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【第三話】始動! 迅竜

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【第三話】始動! 迅竜

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 同時刻 葦原島 イコン整備施設付近 マリア・テレジア内部
 
 戦場となったイコン整備施設付近に築かれた本拠地――マリア・テレジア。
 葦原城の守りは堅いが、どんな名城でも、地勢上どうしても防御を手薄にせざるを得ない死角は何処かに存在する筈と判断した時平は、その地点にマリア・テレジアを配置して出丸としていた。
 その内部では既にサオリが指揮を執っている。
「葦原城には城下の人々が避難している筈……決して突破を許す訳にはいかないのですぅ」
 ハイナ・ウィルソンの指示に従い、防衛戦を展開するマリア・テレジアは既に準備が整いつつあった。
 築城を終えたサオリは、手始めにコマンダーとして培った知識と経験を総動員し、敵襲によってイコンや陣地を失った明倫館生徒を防衛兵力として再編し、防衛部隊の支援にあたらせた。
 作戦は功を奏し、既に数多くの明倫館生徒がマリア・テレジアに集結しており、更に現在も兵力規模を拡大しつつある。
 それを示すように、伝令がサオリの元へと駆け込んでくる。
「明倫館生徒二十名。正面防衛部隊への編入および配置完了しました!」
 伝令から威勢の良い声で報告を受け、サオリは大きく頷いた。

 それだけではない。
 第一波攻撃による破壊を免れた物資、特にイコン用のエネルギー・パックや武器弾薬を、動かせるトラックや荷馬車、牛馬、それでも足りなければ人力を用いて、マリア・テレジアに運び入れ、味方イコンへの修理や補給を実施。
 そのおかげか、テロリストたちの奇襲で壊滅的被害を受けた第参雷火部隊を始めとする鬼鎧部隊の再編も始まっていた。
 やはり、物資輸送を担当する部隊からも伝令が駆けつけ、サオリに報告を入れる。
「第二雷火部隊が用意しておりました各種物資が手つかずの状態になっていたのを無事確保完了、既にこの陣地に運び入れたとのことです!」
 この伝令にも深い頷きを返すと、サオリは次の指示を出しにかかる。
「第一輸送隊は東から、第二輸送隊は西からそれぞれ牛馬を利用して残存物資を陣地へ搬入! 第三輸送部隊は歩兵として持てる限りの物資を持ち、隠密行動により戦域を抜けて陣地まで来てください! そして第四輸送部隊は残存するトラックを集めて少しでも多くの物資の輸送を! 第三は輸送物資が少なくとも、第四は戦域を正面突破することになろうとも構いません! 一つでも多くの物資を運び込むのです!」
 
 明倫館生徒に指示を出すこと一つとっても、サオリに抜かりはない。
 物資運搬中に敵の攻撃を受ける可能性を考え、輸送隊は数班に分け、攻撃により途中で物資を放棄せざるを得なくなる班が出たとしても、その間に、残りの班は陣地まで辿り着けるようにしてある。
 
 しかし、それでも明倫館生徒たちとて恐れがまったくないわけではない。
 たとえサオリの出す指示に迷いがなく、加えて、間違いがないとわかってはいても、頭上には規格外の高機動性はもとより、圧倒的な攻撃力を誇る敵イコン――“フリューゲル”が飛んでいるのだ。
 いつその矛先が自分に向くとも限らないこの状況では、恐れを抱くのも無理からぬことであろう。
 
 サオリはそうした明倫館生徒たちの前に歩み出ると、冷静さを微塵も崩さずに説明した説明する。
「かの敵機――“フリューゲル”の兵装は対イコン用及び施設破壊用のもので、地上を移動する人間を狙い撃ちにする事は困難でしょう。その弱点をつけば問題ありません」
 しかし、そうは言われてもそう簡単には恐怖は拭えない。
 なにせ、“フリューゲル”の主力兵装である大出力のビームライフルは、直撃すればたった一撃でイコン一機を蒸発させかねないほどの威力があることがヒラニプラやツァンダでの交戦時に確認されている。
 人間ならばかすりもすればたちどころに蒸発させられてしまうだろう。
 しかも敵は“フリューゲル”だけではない。
 たった一機で教導団の施設を壊滅にまで追い込んだのと同型機――“ドンナー”が十四機に加え、その上位機である漆黒の“ドンナー”までいるのだ。
 更にその恐怖を助長するように、先だって出撃した輸送隊からの無線連絡が次々と陣地であるマリア・テレジアに入ってくる。
「こちら第一輸送隊! 濃緑の“ドンナー”が進路上に出現! 振りきれませ……うああああ!」
「同じく第二輸送隊も濃緑の“ドンナー”と遭遇! くそっ……なんて性能だ!」
「第四輸送隊より陣地へ! 現在、“フリューゲル”よりの追跡を受けています! 上空よりビームライフルの銃撃が発射されました……だめだ、避けきれませんっ! 回避運動を試みたものの被弾! もう保ちません……車両を放棄して脱出しま……うああああ!」
 その通信のいずれもが砲声や爆発音などの破壊の音に満ちており、最後は悲鳴や一段と大きい爆発音とともに途切れる形で終わっている。
 通信の一部始終を聞いていた明倫館生徒たちは、しばらく唖然とした様子で硬直していたが、その間にも被害を免れた第三輸送隊が陣地へと到着する。
 陣地へと入って来た第三輸送隊を一斉に振り返る明倫館生徒たち。
 そして、彼等は再び硬直した。
 入って来た第三輸送隊の面々は、物資を自らの手で担ぎ、自らの足で立ってこそいるが、その目はもはや魂が抜けてしまったもののそれになっていた。
 出迎えた防衛部隊の面々に物資を手渡すと、輸送隊の面々は緊張の糸が切れてしまったようにその場に倒れ込む。
 慌てて手の空いている明倫館生徒が駆け寄るが、彼等はそれに気付くこともなく、ただうわ言を繰り返すだけだ。
「……黒い武者が……」
「……あ……悪鬼だ……」
「……ひぃぃ……殺される……!」
 どうやら彼等は漆黒の“ドンナー”遭遇したらしい。
 そしてそれが彼等の心にとてつもないダメージを与えたのは明らかだった。
 
 そうしたものの数々を見せられては、いかに冷静さを失わずにいるサオリから理路整然と説明を受けたところで恐怖など消えはしない。
 明倫館生徒たちの集団が組織として瓦解し、今まさに烏合の衆と化そうとしたその瞬間、サオリは決然と言い放った。
「これほどの狼藉を働く賊を前にして怖れのあまり出撃を渋る――明倫館にそんな臆病者がいるとは思えませんが万一、それでも出撃を渋る者がいれば、『士道不覚悟』の故を以て、この場で切腹を命じます!」
 決然と言い放つサオリ。
 その不動の意志を受けてか、一人また一人と明倫館生徒は少しずつではあるが落ち着きを取り戻して行く。
 そして、烏合の衆から一個の組織へと戻った明倫館生徒たちは出撃の準備を開始していった。
 出撃準備を見守るサオリに、時平が歩み寄って告げる。
「たった今、伝令が入りましての。紫月殿の魂剛と柊殿のアサルトヴィクセンが敵機と接触するようですな」