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一会→十会 —アッシュ・グロックと秘密の屋敷—

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一会→十会 —アッシュ・グロックと秘密の屋敷—

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【シェーンブルンへ】


「ん〜……はぁ。こちらの朝も、綺麗ですねー」
 用意された宿泊施設の中庭に立ち、終身栄誉魔法少女の豊美ちゃんこと飛鳥 豊美(あすかの・とよみ)がオーストリアの空を見上げた。日が昇るにはもう少しかかるようで、吐いた息が白く浮かんで消えた。
 と、背後の気配に気付いて振り返ればアレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)がやってくる。彼の周囲で護衛するかのように――尤も、護衛の必要は無いだろうが――ふよふよと漂うシーサイド ムーン(しーさいど・むーん)を可愛らしいなと思いながら、豊美ちゃんがぺこり、と頭を下げて挨拶をする。
「アレクさん、おはようございます」
「おはよう。よく眠れた?」
「はいー。昨日はちょっと眠かったですけど、もう大丈夫です。
 アレクさんが「眠れるなら飛行機の中で眠っておいた方がいい」ってアドバイスしてくださったからですねっ」
 えへ、と豊美ちゃんが笑いかける。パラミタ(日本)とオーストリアの時差は日本から見てマイナス8時間。つまり日本ではもう眠る時間のはずがオーストリアではまだ昼間という事になり、仮眠を取らねばオーストリアで眠る時間の頃には徹夜明け状態になってしまう。豊美ちゃんと讃良ちゃん――鵜野 讃良――はアレクのアドバイスに従って飛行機の中で仮眠を取った結果、多少眠い程度でオーストリアの1日目を過ごすことが出来た。
「それはよかった。……讃良ちゃんは?」
「讃良ちゃんはまだ眠ってます。とてもよく眠っていたので、起こさずに来ちゃいました」
「昨日は着いてから直ぐ屋敷……と、言うか、廃墟と言うか、兎に角屋敷に向かったからな。流石にお疲れか」
「ええ、そうだと思います。でも讃良ちゃん、今日の観光をとても楽しみにしてましたから、もう少ししたら元気に目を覚ますと思いますー」
 にっこり笑う豊美ちゃんにつられて、アレクも目を細める。と、ふと肌に暖かさを感じて、二人は空を見上げた。太陽が顔を出し地上に熱と光を届け、街を目覚めさせようとしている。
 ぼんやり流れる雲を見ていると、背中腰に賑やかな声が聞こえてきた。
「アレックスさーん! 豊美さーん!」と、中でも一際明るく高い声を出して、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が此方へ走ってきた。
「おはようございます!」
 腰を折る丁寧過ぎる挨拶に返していると、パッと上げた顔は何時もよりもキラキラと輝いていた。『異世界転移事件の謎を解決する』という任務があるとは言え、まともな海外旅行は彼女にとって初めての経験で、些か浮かれているのだろう。
 パートナーのベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)ジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)、義兄弟であるベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)がそんな彼女を笑顔で見守っている。
「私、皆様方と一緒に異国旅行へ来られ嬉しいです!」素直な言葉で気分を直接的に言い表している彼女だったので、アレクも敢えてそれに水を差すような真似はしなかった。
 それに事件の手掛かりが閉ざされてしまったのだから、いっそ彼女のように『観光に来たのだ』と割り切った方が良い。そんな風に思いつつ顔を上げた瞬間、目の前に黒い物体が張り付いた。
「めー」と元気よく挨拶してくるスヴァローグ・トリグラフ(すゔぁろーぐ・とりぐらふ)を引き剥がすと、次に現れたのはハインリヒ・ディーツゲン(はいんりひ・でぃーつげん)の皮肉げな笑顔だ。
「Hallo,Aleck.」
「Hello,Heinz.」
 ドイツ発音の後に態とらしいUK発音で返してくるアレクに、ハインリヒは更に皮肉で返す。 
「そう、一時間振りかな。オーストリアワインは抜けたかい?」と、それらはドイツ語だった為豊美ちゃんはこちらを見てちょこんと小首を傾げただけだったが、アレクは舌打ちしながらハインリヒをキッと睨みつける。
「Ooookay.もう観光でも何でもいいよ」
 アレクは諦めるようにそう言ったが、ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)は釈然としない表情のままだ。
「どうしてこうなった。毎度の事と言っても割り切れない。
 謎の究明に来ているのだから何か起こって当たり前だと思わず旅行前提になっているあたり、大分毒されている」
「毒されろ毒されろ。此処迄着た時点で、もう俺達に拒否権なんて無ぇんだよ」
 言ってアレクが遠くを見ていると、此方へ来る東條 カガチ(とうじょう・かがち)と目が合った。
「おはようカガチ。……あれ、ジジィは?」
「寝てるねえ」
 爺とはカガチのパートナー東條 厳竜斎(とうじょう・げんりゅうさい)のことだ。シャンバラから遥か離れたオーストリアまで頑張って着たはいいが、若者に混じってはしゃぎ過ぎたのだろう。
 早速老体に響いて、部屋に閉じこもっているらしい。大体答えが分かっていたというようにアレクが頷くと、話が終わったのかとフレンディスが袖をくいくいと引っ張ってくる。
「ところでアレックスさん。ここの名物料理は如何なるものでしょう?」
「肉と芋と肉と芋と芋。
 こっちは日本と違って冬が厳しいからな。野菜料理はあんま期待するなよ。
 でもその分? パンだのケーキだのパイだのは有名で種類も多い。一番有名なのはトルテか。あの辺は美味い『らしい』」
 自分では手を付けない料理の味を周囲の意見からそう評価するアレクの言葉に笑って、ハインリヒはフレンディスは言う。
「『らしい』じゃなくて美味しいんです。
 あとで豊美ちゃん達はフランツィスカと宮殿の中を見学するって。その間僕等はカフェにでも行って時間潰す予定だけど……良かったらご一緒にどうですか?」
 誘いに目を一際大きくして、食いしん坊のフレンディスは未だ見ぬ異国の食べ物に想像を巡らせている。
「とるて……。
 マスター、アレックスさん、私楽しみです!
 ただジゼルさんが同行出来なかったのが残念ですが……かような危険な目に遭わせる訳には参りませぬね」
「まあ次の機会に」
「うん。此処なら何時でも空けられるから、その時は言って下さい」
 アレク、続いてハインリヒが言っている意味が理解出来ず、フレンディスは首を傾げた。その様子にアレクは合点がいったのか「ああ」と声を漏らして説明する。
「此処、ハインツの」
 アレクが親指で指しているのは、彼等が背負っていた建物そのものだ。先ず言葉を飲み込んで、皆は建物の全景を顔を上下左右に動かしながら確認する。
 泊っているホテルは、一言で言えば古城だ。小規模と言えば小規模だが、個人の持ち物にしては派手過ぎる。
「昔祖父から譲り受けたんです。
 余り使わないから可哀想でホテルにして貸し出してるけど、大体あの辺は――」言いながらハインリヒは建物の上部を曖昧に指差した「プライベートな空間だから何時も空けて貰ってる」
「それで宿泊費タダか」
 高柳 陣(たかやなぎ・じん)の青色めいた吐息混じりの声に、皆は目の前に立つ人物の正体が逆に分からなくなって遠くを見つめている。
タダな訳ないよな
 アレクが誰にも聞こえない声で呟いたのは、オフシーズン、更に所有者という最大のコネがあるとは言え、元々宿泊費をとるホテルを土壇場で空け、従業員を使っているのだから全てがタダな筈が無いのと知っているからだ。他ならぬ城主が「お金いらないよ」と言うので、敢えて確認は取らなかったが、此処へ着てからの異様な歓迎振りには首を傾げるものがあった。
 ハインリヒの姉フランツィスカ・アイヒラーが此方へ来るのを目にとめてエスコートすると、彼女は朝にはきっかり目覚めているらしく何時ものようにドイツ語を捲し立てる。
「――ハインツが珍しく地球に帰って来て、おまけにシャンバラの人まで連れてくるって言うんですもの。母が張り切らない訳ないわ。そういう事でしょう貴方の疑問は。アレク、貴方相変わらず頭が変な方向に回るのね。いいのよ子供はそういう事は気にしなくて。旦那様がそんなに神経質で奥さんは苦労していない? とても綺麗なんでしょ。どうして連れて来なかったの? 私楽しみにしていたのに。次に此方へ来る事があったら必ず一緒にいらっしゃいな。あの可愛らしい妹さんも一緒に。約束よ。
 ええとそれでハインツ。何処なの? 貴方の可愛い恋人は」
「来てないよ」
「何故!!?」
「仕事だよ仕事。忙しいの僕の姉さんと違って」
 手をヒラヒラさせながら皮肉混じりに話しを流そうとするハインリヒだったが、流石に10以上離れた姉は一筋縄ではいかないようだ。その手ごと弟を捕まえて、興味津々質問を重ねてくる。
「あら学生さんじゃなかったの? 幾つの方?」
「…………見た目は僕と余り変わらないって……くらい」
 歯切れの悪い言葉に、フランツィスカは暫く固まって、パラミタには半永久的に生きる種族が幾つもあるのだと漸く思い当たる。
「なぁに? 貴方の恋人はエルフェン(*妖精)なの?」
「兵器だよなあれは。見た目と雰囲気は妖精、の兵器」
 フランツィスカのマシンガントークを遮るアレクの回答に、ハインリヒは複雑な顔だ。
「君んところも似たようなものだろアレク」
「まあ! アレクの所も? ねぇどんな方達なの? お花や鳥と話したりはする? 羽根は? やっぱり耳は尖っているのかしら?」
「フランツィスカ!!!」
 勢いを増した姉に、弟は顔を両手で覆ってしまう。とても哀れな姿なのに、完璧を取り繕う癖のあるハインリヒのこういったシーンは珍く思え、アレクは口の端を密かに歪めていた。
「ほらみろ1言えば10で返す! だから嫌なんだよ、電話もメールもあなた達とすると直ぐコレだ! アレクも頼む、これ以上フランツィスカに余計な情報を与えないでくれ。僕は真剣なんだ。今度こそ本当に、運命の人を見つけたんだよ。
 でも彼は何て言うか……純粋だ。頭は良いのにこういう事だけはとんでもなく疎い。分かってないと言ってもいい。
 だからフランツィスカ――姉さん、お願いだから、母さんも一緒に! 僕等の事は暫く放っといてくれ。本当に!!」
 ハインリヒは話を打ち切ろうとするが、それが余計にフランツィスカの追求を加速させる結果になったようで、姉弟は異国の――と言っても場所柄そちらの方が相応しいのかもしれない――言葉でもう喧嘩のように、否、殆ど姉が一方的に打ち負かす形で口論を繰り広げている。
 一人先に抜けたアレクは眉を上げて、それを一歩離れた場外から眺めていた。
「……”Ich habe den Richtigen gefunden”?
 こいつ思ったより重傷だったみたいだな」
 恐らく自分に振ったのだろう言葉に豊美ちゃんがぽかんとしていると、アレクは「そうかドイツ語」と自分の失敗に気付き解説する。
「姉は物量戦のプロ。対する弟は見た通り、劣勢。話題は弟の恋人について」
「ハインツさんの恋人さんですかー」
 軽く首を傾げれば、アレクも同じ様に首を傾げた。知ってるでしょ? と、そういう顔だ。
「ほら、大晦日に一緒に遊んだ奴」
 そこで豊美ちゃんの中で線が繋がる。
 アレクらの誘いで大晦日に行われた初日の出を見るだけのゲームに参加した際に、ハインリヒが薄着の彼に自分のマフラーをかけてあげていた二人の親密な様子を思い出し、なるほど、と思ったのであった。
(ハインツさんを助けてあげたいですけど……)
 そう思いはするものの、目前で繰り広げられている言葉の応酬に豊美ちゃんが尻込みしていると。
「ふわぁ……おかあさま、おはようございます」
 寝起きでぽやんとした様子の讃良ちゃんが、豊美ちゃんに挨拶をする。
「ここから皆さんの声が聞こえてきましたので、みんなで来ちゃいました」
 讃良ちゃんの後ろにはミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)、そして及川 翠(おいかわ・みどり)徳永 瑠璃(とくなが・るり)サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)の姿があった。
「讃良ちゃん、おはようございます。
 ……フランツィスカさん、讃良ちゃんの身なりを整えてあげてもらえませんか?」
 豊美ちゃんのひらめいた申し出に、フランツィスカのハインリヒへの追及の手が止まった。
「よろしくおねがいします、ふらんちすかおねーさま」
 讃良ちゃんにもぺこり、と頭を下げられてはどうにもならず、名残惜しい様子ではあったもののフランツィスカは笑顔で讃良ちゃんを連れて中へと入っていった。二人の子供を持つ母親である為、優先すべき点は心得ているのだろう。
「アレクおにーちゃんに、とつげきなのーっ!」
 大声でそう言って飛び込んできた翠を抱き上げて少々。シーサイド・ムーンの横にふよふよと漂うスヴァローグ――のもふもふ――に夢中になっているミリアやサリア、建物を興味深げ見ている瑠璃をの横をすり抜けて、アレクは翠をハインリヒの足下に下ろした。
「翠、こっちのおにーちゃんが寂しそうだから、一緒に遊んでいてやってくれないか?」
 視線だけでおおよそを察したハインリヒが頷いて、翠たちの前に跪き笑顔で挨拶を始めるのに、アレクは豊美ちゃんのところへ戻って行く。
「有り難う」
「はいー。なんとか、うまくいきましたー」
 アレクに労われて豊美ちゃんがふぅ、と安堵した息を吐き、そして二人は並んでまた空を見上げた。
「……なんとか手掛かりを、見つけたいです。
 『銀の鏡で建物を照らして』。アッシュさんのお母さんの言葉を信じるなら、銀の鏡が“鍵”になりそうですけど……」
 豊美ちゃんの吐いた言葉が宙に昇らず、地面に落ちる。せっかくこれまでの事件について何か手掛かりを得られると思っていたのに、行ってみれば建物は廃墟で中にも入れない、分かるのは『銀の鏡で建物を照らせば何かが分かるかもしれない』という憶測のみとあっては、流石に不安な気持ちは隠せない。
「But…,What will be will be.(*まあ、なるようにしかならないよな)」 
「そう……ですねー」
 アレクの言葉に豊美ちゃんが頷き、フランツィスカが戻ってくるまでの間、流れていく時間に身を任せていた。