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魂を壊す夢

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魂を壊す夢

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帰らぬ人を待っていた


 やや前方をふらふらと登る菊花 みのり(きくばな・みのり)グレン・フォルカニアス(ぐれん・ふぉるかにあす)が困り顔で疑問を投げかけた。
「アルマーの奴が挙動不審なんだが……あいつはいったいどうしちまったんだ?」
 みのりは足を止めると、静かにグレンを振り返る。
「……」
「……わかった。大丈夫なんだな? アルマーがはぐれねぇように見ておくが、何か起こったらおまえを優先する」
 みのりは小さく頷くと、再び前を向いて斜面を登り始めた。
 とは言うものの、傍のアルマー・ジェフェリア(あるまー・じぇふぇりあ)は半分寝ている状態で、その口からはうめき声が絶えないとなると、気にするなというのが無理な話だ。
「おい、アルマー。いい加減起きろ」
「うぅ……っ。へ、蛇が……みのりさん、ア、ア、アルマーが、まも、まも、守って……うう〜ん」
「……そういや爬虫類が苦手だったな」
 思わずグレンが苦笑した直後、アルマーは雪に足を滑らせて転んでしまった。
 下が雪とはいえ顔から転んだアルマーに、グレンも焦った声をあげ、みのりも立ち止まるとじっと彼女を見つめる。
 少し強く吹いた風がみのりの髪をさらった時、アルマーがゆっくりと体を起こした。
「あら? アルマー、ビルくらいに大きな蛇に飲まれたんじゃ……?」
「へえ、そんな夢見てたのか。蛇の夢って縁起がいいらしいじゃねぇか。何かいいこと起こるんじゃねぇ?」
「からかわないで! 吉兆だとしても、あんな夢は絶対に嫌よ」
 笑うグレンにアルマーが食って掛かると、みのりは不思議そうに首を傾げた。
「アルマー……爬虫類は……かわいいもの……ですよ……。でも……蛇に……飲み込まれる夢は……気力が……弱っている時……という……解釈も、あります……」
「そ、そんな……」
 みのりを守る者として、その言葉にショックを受けたアルマー。
 がっくりうなだれた──と思ったら、次の瞬間にはりりしく眉をあげて立ち上がった。
「どんな夢を見ても、アルマーがやることは一つ! みのりを守ることよ!」
 空に向かって声を張り上げた時、どこからか呼びかけてくる声が聞こえてきた。
「なんだ? 今度は生の声だよな」
「あっ、あそこよ!」
 いち早く声の主を見つけたのはアルマーだった。
 彼女が指さすほうを見ると、フェンリルがこちらに向かってきている。
 彼の後ろには、他にも何人もついてきていた。
 三人のところに着くなりフェンリルは心配そうに聞いてきた。
「おまえ達、もしかして迷子か?」
「違うわよ。みのりさんが気になることがあるからって登ってたところよ」
 アルマーの返事にフェンリルはみのりを見たが、彼女は黙って立っているだけだ。
 代わりというようにアルマーが話をする。
「あなた達はどうしたの? ただの登山じゃなさそうね?」
 フェンリルは事情を説明した。
 アルマーとグレンは感心したようにお互いの顔を見合う。
「みのりさんが気になった何かも、その言い伝えに関係がありそうね」
「だな。なあ、おまえらさえ良かったら、一緒に行かねぇか? 遭難者探しと謎の解明に協力できると思うぜ」
「ああ、頼む」
 グレンの申し出に、フェンリルは微笑んで頷いた。
 そして、新たに仲間を増やして捜索に出てしばらく、北都がかすかにヒトのにおいを嗅ぎ取った。
 超感覚の耳と尻尾をぴこぴこと動かして、においのするほうへ慎重に歩を進める。
 同じく人間のにおいを感じた昶も、足跡などが残っていないか目を凝らした。
「いた……! 昶、手伝って!」
「任せろ!」
 雪に埋もれかけていたのは、シズルだった。
 だいぶ体が冷えている。
「こいつはオレが温めておくから、おまえは他のやつらを」
「うん」
「ローザ、あたし達も行こう」
 瑛菜がギターを置いてローザマリアに呼びかけると、彼女はアテナと{SFL0018821#エリシュカ}には歌を続けるように言った。
 そしてアルマーが二人目を発見した時、
「あんた、迷子か? それとも救助に来てくれた人か?」
 ふわりと、尋人がフライングボードで近くに下りてきた。
「今は救助のお手伝いをしているわ。そう言うあなたは?」
「オレはフェンリル達より先に行方不明者を探しに来てたんだ。ここから少し行くと崖になってる。行かないほうがいいよ」
「それは危ないわね。でも、落ちた人はいなかったのかしら」
「一人いたけど、かすり傷程度だった。でも、体が冷えてるから早く温めないと。──そうだ、フェンリル達はどこにいるの?」
「向こうのほうを探してるわ」
「ありがとう、行ってくるよ」
 尋人は再びフライングボードで宙を滑っていった。
 フェンリルを見つけた尋人は、見つけた人は雷號が雪豹の姿になって温めていることを話した。たまたま屋根のようになっている岩場を見つけ、そこで彼らが来るのを待っているという。
 その間、まだいるはずの行方不明者を探していたら、アルマーに会ったというわけだった。
 話を聞き終えたフェンリルは、この場は吹きさらしだからその岩場へ行こうと提案した。
 そこに北都がやって来る。
「この辺にはもういないみたいだねぇ。まだ見つかってない人達もいるけど……あ、尋人、無事だったんだ」
 北都は尋人に気づくと、安心したように頬を緩めた。
「見つかってない人の名前はわかる?」
「これだ」
 フェンリルは名簿を見せた。
「あ、この人はいるな。後はこの人と、それから……。ん……何人か名前のわからない人がいるけど、人数は一致するね」
「行方不明者だと思ってよさそうだな」
 フェンリルの言葉に尋人は頷いた。
「ところで、見つかった人達の中に目が覚めた人はいた? 僕のほうでは叩いたり揺さぶったりしても起きないんだよねぇ」
 難しい顔で北都が言うと、尋人も同じような表情で腕組みした。
「気付け用のお酒をオアシスの人に分けてもらって持ってきたんだけど、実は全然でさ。けっこう強いお酒だって聞いたんだけどな」
「そう……。じゃあやっぱり、この山に起こる現象そのものをどうにかしないとダメそうだね」
「何か方法か?」
「ヘルが昔のものを探しているけど、今のとこは雪に埋まってるのかよくわからないみたい」
「そうか……。それならフェンリルの言う通り、先に雷號のいる岩場に行こう」
 このことを全員に伝え、彼らは意識の戻らない者達を抱えて移動することになった。
 岩場では雪豹姿の雷號が、まだ目覚めない三人にぴったり寄り添っていた。
 それは大きな岩で、みんながその下に入ることができた。
 ところが、みのりだけは岩を見上げたまま入ろうとしない。
 アルマーとグレンも、彼女が入らないならと傍にいる。
「どうしたの?」
 気になったヘルが声をかけたが、みのりはじっと動かなかった。
 首を傾げたヘルも岩を見上げてみるが、特に何かがあるわけではない。
 けれど、ふと思いついた。
「今まで雪ばっかりだったからね。試しにやってみようかな」
 ヘルはサイコメトリで何か読み取れることはないかと、冷たい岩に触れた。
 ハッと息を飲む。
 そして、ドタバタと呼雪のもとへ駆け込んだ。
「呼雪、戦だよ! ここにあったっていう言い伝えの町は、戦で滅んだんだよ! この岩は大昔の住居の跡だよ!」
「わかった、ちゃんと聞くから落ち着け」
 押し倒すような勢いのヘルを、呼雪は馬を静めるように叩いて落ち着かせたのだった。

△ ▼ △


 朱鷺達が試作型式神から逃げて転がり込んだところは、広めの住居スペースだった。
 朱鷺が暴れる三体の式神の様子を見ている間に、恭也は部屋を見渡した。
「だいぶ廃れちゃいるが、他の部屋より広いし……立派、かな? たとえばこの敷物。なかなか手が込んでるぜ」
「そうネ。こんなに汚れてるのがもったいないネ。今なら立派な芸術品ヨ!」
 同意したロレンツォは、ゆっくりと部屋の隅々まで確認するように歩む。
 そして、倒されてすっかり砂埃をかぶった籐のようなものでできた椅子を起こす。
「昔はきっと、座り心地がよかったはずネ」
 砂埃を払い、ロレンツォはそっと腰かけた。
「ふふっ。こういう新年の過ごし方もオツなものネ」
 能天気に微笑んだ時、ロレンツォに若い女の幻が重なった。
 ハッと警戒する恭也達に、女は丁寧に膝を折って挨拶をした。
『ここは、この町の長の部屋です。わたくしは長の息子の妻です』
 静かな声で自己紹介をする。どこか遠くから響いてくるような不思議な声だった。
『ここは戦で滅びました。わたくしが嫁いで間もなく、他部族と争いになったのです。夫も戦に出て行きました』
「……帰って来なかったんだな?」
 彼女の表情からそう感じた武尊の言葉に、彼女は寂しそうに頷く。
「山に変な影響を出しているのはおまえか?」
 今度は恭也が尋ねた。
 ちなみにロレンツォは、自身に重なる幻を興味津々に見上げている。
『わたくしはそのような思いはありません。原因は他にあるはずです。心当たりがあるとすれば、戦の時に遠くに出ていたため、滅んだことを知らずに戻ってきた者達でしょう。でも彼らも、こんなふうにしたかったとは思えないのです……』
「なんでそいつらだと思うんだ?」
『彼らは呪い師です。あの時、儀式の準備のために出かけていたのです。この町の繁栄を願う儀式の準備のためでした』
「それを言うためにナラカに行かずに留まってたのか?」
『はい。彼らが何かを仕掛けたとすれば、おそらく祈りの間でしょう。祈りの間は、ここから……』
 行き方を聞くと、彼らはさっそく向かうことにした。
 すぐに試作型式神が追ってくる。
「スリル満点ネ! ほらみんな、走って走って!」
 どんな状況でもロレンツォは明るかった。


 先に祈りの間に着いたのはエース達だった。
 他に人はいないか探していて偶然見つけたのだ。
 廃れていても、ここが特別な場所だったことはすぐにわかった。
 祭壇や壁画があったからだ。
「少し、見てみようか」
 エースはそう呟くと、サイコメトリの能力を使って祭壇に触れてみた。
 ざらついた砂の感触の向こうから、嘆きの記憶が見えた。
 エースはしばらくの間、その記憶を追った。
「どうだった? その感じじゃ、何かあったようね」
 祭壇から手を離したエースにリリアが聞く。
 エースは、町の長の部屋に現れた幻が言ったことと同じ内容のことを話した後、彼女がすでに死んでいたために知らなかった出来事を話した。
「戻ってきた彼らは亡くなった同胞達を埋めた後、ここに集まった。昔の魔術のことはわからないけど、あれはこの町の人々が蘇ることを祈っていたんじゃないかな」
「それが何でことになったのかな」
「死んだ人が生き返るわけないじゃないか。推測だけど、彼らの無念や執念が歪んだ形で現れたんだと思うよ」
 エースの言葉に、リリアは複雑な表情で祭壇を見つめた。
「そんなん蘇らなくてよかったぜ」
 やれやれという感じでゲブーが言う。
「だってよ、綺麗に生き返るならともかく、そういうのってたいていはグロいだろ? 昔はかわいいおっぱいちゃんでも、生き返ったら腐りかけなんて興ざめどころかホラーだぜ」
「たとえはともかく、確かにそうだね」
 リリアは苦笑した。
「私、地祇みたいなものかなって思ってたけど違ってたね。でも、戻ってきたら滅んでた……か。つらいね」
「そうだね。身がちぎれるような痛みだっただろうね」
「ちょっとエース、何を想像してるのかな? 私はそう簡単にいなくなったりしないわよ」
 すました顔で言うリリア。
 エースは寂しい想像を見抜かれた恥ずかしさに苦笑を浮かべる。
「で、どうするのエース」
「俺にできるのは、冥福を祈ることくらいだね」
 エースはどこからか白い花束を出すと、そっと祭壇の上に置いた。
「もうそろそろ静かに眠ってもいい頃だよ。君達の同胞は先にいっているはずだから。もし、ここから出られないなら俺が力を貸そう」
 目を伏せ、エースはサイコメトリで見た、嘆き苦しむ彼らのために祈った。