リアクション
【終章】Thorn
「待てよソーン! 一人じゃ危険だ!」
呼び止める声に振り向きもせず、ソーンは車椅子を押して走り続けている。
カイはコウモリの残党を振り切りながら、一心不乱にそれを追った。
(このまま外に出るつもりか? 他の人たちを置いて)
言いたいことは山ほどあったが、ひとまずカイはその言葉を全て飲み込んで走ることに集中する。
目の前を行くソーンは、ちょうど飛びかかって来た洞窟コウモリを片手で払い飛ばしたところだった。
すると次の瞬間、車椅子を押すソーンの手が唐突に凍り始める。指先から手首へと徐々に氷にのまれていく自らの手を見ると、彼は苛立たしげに足を止め、杖から発せられる熱でその氷を溶かした。
「まったく、腹立たしい『願い』ですね。本当はこの手は使いたくなかったんですが」
そう言うとソーンは白衣のポケットから小さなICチップを取り出して、『煌めきの災禍』の頭に着けられた制御装置の側面に差し込んだ。
「何だそれ? ソーン、一体何をしてるんだ……?!」
「消してあげるんですよ。彼女の中の記録を全て、願いごとね。そうすれば彼女は過去から解放されるし、この動物たちに対する妙な影響力も無くなるでしょう」
言いながら、ソーンは制御装置のボタンを操作して笑っている。
「記録を消すって……そんなことしたら、せっかく元に戻っても、族長のことだって思い出せなくなるんじゃないのか!?」
「そりゃそうでしょう。時間が経てば戻って来る類の記憶喪失とは違いますよ。物事を記録しているメモリに干渉して、そこに刻まれたデータを根本から抹消するんですから」
カイには理解できなかった。なぜそんなことを、ソーンが笑いながら語っているのか。
「本当はかつてされたという実験のことも詳しく知りたかったので、残しておきたかったんですが……。僕の研究を手伝って貰う間に暴走でもされたら厄介ですし、仕方ありませんね」
ソーンはカイの方を振り返ろうともせずに最後のボタン操作を終えると、一度だけ『煌めきの災禍』に向けて笑みを深めた。
「さようなら、リト・マーニさん」
「やめろ!」と叫ぶカイの声も虚しく、制御装置の液晶には「DELETED」の文字が浮かび上がった。
「お主ら……恩を仇で返すとはこのことじゃのう」
ハーヴィは苦虫を噛み潰したような顔でその男の顔を見た。
「悪ぃな。俺たちだって気は乗らなかったんだが、お頭に頼まれちゃ仕方ねぇんだよ」
灰色ポンチョに身を包んだならず者5人衆が、数を増やしてそこに居た。
見れば洞窟の入り口は、彼らが連れて来たらしい機晶兵たちに取り囲まれている。いかにも機械仕掛けの人形といった風な見た目の機晶兵が多い中で、一体だけ美しい女性の姿をした者がいて目を引いた。
「安心しな。あんたらが変な真似さえしなければ、お頭が戻って来るまで俺たちは待機ってことになってるからな」
男はそう言うと、ハーヴィを見下すように下卑た笑みを浮かべた。
「ソーン……『棘』……お前、まさか」
カイの言葉を鼻で笑いながら、ソーンは白衣の裾を翻してみせた。その裏地には、薄いグレーの糸である文様が描かれている。
「円の中に、″Thorn″のルーン……」
古代北欧で用いられていたというルーン文字。その一つに『棘』を意味する『ソーン』のルーンがある。右向きの三角形だと思っていたそれは、間違いなく古代文字の一つであった。
「イルミンスールではルーン文字も教えているんだと思ってましたが……勉強不足ですね、カイ君。ともあれ、追って来たのが君で良かった。他の方々には、かなり怪しまれていたようなのでね」
そう言ってソーンは自身の杖を取り出すと、その先端を真っ直ぐカイに向けた。
黒留 翔です。
『煌めきの災禍(前編)』に参加して頂いた皆様、お疲れさまでした。せっかくクリスマスも近いと言うのに、空気も読まずシリアス路線のシナリオでしたが、如何でしたでしょうか。
今回、めでたく集落の名前が「フラワーリング」(命名:SFM0010531#エース・ラグランツ様)に決まりました! ちなみに最終的な有効得票数は「A:4票、B:3票、C:3票」という驚くべき接戦で、決まらなかったらどうしようかと思ったりしました。
それにしても、毎回学ぶことが沢山あります。リアクション本文もさることながら、特にシナリオガイドは冗長にならないよう気をつけているのですが、もし簡潔にし過ぎていて解りづらいことがあったとしたら大変申し訳なく思います。これからも勉強を続けて参りますので、ご興味がありましたらぜひ次回シナリオにもご参加ください。
ありがとうございました。