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摩利支天の記憶

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摩利支天の記憶

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 5 



 一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)は、宿の一室で遠くの喧噪を聞いていた。

 部屋の中にはナラカの蜘蛛糸が一面にはり巡らされている。

  

 ……気持ちを切り替えなければ…。

 そして、悲哀は気持ちを切り替えて敵のやってくるのを待った。



 聞いたところによると、押し入った方は羅刹の女性とマスター忍者の男だということだ。ならばどちらも近接を得意とするだろうから、糸を張り巡らせておくだけでも実際は動きをある程度封じる事ができる。

 それに、避けようとする動きからある程度次の行動が読めるはずだ。力で切ろうにもこの【ナラカの蜘蛛糸】は鋼のように鋭い。切った時、相手も無傷ではいられないだろう。そう思って仕掛けた罠である。

 武器(糸)がない状態で戦えるか? それが悲哀にとっての一番の問題だった。

 一応、彼女は体術はある程度取得しているので、少しなら、他の者達のように戦えるはずだとは思っているが……。

 そこに、何者かが乱入して来る気配がした。どうやら噂の獣人のようだ。獣人はナラカの蜘蛛糸に引っかかり悲鳴をあげた。

「何だこれは」

「蜘蛛の糸です」

 悲哀は獣人に向って言う。

「あなたが、噂のマスター忍者の方ですね。風太郎さんもしほりさんも、折角平和に暮らしていたのに、どうしてそっとしてあげられないのでしょうか。いえ、きっと聞いても栓のないことなのでしょうけれども」

「その通りだよ。織り姫ちゃん(牙狼は女の子に勝手にあだ名をつける癖がある)」

「織り姫?」

「君の事さ。糸で機を織るから織り姫ちゃん」

「そうですか。私の方もあなたのお名前を伺っていなかったのですが……。なんとお呼びするべきなんでしょうか……。お耳と尻尾を見る限りでは、犬の獣人のようにお察し致しますので……。ちゃんとお聞きするまでは暫定で《わんわん》さんと呼ばせて頂きましょう。」

「それはちょっとひどいんじゃないの? おれは狼だよ?」

 そう言うと牙狼は刀でナラカの糸を斬って悲哀に近づこうとした。しかし、あちこちに張り巡らされた糸に引っかかり体中から血が噴き出して来る。

 悲哀は体術で牙狼に向かって行った。確かにナラカの糸で動きの制限された牙狼に攻撃するのは容易かった。しかし、牙狼は悲哀に攻撃されながらもナラカの糸を斬って行く。そして、少しずつ自由に動ける範囲を増やしていく。

「さあ、織り姫様。ここからが本番だぜ?」

 糸を斬ってしまうと、牙狼は刀を構えて悲哀に迫って行った。そして、刃を悲哀の首に突きつける。

 追いつめられて悲哀は青ざめた。その表情を見て牙狼はふっと笑った。

「やめた」

「どうしてですか?」

「女の子は殺さない主義なんだ」

 こうして、牙狼はさっさと立ち去って行った。





 その頃、バンビーノは摩利支天の像を奪うべく、竜胆達の潜んでいる部屋の外をうろついていた。

 すると、目の前に一人の少女が現れた。

 緋柱 透乃(ひばしら・とうの)だ。

 彼女は、風太郎が気性の荒い羅刹に襲われたと聞き、更に依頼主が十兵衛ならばきっと強敵だろうと予測し、是非戦いたいと思って依頼にのった。目的はあくまで戦うことで、護衛はあくまで建前である。

「なんだ? お前は。そこをどけ」

 バンビーノを守る侍達が言った。透乃をただの宿泊客と間違えたようだ。

 しかし透乃は動かない。

「怪しい女だ。ぶち殺せ」

 バンビーナの命令で侍達が襲いかかって来る。

 その時、突然彼らの周囲に猛吹雪が吹き荒れ始めた。侍達の方向感覚が麻痺し、乱反射により視覚的ダメージを受ける。

「な……なんだこれは?」

 実はこれは緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)の放ったホワイトアウトだった。彼女もこの戦いに参加している。陽子はただ透乃と共に戦い、嬉しそうにしているところを見たり、感じたりしたい、それだけのために依頼に参加していた。そんな彼女の役割は湖鹿の部下の侍達の相手をし、透乃が湖鹿と存分に戦える状況を作るように動く事だ。

 陽子はホワイトアウトで混乱した侍達に奈落の鉄鎖を展開。動きを鈍らせ自由を奪い、味方や自分の攻撃チャンスを作り出す。そして、侍達に向かいカタストロフィを展開。侍達の肉体が崩壊していく。さらに、絶対闇黒領域で強化したレジェンドストライクで確実に侍達のとどめをさしていく。その陽子の側では、鎖の霊が彼女の守りについていた。

「くそ」

 侍達は陽子の手で次々に倒されていく味方を見て逆上していた。

「あの女を集中攻撃しろ!」

 霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)は味方……特に陽子が攻撃に専念できる状況を作るように行動していた。

 彼はこの中で唯一、風太郎やしほりのために依頼に参加していた。しかし、他のパートナー達の動機や行動については特にとがめる気もなく、やりたいようにやってほしいと思っている。

 彼は侍達が陽子を狙っているのに気付くとプロボークを使った。敵の意識を自分に向けて味方を守り、更に敵をできるだけ集めて味方が範囲攻撃で纏めて攻撃しやすくなることを狙ってての行動だ。

 そのおかげで、侍達の関心は陽子から泰宏に集まった。

「あいつを殺せ!」

 侍達は泰宏に向って集中的に攻撃を浴びせ始めた。

 泰宏はインビンシブルを展開し、自分への攻撃を防ぐ。また、陽子など味方への攻撃はディフェンスシフトで防いでとにかく守りに徹し、その間に味方に攻撃をしてもらうよう粘る。負傷者や状態異常者がでたら、蒼き涙の秘石やレストアで治療もするつもりでいた。

 月美 芽美(つきみ・めいみ)は風太郎やしほり等に興味はなく、単純に殺戮の快感を味わうためだけに透乃についてきていた。

 彼女は、物陰に潜み、曇天の隠気で気配を抑えている。

 目の前では侍達が刀を持ち立っていた。立っているだけとはいえ一部の隙も見当たらない。おそらく、今動けば察知されるだろう。

 彼女は戦闘が始まってもすぐには動かずに気配を抑えていた。

「うわ!」

 陽子の一撃で、敵に隙ができる。

 その隙を見計らって、芽美は死角からブラインドナイブスで侍を殺害していった。

「誰だ?」

 気配に気付き、数名の侍がこちらに向かって来る。

 芽美はそれらの敵を則天去私で纏めて葬り去った。

 そして、攻撃後は神速や軽身功で物陰や人影に速やかに移動して再び曇天の隠気を使用してチャンスを伺う。

 このように、とにかく狙われることなく、一方的に攻撃できる時にだけ攻撃をし、確実に敵の命を奪っていった。



 こうして、侍達の始末をパートナー達にまかせたおかげで透乃は心置きなくバンビーノと対峙する事ができた。

 透乃はとにかく接近戦に持ち込むことを考えていた。宿屋の中庭ではあるが、戦闘で破壊された館の壁や柱の瓦礫があちこちに飛散している。透乃はそれらの中から柱を拾い上げて、バンビーノに向かって自動車殴りを使った。バンビーノは羅刹力で攻撃を受け止め躱した。避けられた透乃は、柱をバンビーノに投げつける。バンビーノは寸でのところでそれを躱す。

 さらに透乃は訃焼の蛇気の闘気放出などで気を引き付けてから一気に近付き、接近戦に持ち込む。

 接近できたところで、バンビーノの攻撃中や攻撃直後の隙をつくために、スキルや気による肉体の頑丈さと自然回復力だけで攻撃を受けながらこちらの攻撃を当てていくという、文字通りの肉を斬らせて骨を断つ戦い方をしていった。

 バンビーノは羅刹力と握砕術『白虎』で透乃に殴り掛かってきた。透乃は、梟雄としての力である自動車殴り(片手で廃自動車を振り回す腕力と握力等)やオーダリーアウェイクで対抗する。

 こうして、息もつかせぬ攻防がしばらく続いた。

 しかし、やがてホワイトアウトの効果が切れて視界が晴れて行くと、バンビーノは自分の部下達のほとんど倒れてしまっている事に気付いた。

 さらにその時、バンビーノの部下の侍が血相を変えて駆けつけてきた。

「湖鹿様。牙狼が再び摩利支天の像を奪ったそうです」

「なんだと? だったらさっさと奪還しろよ」

「しかし、我々だけでは」

「ちっくしょーーーー」

 バンビーノは咆哮をあげると、大岩を投げつけ、戦いを放棄しその場から逃げ去った。