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リアクション
ユニコーンの住処作り
『美容・健康・意志薄弱に効果が見込めます』
「……胡散臭い」
 温泉の入口にある但し書きを読んで瑛菜はそう呟く。
「瑛菜おねーちゃん? 何してるの? 早く入ろう?」
 入る準備を終えたアテナが隣に立った。
「ま、その胡散臭い効能がちゃんと機能してるか調べるのが仕事か」
 一つため息を付いて瑛菜はアテナとともに温泉へと入っていく。
「あれ? 誰かもう入ってるね」
 湯気の向こうに人影を見つけてアテナはそう言う。
「とりあえず体キレイにしてあたしらも入ろうか」
 瑛菜の言葉にアテナはうなずき、マナーとして身奇麗にしていく。
「うぅ……少し熱いような……」
 温泉に浸かりアテナはそう言う。
「そうか? なれたらちょうどいいじゃん」
 ふぅと大きく息をつき瑛菜はそう返す。
「んー…………うん。気持ちいいかも」
 瑛菜の言葉通り、湯の温度に慣れたのかアテナはそう返す。
「こんにちわ、いいお湯ですね」
 先に入っていた女性――ファウナ・ルクレティア(ふぁうな・るくれてぃあ)――は曇ったメガネをタオルで拭いて瑛菜達の姿を確認し、笑顔でそう声をかけてくる。
「ああ、こんにちわ。んーと……この時間帯に入ってるってことは仕事じゃないよな? 観光?」
 少し気になったことがあり瑛菜はファウナにそう聞く。
「そうですね。旅の途中でいい温泉があるって聞いて寄ってみたんです」
 それがどうかしたんですかとファウナは聞く。
「ああ、いや。観光なら観光でいいんだ。ゆっくりしていきなよ」
 それはそれで悪いと瑛菜は思わない。ただ『休養地』としてのニルミナスはやはりまだあまり周知されてないんだなと思う。
「でも旅って一人で?」
「ああ、一人じゃないんですよ。もう一人は今はユニコーンの住処を作ってます」
 アテナの質問にファウナはそう返す。
「そういえばお二人は村にすんでるんですか?」
「いや、そんなことはないよ」
「結構な頻度で出入りはしてるけどねー」
 それは別にこの村に限った話ではない。
「それがどうかしたのか?」
「ユニコーン関係でなにか困ってることがあればパートナーに伝えようかなって」
「……何かあったっけ? アテナ」
「んー……そういえばミナホちゃんがユニコーンの名前がどうとか言ってたような……」
 そんな感じで瑛菜の温泉療養は始まった。
「きれいな生物だな……」
 そう言ってファウナのパートナー仲山 祐(なかやま・ゆう)はユニコーンに触れようとする。
「触れた……」
 そう言って祐はうれしそうにユニコーンの背を撫でる。ユニコーンは少しだけ身構えるように力が入ってるが嫌がるという様子はない。
「よし……頑張るか」
 祐は気合を新たにして木材を運びはじめた。
 祐とユニコーンのそんな一幕を見せたのは村の東部、ミナス草と呼ばれる薬草が栽培されてる所の近くだ。村で森に近いここに今ユニコーンの住処が作られる作業が行われていた。祐の他にも契約者や村人の姿があり、それぞれ意見を出しながら作業を行なっている。
「男でも触れるのか……話通り人自体にはなれてるみたいだな」
 祐とユニコーンのふれあいを見て源 鉄心(みなもと・てっしん)はそう考えこむようにして言う。
「鉄心も触りたいうさ?」
 祐が離れた後、ユニコーンの毛並みをブラシで整えているティー・ティー(てぃー・てぃー)がそう言う。祐の時と違いこちらはユニコーンに力が入っているということもない。
「否定はしないが……今はいいさ。人に慣れているからといってそれが負担にならないというわけじゃない」
「でも、ユニコーンさんはもっとここにいる人たちと触れ合いたいと言っているうさ」
 インファントプレイヤーという言葉を交わさず意志を疎通させるスキルでティーはユニコーンの言葉を代弁する。
「それは分かってるよ」
 だからこそ祐がユニコーンに触れようとするのを鉄心は止めなかった。それは確かにユニコーンの望んでいることであるから。
「でも、今はその気持ちだけで嬉しいさ。……急ぐ必要はない。そうだろう? ティー」
「……はい。やっぱりまだ不安と無理している部分も大きいみたいです」
 人に裏切られ森に捨てられたユニコーン。ティーたちとの触れ合いの中、また人を信じ共に歩もうとこの村でこうしている。けれど、そうして決めたからといって全てを割り切れないのは人もユニコーンもきっと一緒だった。
「さて、俺も作業に戻ろうかな。ティーはそのままユニコーンと一緒にいてやってくれ」
「わかったうさ」
 そうお気楽に――ユニコーンが少しでも安心できるよう――ティーは返事をした。
「水はポンプを使って循環させていつでも綺麗な水を井戸から引いておきたいな」
 そうエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は言う。こちらはユニコーンの飲み物や食べ物についての話し合いをしていた。
「森の中に食べにいけない時のための新鮮な水や食料は確保しとかないといけないわね」
 そうエースの言葉を補足するように言うのはリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)だ。現在ユニコーンは森で食料を得ていた。だが、何故かユニコーンは自分だけの時は森に入ろうとせず付き添いを求めていた。それもただの村人ではダメで契約者の付き添いを。ユニコーン自体もどうして契約者の付き添いを求めるのか分からないようだが、森に入らなくても食料を得れるようになるのは必要だった。
「水の方はポンプでどうにかなるが飼料はどうするかな。基本的には森に生えているものを参考にしたりユニコーン本人に聞けばいいと思うが」
 どういったものを用意するかとエースは言う。森に生えているものやユニコーンの希望を村で全て用意できるかと言われたら難しいだろう。
「村で用意できる飼料のメリットデメリットなら相談に乗れると思いますの。うちではペガサスも飼っていますし、前に空京万博でイベントをやった時も、色々お勉強したのですわ」
 そうして手に入れた植物の知識が役に立つだろうとイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は言う。
「うちのペガサスのエレスも参考になるかしら」
 同じ馬系幻獣だからとリリアは言う。
「ただ、うちのペガサスのレガートさんは、キャベツもお芋もスイカもあまつさえお魚までむしゃむしゃ食べますの。あまり参考になりませんの……」
「……ダメじゃないの」
 リリア仕方ないわねといった雰囲気だ。
「し、植物の知識の方は大丈夫ですの」
「私だって花妖精だもの。自信はあるわ」
 矜持としてかリリアはそう言う。
「まぁ、知識のある人が多いことに越したことはないだろう。村の担当者も交えて話しあおうか」
 そこはエースがひとまず締め、ユニコーンの飼料の話し合いは村人も交え進められていった。
「やっぱり基本的には馬小屋になるねぇ」
 ユニコーンの住処の図面。それを確認しまた書き込みをしながら清泉 北都(いずみ・ほくと)はそう呟く。
「角の邪魔に普通より広めにとって柵は少なめにして……後は……」
 あらかじめ聞いておいた鉄心やエースの意見をそこに加える。
「ユニコーンが自由に出入り出来るようにして……旅人とか契約者が連れてる馬も預かれるような施設も作る……っと、こんなところかな」
 そう言って北都はできた完成図を空に掲げて見る。基本的に小屋の形に関しては全員の意見を取り入れた形になっていた。そう予算がかかるようなものでもないからおそらく大丈夫だろうと北都は思う。
「村の人やユニコーンに聞いてこよう」
 そう言って北都は完成図を手に確認に向かった。
「昶ー? オーケーもらったから早速作り始めようか」
 先程から祐と一緒に木材を運んでいた白銀 昶(しろがね・あきら)に北都はそう声をかける。ちなみに木材はラグランツ商店経由で用意されたものだ。
「ユニコーンは気に入ってくれたか?」
「大丈夫だったよ。気に入ってくれたみたいだねぇ」
 ティー経由の言葉だったが、それに嘘はないのはユニコーン自体の様子を見るだけでも分かった。
「よし、じゃあ期待通りの物が作れるように張り切るか」
 そう言って昶は村人や祐とともに作業に取り掛かっていく。
 こうして契約者主導のもとユニコーンの住処作りは進められていった。
「は? ユニコーンの名前を決めたほうがいいんじゃないかって? 温泉でゆっくり休んでるかと思ったのにどうしていきなりそんなことを?」
 作業の休憩中。やってきたパートナーに祐はそう返す。
「祐の仕事が気になってたからよ。それで一緒に温泉入ってた人に村長さんがユニコーンの名前で困ってるって聞いて」
「村長が名前でねぇ……んー……ユニコーンと話せるから聞けばいいんじゃないか?」
 祐は少し考えてそう言う。
「ユニコーンの仲間内で使われる名前は確かにあるだろうけど、ただこういう名前は本当に信頼して貰ってからでないと教えてもらえないからね。幻獣や霊獣の真名は魔術的な意味も大きい。公で呼ぶ名前だったら新しく決めたほうがいいんじゃないかな」
 エースの言葉に幻獣に詳しいメンツは頷く。
「ある意味じゃユニコーンにとって村に住むことは新しいスタート地点だ。新しい名前をつけることは悪く無いだろう」
「ティー、ユニコーンさんはなんて言ってるんですの?」
「みなさんが決めてくれるなら嬉しいと言ってるうさ」
 鉄心、イコナ、ティーがそう続けて言う。それで今この場でユニコーンの名前を考えることは決まった。
「『シュトラール』って名前はどうかな。閃光、光線って意味。角が1本の光みたいだから、そう呼びたいな」
 まず最初にエースがそう名前の案を出す。
「んー、ユニコーンの角を由来にしたのは一緒だけど、俺は『螺旋』ってのがいいな」
 日本の漢字が好きな昶はそう提案する。
 二つの案が出て一同は考えこむ。
「もう、こんなにできてるんですね……って、みなさん考えこんでどうしたんですか?」
 その場に書類仕事を終えたのか、村長のミナホがやってくる。
「ユニコーンさんの名前を考えてますの。『螺旋』という名前と『シュトラール』っていう二つの案が出ててどっちがいいかって話になって」
 ミナホにイコナがそう説明する。
「? もしかして私がユニコーンさんの名前で困っていた話ですか? だとしたら両方共採用すればいいじゃないですか」
 ミナホの言葉にその場にいる多くははてなマークを浮かべる。
「もともと村民登録する時に姓と名前が必要だったので困ってたんです。二つ出ているのならちょうどいいじゃないですか」
「……村民登録ってユニコーンをですか?」
「はい。そうですけど……誰かが飼ってるというわけじゃないですし、ユニコーンさん自身が住んでいるんですから必要ですよね?」
 鉄心の質問にミナホは首を傾げながら言う。
「いやでも名前として考えられたのを姓に使うのはどうなのかなぁ」
 村民云々はおいておいてと北都は言う。
「……やっぱり名前みたいな姓っておかしいですよね」
 そう言ってミナホ・リリィは珍しく自嘲気味な笑みを浮かべる。コンプレックスらしい。
「まぁミナホさんの意見も取り入れるならラセン・シュトラールってのが妥当かな? ティー、ユニコーンに聞いてみてくれるか」
 落ち込むミナホをスルーして鉄心はティーにそう聞く。
「ありがとうと言ってるうさ」
 気に入ってくれたようだとティーは言う。『ラセン・シュトラール』。あらためて並べてみるとらしい名前だとその場にいる多くは思う。
「それじゃあ、ユニコーンさんもとい、ラセン・シュトラールさん。あらためてあなたを村に迎え入れます。これからよろしくおねがいしますね」
 立ち直ったのかミナホは占めるところを占めるべく、そう言ってラセンに近づく。
 ザザッ
「……………………」
 近づいてきたミナホに対してユニコーンは後に下がる。
 ザッ
 ザザッ
「…………………………」
『…………………………』
 土を踏む音と共に同じ光景が繰り返される。
「……私、ラセンさんに嫌われることしたんでしょうか?」
 地面に手をつき分かりやすくミナホは落ち込む。
「なんていうか……残念な光景だねぇ」
 主にこの村の村長的な意味でと北都は呟く。
「ティー……どういうことか分かるか?」
 ほぼ初対面の男でも触らせてくれたユニコーンだ。人畜無害そうな女性であるミナホを避けるのは少しおかしい。まさか名前のことを怒っているということはないだろう。人の本質を見抜くのに長けているユニコーンが避けるというのは……。
「嫌ったり怖がったりはしてないです。……でもすごく警戒してます」
 そしてどうしてそうなっているのか。ユニコーン自身もどう言葉にすればいいのか分からないらしい。
「ユニコーンを村民と迷いなく言った彼女を悪人だとは思いたくないが……できるだけ気をかけておこう」
 村民と言った彼女の言葉が嘘だとは思いたくないと鉄心もティーも思う。
「ところで村長。無理な相談かもしれないんだが、温泉入っても大丈夫か?」
 落ち込んでいるミナホに昶はそう声をかける。
「はい? 宿に泊まっているなら自由ですよ。宿に泊まってなくて温泉だけの利用も料金はかかりますけど可能です」
「いや、できればラセンも一緒に」
「昶……」
 それは無理だよと北都は無言で言う。
「流石に宿のは無理ですね」
「……そっか」
「なので、ここに作ればいいんじゃないですか」
「なぁ、ティー。あれも演技だとしたら俺は人が信じられなくなりそうだ」
「うさうさ」
 鉄心の言葉にティーも強く頷いた。
 こうして温泉付きユニコーン対応馬小屋が完成へと向かっていった。
 
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