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みんなで楽しく?果実狩り! 2023

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みんなで楽しく?果実狩り! 2023

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【ピンクのブドウと彼の受難】


 膝の上には豊美ちゃん。
 腕の中にはジゼル。
 左隣に泣いているクロフォード。
 右の男は止めどなく喋り続けては、自分の吐き出す言葉に笑っていた。何が楽しいんだか、別に面白い事を言っている訳でもない、寧ろ自らが発する寒い親父ギャグにすら笑っている始末だ。思春期の娘を指す『箸が転んでも可笑しい』を、体現しているような彼はつまり――
「お前笑い上戸だったんだな……」
 アレクに呟きを被せられても東條 カガチ(とうじょう・かがち)の口は止まらない。
「――ほんでさーあ? 翼の生えた羊だろうと頭の三つある鳥だろうと構わず料理して食う俺達がたかだか葡萄の変異種にビビる訳がないわなとかおもってだよ? うひっ色はアレだけどこれパラミタでは割と美味い方じゃ……とかね、ひひっしたらさ、ひひっあれ? なんかふわーっとくらーっとしてきたんですけどぉってなってな? ブドウで、たかがブドウの変異種でこんなよ!? マジで笑えるだろ! あはひゃひゃひゃ!」
「お前……本当バカだろ」
「バカってあんたしつれ……あひゃ、そんな、バカとかてめえ、くびおいはひっふふふひひ!」
「Oooookay.もう分かったから口塞げ」
 笑い続けるカガチの唇を摘んで止めてみるものの、その行為そのものがまたツボに入ってしまったようで、カガチは「ぶふーーーっ!!」と吹き出してしまう。もうどうしようもない。
「これ以上騒いでんなら終いにはマジで首落とすぞ」
 やる気の無い脅しを嘆息混じりに言った時だった。アレクの目元が後ろからフラワシで覆われる。
「Guess who?(だーれだっ☆)」
「Oh,shit...Not again!(ああ、くっそ……またかよ!)」
「あれ、通じなかった? Pogodi ko je?(誰でしょう)」
「葵! 葵だろ分かってるよ!!」
 頭を振りながら両手を払うと、東條 葵(とうじょう・あおい)がひょいと顔を覗き込んできた。
「Hi Aleck! it’s been a long time!(やあアレク、久しぶり!)」
「Oh,It’s great seeing you.and...Go away!(わあ、会えて最高だよそれから……帰れ!)」
「なんだいその言い草は。しかも挨拶するのに無表情なんて失礼なヤツだな」
「俺はいつもこんな顔だし、お前もお前で似たような面してるじゃねえかこのギリシャ彫刻野郎」
「Certus es?(ホントに?)」
「本当だし俺ラテン語圏出身じゃねぇし」
「Perdon! scusami! Entschuldigen Sie bitte!(ごめん!ごめん!ごめん許して!)」
 キャラクターが崩壊している葵は言語も崩壊しているらしく多言語が入り交じる状態だ。英語だったり、アレクの母国語であったり、またはスペイン語だったりイタリア語だったりドイツ語だったりで聞いているアレクの方がどうにかなりそうだ。幼い日から懸命に勉強して身につけた幾つもの言語を、今だけは綺麗さっぱり忘れてしまいたい。なまじ聞き取れる自分が恨めしかった。
「まず落ち着け。大体――おいどこ見てんだ、今俺はこの頭ん中に向かって喋ってんだぞ葵、お前な――!
 Do you hear me? ...You don’t hear me,do you!?(聞いてんのか? ……お前に言ってんだろ聞いてねえだろ!?)」
 葵の頭を片手で掴んで振ると、それを見ているカガチが地面に転げ回って爆笑する。二人纏めて焼却炉に突っ込んでやりたいが、早々に諦めた。もう片方の腕の中でジゼルがまたもぞもぞと動き出したのだ。
「で、俺の妹は今何しようとしてるんだ?」
「じぜるも……! じぜるもかがちとあおいと、おはなししようとしてるの!!」
「……すればいいだろ」
「ここをぬけて、おはなしするの!」
「……抜けて、大人しく座っておしゃべりでもする気があるのか?」
 見つめ合って数秒。「えへっ☆」と微笑まれて、アレクはジゼルが絶対に服を脱ぎ捨てて走り回る未来を読んだ。
「誰が離すか。もう一生このままにしてろ」
「やーん! かがちとおはなししたいのにー!」
 ばったんばったん暴れ出したジゼルが下で眠る豊美ちゃんにぶつからないようにアレクは両腕で華奢な身体を抑え付ける。ただどこまで力を込めていいものか大切なものが壊れないように気を遣っている所為で、必然的にアレクの顔面にジゼルの拳や平手がヒットしてしまう。
「ジゼル、ジゼル、これ地味に痛いからもう本当大人しくしててくれ、頼む」
 そんな悲惨な状況をフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が目にとめて、驚愕に顔を青くすると飛びかかる様にやってきた。
「ジゼルさん!! 殿方の前で肌を晒すなどいけませぬ!」
 親友が裸になろうとしている状況にフレンディスは捨て身で抱きつくが、その勢いを受けてアレクの上半身が抱えていたジゼルごと後ろに倒れてしまった。
「Oh,suck!(いってえ!)」
 土の上には石か何か固いものがあったようで、それに健か打ち付けた頭が痛みに響いた。
「ああアレックスさんごめんなさい! ど、どうしましょうマスター! どうしたらジゼルさんを止められるのですか!?」 
「いや、んな事言われてもだな……」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は腕を組む。こんなカオスな状況を止める方法なんて知る訳が無い。況して酩酊状態を作り出しているのは謎の果物なのだから、分かる訳がなかった。
 だのに隣の忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)は心底呆れたというか、皮肉というか、兎に角見た瞬間ぶん殴ってやりたくなるような顔でベルクを見下しこう言うのだ。
「あーやだやだこれだからエロ吸血鬼は!
 分からない振りして、実はただジゼルさんの裸を見たいだけなんですよ! だから止めないんですよご主人様!」
「なんだってこの野郎」
 根も葉もない出鱈目にベルクは足下の犬っころにかなり高い位置から拳を落とそうとするが、その腕は後ろからしっとりとした指に掴まれた。
「そ、そうだったんですかマスター? マスターは、ジゼルさんの裸が見たかったのですか?」
「ちょっ、フレイ落ち着け!」
「私、どうすればいいのでしょう。もしや私は……嗚呼、ジゼルさんを守る為に、大切なマスターを此の手にかけねばならぬのですか!?」
「いや、この状況を作り出したのはそもそもあのアッシュで――」
「アッシュさんという殿方は悪い方なのでしょうか。
 あの時やりかけてしまいましたがやっても良かったのでしょうか!? 今やってくるべきなのでしょうか、それで……そしたらその後私は……やはりマスターを殺さねばならないのですか!?」
 フレンディスが忍者刀へ手を伸ばそうとするのを見て、ベルクは顔を引き攣らせる。先程迄アレクの状況を嗤いながら見ていたのに、何時の間にか自分が笑えない状態に陥っていた。
 しかし、それをあえて笑い飛ばしてくれやがるヤツが一人――。
「あはははは! 痴話げんかだー!!」
 椎名 真(しいな・まこと)がベルクとフレンディスを指差している。それに呼応してカガチが涙を流しながら地面を転げ回り出した。
 ――もうしっちゃかめっちゃかだ。
 本日何度目か分からない溜め息をついたところで、アレクは目の端に佐々良 縁(ささら・よすが)の姿を捉える。
 大変静かなのは良い事だが、彼女の頬袋にはたっぷりのアッシュブドウが詰まっているようだ。
「縁ちゃん……」
 果物大好き――特にイチゴが大好物な彼女は、アッシュブドウの不思議なイチゴの味に手を止められないらしく、粒を千切っては懸命に口に運んでいる。
「縁ちゃん聞いて……否、聞こえてる?」
 返事がない、聞いていないようだ。もう彼女はアッシュブドウの虜になっていた。頬を「もきゅもきゅ」と動かして、とてもとても幸せそうな笑顔でアレクを見上げる。
「……可愛いな……。可愛いんだけどな――」
 可愛いとか言ってる場合じゃないのだ。
「そんなもんこれ以上食うな」
 縁が手にしていた房を取り上げ放ると、縁が目に涙をぶわっと溢れさせた。恐ろしい罪悪感に襲われながら、アレクは縁の頭をぽんぽん撫でるしかない。
「あ、あれきゅん……ひどい!」
「う…………。うん、酷いから、俺酷くていいから、あと今度ブドウでもリンゴでもイチゴでも何でも取り寄せてやるから、頼むからまともなもの食ってくれ、な?」
「でも凄い見た目なのに美味しいし、それなんて特にね、ブドウの美味しい特徴が出てて、食べたらやっぱりおいしかったんだよ?」
「美味しいのは分かったから、縁ちゃん、俺の話しを聞いてくれ。アッシュのブドウは危険なんだ。そんなに沢山食ったら縁ちゃんもこいつらみたいに――」
「でも、でも……イチゴの味がしてたし!」
「あーーあーーーあーーあーーーーー」
 アレクが木漏れ日のさしこむ葉を見上げて声をあげていると、下からそれに被せてポチの助の声が響いてくる。
「そこの白いの!
 アレクさんが困っているではありませんか!!
 僕のほねっぽんを一本分けてあげますのでいい加減泣くのを止めるのですよ?」
 涙をはらはらと流しながら、クロフォードは足下できゃんきゃん吼える犬を見つめた。申し出は有り難い……のかもしれないが、犬の餌を貰っても嬉しくも何ともない。
 どう反応したものか良いのか分からず迷った挙げ句、テレパシーを駆使して一言だけ伝えた。
「(ありがくいただこうか)」
 ――心中複雑だが、善意には誠意を。その『誠意』の部分が伝わったのか、ポチの助は満足げに鼻をならして定位置のアレクの頭へ登ると、アレクの膝の上ですやすやと寝息をたてている豊美ちゃんに挨拶する。
「あ、豊美さん煩くしてすみません。
 煩いのは僕ではなくあそこで修羅場を繰り広げいるエロ吸血鬼なのですよ。
 後で怒っておきますので存分に寝ていて下さいね」
 しかし豊美ちゃんは眠っているのだ。ベラベラと話し掛けているだけでも邪魔になる。大体こんな騒がしい中で安穏と眠り続けていられるの自体がもう、一つの奇跡のようなものなのだ。
 そしてもし何かのきっかけで突然目が覚めたら? 起きぬけにこんなありさま、どんな思いで受け止めれば良いか混乱してしまうかもしれない。
 アレクがそんな心配をしていると、豊美ちゃんの姿を認めたエイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)がやって来た。
「あっ、豊美様。ここにいらしたのですね」
「あんたは?」
 アレクが尋ねると、エイボンは姿勢を正して一礼し、自らの素性を明かす。
「わたくし、魔道書のエイボン、と申します。『豊浦宮』所属の魔法少女でもあります。
 こちらに豊美様がいらしていると聞いたのですけれど……何が起きているのかお聞きしてもよろしいでしょうか」
 豊美ちゃんの関係者とあらば、というわけでアレクはこれまでの顛末をかいつまんでエイボンに話し聞かせる。
「――という次第で、よければ豊美ちゃんを連れ出してくれないか」
 アレクは提案する。酩酊状態である豊美ちゃんの体調は気にかかるが、豊浦宮の魔法少女なら、膝の上に乗せているだけの自分よりも正しく処置してくれるだろう。そしてなにより……
「こんな場所に豊美ちゃんを置いておけない」
「分かりましたわ。わたくしにお任せください。
 その……わたくしが言うのもどうかと思いますけれども、どうかお気をつけて」
 エイボンが周りを見渡し、その惨状ぶりに苦笑を交えてアレクを気遣う言葉をかける。
「ああ、ありがとう。それから済まないが言付けを頼みたい――」
 恐らくクロフォードとジゼルの異常が解消されるであろう程よい時間を予想し、その時間に車に戻って貰うよう言付けて、アレクはエイボンに豊美ちゃんを託した。彼女がパートナーを呼びに戻る背中を見送りながら、アレクは青色の吐息を吐き出す。逆膝枕状態を手放すのは断腸の思いだったが、結局豊美ちゃんを傷つけるわけにはいかないという気持ちが勝った。