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学生たちの休日11

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学生たちの休日11

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    ★    ★    ★

「それじゃ、頼むよ」
「任せてよね」
 ツァンダ郊外の草原にある木の下で、ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)が木陰の下においた椅子に座っていた。すぐ後ろには、ハサミを持ったソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)が立っている。そのそばには、双子のシンクとコハクがベビーカーに乗っていた。
 寄生獣に身体を乗っ取られたため、ハイコド・ジーバルスは長らく入院して治療を行っていたのだ。やっと復調し、妻のソラン・ジーバルスの元に戻ってきたわけである。だが、数ヶ月の入院生活の間に、すでに子供たちは生まれていた。
 双子にとっても、ハイコド・ジーバルスにとっても、顔合わせは初めてという状態だ。まだ子供だから、そのへんを認識しているかは分からないが、その溝と呼んでもいいかどうかの溝を埋めるために、ハイコド・ジーバルスは一家揃ってお散歩にでたというわけであった。
 ついでに、寄生獣に切られて中途半端になってしまった後ろ髪に合わせて、ソラン・ジーバルスに散髪してもらおうというのである。義手も修理中であるし、いろいろとまだ中途半端なハイコド・ジーバルスであった。
「お客さん、今日は、どのような髪型にいたしますか?」
 真白い刈布をハイコド・ジーバルスにかけると、ちょっとおどけたようにソラン・ジーバルスが言った。
「だ、大丈夫なんだろうなあ、ちゃんと切れるよね?」
 ちょっと心配になって、ハイコド・ジーバルスがソラン・ジーバルスに訊ねた。
「大丈夫だってば。はい、チョキチョキチョキっと……」
 安請け合いすると、ソラン・ジーバルスが髪を切り始めた。
 大人しく髪を切っていてもらうと、なんだかいろいろと考えが頭の中を巡っていく。子供たちのことにしてもそうだ。いきなり現れた感が強くて、まだ実感が湧かない。すでに母親然としているソラン・ジーバルスと比べて、正直何も分からないというところだ。ただ、これが幸せなひとときであるということは間違いない。だとすれば、今度こそ、それをたとえひとときでも手放すようなことは避けなければならないと誓う。
「ああ、ハコ
の匂いだ。本当に、戻ってきたんだ……」
 手に取ったハイコド・ジーバルスの髪の香りをかぎながら、ソラン・ジーバルスがちょっと恍惚とした表情で言った。獣人であるソラン・ジーバルスは、その臭いでハイコド・ジーバルスを強烈に認識していた。
 思えば、妊娠してからの期間を含めて、ずいぶんとハイコド・ジーバルスとは御無沙汰である。
「うふっ、うふふふふっ……」
 思わず、今後の展開を妄想して愉悦をこらえていると、突然子供たちが泣きだした。
「はいはい、大丈夫ですよ」
 ヘビーカーを軽くゆすると、子供たちがピタリと泣き止んだ。
「凄いなあ」
 素直に、ハイコド・ジーバルスが感心する。
「お母さんだもの。はい、できたよ」
 ソラン・ジーバルスがちょっと自慢げに答えた。
 ちぐはぐだったハイコド・ジーバルスの髪が、こざっぱりとしたウルフカットに纏まっていた。
「どうだい?」
 子供たちをのぞき込んで声をかけたハイコド・ジーバルスだったが、子供たちは火がついたように泣きだした。
「はいはい、この人がお父さんですよー。泣かないのー」
 あわててソラン・ジーバルスが子供たちをあやす。
「覚えなくちゃいけないことは、子供たちよりも俺の方が多そうだな」
 ハイコド・ジーバルスは、そうつぶやくと、子供たちを見つめた。

    ★    ★    ★

「おい、シオン、どこに行った。修行を始めるぞ。シオン!」
 ツァンダの山奥に響き渡る大声で、ナン・アルグラード(なん・あるぐらーど)が叫んだ。
 シオン・グラード(しおん・ぐらーど)を鍛えなおすつもりでここへ連れてきたのだが、姿が見えない。
「さっきからここにいるよ」
 ぼそぼそとした声で、シオン・グラードが答えた。
「いるなら、いると、早く返事をしろ」
「だから、ずっとここにいたんだよ。やっぱり、オレは影が薄いんだ……」
 ずーんっと、落ち込むようにシオン・グラードが言った。最近周囲にも影が薄いと言われ、自分自身でもそれを強く感じている。
 それを見かねたナン・アルグラードから修行しろとこんな所まで連れてこられたのだが、その本人にまで気づかれないとは……。
「何をうじうじしている。そんなことだから、存在感がないのだ! そんなことで、自ら危険を呼び込んだこともあるだろうが。今日は、徹底的にたたき直してやる」
 ナン・アルグラードが、容赦なく言った。
「だいたいにして馬鹿弟子よ、お前はなんのために自己を鍛えているのだ」
「それは、影が薄いと人に言わせないためだ……」
「馬鹿者めが!」
 シオン・グラードの答えに、怒り心頭に発したナン・アルグラードが、一撃でシオン・グラードの着ていた鎧を破壊した。
「そのような腐った心根だからこそ、こんな鎧で自分の存在を主張しようなどと言う安直な考えを起こすのだ。さあ、その身一つで俺にかかってこい!」
 そう言うと、ナン・アルグラードが、素手で身構えた。軟弱者など、素手でぶち殺せるとばかりの闘気を放ってシオン・グラードを圧倒する。
「お前は、なんのために鍛錬しているのだ。影が薄いだと……虫酸が走るわ!」
「そんなこと言ったって、実際に薄いんだからしょうがないだろうが」
 これ以上言わせるかと、果敢にもシオン・グラードがナン・アルグラードに殴りかかっていった。だが、あっけなく交わされ、代わりにきつい一発をボディにくらう。
「目先のことにだけ囚われおって。お前の拳が守るのは、己のみか!」
 そう言いつつ、またナン・アルグラードが一発決めてきた。
 身体をくの字にしながら、シオン・グラードが呻く。
「自分以外に何を……」
 言ってしまってから、はたと思いなおす。いや、違う、自分は大切な人を守ることができるようにと自らを鍛え始めたはずだ。それができるのであれば、影が薄いだの濃いだのは関係ない。
「俺は、みんなを守るための拳を身につける」
 そう叫ぶと、シオン・グラードがナン・アルグラードの顔面に思いっきりパンチを入れた。
「やっとスタート地点に戻ってきたか。さあ、もっとかかってこい」
 そう言うと、ノーダメージだったナン・アルグラードが、きつい一発をシオン・グラードに見舞った。あっけなく吹っ飛んだシオン・グラードが地面に転がる。
「くそう、なんで俺は勝ち目のない戦いをナンに挑んでいるんだ。いや、勝ちを求めているんじゃない、俺の存在を認めさせるためだ。人を守れる存在だと……」
 ぼうっとする頭でそこまで考えて、シオン・グラードが気絶した。
「やれやれ。本当にスタートラインだな。山田、治療しておけ」
 ニャンルーの山田を呼びつけると、ナン・アルグラードはシオン・グラードを介抱するように命令した。