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学生たちの休日13+

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    ★    ★    ★

「さてと、準備よしと」
 ちょっと大きめの箱をかかえながら、フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)がカフェ・ディオニウスを前にしてつぶやきました。
 箱の中には、匿名 某(とくな・なにがし)や誰にも見つからないように作った、シェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)にあげるためのチョコレートが入っています。シェリエ・ディオニウスは甘い物が苦手ということですから、甘さを抑えたビターチョコにしてあります。形はお世辞にも綺麗とは言えませんが、心を込めて作ったのでこれが精一杯というところです。
 本当であれば、空京あたりにシェリエ・ディオニウスだけを呼び出したかったのですが、さすがにバレンタインはかき入れ時でもあるようで、カフェを離れられないようでした。それは、とりもなおさず、ライバルがたくさんいるということです。
 意を決してカフェの中に入ってみますと、本当に満員です。とりあえず、いつも通りのカウンター席に座ります。
「いらっしゃいませー」
 シェリエ・ディオニウスが、いつものように迎えてくれました。毎日のように通っているのですから、さすがに常連にカウントしてもらっています。
 見ますと、カウンターの後ろには、小さな箱が山と積まれています。それぞれは、青、黄色、銀色のリボンがかけてありました。
「はい、これは今日来てくれたお礼ですわ。どうぞ、もらってください」
 トレーネ・ディオニウス(とれーね・でぃおにうす)が、常連客にその小箱を配っています。どうやら義理チョコのようです。
「本当は、女の子に渡すのはおかしいけれど、お客様みんなにさしあげているから。はい、あなたにも」
 そう言って、シェリエ・ディオニウスが、フェイ・カーライズにもチョコレートを渡します。うっかりと、先手を取られて、しかも義理チョコをもらってしまったフェイ・カーライズでした。
「パフューム、あちらのお客様にも……。ちょっと、何食べてるのよ!」
 トレーネ・ディオニウスの手伝いを頼もうとしたシェリエ・ディオニウスが、プレゼントであるチョコをつまみ食いしているパフューム・ディオニウス(ぱふゅーむ・でぃおにうす)を見つけて注意しました。
「だってえ、味見したかったんだもの」
 まったく、食欲魔人です。
「ちゃんとお仕事しなくちゃダメよ」
「はーい」
 こっそりと、自分の分のチョコレートは確保しながら、パフューム・ディオニウスがお客さんへのチョコレート配りを始めます。
「そうかあ、今日はバレンタインデーだものね。シェリエは、もう誰かにチョコレートもらったり、本命チョコ誰かに渡したりしたの?」
 ちょっとドキドキしながら、フェイ・カーライズがなるべく平静を装ってシェリエ・ディオニウスに訊ねました。
「さすがに、今日はチョコはもらう方の立場じゃないけど、本命はまだかなあ。義理チョコは、これこの通り、たくさん配ってるけど。あっ、いや、義理だけど、義理じゃないですよー」
 思いっきり義理と言ってしまって、シェリエ・ディオニウスがあわててお客さんたちにむかって訂正しました。
「本命は、素敵な旦那さんになる人が現れたらね。理想は、やっぱりおとうさんみたいな人かなあ。子供は三人ぐらいで、ワタシたちと同じで三姉妹なんかがいいなあ……」
 なんだか、ちょっと夢見るようにシェリエ・ディオニウスが言いました。相変わらず、恋に恋しているという感じです。ただし、シェリエ・ディオニウスはのんけですので、フェイ・カーライズとしてはそれを聞いても溜め息しか出ません。
「ところで、シェリエは、女の子が女の子にチョコをあげるって変って思う?」
「うーん、本チョコは想像できないけど、パフュームじゃないけど、バレンタインデーだからって、女の子がチョコ食べられないのは不公平だよね。普通に、プレゼントなんかだったら、いいんじゃないかなあ。だいたい、ワタシだって、さっきからお客さんの女の子たちにもチョコあげているし……」
 シェリエ・ディオニウスが答えました。まあ、それは、営業活動ですから、カウントしていいものやらどうやら。
「じゃあ、これ受け取って」
 そう言って、フェイ・カーライズがシェリエ・ディオニウスに持ってきたチョコレートを差し出しました。
「えっ?」
「と、友チョコよ! 友チョコ!」
 いきなりで戸惑うシェリエ・ディオニウスに、フェイ・カーライズが焦って叫びました。
「ありがとう。じゃ、ワタシからも、もう一つサービス♪」
 どう見ても本チョコっぽい大きな箱に、誰かに渡しそびれたのかと勘違いしながら、シェリエ・ディオニウスがもう一つ営業用のチョコレートをくれました。箱には、青いリボンがかけてあります。
「この青いのは、ワタシが手作りした物なんだよ。特に、これはお得意様用の特別製」
 シェリエ・ディオニウスが、小声でそうフェイ・カーライズに告げました。

    ★    ★    ★

「お待たせしましたー」
「わーい、来た来たー♪」
 トレーネ・ディオニウスが注文した品を運んでくるのを見て、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が歓声をあげました。
 コーヒーの回数券がまだ余っていましたので、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)とノーン・クリスタリアと御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は揃ってカフェ・ディオニウスに来ていたのでした。
 エリシア・ボックが注文したのはポテトピザで、何種類かのポテトがゴロゴロと載っていて、味の違いや食感の違いが楽しめそうです。
 ノーン・クリスタリアが注文したのは、クリームパスタです。ふんだんにミルクを使ったソースがたっぷりとかかっています。
 御神楽舞花が頼んだのはクロックムッシュです。たっぷりのハムとチーズを挟んだトーストに、ベシャメルソースがかけてあります。
「娘の名前、陽太は蒼菜(そうな)と陽菜(ひな)のどちらにするかで迷ってたみたいですけれど、最終的に陽菜に決めましたわね」
 御神楽陽太と御神楽環菜の間に生まれた赤ちゃんのことを話題にして、エリシア・ボックが言いました。あたりまえのように、最近の話題はほとんどこの赤ちゃんのことです。
「まぁ、陽菜という名前を提案したのは環菜ですし、きっと、陽太はそちらに決定すると思っていましたけれど」
 分かっていましたわと言いたげに、エリシア・ボックが一人で納得します。
「陽菜様の御誕生に居合わせることができて、子孫として非常に感慨深いです」
 御神楽舞花が言いました。血筋としては、先祖、少なくとも親戚には間違いがありません。
「陽菜ちゃん、小っちゃくて可愛いね! わたしも、お世話するのお手伝いしようと思うよ」
 ノーン・クリスタリアが嬉しそうに言います。新しく誕生した庇護対象に心底嬉しそうです。
「私も、できることがあれば、全力でお二人に御助力しようと思います」
「いや、だからといって、育児をわたくしたちに押しつけられても困りますわ。まあ、今のところは、逆に、わたくしたちには何もさせてくれなさそうですけれど。まったく、陽太もマメと言うかなんというか」
 ちょっとつまらなそうにエリシア・ボックが言いました。
「じゃあ、みんなで、麻雀して待っていよーよ」
「そばで待機している間の暇潰しにはいいですわね。再戦ならいつでも受けますわよ。あっ、でも、音はなるべくたてないようにしませんと……」
 さすがに、赤ちゃんのそばで麻雀はまずいかと、エリシア・ボックがちょっと思いなおしました。
「暇潰しであれば、競竜もいいですわね。今年は勝てるような気がするんですの」
 初詣のときのことを思い出して、エリシア・ボックが言いました。
「競竜ですか? 了解しました。資金を用意してお供させていただきますね」
 御神楽舞花も結構やる気満々です。
「デザート、お持ちしました」
 そこへパフューム・ディオニウスが、デザートを運んできます。
 御神楽舞花はたっぷりとチョコレートソースのかかったフルーツの盛り合わせ、ノーン・クリスタリアはチョコレートパフェ、エリシア・ボックはチョコレートアイスです。
「それから、これはお店からのバレンタインプレゼントだよ」
 パフューム・ディオニウスからチョコレートの入った箱が、三人に配られました。それぞれ、リボンの色が違います。
「どれがアタリなのでしょうか……」
 なんとなくくじ引きのような気がして、御神楽舞花がつぶやきました。