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荒野の空に響く金槌の音

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荒野の空に響く金槌の音

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■ エピローグ ■



「『なんということでしょう』とか言った方が良い?」
 予告も無しに登場してバイクの上からの第一声に、破名は意図が掴めず首を傾げた。
「それは……」と言い淀んでいるのを見て、アレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)は「お前は本当に駄目な奴だな」と鼻を鳴らす。
「必要な言葉なのか?」
「多分ね。お前にセンスなんて誰も期待してねぇ、そっちに期待してたんだよ」
 言いながらもう興味は破名から別の方向へ向いていた。
 サングラスの下の目が見ているのは、子供達が互いにペンキの缶と刷毛を持って壁に思い思いの絵を描いているところだ。
「天音の提案で、あの壁だけ子供達の手で塗ることになっている。で、今日がその塗りの日だ。あと他にも――」
 キリハの補足も入れながら今回の修繕資金を提供してくれたスポンサー様であるアレクに破名はひとつひとつどこがどう変わったのかを説明する。
 まず敷地を囲むように柵内に沿って植えられた樹果の苗。柵で囲まれた畑に多種多様な荒野でも咲く強い花々がルカルカらしい見る側に元気を与える配列で植えられている。
 建物から距離を置いた開けた平地だった場所は小さな池と大きなコンクリート土管が目立つ猿山的遊び場になっていた。途中手伝ってくれたフレンディスの考えで対象年齢が随分と上がりそうになったりもした逸話が絡むも、障害物を組み込み樹のパートナー曰く「蛮族防衛計画」を練れるくらい本格的遊びもできるらしい。
 その隣には大きめのバーベキューセット。屋内だけでなく外でも楽しくご飯が食べられるようにとの美羽の計らいだ。使わない時は雨風にさらされないように蓋が出来るようになっている。
 和希に特に得意としていると言われ修繕され使いやすくなった井戸に、雨漏りがしないのが取り柄だった屋根も修復された。間取りも少し弄って守護天使の男性も今はベッドの上で寝ている。孤児院の外観をまとめてくれたのは彼女のパートナーだ。
 使いやすい井戸から直線で結ばれた大きな勝手口の設置を望んだのは菊だ。料理人の目線でのキッチンの改修は見事というか、キッチンに立ち慣れていない相手でも混乱させない優しさと、毎日キッチンに立っている相手には効率を高め、負担がかからないような作りになっている。やりようによっては全員同じ場所でご飯が作れる。
 孤児院は、緩くなった土台を掘り返し基礎を頑強にされた建物の梁や柱には耐震対策ななされ、屋内環境を良くするために壁には断熱材が入れられた。
 過ごしやすいようにと、外の壁には防音遮熱のパネルを入れられ、窓も二重ガラスのものと入れ替えた。裏に発電機を設置し、食堂、学習室、浴室、子供とマザーの部屋に床暖房(冷房)を敷くエースは操作パネルは食堂にあって取扱説明書も近くに提げておいたからと言っていた。
 廊下や部屋の入口の段差を無くし、壁やデッドスペースを工夫を凝らし全て収納用に変えて、しかしそれを感じさせない仕事っぷりを見せてくれたセレンフィリティ。彼女は撤去された部材を再利用し新築や改築にはない思い出を残しておいてくれた。
 皆ができるだけ前のままでと建物自体の大きさを変えない中、増築された部分がある。どこだと言えば屋外にあったトイレの移動先のことだ。外にトイレは不安というネージュの配慮により、今は男女別々に木造デザインをテーマに便器も手洗いも愛らしく生まれ変わって、トイレの時間が待ち遠しくなるかもしれない。
 愛らしいと言えば食堂だ。前々から貰った玩具や人形、ぬいぐるみでそれなりに華やかだったが、今は扉を開けた瞬間無数のうさぎさん達に歓迎を受ける部屋になった。ネーブルの所謂布教活動らしいが、「可愛い小物」が極端に少ない孤児院には強烈なインパクトである。先のトイレと共に子供達の可愛いものに対する感性をたっぷりと育んで貰いたい。
 一階とは打って変わって二階の内装は随分と落ち着いたものに変わる。某達が楽しくしかし細部まで悩んで揃えてくれたのだろうことが伺える統一感があった。部屋ごとにテーマがあるらしく壁紙もカーテン、絨毯や調度品がそれぞれ違う。前に流行った、日毎に別の部屋で寝るというのが女の子達の間でまた流行りそうだ。
 大量の椅子や閉まらない扉を直してくれたかつみ達。これには本当に子供達が喜んでいた。絶対に無理できないというわけではなく、直せそうで直せない微妙な種類のしかも毎日使うものだっから余計だった。ガタガタ動くストレスから子供達は開放された。
 他にも大量の差し入れを持ち込み昼食を用意してくれたミルディアや、怪我の手当を中心に細々としたものを手伝ってくれたイナ。
 孤児院の変化を自分で確かめるように、破名は院内を練り歩きながらその日の事をアレクに伝えた。
「契約者の方以外にも多くの方が手伝いにいらしてくれて……ええっと、これですね。どうぞ」
 最後に三人で応接室に入るとキリハは、和輝がまとめてくれた報告書を取り出しそれをアレクに渡した。
 報告書は、内容自体事細かく項目が分かれ、設計図や試算表、領収書、写真等様々な書類が添付されており、それなりに厚いが数分の後読み切ったらしく「うん」と頷く声が聞こえる。
「結局その、振り込んでいただいたお金が少しだけ余ってしまったので返金したいのですがどう手続きを取ったらいいでしょうか? すみません。仕組みがまだ理解していなくて方法がわからないんです」
「お前達には改めて色々と教える必要が有りそうだな。世間知らずにも程がある」
「すみません。お願いできますか?」
 即座にキリハからしゃきっとした反応が返ってくるのに眉を上げて、破名に視線を移す。彼が口を開かないと分かると、アレクは「金はそのままにしておけ」と指示だけ送ってキリハに向き直った。
「次来る時は弁護士を連れて来よう。
 ひとまず……何が聞きたい? 一般常識から悪い軍人に狙われた時の逃げ方くらいなら答えてやれるよ」
 挑発に破名は答えない。短い沈黙のあと窓の外で歓声があがったのに、キリハが顔を上げた。
「ああ、壁塗りが終わりましたね。ちょっと待ってて下さい」
「構わない」とアレクが言うのに、キリハは説明を添える。
「子供達の提案で、これから皆で写真を撮るんです。で、皆でそれぞれお礼の手紙を書くんですよ」
 それをコピーして、今回参加してくれた契約者達の元に送る予定らしい。
「それじゃあ、少し失礼します」
 部屋のドアノブに手を掛けたキリハは、破名が追って来ない事に気がついて後ろを振り返った。
「貴方は絶対参加ですよクロフォード」
 釘を刺したのか念を押したのか、先に出て行ったキリハの言葉に一分程遅れて漸く破名は立ち上がった。それに目もくれずに報告書を改めて見直しながら、アレクは口を開く。
「――上出来だ、上出来だよ破名。今回お前はとても良い子だった。
 『一人でチョロチョロ動いてバカをやらなかったところ』が、特に気に入った。
 覚えておきなさい。お前が一番に学ぶべきなのは、そういうところなんだ」
 アレクこそ、釘をさしているのだろう。
 アレクが何を示唆しているのか、魔女との一件で彼から受けた叱責を破名は頬の痛みと共に思い出したことで気付き、しかし特に反応を見せることなく無言のまま応接室を出て行った。
 ガチャンとドアが閉まる分断の音は、残響も余韻も残さず消える。
 破名はまだ誰にも話していない。
 逃した責任は取りなさいと言われ、その言葉に従っているが、どんな形で責任を果たせばいいのか悩んでいる事を。
 孤児院の『子供達』の行く末を、強いては、過去、系譜という名の研究施設から破名が逃したことで現代までに残された被験者の子孫、『系図をその身に宿す子等』のこの先をどう見つめ向き合えばいいのか、わからない。
 キリハには聞けない。彼女は破名の随従者だ。「貴方のお好きな様に」としか答えない。
 ただただアレクの言葉が刺さる。
 答えを導くヒントが今回の建て直しにあるとでも言うのか。
 この孤児院の建て直しを通して彼が学ぶべきものは一体なんなのだろう。
 でも、時間がかかってもいつかは理解することだろう。
 多くの契約者の手によって孤児院が生まれ変わったことが何よりもの答えなのだから。



…※…※…※…




 後日。
 契約者達の手元に荒野から一通の分厚い手紙が届いた。
 中にはたくさんのありがとうが詰められている。

担当マスターより

▼担当マスター

保坂紫子

▼マスターコメント

 皆様初めまして、またおひさしぶりです。保坂紫子です。
 今回のシナリオはいかがでしたでしょうか。皆様の素敵なアクションに、少しでもお返しできていれば幸いです。
 本当に皆様のお心に少しでもお返し出来ていればと願わずにはいられません。本日はお疲れ様でした。
 また、私の諸事情で、連絡が必要な方のみ個別コメントを書かせて頂いております。
 また、東安曇MSにはこの場をお借りして、当シナリオを執筆する際、ご協力頂いたことに多大なる感謝を。本当にありがとうございました。

 また、推敲を重ねておりますが、誤字脱字等がございましたらどうかご容赦願います。
 では、ご縁がございましたらまた会いましょう。