおだが、透乃のためであれば彼女は躊躇いなく共に死地へ飛び込む。
 修羅の妻が羅刹であるのは至極当然のこと。同じ部屋で円舞を続ける夫婦とは異なる、これもまた紛れもない“愛”の形。
 ……と、二人の前で広間の地面の一部が開き、新たなガーディアンが姿を現した。
「へぇ……っ、次はもっと楽しめそうだね」
 遺跡最深部のエネルギーに呼応しているのか、ガーディアンの周囲を黒い稲妻が纏っていた。今まで無数に出て来たガーディアンと違い数こそ1体だが、威圧感は比べものにならない。
「透乃ちゃん、“いつも通り”でいいですか?」
「もちろん。アイツの相手は私がやるよ。陽子ちゃんは他のをお願い」
「はいっ」
 敵は後から後へと湧いて出てくる。透乃の愉しみを守るため、陽子はくるりと振り返った。敵を接近させないような戦い方は、彼女が得意とするスタイルである。
「では、壊れてください」
 形の良い唇がたった一言を呟くと、彼女の持つ鎖が意志を持ったかのように地面を這って敵へとせまる。その先端についた三日月型の鋭い刃が大蜘蛛の足を切断し、胴体を斬り裂き、断末魔すら許さずに首を刈り落とす。無慈悲な死を細い両手で生み出しながらも、陽子の目に感情の色はない。
「さて、次……」
 あらかた蜘蛛を惨殺した鎖は、透乃の相手とは別のガーディアンへと向かう。陽子が手元を内側へひねると、鎖は直線的な動きから、立体的な運動へ。ガーディアンの石造りの肌を這い上がり、その巨体へと巻き付く。なみの生物であればその段階で身体を千切られてしまうのだが、石造りのボディは鎖の圧力に耐えた。
「やはり頑丈ですね。……では、お願いしますね」
 陽子がぽつりと呟くと、ずっと傍らを漂っていた白いオバケが前へ出た。ハロウィンの飾りや絵本に出て来そうな、可愛い外見だ。
 その口から、巨大な弾頭が一直線に飛んでゆく。
 まるで悪い冗談のように、オバケの口から放たれたロケットランチャーが、ガーディアンを粉みじんに吹き飛ばした。
「透乃ちゃんは…………あぁ、とても楽しそう。ここへ来て、本当に良かった」
 陽子が視線を向けた先では、ガーディアンの攻撃を受け止めた透乃の右腕が妙な方向へ折れ曲がっていた。死の数歩手前に立った高揚感に、透乃が至福の笑みを浮かべる。
 彼女はガーディアンの真っ正面、ほぼ密着と言って良い場所に立っていた。
 数メートルを越すガーディアンは、その攻撃のリーチが驚くほど広い。機敏な回避を行わない透乃がとった戦い方……それは、攻撃を己が身体で全て受け止めながらの、強行突破だ。
「イイよ、おまえ。自動制御っていうのが少し気に食わないけど、それはいいや。タマシイがなくても、闘いはできるからね!」
 右腕は壊れている。
 だから何だ? と言わんばかりに、透乃は左手を思い切り振りかぶった。
 それは単純な暴力だ。
 牽制(フェイント)、制空戦(かけひき)、一切無し。最も原始的で、人の持つ闘争の本能に基づいた一撃。
 すなわち、握りしめた左拳による強打(スマッシュ)。
 それは硬質の石で作られたガーディアンの腹を撃ち抜き、透乃の左腕は肩付近までが埋った。通常の生物なら即死確定。しかし命無きガーディアンは、それでも彼女を抱え込むように両手を広げる。
 その光景を眼にした者が陽子いがいに居たら、おそらく絶句したであろう。
 ガーディアンの足が、地面から離れたのだ。
 透乃は左腕1本でガーディアンを持ち上げたのである。もちろん、鍛え上げられた彼女の膂力をもってしても、長い間持ち上げつづけることは出来ない。
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 石造りの守護神が、頭から地面へと叩き付けられ、砕け散った。
 飛び散った破片が透乃の頬をかすめ、紅い血がしたたる。透乃はそれを乱暴に拭い、命を賭けた戦いの、勝利の余韻に浸る。
 艶やかな血化粧姿の少女は、いままさに恍惚の笑みを浮かべていた。

 *  *  *