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リアクション
第四話「C地区の夜と朝」
風の唸る音を聞き、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は胸のうちで関心の声を上げた。
上体を少し後ろへ倒せば、風を起こしながら斜め上へと突き抜ける他人の拳。鍛え上げられたソレをもしもまともにくらったならば、宵一でも一溜まりもなかったろう。だが経験をつんだバウンティハンターである彼には甘い攻撃だった。
「ふっ」
伸びきった腕を横に払えば、相手は意図も簡単に体勢を崩した。無防備となった腹に、鞘を抜いていない剣を叩きつければ体が真っ二つに折れ曲がり、男が口から唾液のような胃液のようなものを吐きながら後ろへ跳んだ。
壁に当たって完全に気絶したのを見た宵一が、息を吐き出す。周囲には、同じように気絶した無法者たちがいる。誤解なきように言っておくと、宵一が喧嘩を仕掛けたわけではない。最初に威圧を与えて降伏するように促した。それでも襲い掛かってきたため、力で制圧しただけだ。
今彼は、巡屋一家に協力してその支配領域を増やすために動いていた。
「ま、たまにはこんな人助けもいいか。ヨルディアが仕事を持ってきた時は、どんな仕事かと思ったが」
パートナーが珍しく持ってきた仕事の内容はまともで、宵一も積極的に仕事をこなしていた。そんな宵一に駆け寄ってくる影が2つ。
1つは今回の仕事を持ってきたヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)。もう1つはもふもふした蛇っぽい愛らしいギフト、コアトー・アリティーヌ(こあとー・ありてぃーぬ)だ。
「頭目が逃亡した先が分かりましたわ。まだC地区にいるみたいですよ」
「みゅ〜☆」
ヨルディアは下忍に調べさせた情報を伝え、コアトーは気絶した輩を縛っていく。ところどころ焦げた者たちがいるのは、コアトーによる威嚇射撃にやられたからだ。愛らしくともギフト。しっかりと宵一の戦闘サポートをしているのだ。
話を聞いた宵一は頷いて、巡屋に連絡をとる。状況を報告。頭目の元へ向かうと告げてから、ヨルディアの案内でそちらへと向かう。縛り上げた輩は、町の治安当局が引き取っていくだろう。
順調に進んでいく仕事に、ヨルディアは声を上げずに笑う。宵一は後ろにいるので、そんなヨルディアの顔に気づかない。
この仕事を持ってきたのは彼女だ。ソレは何も仕事を探していたからではなく、きっかけは偶然だった。アガルタを散策していて美咲と出会い、家再興のために頑張っている少女同情して協力することになった。
――と、宵一には説明している。本当のところは
(これでわたくしが姉御と呼ばれるのも近いですわ)
姉御。なんという良い響きだろうか。ぜひとも呼ばれたい、ということでなんだか凄い剣――先ほど使っていた神狩りの剣のこと――を持つ宵一を利用しているのだった。
もちろん美咲のため、という理由もあるのだが、ヨルディアの中での動機はそちらの方が強い。
ちなみにコアトーはヨルディアの目的を知った上で協力している。
(お姉様のためにもワタシ、頑張る!)
宵一には決して教えず、むしろヨルディアの手柄になるように。……コアトーはキャノンを敵の根城へと向けた。
姉御へのゴールは、もうすぐそこ!(なはず)
*** ***
「あたし……菊だ。配置についたぜ。いつでもいける」
物陰に身を潜めた菊は、とある建物の様子を見ながらどこかへ通信していた。C地区の中では比較的大きな、しかし普通の民家に見えるソレは、D地区側の大通りを御する最大勢力の拠点だ。まだ大通り沿いと言うことで大物とは言い難いが、今の巡屋とは比べようもないほどの規模を誇る。
そして、堅気に迷惑をかけている大元ともいえる。
(ここを潰せば、堅気衆からの信用は得られそうだな……ま。あんまり裏に詳しくない奴らがほとんどだろうけど、少なくとも治安はかなり良くなるだろ)
巡屋の方針は堅気に迷惑をかけない。仁義を通す、いわば古いやり方だ。言葉の響きは良くとも、こうして広範囲への支配を得ようとした際、その考えは足を引っ張る。
(ま、嫌いじゃねーけどな)
菊が口元だけで笑う。
「了解。こっちも準備は終わったわ」
菊からの通信を受けたヘリワードが、部下たちを振り返って静かに頷いた。その隣で得物を握りなおしたフェイミィがにやりと笑う。
「美咲ちゃんのためにも、暴れるとするか」
「……分かってると思うけど」
「だ〜いじょうぶだって。あくまでもオレたちはサポート、だろ」
自分たちの後ろにいる部下以外の顔ぶれと――美咲を振り返る。美咲が視線を受けて深呼吸した。
戦いはあまり得意ではない。だが組長である以上、そんな甘いことも言っていられない。家を継ぐと決めたとき、覚悟を決めていたものの、いざそのときが来るとやはり緊張する。
何度か深呼吸した後、弱弱しい目に強い光が宿る。気弱な少女ではなく、組の長がそこにはいた。
膝を震わせた、まだまだ頼りない姿ではあったが。
「……行きましょう!」
*** ***
一つの街を統べるというのは簡単なことではない。表側はハーリーらが治めるとしても、力だけではやっていけない。
「……はい。これでいいですよ。あとは傷口をなるべく清潔にしといてください」
包帯を巻き終えた九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は、力以外での協力を申し出た。彼女が開いているローズのアトリエは薬や兼診療所。生傷が絶えないC地区の住民への格安治療をしている。
「ほ、ほんとにこんな安くていいんですか?」
治療費を聞いた男性が声を上げた。元々、運営を続けるための最低限の医療費で行っているが、今回はそれ以下なのだ。驚くのも無理はない。
「ええ。最初に言った条件を守っていただけるなら」
ローズはにっこりと笑って、条件を述べる。条件とは――街の清掃。とイメチェンだ。
(治安が悪いのは、思うに見通しが悪かったり汚れやゴミがあったり……何より洒落っ気がないのも1つかなと思うんだよね)
掃除と聞くと嫌そうな顔をするものも多かったが(汚れを気にしない住民が多いがために放置に近くなっているのもあるのだろう)、やはり気にしている人たちもいる。それに何より、清掃活動をすれば街の景観に対する意識も変わっていくだろう。地道だが、続けていく価値はある。
あとイメチェンについてだが、他の地区のように変えるつもりはローズにはない。C地区にはC地区ならではの良いところがある。
たとえば……無計画に立てられたせいで路地は入り組んでいて(B地区は外観はさておき、区分けははっきりしている)道に迷いやすい。しかし同時に、少し歩けばまったく別の顔があるため、散策の楽しみがある。あと、C地区は土地が安いので、低所得者に人気であったりもする。
「なので、道に迷ったときのための掲示板とかネオンとかで明るくするだけでだいぶ変わると思います。どんな感じにするか。したいかは皆さんしだいです。C地区を独特な格好いい街並みにしよう!」
荒れくれものが多いC地区とはいえ、真剣に街(区)について考えている人たちもいる。ローズはそういった人たちを探して美咲とともに話をしていき、協力者を募った。
「たしかに現在、C地区にはあまり街灯がなくて暗いですからね。明るくするのはいいかもしれません」
美咲が頷いた。未許可の建物が多いC地区は、C地区司令部が管理している大きな道以外にはあまり街灯がない。道が多すぎるのと、管理が行き届かず作っても破壊されて盗まれるからだ。
「掲示板は、あんまりでかいのは難しいし、店の入れ替わりも早いからな。場所を特定する記号みたいなので表すのはどうだ」
「自治会を作らないか? オレはここが結構気に入ってんだ。できれば離れたくない」
住民たちで意見を出し合い、ローズはあくまでも中立な立場で意見を取りまとめていく。ローズはD地区の住民だ。C地区を変えるのは、あくまでも地元民の手で。
成果がはっきりと見えるまでに時間はかかるだろうが、C地区は徐々に街としての一歩を踏み始めていた。
*** ***
「C地区からこっちに薬物とか流れてくると迷惑なんだよね。良い機会だし、手をうっとこうかな」
C地区の噂を聞いた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、地区の現状を調べるためにC地区を歩き回っていた。そうして休憩にと入ったとある店で、『フリダヤ』の鍋というメニューがあることを知った。
フリダヤとは弥十郎と真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)がやっている料理店だ。その店はB地区にあり、彼はC地区に支店を出した覚えはない。人気が出てきたために偽物が出てきたようだ。
どこにでも人気にあやかろうという輩がいるものだ。
弥十郎は呆れながらも、鍋を頼んでみることにした。
そして激怒した。
握り締められた手から血が流れ落ちる。鍋は、とても不味かった。こんなものが『フリダヤ』の『涅槃が顔を出す味』の鍋と称されているなど、許せなかった。
幸いにも本物に入っている毒の類はないようだったが――本物は解毒薬とともに出される――自分たちが試行錯誤を繰り返して完成させた鍋を愚弄され、我慢ならなかった。
しかもそれだけでなく、弥十郎たちが本人から正式に許可を得て販売している土星君グッズの粗悪品も見つけた。
「見つけたらそいつを料理……熱くなるのはやめておこう」
物騒なことを呟きかけ、なんとか自制をかけ、真名美へと連絡する。真名美に相談するためだ。
『フリダヤの偽物が? ……うん、分かった。ちょっと調べて見る』
「お願いするよ。ああ。あとどうもC地区をなんとかしようっていう動きがあるみたい。大通り付近から勢力を伸ばしている一派がいるんだけど、そこの支配領域はまともに機能始めてる。
その人たちにこのまま街を制してもらったほうが良さそう。ちょっと援護射撃かな」
『それってもしかして巡屋一家のこと? (商人)仲間の内でも評判いいよ。C地区で商売しやすくなったって……あ。弥十郎はもう少しC地区について調べといてくれる?』
了解、と真名美の声に返しつつ、弥十郎は緑色をした丸い物体――土星君グッズの粗悪品を手の上で転がした。本人が見たら怒り狂いそうな、安っぽく、あまり本人に似ていない出来だ。
しばらく後、真名美から返信があった。声は硬い。
B地区からC地区に食材を流している商人を調べると、C地区との不正取引な取引を行っている疑いが出てきたのだとか。信頼できる筋――商人仲間――の話であり、真名美自身の調べでもある。他にもC地区で集めた資金をB地区でマネー・ロンダリングしている可能性も浮上。
はっきりとした証拠はないが、十中八九そうだろうとのこと。
2人は相談し、相手のところへ向かうことにした。殴りこみ、ではない。あくまでも対話での解決をするために。
「いろいろと情報を集めてみたんですが、あまりよい噂がないようですね。こんな噂が流れるって事は……財政状況とかよろしくないんじゃないですか?」
真名美が切り出す。わざと間を空けて相手を見るが、相手も商人。顔は平然としたままだ。
「もし、C地区との取引をやめて頂ければ、【宣伝広告】による御社のイメージアップも可能です。
が、逆も可能です」
「地区を越えた取引は、違法なことではないと思いますがねぇ」
笑みを消さない相手に、弥十郎も笑う。弥十郎の頼みはただ1つ。偽ものを辞めること。
「いやぁ。悪い話では無いと思うんですよねぇ。ただ、断ったらどうなるんでしょうねぇ」
「よくお考えください。私たちの用件を飲むか否か。それによって得られるメリットを」
「ですから、私は特に悪いことをしているわけでは」
「ご存知でしょう? C地区は転換期に入っています。あなたがいましているのとは真逆へと……このまま続けたとしても、先は見えていますよ?」
「…………」
男は、長い沈黙の末に首を縦に振った。
*** ***
ここで少し時間をさかのぼる。巡屋一家が本格的に動き出す前のB地区で。
「ちょっと吹雪! 店放り出してどこにいる……え? C地区の警備? そうじゃなくて……おぬしもわるよ? 時代劇でも見たの?」
金髪の女性が髪を振り乱して誰かと通話していた。女性の名前はコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)。電話の相手は食堂のオーナー、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)。店を抜け出してどこかへと言ってしまった吹雪に、経理のコルセアが怒っているわけだが、吹雪の話は良く分からない。
『む。おぬしもわるよ、ではなく。御主悪世であります』
「はいはい。で、何してるの?」
『C地区の巡回であります! 今日も異常ありまくりであります!』
「なんでC地区に……って、昨日も行ってたの? この忙しいときに」
異常ありまくり、はとにかく無視して、コルセアは頭を抱えた。今は夕飯時。もっとも食堂が活気付く時間帯だ。厨房では上田 重安(うえだ・しげやす)が生きの良い『食材』たちと『格闘』していることだろう。
文字通りの格闘を。
「食材がまた逃げたぞ!」
「気をつけろ! 女子供は早く建物の中へ避難しろ」
「よっしゃきた! 今日は5分に賭ける」
「ありゃだいぶ生きがいいな。オレは10分だ」
「いや、今日こそは重安が食われるに賭ける」
「演技でもないことを言わないでいただきたい! こらっ大人しく」
そんな時に店の方から聞こえた歓声にコルセアは耳をふさぎたくなった。周辺の住民たちが悲鳴を上げつつ、慣れた様子で避難する光景が目に浮かぶようだ。
もはや賭け事にまで発展した食材逃亡事件へと意識を傾けた少し後には吹雪からの通話は途切れており、コルセアはとりあえず思った。
「生簀や檻の強化をしないといけないわね」
あと重安の強化。
「店は大丈夫そうです。自分は警邏に戻るであります」
一方の吹雪はいつもと同じ店の様子に安堵し、少しずれたダンボールをかぶりなおした。人工的な夕方から、夜へと切り替わっていく中、ダンボール戦士は立ち上がった。
(御主悪世の思い通りにはさせないであります)
自主的なパトロールの際、御主の話を聞いてしまった吹雪はソレを阻止しようとしていたのだ。だからこうしてダンボールをかぶり、夜の帳に御主組の組員たちを追っていた。
え? ダンボールの意味? もちろん隠れるためですよ。
身を潜め、1人ずつ、確実にしとめていく。
時には逃げる相手をダンボールをかぶったまま追いかけたこともある。
「ほんとだ。おら見ただ! ダンボールが人を襲ったべ」
C地区におかしな噂が出回り始めたのはそのころだ。そしてC地区に住むとある一家の母親は、子供にこう言い聞かせるようになったという。
「悪いことばかりしているとダンボールなまはげが来るよ」
*** ***
本当に偶然の出来事だった。
中々寝付けずにいた東 朱鷺(あずま・とき)は、気分転換に夜の街を散策することにした。C地区の夜は特に暗いが、問題なくすいすいと歩いている。
「ぐはっ」
「良い夜です……おや?」
そんなおり、誰かの苦悶の声にそちらへ目をやる。そこには腹を押さえて倒れこむ男らしき影と……ダンボールがいた。
思わず目を瞬いしいる間にダンボールは姿を消していたが、朱鷺は「まあ」と声を上げた。
「仮装大会があったとは知りませんでした。こうしちゃいられません。朱鷺も街を盛り上げるお手伝いをしなければ」
こうしちゃいられない、と朱鷺は店へ飛んで帰る。そうして夜通し準備をした朱鷺は、満足げに伸びをした。
「さて、すばらしい仕事をした後は眠くなりますね。お店で一休みしましょう。
店番は任せましたよ」
そろそろ明るくなろうと言うころだったが店番はマスコットである式神に任せ、自身は寝巻きに着替えて布団に入った。
のもつかのま。騒々しい声に朱鷺は目をこすりながら起き上がった。
「なんですか? そうぞうしいですね。おちおち寝てもいらえないです」
目を開けるとマスコットたちが朱鷺を困ったように見上げていた。客が来たと言うことだろうか。朱鷺は寝巻きのまま店の入り口へと向かい、窓から見えたその姿に頭が飛び起きた。
「あれは確か……代王さん?
ここは、この店をアピールする一大チャンスですね。寝ている場合ではありません。
急ぎ対応をしましょう」
よく起こしてくれました、とマスコットの頭をなでてから朱鷺は外へと出た。――寝巻き姿のまま。
「代王さん。かんこ、視察でしたらぜひ朱鷺の店も寄っていってください。頼まれたらなんでもする何でも屋さんです。呪符やグッズの販売もしてますし、可愛いマスコットもいるんですよ」
「ふ、ふん! そんなに言うなら行ってやってもよいぞ!」
無駄に偉そうな代王こと{SNM9998851#セレスティアーナ}は寝巻きにツッコミいれることはない。代わりに土星君が『とりあえず寝巻きから着替えたらどうや。若い娘が……これやから最近の若者は』と物々言っているが、朱鷺には聞こえていなかった。
遺跡へ向かうところだったセレスティアーナたちだが、遺跡は逃げない。朱鷺の『全然怪しくない八卦術師の便利屋さん』へと寄っていくことになった。
お土産にとセレスティアーナが呪符を買っていったのだが、誰へのお土産なのか。使うつもりなのかどうか。そもそも呪符が何か理解しているのかは不明だ。
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