シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

【逢魔ヶ丘】かたくなな戦場

リアクション公開中!

【逢魔ヶ丘】かたくなな戦場

リアクション

第8章 撃墜


 飛行小型要塞が島の上空に現れた頃、島の最下部近くにある小島の小屋の中では、尋常でない大騒ぎが起こっていた。

「うおおぁああああーーっ!!」
 先程まで唸りながら具合悪そうに床に転がっていた天使たちが、がばっと身を起こしたかと思うと、次々に小屋の入口に向かって突進していったのだ。
 フードの男は扉のところで仁王立ちになっていた。起き出した天使たちは皆目を血走らせて、扉に押しかけ、フードの男の通せんぼにぶつかって暴れる。
「正気に戻れ、イグ、アルドナ!! 中に戻るんだ!!」
「もう無理だ!! ここにいたくない、行かせてくれ!!」
「バカが!! 行けば戻れないのだぞ!! 島の誇りを忘れたのか、愚か者!!」
 フードの男はただ一人で、押し寄せる同胞を半ば殴りつけるように室内に押し戻す。
 その異様な光景に、綾瀬たちは少し離れた所に退いて見ていた。一人で奮戦するフードの男に、加勢するようにさっき綾瀬と口をきいた天使や、その他比較的冷静そうな天使が、入り口に詰めかけようとする仲間たちを止めようとしているが、力の入らない体で縋りついてひきずられるという、酷い有様である。
「……止めればいいんですの?」
 見かねて綾瀬が声をかけたのとほぼ同時に、ついに一人の天使が、仁王立ちで扉を守るフードの男を突破して外に飛び出していってしまった。それに気を取られている間に2人目が、フードの男を突き飛ばして飛び出す。綾瀬らが駆け寄ったが、フードの男はすぐに立ち上がり、島から翼を広げて飛んでいく2人を追って飛翔していった。島の最下部を沿って飛翔し、そのまま飛び出していく。
「……何が起きたのかな?」
「分からないけれど、扉を閉めておいた方がよさそうですわね」

 そうして扉を閉め、様子を見るために、島の影を出るべく移動した。
 程なく彼女たちも、島の上空に浮かぶ小型要塞を発見することになる。



 丘の上の大樹が青く光った時。
 ルカルカの飛空艇から見ていたキオネは、その光に呼応するように移動要塞から閃光が発されたのを目にした。

 次の瞬間、風が変わり、雲がざわりと蠢いた。


 結界の一部が開いたのだ。



 たまたま近くにいた、水雷龍ハイドロルクスブレードドラゴンを駆るクリストファーはそれを目撃した。
 異変に気づき、気を昂らせるドラゴンを落ちつけようと躍起になっていた時、風の流れ、雲の流れの変化に気付いた。今まで気流を弾いていた面が消えて、気流がそこを通るようになったのだ。
「落ち着いて……とにかく、ここは離れた方がいいな」
 ドラゴンを御しながら、首を反対側に向けようとしたその時。
 何かが、滑り落ちるように雲海を割って滑降してきて、猛スピードでクリストファーの視界を突っ切り、開いたばかりの結界の中へと落ちていった。影は4つ。
 人だった。



「来たぞ!」
 下では、守護天使たちが迎撃の準備をして待っていた。その中には、あの3人の若い班長もいる。
「4人だけだ、落ち着いて撃て!」
「むしろ、『丘』に注意しろ! 降下と同時に援護射撃が来るぞ!!」
 結界の穴の下は、キオネの説明したところの「居住区の西の野原」だ。
 青く光る大樹の根付いた『丘』を眼前に、しかし距離を置いて最前線を敷き、自警団の団員たちは武装して、落ちてくる4つの影――要塞から降りてくる魔族の戦士たちを待ち受けていた。
 同時に、見張りが『丘』の動向を一つも見逃すまいとして目を瞠っている。
 『丘』の周囲にはキャンプのようなものができていた。
 だが、人影はない。――こちらから見えない場所に、身を潜めている。


 降ってくる4人の戦士が、銃のようなものを構えて影を地面に落とし始めた時、天使たちは迎撃を開始した。
 それぞれの班長の指示に従い、ある団は弓で、ある団は大砲で、撃墜を狙う。
 丘の影に身を潜めていた者たちが、天使たちを狙い弓等の飛び道具を放ち始める。
 4人はブースターのようなものを背負っており、地上からの砲撃に逃げ惑う。

 混戦模様である。



 その頃、小屋を飛び出した2人の天使が、要塞の方へと真っ直ぐに飛翔していた。
 それを追うのは、自警団長ザイキである。

「連れて行ってくれ! 連れて行ってくれ!!」
 2人は喉を限りに叫びながら、要塞に向かって飛んでいく。
「バカがっ!!」
 ついに、ザイキはひとりに追いついた。後ろから肩を捕まえ、
「行けば元には戻れないと言っているだろうが!!
 この島の誇り高き戦士であるお前はどこに行った!? 仲間を裏切る気か!!」
 叫びながら頬を殴打する。



「……あの移動要塞、何かおかしな波動出してる」
 宵一、ヨルディア、カーリアの一行は、離れた所からこの要塞の出現を目撃した。
 カーリアの言葉に、2人は彼女の方を向いて説明を求めるような目をした。
「何だろう……ごく弱いものだから、よく分からないけど、引きつけるような……誘い込むような……心地よさそうな何かを醸し出している気がする。感じない?」
 訊き返すカーリアに、2人は首を傾げ、それから横に振った。

 ――それは、魔族に対してだけ、微弱に働きかけるものだった。

 

 島の混戦は、すぐに収まった。
「……おかしい……何で奴ら、あんなにあっさり引き下がった?」
 ムセが首を傾げる。地上からの迎撃に、4人の戦士はからかうように上空を飛んで逃げ回っただけで構えた銃も打たず、あっさり引き上げていった。
 それと同時に、『丘』からの攻撃も止んだ。
「班長!!」
 伝令の天使が飛んできた。
「小屋にいる者が2名、飛び出していったと知らせが……!」
 ムセの顔色が変わった。
「しまった……奴ら、今回はそっちが目的か……っ!!」

「……どういうこと、なんですか?」
 声が聞こえて、ムセが横を見ると、弥十郎と八雲が息を切らして立っていた。
「こっここまで来たんですか!? よく結界に耐えましたね!?」
 あのどさくさで、2人も坂道を登ってきたはいいが案の定体が重くなり、かなり疲労してようやくこの野原まで辿りついたのだった。

「ザイキ団長も浴びた例の粉……あれを浴びるとだんだん人が変わっていって、あいつらの仲間に入りたくなって島を出ていってしまうんです。
 それを防ぐために、粉を浴びた団員は全員島の下の小屋に避難して堪えているんですが……
 あの要塞が現れると、まるで自制心を吸い取られるように発狂して、自分から飛んでいってしまうんだそうです。
 まるで……花の香りに引き寄せられる虫のように、抗えない力に引っ張られるのだと、団長が言っていました。

 それを分かっていて、時々あの要塞が現れて、粉を浴びた天使たちを連れて行ってしまうんです!
 今までにも4人くらいやられました。もちろん、誰も戻ってきません。
 団長は自分も要塞の誘惑と戦いながら、引き寄せられそうになる仲間を力づくで引き戻そうとしているんですが……」




「ザイキ団長……自分はもう大丈夫です!」
「よく言った。小屋に戻っていろ!」
「はいっ」
 正気を取り戻したらしい天使は、ザイキに一礼し、すぐに降下していった。
 もう一人の天使は、もう要塞の近くまで到達しようとしている。ザイキは身を翻し、すぐに後を追った。
「!!」
 だが、突然、その前に立ち塞がった影があった。
 要塞から出てきた、魔族の戦士の一人だった。
「貴様も灰被りだろう。こっちに来ないのか」
 ザイキは答えず、腰に下げていたサーベルに手を伸ばした。
 戦士も、構えていた銃は大振りすぎて接近戦では使い辛いと判断したのか、それを腰のベルトに引っかけると代わりに背負っていた刀を抜いた。
「残念だなぁ。本能のままに生きる世界は楽しいのになぁ」
「消えろ!!」
 空中での剣戟が始まった。
 間合いを幾らでも自在にとれる空中での戦いは、いつ果てるとも知れなかった。が。
 要塞の中に、追っていた仲間の姿が吸い込まれて消えたのを、敵の肩越しにザイキが見た、次の瞬間。

「っ!! ――」

 2つの体がぶつかり合い、離れ。
 刀についた血を魔族の戦士が払うのと同時に、ザイキの体は石のように落下を始めた。


「っ!!」
「あぁっ!!」
 それを、ルカルカとキオネは飛空艇の中から見た。
 とっさにルカルカは飛空艇を動かし助けに行こうと思ったが、乱気流が艇を襲った。またしてもそれは、ただの乱気流ではない。再び空間が歪み始めたのだ。守護天使を一人吸い込んだ要塞は、その中に消えていこうとしている。
 そのために起こった乱気流であった。迂闊に近付けば、空間のねじれに巻き込まれ、艇がどうなるか分からない。乱気流は想定された強化を施されていても、時空の歪みにまでは対応できない。それを避けて安全な位置取りをしている間に、あっという間に落下者は見失われてしまった。

 一瞬だけ、キオネは落ちていくザイキの顔を見た。

 どこかで、見たことがあった気がした。


(「あなたは何故、まだその名を使っているのですか? キオネ・ラクナゲン」)
 その声が頭に蘇り、キオネはハッとした。

 いつだったか、事務所に奇妙な依頼にやって来た――そして、

(「私は知りたいのですよ。あなたはまだ、いつか彼女と共にあの丘に帰ってくるつもりがあるのかと」)
 謎めいた言葉を残して、キオネの胸をざわつかせて帰っていった、あの依頼主だった。




「がぁちゃん……大丈夫?」
「かぱっぱぱぁ、かぱ〜〜〜(だ、大丈夫ですともっ。しかし、結構堪えますな……)」
 やはり他の契約者たち同様、ネーブルと画太郎が、体の重くなる感覚に悩まされながらもそれを堪えて長い坂道を登り切り、西の野原に辿りついた時、目にしたものは。
 結界が元通り閉じた空の下、薄青い淡い光を纏って立つ丘の上の大樹。
 すでに要塞も姿を消した、見えない結界の壁越しの静かな空。
 そして、尊敬する指導者の墜落に、悲嘆に沈む自警団員たちの群れだった。