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 正月編
 
 

 ――大晦日。
 神社には多くの参拝者が新たな年の始まりを祝うべく押し寄せていた。

 日付が変わるまであと少し、といった時に誰が始めたのかカウントダウンが始まり、群集を巻き込んでその数字を叫ぶ声はとてつもなく大きなものになっていた。

 ――3……2……1……

 ゼロを告げるように鐘が境内に鳴り響く。その音はとても澄んでいて、境内を埋め尽くすほどの人々の歓声に負けることもなく遠くまで鳴り響いていた。
 参拝待ちの列は年明け前からすでにできており、あれよあれよという間に蛇のように長くなってしまっていた。その列のあちこちで新年を祝う声が聞こえてくる。後ろを振り向くともうどこまで列が続いているのか分からないほどの人でごった返していた。
 人のパワーはすごいと思いながら、大岡 永谷(おおおか・とと)はようやく参拝の順番が回ってきたことで気を引き締めなおした。
 大岡はこれからこの神社でアルバイトがあるのだが、参拝のため早めに家を出てきたのだ。
 深く礼を二回して、手を二回叩く。
 深呼吸しながらしっかりとここに祭られているであろう神様に挨拶をするのだった。

 大岡は神社の娘だ。
 幼い頃から親に言われるがままに実家の神社の手伝いをし、言われたとおりにその跡を継ぐのだと。しかしいつの頃からだろう。本当にそれが正しいのかと考えるようになったのは。
 俺には何ができるのだろうか。
 自分を見つめようと教導団の騎兵科に入ってはみたが、やはり長年の習慣――というほどでもないが――しっかりと大岡の中に根付いて存在を主張する巫女の魂のようなものをこの時期は感じずにはいられないのだ。
 結局また相も変わらずこうして巫女のアルバイトに応募してしまっている辺り変わっていないと自分に苦笑しつつも、誇りを持ってその白に腕を通す。
 まもなく神楽舞の時間だ。
 何度となく練習してきた舞。また舞えるということが大岡にとってはとても大きなことだった。
 綺麗な白と対照的な紅をぬって、準備はほぼ完成だ。出番までのこの待ち時間が一番緊張する。
 普段は軍人として男言葉を使ったり荒々しい動作をすることも多いが、今日はいつもの大岡ではなく『巫女としての大岡永谷』なのだ。
 自分のことを私と呼ぶのはいつ以来だろうか。普段の乱暴な口調ではなくきちんと丁寧にそれでいてしっかりと穏やかな発言ができるだろうか。元々はそういう話し方をしていたのだから大丈夫と言い聞かせて大岡は立ち上がる。
 他の巫女に続いて舞台に上がれば、冷たい空気に包まれたその空間がより神聖なものに感じる。せっかくなのだからみんなに――どうせならここの神様にも楽しんでもらわないととスイッチを切り替えて大岡は舞台で舞う。
 鈴と太鼓、笛が鳴り響き神楽舞は始まる。
 扇やぬさを持ち舞台で舞う巫女たちはとても神秘的だ。ともに舞っている大岡でさえそう思えて仕方ないのだから、きっと参拝客から見てもそうなのだろう。
 曲が終わればあちこちから拍手が沸き起こる。
 寒空の下、ほんの少しだけ汗ばむような熱を感じて、大岡はふっと笑顔になった。
 
「新しい年の始まりだ」




 ごーん、という鐘の音に、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は目を覚ました。

「はにゃ?」

 ごろりとベッドで寝返りを打てば、いつの間にか隣で寝ていたはずのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がいなくなっている。
 まだ眠い頭をのそりと起こして部屋を見渡すが、大好きな相方の姿は見えない。

「ん〜……」

 付けっぱなしだったのかテレビでは神社の映像が映し出され、多くの参拝客が画面いっぱいに映っている。
 あちこちに散らばっていたはずの服がきちんと畳まれて椅子に置いてある。
 うつろな顔で夕べの記憶を探る。
 せっかくの大晦日だからと二人で食事してお酒も飲んで、とってもいい雰囲気になってそのまま……。
 思い出してなんだか少し恥ずかしくなってぼすりとふとんに頭を埋める。素肌に触れるシーツやふかふかのふとんの感触は心地よく、柔らかくセレンを包み込む。

 あ、ちょっとだけど、セレアナの匂いがする……。

 すうっと深呼吸すれば大好きな人の残り香がある。
 起き抜けのふわふわとしたテンションのままうふうふとベットで笑っていると、カチャリとドアが開きセレアナが現れた。

「おはようセレン、起きたのね」

 セレアナがきしりとベッドに腰掛ければ、石鹸のいい匂いが漂ってくる。しかし、水分をたっぷり含んだだろう黒髪は丁寧に乾かされ、紅潮していた綺麗な顔はいつも通りのクールビューティーに戻っている。

「ごめーん、寝ちゃってたー」
「いいのよ。まだ一時間経ってないから」
「あれ、そんなもん?」

 もっとずっと長く二人きりで眠っていたような気もするのだが、時計を見れば確かにそう時間は経っていなかった。

「ふふ〜、セレアナいい匂い〜」

 大好きな人の腰を抱きしめれば、はいはいとあしらわれる。眠りに落ちる前までのあの情熱さはどこに行ってしまったのだろう。

「ぶ〜……セレアナなんか冷たい〜」
「もう。一緒に出かけるんでしょ?」

 テレビを指差せばそこに映っているのは神社。
 すでに襦袢に袖を通しだした相方の色気は凄まじいが、それよりも一緒に出かける約束をしていたことに、眠気などどこかに吹き飛ばしてふとんから出るのだった。

「う〜、やっぱりきついよう」

 きっちりと締められた帯に息苦しさを感じながらセレンは隣を歩くセレアナに声をかける。

「でもきっちりしないと途中で緩んで大変なことになっちゃうわよ? ま、それはそれで面白そうだけど」
「あ、ヒドイ」
「慣れれば平気よ」
「そうかなぁ……」
「どうせそんなことも忘れるくらい楽しんじゃうんだから」
「ん? 何か言った?」
「いいえ」

 二人で他愛のない会話をしながらからころと草履の音を響かせて歩く。
 いざ境内に着く頃には、もう帯が苦しいだの歩きづらいだの文句は消え、すっかりとお祭り気分になってしまったようだった。

「見てみてセレアナ! すごい人ごみだよ〜。はぐれないように手つなご」
「あっ、あっちに屋台があるよ〜美味しそう〜! ね、あとで食べに行こう!」
「おみくじ引きたい! あとお守りも買わなきゃ!」
「あ〜、なにお願いしようかな〜」

 人ごみの中、慣れない着物で疲れてしまうのではないかとセレアナは心配していたがどうやら杞憂だったようだ。表情をくるくると変えてはまるで新しい発見でもしているかのように楽しそうに笑う。
 二人で並び、手を合わせて参拝する。
 先ほどまでの楽しそうな表情は一変して真面目な顔で祈りを捧げるセレンを見て、セレアナが微笑んだことを彼女は知らない。
 そんな真面目な彼女だからこそ、こんなにも好きだということを改めて感じてセレアナも同じように祈りを捧げた。

「うわっ、凶!」

 参拝を終えてお守りとおみくじを買ったのだが、正月早々運がないと嘆くセレンに「今が凶ってことはこれから良くなるってことよ」と告げて一緒に木に結んでやれば、しょんぼりしていた彼女はどこへやら、セレンの興味は早速近くの屋台へと移ったようだった。

「今年も目一杯振り回されそうね……」

 愛のある溜息を一つはいて、笑顔で先を歩く恋人のもとへとセレアナは歩き出した。