シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

愛を込めて看病を

リアクション公開中!

愛を込めて看病を
愛を込めて看病を 愛を込めて看病を

リアクション

 目を覚ました月崎羽純(つきざき・はすみ)は、頭ががんがんと痛むのを感じた。身体も鉛のように重く、動く気にならない。
「んー……っ」
 隣では遠野歌菜(とおの・かな)が気持ちよさそうに伸びをしていた。
「今日は家でのんびり出来るね……って、羽純くん?」
 と、彼の異変に気づく歌菜。
「顔色が悪いけど、どうしたの?」
「ん……風邪、かも」
 ぴたっと羽純の額に手を当てて、歌菜は半ば叫ぶように言った。
「やだ、熱があるじゃない! ちょっと待ってて」
 と、あわててベッドを出て行く。
 羽純はため息をついた。雪が降っているせいだろうか、寒さで弱ったところを風邪のウイルスにやられてしまったようだ。
 台所へ着くなり、歌菜はてきぱきと紅茶を淹れ始めた。生姜の紅茶に蜂蜜を加え、すぐに羽純の元へ持っていく。
「羽純くん、飲める?」
 と、彼の身体を起こしてやる。
 どうにか起き上がった羽純は、歌菜に差し出された紅茶にゆっくりと口をつけた。身体の芯からぽかぽかと温まっていくのが分かる。
 心配そうに歌菜が見つめる中、羽純は紅茶を飲みきることなく、再びベッドへ横たわった。
 歌菜が優しく毛布をかけてくれたかと思いきや、羽純の意識はあっという間もなく闇へと落ちる。
「……羽純くん」
 彼の顔色はまだ悪く、触れてみるとかすかに震えているのが分かった。
 紅茶をテーブルの上へ静かに置いて、歌菜は決心する。
 そして羽純の布団へ潜り込むなり、ぎゅっと抱きしめた。人肌で温めようというのだ。
 すると、彼の震えがおさまった気がした。彼の負担にならないよう、そっと優しく抱きしめる歌菜。――羽純の風邪がうつったとしても、かまわなかった。

 いつの間にか、歌菜も眠ってしまっていたらしい。気づくと昼間をすぎていた。
 歌菜は羽純の様子を見て、ほっと安心するように微笑んだ。彼の顔には赤みが差し、震えもすっかり止まっていた。代わりに羽純は汗をかいている。
 すぐにベッドから出て、歌菜は蒸しタオルを用意した。
 羽純の身体をタオルで拭いてやり、着ていたパジャマも新しいものへと替えてやる。それから、今度は濡れたタオルで彼の頭を冷やしてあげた。

「……」
 目を覚ました羽純は、今朝よりも身体が軽くなっていることに気づいた。いつの間にかパジャマも替わっているし、額にはタオルまで載せられている。
「目、覚めた? 羽純くん、具合はどう?」
 と、歌菜が上からのぞきこんでくる。
「だいぶ、よくなった……けど、悪かったな」
 と、謝る羽純。歌菜に世話をかけてしまったことが申し訳なかった。
 すると、歌菜はいつものように明るい調子で言った。
「なーに言ってるの。羽純くんのお世話をするの、楽しいよ」
 と、まるで花が咲いたように笑う。
「だって……私は奥さんだもん」
 ああ、そうだった。羽純は温かな気持ちになりながら、にこっと微笑みを返した。
「ありがとう、俺の……奥さん」
 と、彼女を引き寄せてキスをする。彼女に風邪がうつってしまったら、その時はきちんと責任を取って看病しようと心に決めた。
 キスを終えると、歌菜は尋ねた。
「羽純くん、食欲はある? 栄養たっぷりの雑炊を作っておいたの」
「ああ、食べるよ」
 歌菜の愛に包まれて、羽純はとても幸福だった。

   *  *  *

「熱はあるのか?」
 と、由良叶月(ゆら・かなづき)は尋ねた。
「うーん、38度くらい……」
「よく起きあがれたな」
「だって、ずっと寝ているだけじゃつまらなくて」
 と、松田ヤチェル(まつだ・やちぇる)は少し口をとがらせた。
 叶月は呆れたように息をつき、ベッドへ入った彼女へしっかりと毛布をかけてやる。
「何かほしいものがあったら言えよ。すぐに作って――」
 と、叶月の言い終わらないうちに扉がノックされた。
 同時に二人は振り向き、尼崎里也(あまがさき・りや)が姿を現した。
「ヤチェル、そなたが風邪を引いたと聞いてお見舞いがてらいいものを持ってきた」
 と、室内へ入ってくる。
「まぁ、里也ちゃん……お見舞いに来てくれたのね、嬉しいわ」
 と、ヤチェルは微笑む。
「最近は風邪が流行しておりますからな」
「で?」
 と、叶月は口をはさんだ。
 すると里也はどこか不敵に笑いつつ、持ってきたものを取り出して見せた。
「フフ……体調が悪い時はこれが一番です!」
 甘酒だった。
「何、これは民間療法だから飲酒しても大丈夫ですぞ」
「っていうか、飲む元気はあるのか?」
「うーん……大丈夫じゃない?」
 と、ヤチェルは身体を起こす。とっさに手を貸す叶月だが、動きは何となくぎこちなかった。
「そうそう、私特製の卵酒も用意しては来ましたが……」
「甘酒でいいわ、里也ちゃん」
「そうですか。では……」
 と、甘酒を叶月へ差し出す里也。飲ませてやれ、と言っているようだ。
 叶月はしぶしぶ甘酒を受け取ると、台所へ向かった。
「そういえば、朔から伝言を頼まれていたのだった」
 と、里也はヤチェルの耳元へ口を近づけ、叶月に聞こえないような声で言う。
「『早く良くならないとせっかくのイベント(バレンタイン)に二人でイチャラブできないぞ』だそうです」
 ヤチェルの脳内に椎堂朔(しどう・さく)の顔が浮かぶ。結婚し、現在は妊娠までしている彼女を思うと、ヤチェルは何だか微妙な気持ちだった。
「……もう、朔ちゃんったら」
 と、ヤチェルはそんな気持ちなど隠すように口をとがらせてみせた。

 甘酒で身体が温まったところで、ヤチェルは大人しく眠ることにした。
 おかゆでも作ろうかと台所に立つ叶月だが、里也が隣へ来たためにびくっと身構える。
「さて……叶月。ヤチェルとはどこまで進んだのですかな?」
 と、笑顔で問いかけられる。
 叶月は言葉に詰まった。まったく進展がないわけではないが、普通のカップルに比べるとはるかに遅いペースで進んでいる。
「そなたの事だから未だに同衾すらしていないのだろ。まったく、ダメですな……弱ってる時こそチャンスですぞ?」
「な、何がチャンスだよ。あいつは病人なんだぞ」
「おそらく、ヤチェルも待っているのでしょうな……じれったい」
 叶月はむっと口を閉じ、何も言い返せなくなった。
 すると何を思ったのか、里也は言った。
「『俺の人肌で温めてやるよ!』とか『俺に風邪をうつすんだ、ハニー!』とかやってみればいいですぞ」
「っ……! んなこと出来るかっ」
「まあ、冗談ですが」
「……」
 相変わらず里也のペースにはめられている。叶月は心の中でため息をついた。

   *  *  *

 まさしく医者の不養生だ。
「38度7分、って……」
 と、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)はつぶやく。目を覚ますなり身体が重いと思ったら、高熱が出ていた。ここのところ、レポートや論文で忙しかったとはいえ、自分の体調管理をきちんと出来ていなかったことが悔やまれる。
 仕方なく、涼介は今日一日、休むことにした。

「お父様が風邪をひかれただなんて……しっかり看病しなくてはいけませんわね」
 と、ミリィ・フォレスト(みりぃ・ふぉれすと)は言った。
「ええ、そうですね。まずは、おかゆを作りましょう」
 と、ミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)
 風邪で倒れた涼介のために、母と娘は協力して病人食作りを始めた。
 おかゆを始めとして、身体を温めてもらえるように生姜湯も用意する。フォレスト家の生姜湯は、下ろした生姜の絞り汁に蜂蜜とくず粉を混ぜてお湯で溶かしたものだった。

 窓の外は雪、真っ白な世界がどこまでも続いている。
 イルミンスールでは毎年雪が降っていたため、涼介はあまり気にも留めずにいた。しかし、こうしてベッドで休んでいると、静けさを感じ取れた。まるで、雪に周囲の音が吸収されているようだ。
「涼介さん、おかゆが出来ましたよ」
「お父様、生姜湯も用意いたしましたわ」
 と、ミリアとミリィが揃って部屋へ入ってくる。
「ああ、ありがとうございます」
 と、涼介は視線を室内へ戻す。
 すぐそばまでやってきた二人を見て、涼介はふと首をかしげた。
「どうかしましたか? あまり近くにいられると……その、風邪をうつしてしまいますので、なるべくなら近くに……」
「おかゆを作ってきたんですよ」
「え? ああ、おかゆ……」
 熱があるせいで涼介の頭は鈍っているらしい。
「もしかして、二人で作ってくれたのですか?」
 と、涼介は尋ねた。
 ミリアとミリィはにっこりと微笑んで頷く。
「そうですよ」
「ええ、お父様のために頑張りましたの」
 ミリィは、涼介が身体を起こすのを手助けした。
 それからミリアはおかゆをすくったスプーンを、夫の口元へ運ぶ。
「はい、どうぞ」
「え? ちょっと、恥ずかしいですね……」
 と、言いながらも涼介は口を開ける。
 食べさせてもらったおかゆは美味しかった。二人の想いが込められているためか、不思議と安心の出来る味だ。
 涼介はふと、幸せな気分になった。
 目の前に妻がいて、娘がいる。料理上手で素敵な美人の奥さんと、人の気持ちをきちんと思いやれる可愛い娘に、こうやって看病されているのだ。
「ありがとうございます、ミリアさん、ミリィ」
 と、涼介は改めて感謝を伝える。
 ミリィはにこっと微笑んで、愛する父へ言った。
「お父様の風邪が早く治るように、わたくしも頑張って看病をしますわ。だからお父様、早く元気になってくださいね」
 と、涼介の頬へ、ちゅっとキスをする。
 照れくささを覚えながらも、涼介は微笑んだ。ミリアもまた、微笑ましく彼らを見ていた。

   *  *  *

「風邪なんてヤダ……うぇぇ」
 と、嘉神春(かこう・はる)はベッドの中でつぶやいた。
 神宮司浚(じんぐうじ・ざら)は困惑しつつも、彼の額に濡れたタオルをあててやる。
「ちゃんと大人しくしてれば平気だよ」
「うぅ、でもずっとお布団の中にいると、熱いよ。アイス食べたい」
「じゃあ、起きてる?」
「うん」
 と、身体を起こした春だったが、すぐに寒気を感じて身震いした。
「寒い。おかゆ欲しい」
「え、アイスでしょ? ああ、それともおかゆの方がいいのかな」
 春は再び布団の中へもぐり、考えた末に答えた。
「……おかゆ」
「分かった」
 浚は春にきちんと毛布をかけて温かくしてやると、台所へ向かった。
 これまでに、あまり風邪をひいたことのない春は、少し不安に思っていた。身体はだるいし、寒気はするし、汗はかくし。自分でも自分の体がどうなっているのか分からない。

 数十分後、おかゆを作って戻ってきた浚を、春はじっと見つめた。
「ちゃんと食べられる?」
 こくりとうなずいてから、春は口を開けた。
「あ……」
 食べさせて、と言いたいらしい。
 浚は彼のすぐそばに腰を降ろすと、スプーンでおかゆをすくって彼の口元に運んでやった。
「はい、春」
「ぁ、ん…………うん」
「もう一口、いける?」
 春がうなずいたのを見て、浚は二口目をすくった。先ほどと同じように口元へ運び、春が食べるのをじっと見守る。
「……もういいや」
「お腹いっぱいになっちゃった?」
「うん……熱いし」
 と、春はベッドへ横になる。
 浚は仕方なく、おかゆの入った皿を台所へ置きに行こうと腰を上げた。すると、春が弱々しく口を開く。
「春の風邪、ちゃんと治る?」
「うん、もちろん治るよ」
「……行っちゃヤダ」
 と、浚の袖をつかむ。どうやら、よっぽど気が弱くなっているようだ。
 浚は手にした皿を手近なテーブルへ置くと、春へ言った。
「大丈夫、俺はずっと春といるよ」
「うん。ねぇ、手ぇ……」
 と、自分の手を開いて見せる春。
「……」
 浚はそっと春の布団へもぐりこみ、ぎゅっと彼の小さな手を握った。
 もう片方の腕で春を抱きしめ、耳元へささやく。
「大丈夫、俺が抱きしめていてあげるから」
「うん……っ」
 ようやく安心したのか、春は少しだけ笑って見せた。
「そういえば、風邪ってうつすといいって言うよね……」
 と、つぶやく浚。
「キスをして、春の風邪をもらってあげる」
「ちゅー? 春、今鼻詰まってるから苦しいよ」
「大丈夫だよ。それに、汗かいた方がいいって言うでしょ?」
「ホントに? それで治る?」
「うん、きっと治るよ」
「でも、ざっくんにうつっちゃったら、ざっくんツラくない?」
「ツラくないよ。今辛いのは春だもの」
「そっか……じゃあ、早く春の風邪、もらって」
 と、春は浚を見つめた。
 浚は彼の後頭部に手を回し、唇へ深く口づける。
「っ、んぅ……」
 どちらともなく、つないだ手に力を込めた。
 一度唇を離し、春に息をする隙を与える。それからまた、春の風邪がよくなるように祈りながら、浚は二度目のキスをした。

   *  *  *

 柊恭也(ひいらぎ・きょうや)はぼーっとしていた。身体はだるく、思考がうまく働かない。
 かと思うと、恭也はせき込み始めた。
「っ……これはマズイ。完璧に風邪だわ」
 と、自覚する。
「まぁ、でも、これくらいなら……」
 外へ出ようと歩き出したところで、視界がぐらりと揺れた。はっと気づけば、床がすぐ目の前にある。
「……」
 状況を理解しようとする恭也だったが、意識がもうろうとしてくる。どうやら、思ったよりも体調は悪かったようだ。
 そしてついに、恭也は意識を手放した。

 ばたりと大きな音がし、アイリ・ファンブロウ(あいり・ふぁんぶろう)ははっとする。
「何の音ですか!?」
 あわてて音のした方、恭也の部屋へ行く。
 扉を開けると、アイリは倒れている恭也を発見した。
「……恭也さん? どうしたのですか、いったい」
 と、彼へ声をかけるが返事はない。
 アイリは恭也の額に手をあてると、事態を察した。

「……あん? 確か、俺は床に転がっていた記憶が」
 目を覚ますなり、恭也は呟く。
 すると、アイリが上からのぞきこんできた。
「だからベッドへ寝かせたのです。まったく、今日はパトロールを手伝ってくれる約束でしたのに」
「え? アイリ……?」
 恭也ははっとして飛び起きる。
「うわわ、マジでごめん! まさか倒れるなんて自分でも……っ、げほげほ」
「恭也さんは大人しく寝ていてください。風邪をこじらせたら大変です」
 と、アイリ。
 恭也はしぶしぶベッドへ横になった。
 するとアイリが水に濡らしたタオルを額へあててくれる。
「ぉ、ありがとう……」
「目の前に病人がいるのに放っておけないでしょう? 部屋の鍵まで閉め忘れていましたし、世話の焼ける人ですね」
「……そうだったな」
 と、恭也は気づく。アイリが部屋の中へ入ってこられたのは、扉の鍵が開いていたからだ。
「悪いな、アイリ」
「反省したなら、早く風邪を治してくださいね」
「……はい」
 本来なら今日は、日夜海京をパトロールしている魔法少女アウストラリスことアイリを手伝う約束だった。しかし、恭也が倒れたせいでパトロールは中止だ。
「ただでさえ、最近は寒い日が続いていますし、気をつけなくちゃダメですよ。今日なんて雪まで降ってますからね」
「あー、どうりで寒いと思ったら」
「そういうわけですので、きちんと暖かくして、今日は一日ゆっくり休むこと。いいですね?」
 と、アイリに言われ、恭也は苦々しく笑みを浮かべた。