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ロウソク一本頂戴な!

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ロウソク一本頂戴な!
ロウソク一本頂戴な! ロウソク一本頂戴な!

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■ 3日目(1) ■



 空京、とある公園。入り口。
竹に短冊七夕祭り 多いは嫌よ ローソク一本――」
「アニス様ー!!」
「あ、ヴェラッ」
 歌い終わる前に、スノー・クライム(すのー・くらいむ)の後ろに隠れていたアニス・パラス(あにす・ぱらす)をヴェラが目敏く発見した。
「ひゃぅッ」と小さく声を上げてアニスがスノーの影に戻るよりも早く、走り出そうとしたヴェラをニカが寸での所で服を掴んで引き止める。
 佐野 和輝(さの・かずき)の姿を見てから挙動がおかしかったことが気になったからニカの対応は早かったものの、少しでも遅れていたらヴェラはアニスに飛びついていたかもしれない。
「駄目ですよ。約束しましたよね? それに、此処には僕達だけじゃないんですよ」
 窘められて、むっとしていたヴェラは、そちらに顔を向ける。
「大鋸様……」
「ヴェラは相変わらずだなぁ」
 王 大鋸(わん・だーじゅ)の横に、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)、彼女のパートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)、三人の前にはずらりと見知らぬ子供達。
「大鋸、俺は聞いてないぞ?」
 いや、破名は知っている。大鋸の福祉活動は広く、彼はこの空京にある孤児院とも縁があり、孤児院の経営という繋がりで大鋸と知り合った破名は一度しか会ったことはなかったが子等の顔は覚えていた。
 知っていたら用意したという非難めいた視線を受けて、大鋸より先に美羽が前に出る。
「渡す側になろうって皆で決めたの」
「美羽?」
「ダーくんのお手伝いでね、よく来ている孤児院の子供達と話して、手渡す側が良いってそういう話になったんだよ」
「楽しかったですよね」
 美羽の横でベアトリーチェは笑う。
 荒野から遊びに来ると知って、歓迎したいという声が大きかったのもあるが、仲の良い子供達と一緒にお菓子を作るという時間はとても魅力的だった。事実その作業は何物にも代えがたい楽しいひとときだった。
「ニカ、手を離せ。ヴェラ、並べ。歌わないと進まない」
 貰う側もそうだが、作り手が早く渡し喜んでもらいたくてラッピングした袋を強く握ったり軽く離したりしている。破名の声に、シェリーが「せーの」と掛け声を上げる。

竹に短冊七夕祭り 多いは嫌よ ローソク一本頂戴なー くれなきゃ顔をかっちゃくぞー

 系譜の子供達が歌い終わると、空京の子供達が「はじめまして」と挨拶を添えて自分達が作ったお菓子が入っている袋を一人ひとりに手渡していく。
「このクッキーは誰が作ったの?」
 食べて欲しいと急かされて袋を開いた子が質問を投げる。作った本人が手を挙げて自分が作ったと答えた。
「この形可愛いね。食べるの勿体無いかも」
「じゃぁ、また作るよ!」
「本当?」
「じゃぁ、約束ー」
 子供達同士打ち解けている様子に引きあわせてよかったと美羽は大鋸に、えへへと笑いかけた。
「あぅ……」
 アニスは半パニックだった。系譜の子供達は少なくないし、今日は別の孤児院の子供達も来ている。和輝と行動するアニスは基本的に系譜に立ち寄っても破名とだけの接触でこんな大人数と対面するのは今日が初めてかもしれない。
 過去に破名が黒衣で活動していた頃、直接接触していなかったし、証拠は残していないしとの和輝の判断から、七夕のイベントに渡す側として参加したものの、「知らない子が沢山来るの!」と覚悟してはいたが、中々の大所帯にアニスは「ひゃうっ!」と怯えた小動物の速さで逃げスノーの影に隠れ続けている。和輝は破名達と話があるようで側に居て欲しいとはお願いできず、共に来てくれたスノーからアニスは離れられない。
「アニス様!!」
 隠れているが、隠れ場所が発見されているので、すぐに見つかってしまう。
「ひゃっ! えと、えと! ソコに置いたから、置いたから持って行っていいよ!」
「ありがとうございますですわ! ささ、お顔を見せてくださいまし、是非にこのヴェラ、アニス様に感謝を!」
「うにゃ〜!? 助けてスノー!!」
(ああ、この子ね。アニスが不可抗力で餌付けしてしまったというのは……)
 和輝の用事が終わるまでアニスの面倒を見ないとと気を配るスノーは、積極的なヴェラに、にこりと笑いかける。
「ほら、あっちにも美味しいお菓子を配ってる人がいるわよ」
「アニス様、少し失礼しますわね!」
 美味しいお菓子に反応したヴェラの切り替えの速さに、スノーは微かに笑った。こんなに簡単に食べ物につられてしまうのでは確かに保護者の許可が必要だ。
「本当に元気だねぇ」
 弁天屋 菊(べんてんや・きく)が笑う。彼女の後ろに止められているトラック。
「菊もくれるの? お菓子?」
「きくがつくってくれるごはんすきー、おかし、おかし!」
「ほんとうに食べ物の事しか頭に無いんだねぇ」
 呆れられて、えへへと子等は菊に照れ笑いする。
「ところで、なんて歌うんだったっけ?」
 聞かれて、子供達は真顔になると二列に並んだ。

竹に短冊七夕祭り 多いは嫌よ ローソク一本頂戴なー くれなきゃ顔をかっちゃくぞー

「おし、歌えたね。ほら、約束の品だ」
「菊が作ったお菓子ー、 ん?」
 丁寧にラッピングされたそれを受け取って、子供達は一斉に首を傾げた。
 握る太さの白い円柱型。硬さも軽さもお菓子にしては……、
「きくーこれってろうそ――」
「さぁさ、ここでお立ち会い!」
 物(ぶつ)がロウソクかとがっかりしそうになった子供達に向かって菊は突如声を張り上げた。菊の声量にきょとんとする子供達を片手で招き、菊は準備しておいたテーブルをその場で広げた。
「いいかい、よく見てるんだよ」
 ドラゴンアーツの圧力を指に纏わせて、菊は用意しておいた容器から白い塊を取り出した。
「何するの?」
「これは飴だよ」
「飴?」
「誰の顔がいいかねぇ」
「顔?」
 飴は白い色以外、他にもあってカラフル(子供が口にする為、着色料選びはそれなりに難儀した)だったが、主にその白が使われるのは子供の目でもわかった。
「そうだねぇ、大鋸にするか」
「王ちゃん?」
 まぁ、見てなさいと菊は作業を始めた。作業の説明と子供達の質問への返答、時折世間話が混じり、テーブルを挟んでの遣り取りは傍から見ると販売実演とそれに群がる構図に見えて、なかなかに興味をそそられる。
「さぁて、出来たよ」
「これと同じのー!」
 ついさっき渡された白い棒状のそれと同じのが出来て子供達は、取り敢えずロウソクでないことに安堵する。
「見てな」
 言って、棒状に伸ばした飴を適度な長さで切って落とした。その瞬間、
「王ちゃんの顔だ!!」
 テーブルの上を転がって丸い面を見せた飴には、デフォルメされた大鋸の顔があった。
 金太郎飴、である。
 ということは、と察した子供達はラッピング越しで飴の端を確認し、自分の顔が飴になったことに感動し、沸き立った。
 流石菊! と賞賛する子供達から離れて、実は事情があるんだけどと破名達に近づく。
「そんでな、一ヶ月で間に合うかどうかで何とか間に合わせて、全員分用意したんだが……あと、借りていた集合写真を返すよ」
 菊は写真を破名に返し、トラックの荷台部分を指さした。
 荷台には、先に子供達がロウソクと見間違えた飴が入った袋が並んでいる。その数、人数分。本数に換算して、約六百から七百。これからお店を開いて販売できそうな量であった。
「年に一度って聞いてリキ入れてみたんだが……」
 レシピ通りに作ろうとすると、少々とんでも無い事になると計算する前からわかり、契約者だしちょっとくらい裏技っぽくスキルを使用して作って、なんとか此処まで抑えることができた。
 それでも見るからに多かった。
 保管管理さえ間違わなければ飴なので長期保存が可能なので、備蓄用のおやつにしてもらおうか。
 むしろ、虫歯注意報が発令しそうだった。
「その後、具合はどうだ?」
 マザーと相談だなとぼんやりと考えていた破名は和輝を見た。
「具合?」
「鈍いな。……うちの悪魔にでも診てもらうか? 守秘義務は守るとはいえ色々と診られるが……」
 あちらこちらで自由に行動する子供達を眺めながら、交わす会話は他の人間の耳には入れにくい内容だった。こそこそとしているが、子供達を見守るポーズを取っているので、不自然ではない。
「なんだ、和輝が俺を気遣うのか?」
 聞き返されて和輝は肩を竦める。
「お前に関係する事は、厄介事が多くて、むしろため息が出るよ。まあ、それでも関わると決めたのは俺だがな」
「心外な。と、言いたい所だが、否定出来ないな。苦労させている」
「それで? アレだけの事象が起きてきた訳だが″歩む道″は変化なしか?」
 問われて、破名は口を噤む。右手で左上腕部を掴んだ。
「そうだな。どうなんだろう。考えることが多くて答えも出せないが、ただ、俺はまだ″クロフォードの名″が捨てられない事だけは確かだ」
 破名に多大な影響を与える博士の名前。自分を刺激するとわかっていて、でも、その名前で呼ばれることを良しとしているのは、呼ばれることでその人を生かしているからだ。
 その思想を、その考えを――名を呼ばれることで存続させている。忘れられなければ、決して、死なない。
 破名がクロフォードと呼ばれる度にその存在は悪魔の中で生き返る。芽吹き、足元に示しの道を作る。
 名前を捨てない限り″歩む道″は決して変わらないだろう。
 と、破名は思い出した。
「最近ようやっと落ち着いてきてな、多分安定したと思う。笑うだけで特に反応は返ってこないが……伝えるかどうかは任せるが、その気があれば会いに来てくれ」
「破名?」
 他人の秘密さえ守る者が和輝に打ち明ける。名前すら世に影響を与えなくなったが、その面影(抜け殻)は今尚恋人を抱き締めている。
「『話し相手』というのは、想像しているよりも遥かに……幸(さいわ)いなんだ」
 歩む道は変わらないが、先の一件で少しだけ考え方が変わったらしい。



 そして、子供達は公園でこの日の交流を思う存分楽しんで、次の目的地を目指し出発する。
 子供達は、見送る美羽達にバスの中から手を振った。