シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

学生たちの休日10

リアクション公開中!

学生たちの休日10
学生たちの休日10 学生たちの休日10

リアクション

 

ザンスカールのヤーレスエンデ

 
 
 お祭り騒ぎのクリスマスも終わり、今日は大晦日、今年最後の日です。
 ザンスカールの裏通り。日も射さぬ暗い木立の陰を小走りに進む二つの影がありました。いえ、二つだけではありません。それを追ういくつかの影があります。
「しつこい奴らであるな……」
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が、すっと森の大木の影に回り込んで身を隠します。追っ手たちは、すぐにその後を追いかけました。
 木を回り込んだとたん、トンとララ・サーズデイ(らら・さーずでい)が追っ手の首筋に手刀を叩き込んで気絶させます。
 今一人は、リリ・スノーウォーカーがその身を蝕む妄執に絡めとりました。地面に伏す二人の仲間を見て、残った一人が怯みます。その手を、ララ・サーズデイが掴んで捻りあげました。
「やあ。君たちの雇い主は何者だい?」
「いてててて……。そんなことは、お前たちが一番よく知っているだろうが」
 反抗的なので、ララ・サーズデイはちょっと力を込めました。男が悲鳴をあげます。
「さる方が、縁談がちっとも進まないので、責任をとれとおっしゃっているのだ」
「責任といっても、すでに紹介はしたのだ。その後は、そのお猿さんがすべきことだと思うが」
 しれっと、リリ・スノーウォーカーが言いました。
 リリ・スノーウォーカーたちがやったことと言えば、内容証明つきで、エステル・シャンフロウ(えすてる・しゃんふろう)に貴族のボンボンたちのラブレターを渡してきたことだけです。当然、そんな物は、本人の目に触れる前にデュランドール・ロンバスに焼却処分されています。それに関しては、リリ・スノーウォーカーの預かり知るべきところではありません。
「雇い主には、これを持っていきたまえ。後のことは、そちらで考えるんだな」
 ニルス・マイトナーフレロビー・マイトナーのサインの入った受け取り証明書のコピーを、ララ・サーズデイが男に押しつけました。
 男たちが逃げて行くのを見送ると、リリ・スノーウォーカーたちが再び歩き始めます。
 けれども、追っ手たちはまだいるようです。
「しつこいのだ」
 今度は先ほどとは違って、きっちりと攻撃をしてきます。手練れの暗殺者のようです。
 人気のない森の一画に、リリ・スノーウォーカーたちは追い詰められました。
「さあ、その首もらおうか」
 闇の中から、声だけが響きました。
「今度は、何者だ?」
 ララ・サーズデイが誰何します。
「それは関係ないだろう。お前たちが踏み倒している借金をこの場で返すか、代わりにその首をおいていってもらおう」
「どちらも嫌なのだ」
 あっさりと、リリ・スノーウォーカーが答えます。どうやら、先に借金をした裏社会の高利貸したちが放った刺客のようです。
 エステル・シャンフロウを通じて帝国にパイプが作れると踏んで行った資金援助ですが、大見得を切って大金を保証したまではよかったのですが、肝心のイルミンスール魔法学校と蒼空学園からの資金援助をもらえなかったために、大赤字となっています。そのため、闇の金融から借金をするはめになったのでした。もともと借金まみれでしたから、まともな金融機関はすでに相手にしてくれません。
 それだけのリスクを支払ったわけですが、肝心のパイプの方は細すぎて、あるのかないのかよく分からないという有様です。だいたい、エステル・シャンフロウは地方領主と言うだけですし、帝国の王女様というわけではありません。その権勢が届くのは、一つの町程度です。それも、戦禍によって、絶賛復興中でした。
「その言葉は、ナラカに行ってから言うんだな」
 暗殺者たちが、姿を現してリリ・スノーウォーカーたちを仕留めようとしました。そのとき、ララ・サーズデイが軽く口笛を吹きます。
 ドンと、木の上の方から飛び降りてきたペガサスのヴァンドールが暗殺者たちを踏み潰しました。
「さあ、とんずらです」
「うむ。急ぐのだあ」
 そう言うと、リリ・スノーウォーカーたちはヴァンドールに乗って逃げだしていきました。
 
    ★    ★    ★
 
「羽純くんが手伝ってくれたから、大掃除はすっごく助かったよ。ありがとー」
 遠野 歌菜(とおの・かな)が、隣を歩く月崎 羽純(つきざき・はすみ)にあらためてお礼を言いました。
「あのくらいなんでもない。それよりも、歌菜の方が、掃除に手慣れてきたな」
「そうかなあ。ありがとー」
 素直に、遠野歌菜が照れて見せます。
「それで、買い物の方は何から始めるんだ」
「うーんとね、まずは、新しいパジャマがほしいなあ。新年だし、新しいパジャマで気持ちよく初夢が見たいの」
 ちょっとお揃いのパジャマを想像してはしゃぐ遠野歌菜に、月崎羽純が、そんなものなのかねえという顔をしました。
 パジャマと言っても、いろいろな種類があります。甚平のような渋い物から、浴衣、ベビードールのような色っぽい物まで。とはいえ、遠野歌菜がほしいのは、オーソドックスなシャツとズボンのパジャマです。ただし……。
「これ、可愛いなあ」
「えっ、なんだそのファンシーな柄は……」
 遠野歌菜が手に取ったパジャマを見て、月崎羽純がちょっと引きました。
 柔らかなピンク地に、可愛い兎のキャラクターが踊っています。遠野歌菜には似合いそうですが、お揃いのブルー地に兎たちが所狭しと遊んでいるプリント柄のパジャマは、もしかすると月崎羽純が着るのでしょうか。
「えー、可愛いじゃない。羽純くんにも似合うよ」
 遠野歌菜は、思いっきりそれを月崎羽純に着せたそうです。
 想像してみました……。
 想像……して……みました。
「ごめんなさい、許してください」
 思わず床に両手を突いて倒れそうになりながら月崎羽純が遠野歌菜に言いました。
「私が選んだのじゃ、だめなの?」
「いや、その、そうじゃなくて、ほら、キャラクター物って割高だろ。ちょっと、もったいないかなあって。そこにお金かけるなら、シーツとか枕カバーとかも買えるんじゃないかなあ」
「えっ、それも買っていいの。だったら……」
 ちょっと苦し紛れな月崎羽純の言葉に、遠野歌菜が目を輝かせました。
 シーツや枕カバーも新調できるのであれば、もっと気持ちよく初夢が見られそうです。もちろん、横には月崎羽純がいなければなりません。
「このシンプルな模様の方が、お値段が安いですねえ」
 オーソドックスな縞々パジャマを手にとって遠野歌菜が言いました。それなら、月崎羽純としてもOKのようです。
「さてと、後はおせち料理の食材ですね」
 パジャマとシーツと枕カバーの入った大きな紙袋を月崎羽純に持ってもらった遠野歌菜が、次のお店を目指しました。
 ザンスカールのスーパーにも、日本式のおせち料理用の食材がならぶようになっています。
「ええと、黒豆に伊達巻きでしょ。かまぼこ、田作り、鬼殻焼き、ちょろぎ……」
「なんだ、ちょろぎって!?」
「この赤い、クルンとなった奴だよ。ええっと、それから、なます、昆布巻き、スズメ焼き、きんぴらゴボウ、数の子、タコ、海老、栗きんとん、サラミソーセージ……」
 なんだか、二人分にしてはとてつもない大荷物になっていきます。
「俺としては、栗きんとんさえあれば充分なんだがな……」
「だーめ。ちゃんとお正月らしく、おせちにならないと。そうそう、お雑煮用にお餅と、野菜と、それからお汁粉用に小豆餡も買わなきゃ。後、おミカンとカレーも必要だよね」
「カレーは、よけいなんじゃないか?」
「ちょっとしたアクセントだよ」
 なんだか、冗談抜きで、両手にいくつものスーパー袋を持ち運ぶ大荷物になってしまいました。
「ごめんね、荷物増えちゃって」
「まあ、それだけ、後でできる歌菜の料理が楽しみだけどな。これぐらい、なんともないさ」
「でも、ちょっと疲れたでしょ。あっ、あそこでちょっと休んでいこうよ」
 そう言うと、遠野歌菜がアイスクリーム屋に入っていきました。
「おっ、この店か。やっぱり歌菜だ。分かってるじゃないか」
 月崎羽純がちょっと目を輝かせます。寒い冬ですが、そういうときこそ、アイスクリームは美味しいのです。
「私はバニラにしよ。羽純くんは?」
「俺は、いつものチョコ味だな」
 カップにダブルでアイスクリームを盛ってもらうと、二人は手頃なテーブルに着きました。暖かい室内で、冷たいアイスクリームを二人で食べて、ちょっぴりほっこりします。
「羽純のチョコって、美味しそうだよね」
「歌菜のバニラもな。一口ずつ交換するか?」
「うん♪」
 そう言うと、二人は自分たちのアイスを一口ずつすくって、互いに食べさせ合いました。