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 いくつか用意した洋館からの逃げ道。そのうちの一つ、地下道にて、刹那は董 蓮華(ただす・れんげ)スティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)に出くわした。
 周囲には逃げようとしたらしいマフィアが幾人か倒れている。

「残念だけど、ここは通行止めよ。誰一人だって逃しはしないから」
「ま、そういうこった。任務なんでな。悪いとも思わんが、やる気満々の蓮華の前に出てきたことには同情するよ」

 刹那が辺りを見回して一つ息、

「ここは使えぬか」
「ここだってどこだって使えないわ。今頃は中だって制圧されてる。あなた達の負けよ」
「負けたのはわらわ達ではないがの。仕事熱心でよいことじゃ。報酬はいくらじゃ?」

 小馬鹿にしたような刹那の口ぶりに、蓮華が眦を上げた。

「私達教導団は見返りを求めて戦っているわけじゃあないわ。すべては正義のためよ! そう、金団長が掲げる正義のため!」

 スティンガーとしてはそこまで熱い想いを抱いているわけではないのか、肩を竦めてやや斜に構えた物言いをする。

「立場の違いだよ、お嬢ちゃん。立場が違えば価値観も違う。だから、なんのために、なんてのはお嬢ちゃんには分からんだろうさ」

 刹那が一つ頷いた。

「それもそうじゃの。そちらもこちらも、それぞれの立場で目的を果たしたいだけ。となればこれ以上は水掛け論じゃろうし、そこに益はないのう」

 言い置いて、刹那は踵を返した。

「待ちなさい! 逃しは、」
「ここは狭い。狭い場所ほど毒はよく回るじゃろうて」

 追いすがろうとした蓮華の足が止まった。踵を返し際、刹那が撒いたのは『しびれ粉』。体の動きが鈍くなる程度の毒だが、無理に突っ込んでいけば命取りになりうる。
 逃げる方ももはやこの地下道は使えないだろうし、その意味では任務は十分果たしたのだが、悠々と去っていく敵の後ろ姿を見逃すしかないのが、蓮華には悔しかった。