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リアクション
【第九圏の四・コキュートス ジュデッカ】
恐ろしい目に遭っていたキロスを映すカメラを消して、アレクは別のカメラに映像を切り替える。
そのカメラには一心不乱にケーキを食い続けるアイランとシリウスが映っていた。
そこへやってきたのは恭也で、特に害のない笑顔を向けながら彼女達と話そうと試みるのだが、
二人はもう弥十郎が隊士に見本にする為にいくつか作ったケーキに夢中になり、ひと時も手を止める事はない。
いたたまれれなくなった恭也が別のテーブルへと移動する。
と、その近くでは何かがあったのだろう。
合体しグランジュエルの姿になった瑞樹と真鈴、紅葉の三人が6つの六連ミサイルポッドから36発の弾道ミサイルを放っていた。
何時の間にかバックルームから消えていた翠もそこに加勢しているようだ。
彼女は二本の龍騎士の槌をぶんぶん振り回し、何かをしたらしい男たちを吹っ飛ばしまくっている。
翠の配慮によるものなのか不思議とデザート達に被害は出ていないが、だからと言ってだ。
恭也は無心に目の前のケーキを見て、それを食って、心の平安を保っているようだった。
「(Lako izgleda lepo.
ali……(見た目は美しい。だが)
加夜、『合コン』って……こんなものか?」
モニターに映る惨状に、アレクはコーヒーカップを傾けながら加夜へ向いた。
「……違う……気がします……」淀みながらも答える彼女に頷いて、アレクは肘をつく。
この合コン。予想と大分違っている気がする。
男達は目的を達成する前に次々に倒れてゆくし、キャラの濃い女性陣はケーキに変態相手の格闘にとやりたい放題だ。
初めから彼氏を作ろうという目的で参加した女は居たのだろうか。それすら疑わしい。
地獄を作ろうと思っていたが、地獄は既にここにあったのだ。
肝心の妹の方だが、男達はジゼルの周りの男に恐れをなして近寄らないらしい。
そして本人もそれで楽しそうにしている。お兄様と兄上と兄貴が居るのだ。『お兄ちゃん』自らが手を下す必要も一切無いだろう。
アレクはもうモニターを他人事のように眺めながらチョコレートケーキをつついているだけだ。
甘いものは苦手なのだが、このケーキからは一流の味がする。そんな経歴を持っている隊士など居ただろうか。
「――しかし……うちのダイニング・インより酷い」
「これって所謂『外れ』合コンだよねぇ」肩越しに託が苦笑している。
「An old saying runs that……
Every rose has its thorn.(古人曰く『棘を持たぬ薔薇は無し』)
屑共は別としてだ。見た目と香りに騙された奴等には男として同情するよ」
「あ。ジゼルちゃんお持ち帰りされるみたい」
「眼鏡の兄上にだろ? そういう流れだよな。
はぁ――。こんな甘いものばかり見てると辟易するな」
「分かる。何かしょっぱいもん食いに行きたい」
「――もういいや。後はキアラに任せよう。飯食い行こう。壮太、何食いたい?」
「やったおごり!?」
適当に隊長撤退の通信を終えて適当に私服に着替えて、アレクはバックルームの扉に手をかけた。
「この人数じゃハンヴィー乗れねぇな。雨上がったみたいだし、歩いてくか。ああそうだ薫ちゃんと面白コンビも呼――」
「……お兄ちゃん」
「――ジゼル!?」
開いた扉の向こうに、大地に肩を抱かれたままのジゼルが立っていた。
***
「合コンがどういうものか。
ジゼルさん、もう分かったでしょう?」
大地に言われて、ジゼルは素直に頷いた。
果たしてこの合コンが全ての合コンと同じかどうか――
何となく騙している気がするが、それでジゼルが黙って言う事を聞くのなら、
彼女を一日守りきり、そうるすことでアレクの脅威からも客達を遠ざけようとしていた大地としては別に構わないのだ。
「満足しましたか?」
「はい」
「じゃあ帰りましょうか」
「でもまだ時間終わってないよ?」
「合コンにはね、『お持ち帰り』という伝統があるんです」
「ケーキの?」
「違います。
男性が、女性をお持ち帰りするんです」
「持ち帰ってどうするの?」
「――それを俺に言わせますか?」
「うん?」
「兎に角、男性が意中の女性を射止めて、その女性と共に帰るんです。
そのカップルを止める人はいません。
という訳でジゼルさん、今日は俺にお持ち帰りされなさい」
「わかった」
そんな流れで、ジゼルは大地に肩を抱かれ、店の外に出る事になったのだ。
が、今朝の件で消沈していたジゼルの様子に見かねて、雅羅がネタばらししてしまったのだ。
「ジゼル。あんたの変態お兄ちゃん、裏に居るわよ」と。
*
「雅羅が教えてくれたの、お兄ちゃんがここにいるって……。
えっと――、皆でどこか出掛けるの?」
「あ。
ああ……飯食いに……」
「そっか。いってらっしゃい――」
頷いたアレクは壮太やティエン達と早足にそこから居なくなってしまう。
気づけばジゼルがバックルームに残されてしまった。
彼女と一緒にやってきたフレンディスは、マスターと兄に助けを求めるが、ベルクもベルテハイトもこればかりは家族の問題だと首を振った。
「大地。お兄ちゃん、妹沢山いたね」
「そうですね。正直引くくらいいましたね」
「――私が……意地悪な事言ったから……
おにいちゃんはジゼルを嫌いになっちゃったんだわ!
おにいちゃんはもうジゼルなんていらないんだ!」
ジゼルが泣き出しそうになった時だった。
バックルームの扉を開けて、マルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)が入って来たのは。
「あら。隊長さんはもう居ないのですね?」
*
「自分の今日の仕事は、
この一日、合コンでお客様同士が話した会話……
特に、ジゼルさんの会話を『一言一句全て発言を記載し、後程報告しろ』するというものです。
速記とボイスレコーダーテーブルに配置し、スイーツを食べながら全力で仕事させて貰いました」
大地たちはそれでマルティナを思い出した。
隅の席、勉強をしている女学生風の彼女を。
あれは今思えば会話を記録していたということなのだろう。
誰にも気づかれぬままに彼女は記録を続け、男性陣のナンパな発言も、女性陣の誘う発言も全てぼそっと突っ込みを入れながら纏めて、仕事を終えた。
「これ、お兄さんがいないですから、ジゼルさんが受け取って貰えますか?」
プリントアウトした内容とボイスレコーダーをジゼルに渡したのは『故意』だ。
「(……若干お兄さんの暴走の悪事データの証拠を渡す形になるかもしれませんが、
お灸にはいいかもしれませんね。
まあ、どうなろうと私には知った事じゃありませんし)」
扉を開けて出て行ったマルティナを見送ってジゼルはデータに目を通す。
(通信は傍受していなかったのか流石にパンツ発言については書かれていなかったが、)
今日一日に裏で何が起こっていたのか、綺麗に纏められたデータでジゼルにもすぐに理解出来た。
因にその際、「大地の眼鏡がいい」「眼鏡を外すとよくない」と言った発言も記録されていた為、ジゼルは大地に頬を抓られた。
紙を持って押し黙ったままのジゼルに、大地達はかける言葉も無く、どうなるのか状況を見守るしか無い。
すると突然、ジゼルはバックルームの扉を開いて部屋から飛び出して行った。
*
「おにいちゃあああああん!」
後ろから思いきり追突されて、アレクは打った背中をジゼルごと抑えながら咳き込んで、後ろを向き直る。
「アレクこれ……」ジゼルが目の前に出して来た紙とボイスレコーダーに、アレクは目元を歪ませた。
どうやら完全にバレてしまったらしい。
「ジゼルちゃんとの約束、忘れてませんよね」と後ろで加夜が言っている。
「約束破って悪かった」
今日ばかりは素直に謝ったアレクだったが、ジゼルは下を向いていて反応が分からない。
「おい。
あの……ジゼル?」覗き込もうとした瞬間、急に上がって来た顔に今度は顎を強打された。
座り込んで悶えているアレクにジゼルは言う。
「――おにいちゃんが、こんなに私の事心配してたなんて知らなかった。
私、私……
うれしい!」
今度は上からダイブで抱きつかれて、ジゼルが転ばないよう両手を犠牲にした結果受け身を取れなかったアレクは後ろに頭をうった。
「お前……俺を殺す気か……」
「朝はごめんなさい!
私が間違ってたの!!
だから……ごめんなさい!」
「語彙が致命的な程足り無ぇな」
「うん」
「ダメだ。やっぱりお前はバカだ」
「ううう……」
「そしてそんな妹が好きで仕方ない俺もバカだな」
「わーいお兄ちゃんばかー! アレクのばかー!」
「調子のんな!」
起き上がってジゼルの額をぺちんと叩いてから、ベルクの顔を見た。
もの凄くげんなりしている。
「面白いのが増えてるな」
「もう、どうでもいい」
彼の後ろに立っているもう一人の吸血鬼と目が合って、アレクとベルテハイトとは、どういう訳か互いに頷いた。
異常なブラコン的戦闘力を感じ取った謎のシンパシーだった。
手を繋いで歩くジゼルとアレクの背中を後ろから見守って、加夜は息を吐いた。
「ジゼルちゃん、合コン楽しめたんでしょうか――」
「不毛な一日でしたね」大地は首を後ろに回しながらそう言う。
「結局皆、この兄妹に振り回されただけだったねぇ。
果たしてこれでいいのかな?」
託の皮肉めいた笑いに、この場で唯一ジゼルと同じ立場なのだろうグラキエスはこう締めくくった。
「お互い好きなら、問題無い」と。
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