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一会→十会 —魂の在処—

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一会→十会 —魂の在処—

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【7】


 ハインリヒが作り出した防御フィールドの壁は厚く、銃を抜けばスヴァローグにそこを撃抜かれる為、体育館ではこう着状態が続いていた。
 時々数名の追跡者が前へ出るが、即、圧倒的なロングレンジを誇るペルーンが威嚇射撃を行ってくる為、彼等は手も足も出せないでいる。当てるつもりのない攻撃でも、『対物』の破壊力の高さを目の当たりにすれば、恐怖で足が竦むのだろう。
 この侭遣り過ごせればいいと願っているツライッツの顔をハインリヒの背中ごしに見つけ、ペルセポネはくっと苦い表情を浮かべた。
「ハデス先生っ! どうすればいいでしょう」
 振り返るペルセポネと戦闘員達の焦る表情に、ハデスは指示を送る。
「トリップ・ザ・ワールドは強固なスキルだが、永遠に続けられる訳ではない。
 それにどうやらハインリヒは此方へ“攻撃を加えるつもりはない”ようだ」
 過去ハインリヒの戦いを直接目にし、攻撃を喰らった事まであるハデスには、“ハインリヒが本気になれば、今頃追跡者の大半が死んでいる”であろうと想像がつく。そこから導き出されるのは、ハインリヒが行っているのは、ただの防御に過ぎなく、敵は後手に回る事しか出来ないという事実であった。追跡者は未契約の人間も居る。契約者ですら無事ではいられない程高い破壊性能を持ったギフトだ。攻撃力を抑えたところで常人ではそれに耐えられ無いというのは、トリグラフの主人であるハインリヒが一番理解しているのだろう。
「……ねえ、どうする?」
「でも武器を出さなければ、攻撃されないみたいですね」
 隣で交わされる追跡者の話に、ハデスは一人頷いた。
「成る程――奴は軍人であったな。だから我々民間人には、簡単に手が出せないという訳か。
 そして異常現象の元凶を連れていれば、長時間身を隠すのも不可能。奴は今逃げ続けるしか出来ないのだな。
 ペルセポネよ、此処は奴が力尽きるのを待つのだ!」
「はいっ、了解しました!」
 ハデスが命じた勝機を、従順に待つペルセポネ。ハデスはこの間を使って彼の機晶姫と発明品を強化していく。
「リミッター解除だ!」
 ハデスの言葉通り、ペルセポネは潜在能力を最大限に引き出され、機晶石の秘められたエネルギーの全てを解放された状態になる。これで正面からぶつかって行けば――。
 ペルセポネが敵へ向き直ったときだった。
 わんっと耳の奥へ空気が押し寄せるような音の波が、彼女達を襲う。振り向いた先に居たのは、全身から咆哮を発するリカインだった。
 力の無い者達は膝を付き、そうでない者は立っているのがやっとと言う所に――
「行け!」
 アレクに押し上げられ宙から回転する様に飛び降りてきた翠が、ハンマーを振り下ろす。
 追跡者の数人がそれに気付くが、ハンドガンを構えようとした矢先、サリアの銃弾が彼等の得物を奪った。
「えーーーいっ!」
 翠のハンマーの地面を割る程の衝撃に、追跡者が狼狽していると、ミリアの暗黒の凍気が彼等の足をすくませる。そんな状態になっても動ける追跡者へ、ジブリールと陣が武器を手にぶつかって行った。
 ほんの一瞬の出来事の最中、追跡者とツライッツ達の間に何枚もの氷の壁が現れ出で、追跡者のこれ以上の侵攻を阻む。見覚えのあるスキル――通常のそれより更に分厚い氷壁――に、ツライッツは反射的に彼の名を声に出した。
「アレクさん……!」
「ツライッツ、そこで待ってろよ!」
「今、助けます! あと少し、頑張ってください!」
 アレクに続いたあの声は豊美ちゃんだ。味方である可能性の高そうな相手に呼ばれ、ツライッツの体が反射的に、僅かにそちらを向いた。
 その時だ。
 アレクの氷壁を越えて前に出たのは、アッシュ達とレーダーを頼りに体育館へ向かい、彼等より一拍先に辿り着いていたダリルだ。その手が振りかざされると共に、ひゅっと空を切る音がする。ツライッツを捕らえるために、ダリルが透明な鞭を放ったのだ。
 10メートルという長さの鞭で相手を捕らえるには、巻きつく長さを考慮して距離を詰めざるをえなかったからだが、敵味方の判別の出来ない中での急接近、機械の目には可視出来てしまう武器、攻撃としか思えない挙動に、びくっと怯えるように顔をこわばらせたツライッツの体は、反射的に防御体勢を取っていた。そして。
「――……っ」
 ツライッツに恐怖を与えた一撃は、攻撃としてハインリヒに見なされた。次の瞬間には、何かに引き摺られるようにして、ダリルがたたらを踏み、大きくバランスを崩して氷壁に背中をぶつける。
 体育館内のツライッツの前に隙間無く張り巡らされた氷壁が視界を阻む上、ダリルの武器は透明だ。何があったのか周囲の者達も一瞬分からなかったが、突然の出来事に対応しようとアレクが氷壁を消し去るより早く、フレンディスが得物から淡い光りを放ちながらダリルの影へ移動する。
 素早く視線だけで確認すれば、ツライッツの前に立つハインリヒの腕が赤く腫れていた事で、ハインリヒがそこでダリルの何かを受けて無理矢理引っ張り引き剥がしたと凡そ理解する。
「フレイ!」
「大事……有りません!」
 状況を伝えろというアレクの指示に、フレンディスは答えるが、声が淀んでしまう。
 今のハインリヒとツライッツには、追跡者と仲間を区別出来る術は、武器を向けてくるか否かしかない。よく知った顔だから味方側のはずだ、と無意識に思っていた相手からの攻撃――に見えた行動――は、ただでさえ磨耗しているツライッツの神経を更に荒らす結果にしかならなかったようだ。
 結果を焦ったが故の判断ミスに気付き、ダリルは苦い顔をする。
「……っ、ハインツ……」
 ――今、味方だと確信できるのは、ハインリヒしかいない。ツライッツの伸ばした指は、ハインリヒの手を握り、小さく震える。そんなツライッツの正常ならざる様に、フレンディスは大丈夫だと言っていいのか迷ったのだ。
「ツライッツさん、助太刀に参りました! どうか心を落ち着けて下さいまし!」
 フレンディスが説得する間に氷壁は消え、彼女の後ろに数人の契約者達が横並びになる。
「アレク、豊美ちゃん皆――」
 フィッツと雪崩込む様にやってきたアッシュは、先に辿り着いていた仲間の芳しく無い表情に足を止めた。
「来ないでくださ……っ、……待って、ください、あの……」
 ツライッツは、無意識に発した言葉が相手に対して失礼だと気付き訂正しようとしている。だが彼はもう普通の言葉を作る事も出来なくなっていた。
「いいよツライッツ。全部僕が引き受ける」
 ハインリヒは全身に走る程の痛みを無視してツライッツの手を握り返し、彼を背中に庇って、正面を睨み据えた。此方に近付くなと言いたげな視線に、リカインはぐっと唇を噛み締める。
「ハインリヒ君――」
 喧騒の中でも良く通る彼女の声は、ハインリヒの耳に確実に届いていた。彼が此方を向いたのに、リカインはゆっくりと問いかける。
「そんな状況じゃないって分かっているけど、今聞かせて欲しいの。
 君にとって私は、友達?」
 状況では無い。とリカイン自ら言った通り、今はそんな場合ではないというのに、彼女の言葉にハインリヒは分かり易く動揺を顔に出した。
 それを見たユピリアは、思った通りだと嘆息し、リカインの隣からハインリヒへ呼び掛ける。
「いい、ハインツ。
 どう思ってるか知らないけど、私はアレクに言われたとか、プラヴダに協力してるから今ここへきた訳じゃないのよ。
 貴方っていう大切な友達と、その友達の大切な人を守りたいからなの。
 大体、ハインツが友達少ない理由って、相手が貴方の事友達だって思ってても、口に出されない限り、貴方はその人の事友達だって自覚しないからでしょ?
 性格とか色々あるからいきなりは難しいかもしれないけど、ここはパラミタ。一度でも一緒に戦ったら、みんな仲間なんだから。
 貴方、結構友達多いと思うわよ」
 正面からぶつかってきた二つの真摯な言葉。それを受けたハインリヒは、なんと舌打ちで返した。彼の信じられない反応に、リカインとユピリアどころか、二人を援護しながら状況をそっと見守っていた豊美ちゃんまで目を丸くする。
「ちょっと貴方、そんな反応って――!」
「うるさい…………」
 呆れなのか怒りなのか興奮するユピリアの声を遮って、ハインリヒは呟いた。
「……もう、本当、人間て、面倒くさくて、嫌いだよ。放っといてくれよ僕の事なんて」
 悪態をつく割、顔を真っ赤にして真っ直ぐ前も見れないハインリヒに、彼女達は彼の性格の一片を掴み何かを得心する。ツライッツがほんの僅かにその表情を緩め、リカインも何とも言えない笑みを浮かべてしまうのだが、アレクがそんな彼女達を見て「それ以上は何も言ってやるな」と吐息混じりの声を出す。
「ハインツはからかうと怒るよ」
(仕方ない。今はアレ君の言う通りにしておこう)
 そう切り替えると、リカインはすっと息を吸い込む。
 そして彼女が歌の力で描いたのは、彼女がその目で目撃した、あの舞踏会の顛末だった。
 杖を手にしたヴァルデマール、首を落された少女――インニェイェルド。
 闇の軍勢達を煽動し、インニェイェルドを凄惨な運命に導いたのは、他ならぬサヴァス・カザンザキスであると、リカインの歌は追跡者達へ真実を見せる。 
「そんな…………!」
「……酷い、あんな女の子を…………」
「あの男が煽った所為で……、いや、なんでそもそも俺達はあいつに従ってるんだ?」
 それぞれが表情を曇らせ、口々に疑問を吐き出し始める。状況が悪くなった事に、気配を消して様子を見ていたサヴァスがマインドコントロールを強化しようと、体育館のなかでうっすらとその存在を露にし始めた時だった。
「全ては真実だ」
 叩き付ける様に言って、追跡者の前へ歩み出たフィッツは、インニェイェルドの仮面を彼等の前へ差し出した。
「インニェイェルドは殺された」
「貴方達は恐怖心を利用されたのよ」
 リカインがフィッツの言葉を繋いだのに、最後にアレクは親指で乱雑に彼の後方に見つけたサヴァスの気配を示して、淡々と言い放つ。
「あんた達は“ただイベントを盛り上げる為に、同朋の命すら簡単に切り捨てる”、そんな男を信用出来るのか?」