校長室
××年後の自分へ
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「……未来の自分に宛てた手紙か」 柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は便箋を手に取り、見つめる。 「ただの便箋ではなく未来体験薬という物が染み込ませているとか、真司は何年後の自分に書くか決めていますか?」 便箋を手に取るヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)は真司に訊ねた。 「あぁ、10年後の自分に普通に手紙を書く予定だ。ヴェルリアは決めたか?」 真司はレターセットを受け取った時に考えておいた宛先を答えた。 「はい。私も10年後の自分に書くつもりです。折角ですから便箋に染み込ませたという未来体験薬の効果を楽しもうと思います」 ヴェルリアは便箋の特性を利用するらしい。 そして、真司はペンを手に思いを巡らせながら綴り、ヴェルリアは想像し優しい匂いを楽しみながらペンを走らせた。 ■■■ 10年後、天御柱学院。 「それじゃ、教官。また明日!」 男子生徒が教官と呼び挨拶をする相手は 「あぁ、また」 当校のイコン教官である真司であった。 最後の生徒が出て行った後、 「お疲れ様です、真司。毎日に忙しいですが、楽しそうですね」 真司と共に毎日イコンに乗るヴェルリアが労った。 「あぁ、なりたかったイコンの教官になれたからな」 今までの努力が報われ望んだイコン教官になれて真司は毎日が楽しいのだ。 「そうですか。私も幸せですよ。こうして真司と一緒にいられて」 ヴェルリアもまた楽しかった。無事に真司と結婚し側にいて支えられるから。 そんな二人は毎日イコンに乗り、家に帰るのは夜遅くとなっていた。 この日もまた帰宅が夜となった。 仕事終えたヴェルリアが真っ先に向かうのは 「……ただいま……もう寝ていましたか」 眠っている娘の所。 「毎日帰りが遅くてごめんなさい」 気持ちよさそうな寝息を立てて眠る娘の頭を愛おしそうに撫でながら小さな声で謝った。 その時、 「可愛い寝顔だな」 ヴェルリアより少し遅れて帰宅した真司が隣にいた。 「はい。見ていると疲れが吹き飛んで明日も頑張れます……真司! 仕事の方は上手く行ったのですか?」 ヴェルリアは娘を起こさないように小さな声で訊ねた。 「あぁ、何とかな。ヴェルリア」 真司は小さくうなずいてから手に持っていた紙切れを差し出した。 「それは書き置きですか……これは……」 紙切れを受け取り書かれた文章を見た途端、ヴェルリアの顔からすっかり疲れが消えていた。なぜなら紙切れは娘が両親に宛てた物で毎日夜遅い両親を労う言葉や愛しているという事、寂しくないという強がりの言葉が並んでいた。 「……嬉しいですね。次の休日は公園にピクニックに行きたいですね」 「あぁ、ずっと前に約束したきりで忙しくて行けずじまいだったな」 愛おしそうに娘の寝顔を見つめるヴェルリアと真司の眼差しはしっかりと母親と父親であった。 二人はやって来たたまの休日を娘との約束を果たすために近くの公園にピクニックをした。 「……(毎日、忙しいですが幸せですね)」 ヴェルリアは公園で遊ぶ娘と夫の姿を眺めながらこの日々に幸せを感じていた。 ■■■ ヴェルリアが想像している間。 「……まずは定番の自分の将来についてだな」 お菓子を食べつつ真司が手紙の最初に綴ったのはありふれた挨拶の他に定番の言葉。 「……(なりたかったイコンの教官になっているかどうか、またはまだフリーのイコン乗りとして各地を転々としているかを訊ねないとな)」 現在希望していた事が叶ったかどうかである。 その次に書くのは 「あとは……(きちんと三度ご飯を食べて仲間を大切にして素敵な毎日を送っているといいなという事と今の自分の事も入れておくか)」 今共に同じ道を歩んでいる仲間達の事である。未来がどうなっているのか分からないが、今一緒にいる仲間と仲良くしていればと思う。その願いはありふれてはいるがとても大事な願い。ちなみに今の自分の事を入れると言った内容は、今の自分が夢に向かって努力しているが、未来ではそれが報われたのかどうかという事である。 「…………(今望んでいる事が10年後に全て叶っていればいいが、人生、そう上手く行くとは限らないからなぁ)」 飲み物で和みながら真司は脱字誤字が無いか確認をしつつ未来の自分を考えていた。 確認を終え 「手紙はこれで良しっと」 書き直し箇所は無かったため手紙書きを終了とした。 そして、 「……ヴェルリアの方は順調かな」 想像を楽しみながら手紙書き中のヴェルリアが気になり顔を向けた。 「ヴェルリア、顔が赤いが何処か具合でも悪いのか?」 耳の先まで真っ赤に染めているヴェルリアを気遣う真司。 その気遣いはヴェルリアにとっては逆効果で 「だ、大丈夫ですから!!」 丁度想像を終えたヴェルリアは、誤魔化しながらも顔はますます真っ赤になり文字を綴る手の動きが速くなった。 「……(ますます顔が赤くなったな。やはり、具合が悪いんじゃ。しかし、本人は大丈夫だと言うが)」 真司はじっとヴェルリアの様子を見守りつつ変わらず顔が赤い様子から気遣っていた。 一方。 「……早く書かないと(もし真司に読まれたら恥ずかしいですし)」 真司の視線を感じるヴェルリアは一刻も早く手紙を書き上げこの状況を何とかしたいと思っていた。 そんな時、 「な、どんな事書いてるんだ?」 「何か、面白恥ずかしい事を書いてるのか?」 蹴りが得意な乙女と別れた後の双子が現れ、ヴェルリアの手紙にいたく興味を示す。彼らの後ろには保護者役のロズもいた。 「!!」 突然現れた双子にびっくりするも 「み、見ちゃダメです! 見ないで!」 ヴェルリアは慌てて手紙を隠して双子に見えないように防御する。 「そう言われると見たくなるのが……」 「人のさが。ちょっとだけ。オレ達の見せてやるからさ」 ヴェルリアの言葉に刺激された双子はますます見たくてたまらなくなり、自分達の手紙を見せる。 「それでもダメです」 ヴェルリアは防御を解かない。何としてでも死守するつもりだ。 「嫌がっている相手に酷い事はしてはいけないと思うが」 ロズが双子をやめさせようとし 「何をやって……」 気付いた真司もヴェルリアを救うべく加わろうとした時、 「何か騒がしいと思えば……」 双子の背後に巨熊の大きな影。 「!!!!」 聞き知った恐怖の声にビクつき、振り返って正体を確認しようとするが、それよりも早く身体が地面から離れた。 なぜなら 「な、何でいるんだよ!!」 「ちょ、離せって!! まだ何もやってないぞ」 巨熊化した孝高に担がれ逃げ道を完全に塞がれたから。 「こいつらは俺が引き取るからゆっくりと手紙を書いてくれ」 孝高は真司達に言ってから双子を担いで自分の仲間が待つテーブルへと行ってしまった。 双子が去った後。 「……騒がしかったな」 真司は離れた席から容赦無き仕置きで高らかな悲鳴を上げる双子を眺めていた。 その間もヴェルリアは手紙を書き続けていた。 そして 「……書けました!」 手紙完成に思わず声を上げたヴェルリア。 「書けたか」 「はい。でも手紙とか想像した事は……」 訊ねる真司にヴェルリアは見せてくれと言われるかもと少し警戒しつつうなずいた。 「聞かないさ。それはお前が未来のお前に宛てた物だからな」 「……(真司と想像したような幸せな日々を送りたいですね……でも遠くないかもしれませんね)」 ヴェルリアは、詮索しない真司の顔をちろりと見ながら真司からのプロポーズを受け婚約した事を思い出し、想像した未来が実現不可能ではないとまた顔を赤くした。