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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 4

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4 チルチルとミチル、夜のごてんへやってくる

「あれ? 光が消えた?」
 チルチルとミチルが『思い出の国』を完全に出た直後、真っ暗になってしまった足元にタケシは驚いた。
「どういうことだよ? まさか本の外で何か起きたのか?」

 あわてるタケシと反対に、リーレンはじっと光の消えた足元に見入る。
「……ああそっか。夜なんだ」
 そしてすうっと息を吸い込み、頭に浮かぶ言葉を紡いだ。


 霧に包まれた『思い出の国』を抜けたチルチルたちは、いつの間にか夜の女王が支配する国にたどり着いていました。
 ここは決して夜が明けない国。
「夜の女王さまは青い羽根をした月の鳥と呼ばれる鳥を飼っている」
 チルチルは街の人からそんな話を聞きます。
 夜の女王は『夜のごてん』に住んでいます。
 そして『夜のごてん』には、本当にたくさんの扉がありました。




「きれいねえ、お兄ちゃん。私、夜がこんなにキラキラ光ってるなんて、知らなかったわ」
「そりゃあおまえは陽が落ちたらさっさと眠っちまうからさ」
 夜空を見上げて素直にため息をつくミチルを見て、チルチルは言った。
 その目が、前方のとある一点に吸い寄せられる。
「あっ、あそこ! 真っ黒い山かと思ったらお城みたいだ! 行ってみよう、ミチル!」
「そうね」

「やれやれ。どことも知れない場所だというのに、無防備な子どもたちだ」
 駆けて行く2人を追おうとした<猫>のベルテハイトは、グラキエスが動かないのを見て足を止めた。
「グラキエス?」

「どうやら俺はこの国に入れないようだ」
 <光>のグラキエスはそう言って、目の前の空間に手を打ちつけた。
 見えない何か壁のような物があって、頑として彼が先へ進むのを拒否している。
「2人とも、あの子どもたちを頼んだぞ」
 グラキエスの言葉に、ゴルガイスとベルテハイトはうなずいた。


 そんなやりとりがあったことも知らず、チルチルとミチルの2人は夜の街を走り抜け、夜のごてんへ飛び込んでいた。
 黒い大理石で作られた丸い柱、敷石にはどれも金の飾りがついていて、とても豪華だ。
 まるで外国の神殿のような夜のごてんの美しさにすっかり魅入られた2人は広間の赤いじゅうたんの上をどんどん歩き、石の階段を上がって、両側に青銅の扉が連なる広い回廊へと差しかかったところでようやく青い鳥探しのことを思い出したのだった。

「青い鳥! お兄ちゃん、青い鳥を探さないと! どこにいるのかしら?」
「うーん。とりあえず、部屋をかたっぱしから覗いて見るか」
 互いに思い思いの別の扉の前に立ち、引き開ける。
 ミチルが開いたドアの向こうは真っ暗で、真下にはぽっかりと穴が開いていた。
「これって…」
 まるで沼の水面のような闇の穴を、怖々上から覗き見るミチル。そこに<犬>が追いついた。
「閉めろ、ミチル!」
 言いながら自ら体当たりして扉を閉める。
「ここに詰まっているのは<病気>だ」
「えっ? じゃあこっちは?」
「そちらは<幽霊>だ。恐ろしい化け物がいる。開けてみたいかい?」
 <猫>の言葉にミチルはぶるぶるっとすくめた首を振った。
「私、怖いわ。おうちに帰りたい、お兄ちゃん!」
 泣きながら兄チルチルの姿を求めて振り返ったが、チルチルは回廊のどこにもいなかった。
 1つだけ開きっぱなしの扉がある。
 扉の向こうから聞こえるのは、激しい銃弾と走り回る足音。

「しまった! <戦争>の部屋に入ったのか!」



「いたた…。ここはどこだ?」
 チルチルはすり傷のできた腕をこすりながら身を起こした。
 <犬>たちがやってきたのを見てミチルの方を振り返った直後、だれかに襟首を掴まれてなかへ引っ張り込まれてしまったのだ。
 しかしそばに彼を引っ張り込んだ人物の姿はなかった。
 きょろきょろ辺りを見回して、自分がいるのはどこか街の路地裏らしいことが分かる。
「どうしよう……ミチルたちとはぐれちゃった」
 途方に暮れていると。

「おい! そこの!」

 表の道の方から声がかかった。
 街燈に照らされた大人の人影が見える。
「え? 俺?」
「そうだ、きさまだ! そこで何をしている!」
「ええと…」
 何と答えていいか分からないまま、ひょこひょこと出て行く。近付くにつれて街燈の光が強まり、チルチルは相手が大人の女の人で、軍服を着ている軍人だということが分かった。
「む? 民間人、しかも子どもか」
 リブロ・グランチェスター(りぶろ・ぐらんちぇすたー)もまた、出てきた相手が小さな子どもであることに驚きを隠せない。
 しかしそれもつかの間、飛び交う銃声とばたばたという足音に、すぐさま表情を引き締めた。
「子ども! 私の後ろにいろ!」
 闇のなか、近付く革靴の音に向け銃を構える。
「俺はチルチルだよ」
 答えつつも、チルチルは怖くなってリブロに従った。

「何者だ!」
「私です、元帥」
 街燈の光の下に現れたのはアルビダ・シルフィング(あるびだ・しるふぃんぐ)だった。
 相当の戦火をくぐり抜けてきたらしく、ほおや手足に傷を負っている。服も所々が裂け、煤をかぶったようにうす汚れていた。
「シルフィング少将。報告しろ」
「はっ。先ほど上層部より電文が入りました。この街の防衛は放棄し、第四防衛陣のモティバの町まで下がれということです」
「今さら勝手なことを。包囲網が完成し、四方が敵という状態で、どうやってそこまで退けというんだ」
 リブロは歯を食いしばった。
「どうしますか、元帥」
「――ひとまず本部へ戻る」
 と、そこで思い出したように足元のチルチルを見下ろす。
「こいつは収容したほかの民間人の元へ連れて行け」
「分かりました」
「だめだよ!」
 チルチルはあわてて首を振り、リブロのズボンにしがみついた。
「俺、妹を捜さないと! ミチルとはぐれちゃったんだ! ねえ軍人さん! 一緒に捜してよ!」
「なに?」
 リブロは少しいら立った声を上げ、直後そんな自分を戒めるように目を伏せた。
「子どもよ。今、兵たちが街じゅうを回って逃げ遅れた民間人を避難所へ集めている。そこにおまえの妹もいるかもしれない」
「いなかったら?」
「私がともに捜してやろう。それでいいな?」
 声には有無を言わせない力が込められていた。
 チルチルはうなずいて、ズボンを握り締めた手の力を解く。銃を手に、リブロは銃声の止まない街のいずこかへと姿を消した。

 心もとなさそうな顔で見上げてくるチルチルに、アルビダはにかっと笑って見せる。
「さあ、行くぞ。小僧」
「……うん」



 チルチルはアルビダに連れられて、とあるビルに入った。
 そこには大人も子どももいっぱいいて、まるで街の集会所のように騒がしいと思った。

 ドアの外れた入り口から部屋のなかを順々に覗き見しながら歩いて行く。
「どうだ? 妹はいるか?」
「……ううん」
「そうか。ここにいないとなると、あそこかもしれないな」
「あそこ?」
「連れてってやろう。ついて来い」

 アルビダが向かったのは傷を負った人たちが数多くいる場所。治療室だった。
 ベッドや部屋が足りないらしく、包帯を巻かれたけが人たちは廊下まであふれ、座わり込んでいる。
 無気力そうに投げ出された足をひょいひょいと巧みに避け、アルビダは一番奥の部屋へたどり着くとノックの返事も聞かずドアを開けた。
「ドクター、いるか?」

 キイィと丸イスをきしませて書き物机から振り返ったのは、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)扮する医師だった。
 よれよれの白衣を着て、まるで老犬のような疲れきった目をしている。
「なんだ? アルビダ。どこかけがでもしたのか」
 そう言いながら、窓のそばで控えていた看護師姿のヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)に向けて手を振った。
「はーい」
 アリアも慣れたもので、それだけで戸棚から消毒薬等必要な器材を取り出し、トレイに集め始める。
 アルビダはあわてて手を振った。

「ああ、いや。違うんだドクター。たしかに多少けがは負っているが、治療は必要ない範囲だ」
「そうか。じゃあ何の用だ」
「人捜しだ。子どもを捜している」
「子ども? どんな?」
「俺の妹で、ミチルっていうんだ!」
 それまでずっと黙って様子をうかがっていたチルチルが、叫ぶようにしゃべり出した。
「女の子だよ。背丈はこのくらいで……犬と猫を連れてる!」
「だ、そうだ。ドクター知らないか?」
「そうだな…。何しろここには子どもも大勢避難してきているからな。何人かそれらしい心当たりはあるが…」
 傍らに膨大に詰まれたカルテをペラペラめくりながら記憶を探り始めた涼介に、アルビダはチルチルと人捜しを押しつけることに決めたようだった。
「そうか。じゃあドクターに頼むとしよう」
「え?」
「よかったな、小僧。このドクターがきっと妹と会わせてくれるぞ」
「おい?」
「私には仕事がある。これから重要な会議に出なければいけない。頼んだぞ、ドクター」
 そう言って、さっさとアルビダは姿を消してしまった。

 じーーーっとチルチルは涼介を見つめている。
「妹はどこ?」
「まいったな…」

「きみ、名前なんて言うの?」
 機転を利かせたのはアリアだった。
 テテッと前に進み出てしゃがみ込む。
「チルチル」
「そう。ボクの名前はアリアクルスイド。アリアって呼んでくれていーよ!
 さあ、向こうへ行こう。いつまでも戸口に立ってると、ドクターの診察のお邪魔になるからね」
「でも俺、妹を捜さなきゃいけないんだ。あんたたち、妹のいる場所知ってるんだろ?」
「うーん…。でも今ドクターもボクも忙しくて、ちょっとここから離れられないんだよね。終わったら一緒に捜してあげる、っていうのはどう?」

 チルチルはうさんくさそうにアリアを見つめた。
 それは先の軍人からも聞いた。だけどちっともミチルを捜してくれない。
「俺、自分で捜す」
「あっ、だめだよ」
 部屋から飛び出して行きかけたチルチルを、あわてて抱き止めた。
「今外は危ないんだ。それに、ここは広いから。妹さんだけじゃなくてきみまで迷子になっちゃうよ。だから――」

 そのとき、間仕切りのカーテンの向こう側で「ううう」とうなる男の声が聞こえてきて、アリアははっと口をつぐんだ。

「いけない。忘れてた」
 しっ、と口の前で人差し指を立てる。
「おねえちゃん?」
「今、向こうでは大けがを負った人が寝ているんだ。大きな音は傷にさわるから、なるだけ声も小さくして、走り回らないようにしようね」
 そう話す間もちろちろとカーテンの向こう側の様子をうかがうアリアの前、涼介がカーテンを引き開けて入って行く。


「目を覚ましたか」
 涼介からの言葉に、兵服を着たローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)はベッドにあお向けになったエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)から目を離した。
 エヴァルトは頭と胸に血のにじんだ包帯を厚く巻いている。ローザマリアも肩から左腕を吊っているが、エヴァルトの方がはるかに重傷だ。

「そうみたい。さっきからときどきうめき声を発しているわ。
 ねえドクター、お願いだから彼に痛み止めをあげてくれない?」
「それは…。
 ローザ……さっきも言っただろう」
「残り少ない薬は助かる可能性のある人のための物。ええ、そうね。だけどともに戦った友がこんなふうに苦しむのをただ見てるしかできないなんて……つらいの」
 ローザマリアは悲痛な表情を隠すようにうつむき、顔をおおった。だが肩が震えている。
 そんな彼女を見つめる涼介もまた悲痛な思いでいることを隠していなかった。
 しかしローザマリアが口にした言葉はその通りだ。配給は止まったというのにけが人は増える一方。1本の鎮痛剤は黄金に等しい。

「ロー……ザ」
「エヴァルト!」
 がたん、とイスを揺らしてローザマリアが立ち上がる。
 彼女を探すように持ち上げられたエヴァルトの手を、ぎゅっと握った。
「ここは……どこだ…」
「拠点よ! 私たち、戻れたの!」
「そうか…。きみは……無事、か…?」
「ええ…。みんなが生きて戻ってこれたのは、あなたのおかげよ…」
「そうか……戻って…」
 そこでエヴァルトは大きくため息のように息をついた。言葉を発するのも重労働のようで、しばらく沈黙したあと再び口を開く。

「俺は…………死ぬんだな…」
「エヴァルト! そんな…っ」
「いいさ、ここで死んだって……おまえたちが無事なら、それだけでしあわせだ…。
 いいか、小僧…」
 エヴァルトの言葉に、ローザマリアと涼介がはっとなった。
 いつの間にかカーテンをめくってチルチルがこちら側に入ってきてしまっている。
 死は子どもが見ていい場面ではない。そう思ったが、エヴァルトに呼ばれたと思ったチルチルはベッドへ近付いて、その頭にエヴァルトの手が乗って、引き離せなくなってしまった。

「おじさん、死ぬの?」
「ああ…。今はまだ分からないだろうが……いずれ、おまえにも……死の瞬間が来る」
「そうなの?」
「ひとは……生まれながら平等なことなんて、何ひとつないと思ってるやつもいるが……そんなのは、間違いだ。
 死は、平等だ。俺にも、敵にも……おまえにも、必ず来る」
 ひじを立て、体を起こそうとするエヴァルトをローザマリアが脇から支える。
 エヴァルトは真正面からチルチルの目を覗き込んだ。
「死を恐怖してはならない。しかし、死をやすやすと受け入れてはならない。生き延びるために死ぬ覚悟で戦い、全ての役目を果たしたと思った時にだけ、死を受け入れるんだ」

「エヴァルト、もうそれくらいにしておけ。休むんだ」
 ぶるぶると震える体を見かねて涼介が言う。

「ドクター……分かったよ。俺ももう長くないし、な…。やりたいことは、果たせたようだし……そろそろ休ませてもらうよ…。
 小僧。おまえ、青い鳥を探してるんだろう?」
「どうしてそれを!?」
 目を瞠るチルチルに、にやりと片ほおで笑う。
「死に際の人間の、たわごとだと思えばいい…。
 見つかるといいな、青い鳥…。俺みたいに、死ぬ間際じゃなく、な…」
「見つけたの? おにいちゃん!」
「ああ……あのとき……たしかに、見た…。あれ、は……夢なんかじゃ…。
 俺も……次、生まれてくるときは……きっと、幸せ…に…」

「エヴァルト!! ……ううっ」
 枕元にこぶしを打ちつけ、ローザマリアは声を殺して泣いた。
 涼介はこぶしを震わせ、カーテンをたたきつけるように閉めて出て行く。

 こちら側ではアリアが心配そうな顔で立っていた。

「涼介兄ぃ…」
「アリア。彼は亡くなったよ」
「自分を責めちゃだめだよ。涼介兄ぃはここでできることを精一杯やってるんだ」
「ああ、分かっているよ。ここには負傷や病で明日とも知らぬ患者が多くいる。私は医者で、患者に最善の治療を施すが、全ての患者を救うことはできない。
 分かっていても、それでも思ってしまうんだ。私は本当にベストを尽くして、その結果がこれなのか? と…」
 こうして死に直面するたびに、行き場のない焦燥と無力感がずしりと重くのしかかる。
 いっそ……という思いが閃いたのも1度や2度ではない。
 けれど、それでも彼は白衣を脱ぐことはしなかった。
「私は決して万能ではない。そんなこと、考えたこともない。私はただ、2本の腕を持つ無力なただの人間だ。この手で掴めるものなどたかがしれている…。
 私は常々こう考えているんだよ。私にできることは限られている。こんな私だが、その人が最後に心残りがないように見届け、手助けすることくらいはできるはずだとね」

 人は生まれたからには必ず死が訪れる。それは遅いか早いかの違いでしかない。これは生きるうえで運命の糸を手繰る女神が決めた定め。天地が引っくり返ろうが変わることのない不変の真理だ。だから

『人は一生懸命に生きる。一生懸命に死ぬために』

「確かに死に直面すると、その恐怖や狂気に駆られて不安になる人が多い。私もそういう人をここで多く見てきた。でも、これは考え方、心の持ちよう次第なんだ。死を絶望のように恐ろしいものと取るか、生涯の完成として取るか。
 幸いにして、エヴァルトは後者を取った。彼はローザや、彼に救われた者のなかに長くとどまり、生きていくだろう。彼は生きる場所を変えただけだ。
 だから私はここにいるんだ。彼らが1人でも多く、幸福な死が訪れるように……その手助けをできることが、私にとってのしあわせでもあるから…」
「……ボクは、涼介兄ぃのこと誇りに思ってる。少しでも涼介兄ぃの役に立てたらって思うよ」


 そのとき、廊下をこちらへと走ってくる軍靴の音が聞こえた。少し神経質な、急いた足音。
 足音の主はノックもせずドアを開くと、叫ぶような声でこう伝えた。
「ドクター! 今すぐ荷物をまとめてください! 撤退が決まりました! この拠点を引き払い、モティバまで退きます!」

「モティバか。やれやれ。今の状態でそこまでたどり着ける者がどれほどいるのか…。それでも逆らうわけにもいかないだろう。
 アリア、準備を」
「はい」

 涼介は不安そうに立つチルチルへと視線を向ける。

「聞いたとおりだ。私たちはここを出て行くことになった。きみはどうしたい? 私たちと一緒に来るかい?」
「俺……俺、妹を見つけたい。きっとあいつ、泣いてる。泣き虫なんだ。早く見つけてあげないと」
「どこにいるか分かっているの?」
「…………」

 そのとき、窓からの風に乗ってかすかにリュートの旋律が聞こえた。

「……うん。多分」
「そう。
 なら、行くといい、未来あるものよ。自らと大切な人の生を愛するために。死は決して恐れるものではないのだから」
「そうよ」
 と、カーテンを引き開けて出てきたローザマリアが言う。
「家族は、何物にも代えがたいわ。だからこそ、何かを為し、託し、そして役目を終えるの。
 死は確かに怖い――でも、もし「その時」に何かを為し終えていたとしたのなら、それはひとつの終わりにすぎず、形を変えた、もっと別のことの新たな始まりにすぎない。そう受け容れることもできるわ。
 それが今だと思うなら、負けないで。できる限りのことをして、あらがいなさい」

 チルチルを後ろから抱き寄せ、ぎゅっとアリアが抱き締めた。
「ね、チルチル。窓を見て。ほら、山の近くに大きな扉が見えるでしょ。妹さんを見つけたら、あそこへ行くの。そうしたらここから抜け出せて、元の世界へ帰れるから」
「! おねえちゃん、どうしてそれを――」
「ナ・イ・ショ! 特に夜の女王さまには秘密だよ? きみがかわいいから教えるんだから」
 ちゅっとほおにキスをして、アリアは続ける。
「ボクはここから動くことはできないけど、きみと妹さんならきっと見つけることができるよ。だって、きみの瞳はこのつらい『夜のごてん』の中にいても、強く光り輝いてるもの。
 きみたちに、青い鳥が見つかりますように」
 アリアはそっと手を開き、涼介たちのいる場所まで退いた。

 涼介、アリア、ローザマリアがチルチルを励ますように見つめている。


「……うん。ありがとう、おにいちゃん、おねえちゃんたち。俺、がんばるよ!」

 チルチルは元気よく駆け出して行った。