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第二章 昼休みの廊下

 昼休みのチャイムはすでに鳴っている。

 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)はチャイムと同時になにげないそぶりで図書館から廊下に出ると、迷いなく購買へダッシュした。

 背後には警備についた風紀委員と『至高のメロンパン』を買いにわざわざやって来たのに、
『今日は至高のメロンパンは来ない』という情報をつかまされた生徒のやりとりが聞こえる。


――スキル【情報錯乱】で『今日は至高のメロンパンは来ない』という偽情報を流したのは吹雪だ。


 偽情報は流れるにつれ背びれ尾ひれがついて行き、『至高のメロンパン襲撃事件』になっていたのだ。

 風紀委員から「今日も『至高のメロンパン』は購買に入荷されている」と聞いてあわてる人々の声をはるか後方に聞きながら、
吹雪は廊下を走って行った。


  「蒼空学園のみんなー! こんにちはー! 想詠夢悠、メロンパンを食べに来ましたー!」

 この声に廊下は騒然となっていた。
 教室にいた生徒も声の主の姿を見ようと出てきて人垣を成している。
 彼らの声援の先には女性用体操服姿、下は緑のメロン色ブルマーの”アイドル”がいた。

 スキル【ファンの集い】を発動させた想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)だ。

 イルミンスール魔法学校の夢悠は図書館で待機していた。
 マジックローブにサングラスの姿で蒼空学園にやってきた夢悠は、
『至高のメロンパン』獲得レースに参加すると同時にマジックローブを外し、サングラスを外した。
 その姿は”男の娘アイドル想詠夢悠”として有名な姿になっていた。
あらかじめ体はヒミツの補正下着で、顔も化粧済みの女装で乗り込んできたのだ。
 持参したバックへマジックローブとサングラスを入れた夢悠は、代わりに取り出した琴音のしっぽと小さな翼を装備している。
これらで素早さをアップしようという作戦だ。

 ”男の娘アイドル想詠夢悠”の『参戦』を応援する人々が廊下で声援を送っている。

 ある者は夢悠を追いかけて走り出し、ある者は夢悠の姿を特等席で見ようと陣取り、
風紀委員を巻き込んでの混乱状態に陥っていた。

  「アルテミス、キロスよ! 俺に構わず先にいけ! ここは俺が食い止めよう!」

 ドクター・ハデス(どくたー・はです)キロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)に言うと
集まった人々の前に立ちはだかり、こう言った。

  「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス! 
 ……今回は、いち蒼空学園生として、何としてでも至高のメロンパンとやらを手に入れてやろう! 
 そして『至高のメロンパン』を手に入れた暁には、
 それを解剖して何が味の秘密なのか、徹底的に研究しつくしてくれるわ!」

 キロスとの共同戦線はハデスのスキル【根回し】を行使したものなのだ。
 両腕を広げたドクター・ハデスが高らかに言う。

  「ククク、至高のメロンパンの秘密を解き明かし、その力で世界征服を成し遂げてやろう!」

 ハデスは押し寄せる人々の進路を塞ごうとするのだが、運動が苦手なハデスの”妨害”はさして役に立っていない。
 『至高のメロンパン』を求める人々と”男の娘アイドル想詠夢悠”のファンの波にハデスは呑みこまれてしまった。

 しかし、ハデスの身を挺した行動で、アルテミスとキロスは人々の混乱の渦から抜け出ることができたようだ。

 高円寺 海(こうえんじ・かい)杜守 柚(ともり・ゆず)杜守 三月(ともり・みつき)想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)の【ファンの集い】で発生した混乱に行く手を遮られていた。

  「柚!」
 三月は海と柚に合図した。
 柚が海の手を握って言う。
  「海くん、しばらく目を閉じていてください!」

 柚は【光術】を放った。人々はその光に目がくらんだ。
 思わず人々が硬直したその瞬間に柚は海と一緒に人垣から抜け出した。

 海と手をつないだ柚は【光術】を放ちながら数人追い越した。
 風紀委員が柚に迫ってきたところで【光術】を停止し、海を購買へと走らせた。

 柚と海の後方では三月が【闇術】を使っていた。

 広がる闇と【闇術】の精神的ダメージが人々を無気力にしていた。

 柚の【光術】、三月の【闇術】の発動とほぼ時を同じくして、
草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)は【幸せの歌】を人々に聞かせていた。

  「人間、苦痛や恐怖には抗えても幸福感には抗えんものじゃ。」
 羽純の【幸せの歌】は行く手を阻む人々の『至高のメロンパン』に対するやる気を失わせていたが、
同時に、契約者である夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)の暗黒属性攻撃への抵抗力を高めていた。
 自分の【幸せの歌】を聴かせないように甚五郎には耳栓をさせてあるのだ。

 杜守三月の【闇術】で漆黒の闇となった空間を甚五郎は突破した。

  「気合が足りないなぁ! 気合がぁ!」
 耳栓をしているせいもあるのか、廊下に轟くような大声を甚五郎は発している。
 鍛え上げられた肉体に銀色の鎧姿で疾走する甚五郎の姿はさながら戦場の武者である。
 ただ、手にしているものは刀や槍ではなく書物であった。

  「天も次元も……、ではなくライバルも風紀も突破してつかんでやるぜ、至高のメロンパンを! 
  行く手を何が阻もうとも、儂等の道を貫き通すのだ!」


 人々が杜守 三月(ともり・みつき)の【闇術】と草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)の【幸せの歌】で戦意を喪失していたところ、
綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)も【幸せの歌】を歌いだした。

 三月の【闇術】への対抗策として自分のスキル【幸せの歌】を発揮したのだ。
 さゆみの【幸せの歌】は契約者のアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)も救った。

 アデリーヌは【神の目】を使って強烈な光を放ち、さゆみを連れて闇から脱出した。

  「メロンパン争奪戦か……懐かしいなあ」
 さゆみがアデリーヌに言う。
  「『伝説の焼きそばパン』争奪戦のことですね。2年ほど前でしたでしょうか」

 2人は空京大学からやってきたのだが、空大進学以前は蒼空学園にいたのだ。

 土地勘はあるとはいえ、他校生に対しては有利と言うだけで同じ蒼空学園生徒相手では有利とは思えない。
 スキルを使用してまで『至高のメロンパン』をゲットしようとする面々も少なくないだろうが、
自分たちはスキルを使わず、生身でメロンパンゲットに赴こうと綾原さゆみらは考えていた。

 スキルを使うとそれに慢心して最後の詰めで事を仕損じるかもしれないし、
「ゲーム」とはいえそれなりの緊張感はほしいじゃない?

 というのがさゆみとアデリーヌの考えだったのであるが……

  「いきなり、相変わらずの荒行でしたわ」
 アデリーヌは後方の闇を振りかえって言った。

 ”最初のスタートダッシュを切らず、まずは体力温存”の作戦があだとはなったが、
たまたま持ち合わせていた2人のスキルが障壁の突破口となったようだ。