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【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:2日目

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【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:2日目

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第3章 廃墟へピクニック


 シャンバラ大荒野は清々しい晴天だった。
 追い剥ぎも魔物も姿を見せる様子はなく、まるでピクニックといった感じの一団は、目的地までの道をサクサクと進む。
「我々以外は本当に誰もいないようですね」
 マホロバ人の斉木 博衛(さいき・はくえい)は、一団の中で一番の長身で、辺りを見回して独り言のように呟く。
「アジト跡には何人かいるでしょ、『観光客』が」
 博衛のパートナー、乙羽 実紘(おとわ・みひろ)は、事もなげにそう言うと、HCに入力した地図を見ながらサクサクと歩みを進める。
 実際、一行には大して緊迫感もなかった。実紘と博衛に挟まれるように件の綾遠 卯雪(あやとお・うゆき)、そして何故かしんがりにいるのは鬼龍院 画太郎(きりゅういん・がたろう)である。今回の件で、白林館に行ったパートナーのネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)から連絡を受けて合流したのであった。
 もちろん意思疎通には欠かせない、筆と巻物を持参して。
「かぱぱぱぱぱ!」
 さらさらっと筆を走らせ、卯雪たちに見せたものだった。

『お嬢に呼ばれて来ました
 よもや敵もかようのように愛苦しい俺を見てカッパ執事であるなんて思わないでしょう
 俺は卯雪さん達と一緒に着いていってサポートします』

 キオネから携帯電話で連絡があったこともあり、協力者がきてくれたのだとは分かってすんなりと同行の運びになったはいいが、うら若い女子2人にこれまたまだ若いマホロバ人の青年、見た目「愛くるしい」カッパのゆる族、という集団は、どうみても荒野のピクニックを謳歌するグループ、「コクビャク」の悪だくみに相対するべく向かっているという風には見えなかった。部外者が混じるとコクビャクが見張っていた場合、警戒されるのではないかという懸念はあったが、あまりにほのぼのと馴染みすぎていて心配はいらなさそうでもある。

「カッパさん、長歩き大丈夫?」
 あまり見た目から戦闘とか肉体労働とかを想像できないゆる族に、接することが普段ないせいか、卯雪はそんなことが気になるらしく、振り返って画太郎に尋ねている。
「かぱかぱっ」
『ご心配には及びません。
 俺は執事です 今日、今この時から卯雪様達は跡地まで「主」でございます
 どうぞ俺にはお気遣いなく、思うままの道をお行きください、きっちり着いて参りますので』
 見た目に似ぬ気合の入った文言に、思わず卯雪の顔が綻ぶ。
「……卯雪ぃ、よかったねぇ」
 そんな卯雪に、実紘が振り返って声をかける。
「? 何が?」
「キオネさんが親切な人でさ。あたしたちに協力してくれて。あの人のおかげで、こうやって、わざわざ話聞いてきて駆けつけてくれる人もいるし。有難いよ」
「……そうね」
「卯雪あんた、あんまりあの人のこと邪険にしちゃダメだよ」
「邪険って……」
「悪魔なんてここじゃ珍しくもないし、契約者の立場から見てみるとさ、魔族っつってもいろいろいるよ? 悪い奴らばっかりじゃない。つか学校とかあたしの周りじゃむしろ悪人な悪魔の方が稀だし。
 地球ならいざ知らず、パラミタで魔族を偏見の目で見てたらどうしようもないよ」
「偏見……そんなつもりは別に」
「キオネさん、いい人なんでしょ? お弁当しょっちゅう買ってくれるんでしょ?」
「そう……だけどさ。うん……
 分かってるよ? 悪人じゃないってのは……けどさ。
 悪魔と親しくしてる、なんて、パラミタのことよく分かってない田舎の母さんが聞いたら多分、すごく心配するんじゃないか、と思って。
 そう考えたら……なんていうか、フツーに親しくするのに……何とも言えない抵抗感みたいなものが……」
「あららら……
 まぁあれだよね、卯雪、昔っからお母さん思いだもんねぇ。……」

「これがガールズトーク、という奴なのでしょうな」
 2人の会話に、博衛が、画太郎にこっそり耳打ちする。
「かぱー(そのようですな)」
 とはいえ、主が打ち解けたプライベートな会話をしているのに聞き耳を立てたり、望まれもせぬ相槌で会話を遮ったりするような野暮は執事の本分ではない。画太郎はすまして、少女たちの後をついて歩く。

「そんなことより実紘の方こそ!
 タモン君の扱い酷くない? バカとかよわっちくて装備できないとか、会うたびしょっちゅう愚痴ってるじゃん。
 博衛君のことはすごく買ってるのに。タモン君拗ねちゃわない?」
「だって、あいつ本当にトロくてドン臭くてドジで要領悪いんだもん」
「……なんでその形容詞4つ並べたの。ほぼ同じ意味の言葉じゃん……」
「何か見ててイライラするんだよね。それで、落ち込むならまだ期待してやろうって気にもなるけど、あいつ叱られてもへらへらしててさ。向上心がないの!
 ケツを叩くっつか蹴り上げてやらないと期待通りに動いてくれないんだもん! 今にあいつのケツ、横にも割れて4分割になるから」
「ひどいよー下品だしー」
「ま、まあ、卯雪殿……。そうは言っても、実紘殿も鬼ではないのですよ」
 見かねて博衛が口を挟む。
「タモンは、さる著名職人の魔鎧蒐集を趣味とする金満家に買われたのですが……
 それが贋物であると分かって、酷い扱いを受けていたのを、たまたま見かけた実紘殿が引き取ったのです。
 叱り飛ばしてはいても、実紘殿は決してタモンを見捨てないし、タモンも実紘殿に恩義を感じているのですよ」
「……ガラでもない仏心出したばっかりに、とんでもないお荷物背負いこんじゃったわよ」
「ふーん……実紘って」
「何よ」
「アレだよね……ツンデレ?」
「はぁ!?」
 きゃいきゃいわいわい、ガールズトーク(何気に博衛も参加しているが)は続く。
 その間画太郎は、周囲への目配りを怠らず、警戒を緩めず3人の後をついていった。
 ――ネーブルから聞いたところでは、タモンの身に何か起こらないとも限らないため、警察による卯雪の身辺警護は一時的に解かれているという。一応荒野内に配置している人員もあるが、コクビャクの監視を想定して、かなり離れての尾行となっているため、卯雪に直接何か起こった時すぐに駆けつけるのは難しい。
 だから、決して油断することなく、跡地まで彼女らを無事に送り届けねばと、見た目ではわからないが画太郎はきりっと気を張って歩いていた。




 荒野に穴が開いている。
 この地下に、アジトがあったなどとは……人が出入りし、身を潜めたり話し合いをしたりしていたとは思えない。
 ただのぐちゃぐちゃの「大穴」だ。
 土の中の廃墟だ。

「この中に……」
「死体幾つあったって言ってたっけ」
「ニュースじゃあ……二十何体とか……」
「マジか」
 見物客の多くは契約者だ。
 同じ学校の友人同士だったり、パートナーと一緒にだったり。悲惨な穴を見ながら、未だ謎の多いこの事件を思い思いに論じるものが多い。
 中には、このアジトを使っていた闇商人たちの金になりそうな遺品が残っていないかと果敢にも穴を探ろうとする者もいるようだが、警察の手が入った後のこと、どだいそんなものが見つかるはずもない。危険だから穴には近付くなという立札もあるのだが、好奇心の強い契約者たちには清々しいまでに無視されている。
 刀姫カーリアは、穴の縁ぎりぎりに沿って歩いていた。
 視線は、穴の中に、外に、くるくると向きを変えて注がれるが、とにかく、穴の形状に並々ならぬ興味を持って観察しているのが分かる。
「これって……」
 我知らず呟く。その脳裏に幾つか、何かよぎったものがあったが、それは彼女の、僅かに幼さの残る顔を不似合に暗く曇らせた。
 その、記憶の断片を振り払うように、勢いよく頭を振り上げて、前屈み気味だった体勢から背を起こす。途端、片足が穴の縁からずるっと滑った。
「っ!!」
「危ない!」
 がくん、と下がりかけた体が途中で止まる。腕を誰かに捕まれた、と気付いて振り返ると。
「大丈夫?」
 ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)が、カーリアの腕を捕えたまま、覗き込むようにその顔を見つめて、訊ねてきていた。

 白林館にいるパートナーの十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)から連絡を受け、ヨルディアはこのアジト跡にやって来た。
 『六熾翼』で上空からアジト跡を見ていたが、話に聞いている卯雪一行は未だ来ている様子はなく、代わりに、何かに気を取られている様子で穴の縁ぎりぎりを危なっかしく歩いているカーリアを見つけた。慌てて急降下して駆け寄り、危うく滑り落ちるところだったのを捕まえたのだった。
 カーリアとは知らぬ仲ではない。むしろ、仲間もなくひとりで走っていくカーリアのことを以前から不安に感じていた。
 カーリアはといえば、何故顔を見知っているヨルディアがこんなところに一人でいるのか、それが不思議なようで目をぱちくりさせていた。
「……ここで、何してるの?」
 本当にそれが疑問らしく、訊ね方は何だか子供っぽくすらあった。
 ヨルディアが、宵一の行動から始まるコクビャクの一件への関わりの話をすると、
「あぁ、それで……」
 と納得したようだった。
「契約者って、本当にフットワーク軽いんだね」
 別に揶揄や皮肉ではなく、純粋な感想という口調で呟いた。
「あなたも卯雪さんとコクビャクの件で、ここに来たのよね?」
「……うん。けど、ちょっと……」
 カーリアは何やら、言い澱んでいるようだった。ヨルディアには意外だった。魔鎧である彼女が、製作者のヒエロを捜して一人奔走しているのを以前聞いて知っていたので、そのためにコクビャクやそれに関するものを追ってここに来たのだと思っていた。
 ヨルディアにまじまじと見られて、カーリアは、知らぬ仲でもないのだから言ってもよいと判断したらしく、こう言った。
「ちょっと気になることがあって。穴を見てた」
「……穴? 穴が……気になる……?」
「んー。穴の開き方っていうか、この……土の抉れ方とか、破壊の跡がね」
 そう言って、穴を指す。突然やって来た何者かに、完膚なきまでに破壊されたというアジトは、確かにその爪痕を未だ生々しく残している。誰がどのようにやったのか、何か機械を使ったのか、もしくは一人で大きな魔力を使ったのか。未だ明らかになってはいないらしい。
 穴の中に潜入者の気配でも感じたのならともかく、破壊の痕跡の一体何が、カーリアの興味を誘ったのか。
 そう考えてヨルディアがハッと気づくと、カーリアはもうその穴の中に飛び込みそうに身を乗り出していた。
「……やっぱり、近くで見たいな」
「まさか……降りる気なの?」
 穴の深さは、それほど極端ではない。もともとアジトだったのだから、壊されたとはいえ、中に出入りできるように扉や階段、内部に至る廊下は設置されていたはずだ。
 けれど、一度こんなに壊されてしまっていては、また崩れないとも限らない。
 ヨルディアの問いに、カーリアはまたこっくり頷く。事もなげに、何の問題もないとでも言いたげに。
「……」
 危険だと止めて、聞くような雰囲気でもない。――それに、宵一から聞いた話では、ここに来る卯雪らを狙って、コクビャクがどう人員を配置しているか分からなそうだ。まさかとは思うが、この廃墟の中にだって、何か仕掛けられていると考えられなくもない。
 できれば、カーリアの狙いも聞きたいし。
「一人じゃ危険よ。中が崩れないとも限らないし、一緒に行くわ」
 カーリアはまた目をぱちくりさせて、ヨルディアを見た。
 放っておけないもの。その言葉は心の中に留めたまま、ヨルディアは微笑みかけた。


 それらの事と次第は、『サングラス型通信機』によって白林館の宵一に知らせられていた。一方、その宵一と館で前日から行動を共にしているリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)コアトー・アリティーヌ(こあとー・ありてぃーぬ)はといえば。
「みゅ〜、出番まだまだ先みたいでヒマ〜」
「お姉さま、もう大荒野に着いたのでふかね〜」
 宵一が先に警備のために配置についてから、その指示を待って追って行動開始することになっているので、現在はそれまでの待機時間。有体に言えば、暇を持て余している。
「ペンギンちゃん、何かお喋りして〜」
 暇すぎて、ペットの【予言ペンギン】で遊び出す始末である。
「悪い奴らをやっつけるための予言を〜〜」
「お願いしまふ〜〜」
 2人の願いが聞き届けられたのか、ペンギンはいきなりぱかっと嘴を開く。
『大きい……小さい……綺麗……歪なの……』
「「??」」」
『いろんな形の――ギョーザがいっぱい!!』
「「………ギョーザ???」」

 それから後も、予言ペンギンは「星空の下で皆が驚く!」とか「天人菊を好きな人に会う」とか、意味が分からない「ビミョー」な予言を幾つか繰り出した。どれもコクビャク捕縛に役立ちそうにはないが、少なくともリイムとコアトーの暇潰しにはそこそこなった。



 ネーブルは館を出発し、もう荒野に到達していた。
 アジト跡は、確かに見物客が結構いた。後ろ暗い企みを抱えた組織が良からぬ暗躍をする、という雰囲気ではない。人目というものは、雰囲気というレベルでではあるが抑止力になるのだ。
 すぐには何かあるという様子はない。やっぱり、キオネが卯雪らと話し合った時に言っていたという通り、日が高いうちは動きはないかもしれない。
 それでも何か仕掛けられていたら、表向きには異様な兆候はなくても分かったものではないが。
(やっぱり……穴の中に何か……あったら、怖いよね……)
 それを確認しようと、廃墟の大穴の中に入った。
(何か情報がないか……確かめなきゃ……
 安全と、何よりもこれ以上犠牲を出さない為にも)
 【光学迷彩】も使って潜む。【超感覚】で辺りを警戒しながら、耳を澄ます。
 今のところ、崩れかけた穴の中の土壁がちょっと怖いだけで、不審なものは何もなさそうだ。
 が。
(え……?)
 人の声がした。

「……それで、この抉れた跡から何が分かるの? カーリア」

(……?)
 身を潜める悪人のものとは思えない、明朗な女性の会話の声だった。
 思わず、ネーブルは光学迷彩を解いて声のした方に出ていった。

「……あ?」
 そこにいた2人――カーリアとヨルディアは、急に出てきたネーブルを見てちょっと驚いたようだが。

「意外と、大穴の見学者って多いの?」
 カーリアが首を傾げて、邪気のない疑問を口にした。