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争乱の葦原島(前編)

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争乱の葦原島(前編)

リアクション

   四

 夜加洲地方の街道沿いに、ある宿場町があった。かつては色町としてそれなりに有名だったが、島に明倫館が移転して夜加洲の街道も整備されると、住民たちはここを観光名所にしようと、葦原島にしかない花を植えることにした。
 今では四季折々に色とりどりの花が咲き、元からそれなりに名物であった団子も有名になり、観光事業で町が潤うほどになっていた。
 葦原島 華町(あしはらとう・はなまち)はこの町の地祇である。パートナーの風森 望(かぜもり・のぞみ)ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)を観光がてらの里帰りに誘ったのだが、夜加洲で起きた暴動にこの町も巻き込まれていた。
「思い出すでござる! 春は桜、梅雨には紫陽花、夏に向日葵、秋は秋桜、冬に朔日草…一年通して花を絶やさぬ街を、と誓ったではござらぬか! 丹精込めて、世話をしてきたではござらぬか! その手を、その手で花を傷めては駄目でござる!」
「うるせぇ!!」
 殴り掛かる男に、華町は【面打ち】を仕掛けた。竹刀がしなり、男は仰け反って倒れた。
「その手は……その手は美味しい団子を作る為のものでござるよ! 団子屋のご主人!」
「団子優先なの!?」
 望のツッコミと同時に、華町はふらふらと立ち上がった団子屋の主人を、先程より強い【面打ち】で気絶させた。望は彼の額に「浄化の札」を貼った。
「これでどうなるか様子を見てみましょう」
「峰打ちでござるから、すぐに目を覚ますと思うでござる」
「峰打ちってそういう意味だったかしら?」
 三人は団子屋の主人が目を覚ます前に、ささっと店の陰に隠れた。五分ほどして、主人は目を覚ました。彼は額の札にすぐ気づき、怪訝そうにそれを剥ぎ取ると地面に投げ捨てた。そして華町を探しているのか、周囲をきょろきょろ見回しながら、肩を怒らせてそこを立ち去った。
「効いていないようですわね」
「病魔の類ではない、ということですね」
「拙者の説得も、御主人の心には届かなかったでござるか……」
「むしろ、火に油だったようだけれど? それにしても、紫陽花見物どころではなくなりましたわね」
「仕方がありません。お華ちゃんの町をこれ以上壊させるわけにはいきませんから、片っ端から取り押えていきましょう」
「主殿……」
 華町は目を潤ませて感動したが、望が観光がてらにデマを流して風評悪化を計画していたことなど、全く知らなかった。
 三人が向かったのは、町の中心部だ。かつては左右の店から女性が手招きしていた地区でもある。道の真ん中には桜の木が何本も植えられ、――そして折られていた。
「何という……」
 華町は呆然となった。
 町民と葦原藩士が、もはや敵も味方も分からぬ状態で殴り合っている。藩士の一人が剣を振り上げたのを見て、ノートは当身を食らわせた。
「皆の者、鎮まるでござる! 葦原一の花の都にすると誓い、頑張ってきたではござらぬか!?」
 華町の呼びかけにも、反応がない。声が届いていない。
「こうなると、敵も味方もないわね……」
 望はすうっと息を吸い、おもむろに【子守歌】を唄い始めた。人々がばたばた倒れていく。辛うじて堪えている人間は、ノートが次々に抑え込んだ。
「大怪我させない様に注意は致しますけど、打ち身程度は我慢なさいなっ!」
 それから二時間、三人はせっせと人々を眠らせていった。中に、正気の人間もいた。医者だという。
「わけが分からぬ」と、医者は気絶した者の手当てをしながらかぶりを振った。「誰かが喧嘩を始めて、気が付くとそこかしこで……おまけに仲裁に来た役人までこの有様じゃ」
「病魔の類でないことだけは分かりました。少しは役立つでしょうから、ハイナ様に連絡しましょう」
 二時間歌い続けた望は掠れた声でそう言った。
「こちらは片が付きましたけども、さて……葦原城下や他の町はどうなっていますかしらね」
 ノートは呟き、すっと空を見上げた。真っ白な雲が、長閑に浮かんでいた。


 レキ・フォートアウフとミア・マハ(みあ・まは)は、ゲイルの指示で音乃井(おとのい)という町に来ていた。ここは、夜加洲の中でも住民の自治区として特に知られていた。
「そもそも夜加洲は、城下町と比べるとあまり発展していない地方ゆえな」
 ミアは地図を眺めながら言った。便利な城下町が近くにある故に、開発が逆に遅れているのだった。その分、昔ながらの葦原島を満喫することも出来るため、江戸を体感したい観光客にとって秘かな人気スポットであった。
「飛空艇の発着場もない。道路もそれほど整備されていないから、車もバイクも使えない。一般の人間は、徒歩か馬か駕籠で移動するそうじゃ」
 それでも、小さな町には岡っ引きがいるし、城下町からは定期的に役人が見回ってくる。レキたちは真っ先に自身番を覗いたが、誰もいなかった。それどころか荒れている。どうやら岡っ引きも一緒になって暴れ回っているらしい。
「仕方ないね。片っ端からいくよ?」
「うむ」
 あちこちの店が打ち壊されていた。米がばら撒かれ、材木には火がつけられ、金目の物は皆、懐に入れている。
 レキがその中へ突っ込むと、襲い掛かる者がいた。レキは素早く躱すと男の腕を捻り上げ、縛り上げた。その隙に、後ろから木材で殴り掛かられた。
 ばきり、と音がして木材が真っ二つに折れる。
「いったあ〜……」
 レキは後頭部を擦りながら振り返った。折れた木材を持ったまま、その人物――後で分かったが、岡っ引きだった――は青ざめていた。レキはにっこり笑い、拳を男の顔面に叩き込んだ。
「いくら【龍鱗化】してても、痛いものは痛いんだからねっ!」
 ぷんすか怒りながら、レキはその岡っ引きも縛り上げた。
 レキと途中で別れたミアは、魔力を抑えたフロンティアスタッフで、暴徒を攻撃した。加減が難しく、軽めにするとまた向かってくるし、強くすると大怪我をしてしまう。【命のうねり】で治療したのも、一度や二度ではなかった。
「……ふう」
 こつん、と何かが背中にぶつかった。ミアが振り返ると、女の子が石を握っていた。
「子供……!」
 驚いたが、考えてみればいない方がおかしい。ミアはにっこりと笑った。こういう時、小柄(で胸の小さい)彼女は、子供の共感を得やすい。――はずだった。
「出てけ!」
 女の子はまた石を投げつけてきた。
「こ、これ!」
「出てけ出てけ! ここはあたいらの陣地だ!!」
 次から次へ石を投げる。女の子の声に釣られてやってきた別の子が、また石を投げる。手に棒を持っている子もいる。
「危ない――! 家の中にいるのじゃ!!」
「出てけ!!」
 ミアはぞっとした。子供たちは彼女に対し、明確な敵意を向けている。
「こいつをぶつけちゃえ!」
 大きな体の子が、ミアの頭ほどもある石を持ってきた。このままでは怪我どころか、下手をすれば殺される。といって、子供相手に魔法は危険だ。
「やむを得ん――!」
 ミアは子供らに背を向け、逃げ出すことにした。
「逃げたぞ!」
 追っかけろ! という怒鳴り声と足音がミアの後を追ってきた。だがさすがに彼女の足には敵わず、やがて気配は完全に消えた。
「これも漁火の仕業か……!? あ奴め、何を考えておる……!?」
 怒りと共に、ミアはぎり、と歯噛みした。