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一月遅れの新年会

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第四章
エキシビジョンマッチ

 蒼空学園校長の馬場正子はたまたま予定が明いていたので、ハイナに誘われてこの宴会に参加した。
 普段は酒に節度を持って飲むタイプなので、彼女が酔っ払ったところを見た人間はほとんどいない。
 そんな馬場正子が、ウォッカと気付かずに高濃度アルコールを摂取し、大暴れしている。
 酔った彼女は手近にいた建設作業員の若い青年を右ストレートで撃沈させた。道場では二、三人ほどが宙を舞うという不思議な現象が見られたが、馬場は逃げた獲物を追いかけて会場の外に出たため、奇跡的に被害そのものは少なかった。
 が、明倫館内の二階の教室で、一人の商人の男性が扉をぶち破って飛んできた。廊下の壁に激突して、気絶。
 教室の中では、ご丁寧にリングが設置され、その中心で馬場が赤ら顔で仁王立ちしていた。周りはギャラリーで埋め尽くされ、床には馬場がぶちのめした憐れな被害者たちが転がり、気が付けばレフリーとゴングまで設置されている。
「ふーん、プロレスか」
「だったら……私たちの出番、ですね!」
 リングの後方で、タキシードを着た涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)、ブルーのラテンドレスを着た富永 佐那(とみなが・さな)が得意げに笑う。
 途端、室内に流れる場違いな音楽。タンゴだ。
 なんだなんだ、とギャラリーがざわつく。涼介、佐那の両名が互いに手を取り合い、リズムに乗って踊り始めた。
 これも余興か。そう思われる中、曲調が次第に変化。激しくなっていく。
 やがて曲調がヘビメタに変わった時、二人の目に闘志が宿る。
「さあ、性質の悪い酔っ払いはスマックダウンホテル行きだ!」
 連携スキル、カーニバル・オブ・チャンピオンズ。二人のリングに向かって進む足取りに、重い威圧感が加わる。周囲のギャラリーが気圧されて二、三歩身を引いた。
 二人の醸し出すただならぬ気配に、馬場はゆっくりを振り向いた。
 涼介がロープをくぐってリングに入ったその時、レフリーの合図を待たずに馬場が突進していった。
 年末のプロレス番組でもめったに見られない名勝負の火蓋が切って落とされた。

■■■

 ハイナ・ウィルソンを食い止めた英雄の一人、オルフィナのパートナー、セフィー・グローリィア(せふぃー・ぐろーりぃあ)は天井を見上げて、小さく頷いた。
「始まった始まった」
 天井の向こうでは、馬場正子と涼介、佐那ペアのエキシビジョンが繰り広げられている。
 一階のとある教室で、セフィーは正気の男たちと一緒に、プロレスのリング一つ分は入れる大きな水槽に水を張り、ありったけの酔い覚ましの薬を投げ込んでいた。
「こんなもんかな。上の階で大暴れしてる酔っ払いをここにぶっ込んでやるか!」
 酔っ払って人をぶん殴ってる馬場校長を捕獲すべく、セフィーはプロレス会場へと赴いていった。

■■■

 そうこうしているうちに、試合はヒートアップしていた。涼介と佐那が入れ替わり立ち代わりで馬場校長を殴り、時々殴られては吹っ飛び、ロープの反動を利用してとび蹴りを喰らわせたりと、探り合いなしの超アクティブな試合展開となっている。
「はわ、はわわ……あ! また涼介さん殴られ……あ、跳んだ!」
 そんな凄絶な試合に佐那のパートナー、ソフィア・ヴァトゥーツィナ(そふぃあ・う゛ぁとぅーつぃな)がおろおろしながら見守っていた。
 その傍らで、気になる発言が聞こえてくる。
「おいおい、あれなら俺たちでも馬場校長に勝てるんじゃねえか?」
「だよな? 俺たちもリングに入って校長撃破の名誉をいただこうぜ!」
 と、リングで戦う三人の闘志に当てられた一部のギャラリーが乱入しようと進み出た時、ソフィアがプラカードを持って慌てて前に出た。
「お、なんだお嬢ちゃん。ここは危な……ん? なになに?」
「彼らは訓練を受けたプロ。それがプロレスラーです。でも、無敵ではありません。リングでの闘いには危険と痛みが付き物なのです。骨折、筋肉・靭帯の断裂、脱臼……安全を優先して下さい。絶対に真似をしてはダメです、と……」
 ソフィアはおどおどしながら補足の説明をする。
「プロの方も、大怪我で、全治一年とか、するのです! 危ないのです!」
 小さな女の子に力説され、二人のギャラリーが互いの顔を見合う。
「そ、そうだな。思えばさっき、男が教室の外まで吹っ飛んでたもんな……って!」
 途端、周りのギャラリーがソフィアの後ろを見て、さっと退いた。
「?」
 何事か。ソフィアも後ろのリングを振り返ると、殴られた馬場校長がこちらに向かって吹っ飛んでくるのが見えた。
「うひゃあ!」
 ソフィアは慌ててその場から逃げた。

■■■

 リングの上、涼介はロープの反動を利用したラリアットで馬場校長を反対側のロープまで吹っ飛ばした。
 ヘッドロックにローキック、ヒールのように何処からともなく青汁入りのボトル(飴細工)でぶっ叩いたり、佐那との二人掛けアキレス腱固めなどの足殺し系関節技で落としにかかるが、馬場校長はウォッカを煽ってふらふらのはずなのに力強いカバーリングで技を外しては殴りかかって来る。しかも手加減がない。本気で殴り倒しに掛かって来る。
 反対側まで吹っ飛ばされた馬場校長は涼介と同じくロープの反動を利用し、殴り返そうと足に力を入れた。
「しぶといですね! あんな強い酒を煽って、あれだけ殴り合いしておいてまだ元気なんですか!?」
 リングの外から佐那が校長の足を掴んで引っ張ると馬場校長が受け身も取らずにぶっ倒れた。
 途端、ギャラリーが湧いた。
「涼介さん! そろそろ決めますよ!」
「了解です! せーので行きますよ!」
 佐那がリングに乗り、倒れた馬場校長の両脇に両腕を通し、後頭部まで腕を伸ばして手を組んだ。涼介が馬場校長の両足を持ち上げて両肩に掛け、神輿よろしく校長を持ち上げた。そんな状態でも馬場校長はもがく。
「あー! 醜態が過ぎますよ! 馬場校長!」
「せー、の!」
 二人掛けのプロレス技、その名もキラーボム。背中からまっすぐリングに叩き付けられ、馬場校長が跳ねた。ぐほあ、とか聞こえてきたあたり、効いたようだ。
 そのまま二人で関節を極めるとレフリーが駆け寄り、リングを叩いてカウントを取る。
 カウントスリーまで馬場校長は一切動かず、試合は涼介・佐那ペアの勝利で幕を閉じた。
 二人が拳を振り上げると、ギャラリーから割れんばかりの歓声が響き渡った。その時だ。
 二人の後ろから、レフリーがすぽーんと吹っ飛んできた。
「「!?」」
 二人が振り向くと、馬場校長が無言でゆっくりと立ち上がった。
「なかなかやる。だが……この程度でこの馬場正子を倒せると思うなぁ!」
 プロレスのおかげで酔いが加速したのか、馬場校長はルール無視で再度暴れはじめた。

■■■

「お待たせ! 戦況はどうなって……ぅわ」
 セフィーが気絶したであろう馬場校長を回収しにプロレス会場に現れた。
 涼介、佐那両名は、復活してなぜかレフリーを締め上げている馬場校長を引きはがそうと必死に戦っていた。
 そしてギャラリーもなんとか彼女を止めようとしたのだろう、人垣が半分くらい減って、床に転がる敗北者が倍増していた。
「あー……仕方ない! こんな狭いところで使うモンじゃないんだけどな」
 教室というものは、意外と広い。セフィーは室内で器用に小型飛空艇に乗った。
「リングの二人とも! 離れててね!」
 こんなこともあろうかと、セフィーは二人に事前に、リング周りの床の強度を落とすよう依頼した。強い衝撃が加わると床が抜けるように。そのまま階下の水槽に人をぶち込めるように。
「いくわよ馬場校長! 突撃ー!」
 馬場校長が小型飛空艇の突進に気づいた時にはすでに遅し。上から体当たりの直撃を喰らった。その衝撃で床がリングごとぶち抜かれ、階下の水槽へと真っ逆さまに落ちて行った。
 セフィーは小型飛空艇から脱出し、レフリーを掴んだものの、床に捕まることができず、床から垂れ下がった何かの布に捕まることで難を逃れた。

 セフィーの捨て身の突撃で馬場校長はようやく気絶し、酔い覚まし水溶液のおかげで目が覚める頃には正気に戻っていた。

■■■

 ちなみにセフィーの窮地を救ったこの布、あちこちやぶれているが実は馬場校長にのされた或る男のメンズビキニで、パンツに救われた女と周りから揶揄されたが、セフィーはにっこりと笑ってこう言った。
「いいじゃない。これで助かったんだから。あたし、これをお守りにでもするわ。そのほうがこの布きれもよろこぶでしょ?」
 と、なんら臆することなく、その布きれをしまった。
 それから一時期、そのメンズビキニは以前戦死か何かで消えてしまった最愛の彼氏のものだったという根も葉もないうわさが立ったが、言いたい奴には言わせておけばいい、となんら気にすることなくあしらったという。