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学生たちの休日11

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学生たちの休日11

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    ★    ★    ★

「足許に気をつけて」
 そう言うと、ホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)マサラ・アッサム(まさら・あっさむ)に手をさしのべた。
「あ、ありがとう、おっちゃん」
 ちょっとはにかみながら、その手に自らの手を預けると、マサラ・アッサムがパラミタ内海に浮かべられたヨットに飛び移った。
「では、出発するとしようか」
 舫い綱を解くと、ホレーショ・ネルソンがヨットを沖へと出した。
「先日は、いくらシミュレーションとはいえ、すまないことをした。見敵必殺とはいえ、あなたの乗っていた機動要塞を沈めてしまうとは、返す言葉もない」
 巧みに舵を取って沖へと進みながら、ホレーショ・ネルソンがマサラ・アッサムに言った。要塞を沈めたというのは、先日の機動要塞同士のシミュレーション大会で、初戦でホレーショ・ネルソンのHMS・テメレーアとゴチメイたちのアルカンシェルが戦ったときのことだ。結果は、ホレーショ・ネルソンが勝ったわけだが、さすがにその前の合コン大会でカップルになった直後の撃墜ではばつが悪いといったところか。
「ああ、気にしてないよ。どうせ、リーダーの遊びだったわけだし、実質指揮を執っていたのはリーダーの妹さんだったし」
 あっけらかんとマサラ・アッサムが言った。
「とは言っても、男としては不誠実であることも確かだ」
「おっちゃんの気の持ちようの問題なら、ボクは関係ないなあ。おっちゃんが、自分で納得すればそれでいいことじゃない」
「ああ、その通りだな。どうだね、ひとつ」
 そう言って、ホレーショ・ネルソンが釣り竿を取り出した。ヨットをここで止めて、のんびり釣りを楽しもうということらしい。
「いいねえ」
 さっそく餌をつけてもらうと、マサラ・アッサムが水面へと釣り糸を垂れる。
 のんびりと釣りを楽しんでいると、海面をゆっくりと這い寄ってくるように白い霧が流れてきた。
「霧?」
 少し嫌そうに、マサラ・アッサムが水面を被い尽くしていく霧を睨みつけて言った。以前、ストゥ伯爵の城で酷い目に遭ったことを思い出したのかもしれない。
「そこの方、ここはあまりよくありませんぞ。岸に戻った方がいい」
 ふいに、一艘のボートが近づいてきてホレーショ・ネルソンらに声をかけた。乗っていたのは、ジェイムス・ターロンだ。
「何かありましたかな」
 ホレーショ・ネルソンが聞き返す。
「最近、ここで難破する船がありまして、なんでも、幽霊を見たとか。海坊主がでたとか。噂は噂ですが、危険なことは確かですので御注意を」
「御忠告ありがとう」
 そうジェイムス・ターロンに答えると、ホレーショ・ネルソンがチラリとマサラ・アッサムを見た。一人でなら、危険を楽しむことも面白いだろうが、ここで御婦人を危険に合わせるわけにはいかない。それに、どうもマサラ・アッサムは、霧を快く思っていないようにも見受けられる。
「この霧では、釣りも面白くない。浜辺にバーベキューの用意がしてあります。そろそろ食事などいかがですかな」
「あっ、それはいいなあ」
 マサラ・アッサムが食事に興味を示すと、ホレーショ・ネルソンは迷わずヨットを岸へとむけた。
 霧が濃くならないうちに岸に辿り着くと、ホレーショ・ネルソンは再び手をさしのべてマサラ・アッサムを岸へと誘った。そこには、ちょっと場違いな感じに小綺麗なテーブルと椅子が用意してあった。すぐに、暖かい料理をランチボックスから取り出す。メインにする予定の魚が釣れなかったのは残念だが、そんなときのためにと用意した肉を火を熾したバーベキュー台の上にならべていった。
「手伝おうか?」
 自分だけ何もしないのは手持ち無沙汰だと、マサラ・アッサムが聞く。
「いやいや、こういうときに料理をサーブするのは英国紳士の努め……、いや、手伝ってもらいましょうかな。どうですが、御一緒に」
 最初は断ろうとしたホレーショ・ネルソンであったが、ちょっと思いなおして言いなおした。
「うん、喜んで」
「では、まず、この肉から焼くとしましょう」
 そう言うと、ホレーショ・ネルソンはマサラ・アッサムをエスコートして、二人でバーベキューを楽しんだ。

    ★    ★    ★

「なんだ、この霧は?」
 同じパラミタ内海を船で進んでいたシニストラ・ラウルスが、突然湧き出した霧を見てちょっと顔を顰めた。
 いかにも突然わき出ましたという感じで、もの凄く怪しい。
「海の幽霊でも出たかねー。それとも、海坊主かな」
 ちょっと楽しそうに、デクステラ・サリクスが霧の中へと目を凝らす。
「おいおい、楽しそうに言うな」
「えー、だってえー、最近少し暇だしー」
 やれやれと肩をすくめるシニストラ・ラウルスに、デクステラ・サリクスがちょっと駄々をこねるように言った。
「そんな物退治したって、一ゴルダにもなりゃしないだろ。それより、積み荷に傷でもついたら大損だ。さっさと荷物を運ぶぞ」
 そう言うと、シニストラ・ラウルスは飛空艇を上昇させた。霧に被われた海から遥か上空へと移動し、何ごともない大空へと浮かぶ。
「何かいそうだったんだけどなあー」
 つまらなそうにデクステラ・サリクスがつぶやいた。

    ★    ★    ★

「霧が出て来た。やっぱり、噂通りかあ。これじゃあ、夏合宿に影響が出そうだなあ」
 ジェイムス・ターロンの方はうまく沖のヨットに注意をすることができただろうかと、キーマ・プレシャスがもはや霧で何も見えなくなってしまった沖の方へと目を凝らした。
 だんだんと、霧が陸地の方へも押し寄せてくる。
「これは、ちょっとまずいかな……」
 ただならぬ雰囲気に、キーマ・プレシャスがその場から逃げだそうと身構えた。だが、それよりも早く、霧が大波となって押し寄せてくる。その霧の中に、人の影が朧に見える。
 まさに、霧がキーマ・プレシャスを呑み込もうとしたときに、光と風が波打ち際を通りすぎ、霧を打ち払っていった。
「光、一陣と摩する。朧、幻、露と散らん」
 祝詞らしき言葉を唱えながら、破魔矢を携えた巫女が海岸を歩いてくる。弓弦が青く光り輝いているところを見ると、どうやら光条兵器らしい。
「麗天をば召す者。臨とする、凛とする、鈴音の響きに祓われやー」
 続いて、先の巫女が切り開いた道を、光り輝く鉾先鈴を持った巫女がやってくる。
 クルクルと舞いを踊りながら進むと、鈴の音と共にたちこめていた霧が巫女たちを中心として晴れていった。
「そこ!」
 海上に、裸身を結晶体のような物に鎧状に被われた娘の姿を認めて、巫女が光の破魔矢を放った。命中するかに思えた矢だったが、突然海中から氷山のような何かの結晶体が飛び出してきて盾となった。それが砕け散った後には、すでに人影は消え失せていた。
「ありがとう、助かったー。危なく、私も都市伝説の犠牲者になるところだったよ」
 ほっと安堵の息を吐いてから、キーマ・プレシャスが巫女たちに礼を言う。
「今の者を知っているのか?」
 破魔矢を持った巫女、テンク・ウラニアが、キーマ・プレシャスに訊ねた。束ねた黒髪を後ろに流し、やや切れ長の目を鋭くむける。
「ここを騒がせている魔物だよ。どうも、この地にずっと封印されていたらしいんだけど、ちょっとした事故で開放されちゃったみたいでね。地元では、都市伝説扱いになっているけれど」
 キーマ・プレシャスが、そう説明した。昨年の夏合宿で肝試しを行った際、学生たちがここにあった祠を破壊してしまったのだ。それ以来、人を惑わす幽霊のような女が現れるという噂がたつようになっていた。
「うーん、詳しい話を聞かせてほしいかもかもー」
 両手を後ろで組んで、豊かな胸をちょっと強調させるような仕種で、もう一人の巫女テンコ・タレイアが言った。