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リアクション
■ 魔女の家 ■
ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)の実家は、空京からほど近い場所にあった。
自然木を多用した室内は、どこか古めかしい造りでもあったが、木と土のかもしだす優しい雰囲気に包まれる居心地の良さを味わえる。
「こちらでの暮らしは長いんですか?」
よく磨かれた木材の様子に、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)がそう聞いてみると、ユーリカの母はいいえと笑顔で首を振った。
「ここに越してきたのはつい最近のことなのよ。住み慣れた場所を離れるのは寂しかったけれど、おばあちゃんがどうしても移住するってきかなかったものだから」
「私だって、あの土地を離れたくなんてなかったわよ。でももうあの土地はダメ、私たち魔女にとって何の意味のない場所になりつつあったんだからね」
「それは私だって知ってるけど、おばあちゃんったら、村で一番に飛び出すんだもの」
ユーリカの母がおばあちゃんと呼ぶ女性は、ユーリカとっては曾祖母にあたるのだが、とてもそんな歳には見えない。
母、祖母、曾祖母を並べてみても、20代前半、30代前半、30代後半、ぐらいに見え、そのくらいの女性が3人寄っているのだから、やたらとかしましい。
「最近越してきたって言っても、あたしが産まれたときにはもうこの家に住んでいましたのよ」
ユーリカが言うと、リディス・アスゲージ(りでぃす・あすげーじ)も同意する。
「私もこの家しか知らないもん」
リディスは幼い頃にアスゲージ家に拾われ、ユーリカの義妹として育てられてきた。拾われて連れてこられたのもこの家で、前の家のことは全く知らない。
「ほんとについ最近よ。まだ100年も経ってないんじゃないかしら」
事も無げに言って笑っているユーリカの母に、なるほど長命種の時間感覚は自分とは違うらしいと、近遠はしみじみと思った。
現在、ユーリカの実家で暮らしているのは、ユーリカの両親と祖母、曾祖母の4人だ。けれど長期間滞在しにくる親戚や知り合いやらで、人数が倍増していることもあるらしい。
魔女の感覚で長期間の滞在というと、かなりの期間になりそうだと、地球人的時間感覚の近遠は内心思った。けれど、おおらかで懐の深い彼女たちには好感が持てたし、実際、近所ともうまくやっている様子だ。
近遠がこれまで知る家庭とは随分違うけれど、これはこれで良いものなのだろう。
何より、実家に帰ったユーリカもリディスもとても楽しそうだ。
ユーリカは今日は母親と一緒に料理を作るとかで、特にはりきっている。リディスも普段のシンガプーラの姿ではなく、人型になってそのお手伝いだ。
「洗った野菜、どこに置けばいい?」
「そこの調理台の所でいいわ。あと、豆のすじ取ってもらえるかしら」
養女であるリディスに対しても、母の態度はユーリカに対するのと同じで、娘相手の気兼ねなさを感じさせるものだ。
「はーい」
かなり小柄なリディスには料理の手伝いも一苦労だけれど、両腕でざるを抱えて運んでいくと、豆のすじを1つ1つ剥いている。
調理の中心となっているのはユーリカで、大鍋をかき回したり、味見をしたりと忙しい。最近、メイドの仕事に興味をもって学んでいるユーリカは、めきめきと料理の腕をあげている。
「この1年ほどの間に、すごく料理が上達したわね」
その手際を母が褒めると、ユーリカは首を振った。
「まだまだ、母さんには遠く及びませんわ」
「そりゃあ年季が違うもの」
簡単に追いつかれたらかなわないわと、母は朗らかに笑う。
「ユーリカが同じくらい料理をしたら、私よりずっと上手になるかもね」
「そうなれるように頑張りますわ」
母と娘は悠久の時の流れの中、楽しそうに笑い合った。
料理が出来ると、皆揃って食卓を囲んだ。
家長である曾祖母が短い食前の祈りを捧げると、心づくしの夕餉が始まる。
「これをユーリカがねぇ。まだ産まれて間もないってのに、えらいものね〜」
「あたしもいつまでも赤ちゃんではありませんわ」
祖母に答えながらも、料理を褒められたユーリカは嬉しそうだ。
「こんなに小さいのに家を出るって聞いたときはどうなることかと思ったけど、外に出ると成長するのね〜。リディスもちょっと大きくなったんじゃない?」
祖母は手を伸ばしてリディスの頭を撫でた。
「大きくなった? 嬉しいなっ」
専用の椅子に専用の食器で、一緒に食卓についているリディスが、祖母の手の感触に気持ちよさそうに目を瞑る。
「ユーリカはちゃんとお姉ちゃんしてくれてる? 何か向こうで困っていることがあったら、ちゃんと言うのよ〜」
「うん、大丈夫。みんな良くしてくれるもん」
「良かったわね〜」
安心した様子の祖母は、今度はユーリカに話を振った。
「それでユーリカの方はどうなの?」
「どうって、あたしも楽しく過ごしていますわ」
「そういうことじゃなくて。で、近遠さんとの関係はどうなってるの? ちょっとは進んだ〜?」
いきなり話の矛先が自分に向いて、近遠はむせそうになった。
「どうなってるも何も、パートナーの関係に進むも進まないもありませんわ」
「いい人見付けたじゃない〜。ガッチリ捕まえときなさいよ」
「だからっ……」
ユーリカもさすがに焦った様子で身体ごと祖母のほうを見た。が、祖母は意に介せずに続ける。
「私ももう五千二百〜三百歳若ければ、放っておかないのにねぇ」
相手が祖母では、ユーリカもいいように扱われてしまう。
口を挟もうかどうしようかと迷う近遠に、横からそっとユーリカの父が教えてくれる。
「母さんはユーリカをからかって遊んでいるだけだから、放っておいて大丈夫だよ。あんなことを言ってるが、母さんと父さんは周囲が照れるほど仲が良かったんだ」
その祖父はもうとっくに寿命を全うして亡くなっているのだけれどと、父は話した。シャンバラ人である彼もまた、妻や子を置いて先立たねばならない。魔女の彼女らにとって、シャンバラ人と人生を共にする時間は、あっという間に過ぎてしまうことだろう。
「寂しくはないですか?」
「そりゃあ、寂しくないと言えば嘘になるけどね」
そう答えながらも、父親の表情は決して暗いものではない。
「でも、短くとも確かにそこに一緒に過ごした時期があるなら、それでいいのかと思うよ」
はるか昔に亡くなった曾祖父を、未だに曾祖母が大切に懐かしむように、たとえ相手にとって短くとも、充実した夫婦の時間があればそれでいいのではないかと、父は穏やかに答えた。
曾祖母、祖母、母、そしてユーリカ。
魔女の家系はこれからも、数を増やしながら続いていく。
寿命を持つ近遠、リディス、ユーリカの父はいつか、彼女たちを残して逝かねばならないのが定めだけれど、その心に残るのなら、自分は確かに彼女たちと共に人生を送ったのだと言えるのだろう。
ユーリカとリディスの里帰りにつきあったことにより、近遠は自分と時の流れの違う種族というものに対して、今まで以上の興味をおぼえたのだった。