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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(前編)

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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(前編)

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【4】悪鬼羅刹……5


 夜は別のものも解放する。
 既にすやすやと休んでいた麻上翼は、突然、胸を圧迫される感覚に襲われ目を覚ました。
「あ、あああ! うああ……!! ああああああっ!!!」
「ど、どうしたの?」
 のたうち回る彼女を、乙女モードの月島悠は肩を押さえ落ち着かせる。
 とその時、翼の胸からブライドオブヴァラーウォンドの先端が突き出した。
 ややあって、今度は常人の眼でも見えるほどの穢れが噴き出す。
「きゃああああっ!」
 翼は悲鳴を上げて昏倒。腰を抜かす悠を尻目に穢れは形をなす。
「どうしたのだ!」
 ウォンドの警備を担当するリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)は倒れたテントを前に立ち尽くした。
 神の目の閃光で照らし出されたのは、身の丈10尺、腕は3本、左右非対称の怪物。
 乱れた黒髪の奥に覗くのは青白い女の顔。屍体を繋ぎ合わせた醜く白い身体から鼻を突く腐敗臭が漂う。
 その背中には半分まで突き刺さったヴァラーウォンドが見える。
オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
 悠から事情を聞き、彼女は更に驚いた。
「これがヴァラーウォンド……なにかがとり憑いていたのか。とにかく確保するのが先決なのだよ」
「とり憑く……?」
 パートナーの花妖精ユノ・フェティダ(ゆの・ふぇてぃだ)ははっと口に手を当てた。
 先ほど清泉北都グラキエス・エンドロアが議論をかわすのを近くで聞いていたのだ。
 ブライドオブヴァラーウォンドに連なる宝貝伝説。そしてそこに登場する恐るべき怪物の名は……。
【不浄妃(ブージンフェイ)】……」
「こ、こっちだよ、リリちゃん!」
 パートナーの花妖精ユノ・フェティダ(ゆの・ふぇてぃだ)が手を振った。
 ここは野営地のド真ん中。どう事態を転がすにせよ、この場所でことを始めるのは大変なことになる。
 ・
 ・
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「ええっ!? 野営地の中で怪物が出現!?」
 歩哨のイーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)は伝令の丈二からの通信に声を上ずらせた。
 外からの敵を想定し自陣の最も外側にいたため、内部から発生した脅威に動転したのも無理のない話である。
『今、迎撃にあたってもらっているであります!』
「メルヴィア大尉は?」
『そちらは問題ないであります。クロセル殿とシャウラ殿が護衛に付いて一時避難しているであります』
「了解。こっちもすぐ迎撃に向かうわ」
 イーリャは足早に戻りつつ、ライトニングブラストを空に放ち、非常事態を探索隊に伝えた。
「水際の守りにと手練の人に中にいてもらったのは不幸中の幸い……だけど、何がどうなってるの?」
「でもちょうどいいわ。ここでいいところ見せて、あのムカツク大尉の鼻を明かしてやる」
 ジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)はライトブレードを振り回す。
 遅れて到着すると既に戦闘は始まっていた。
「この薄気味の悪い風体……間違いないね。コイツが弥十郎が言ってたパイロンの仇か」
 奈落人伊勢 敦(いせ・あつし)は流派『未武谷』の構えをとった。
 寝てしまった佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)の身体を譲り受け、先ほどまで未武谷の修練に励んでいたのだ。
 銀髪から黒髪へ変化した髪を掻き揚げ、天狗の面を装着する。
 敦は息を止め……助走をつけて、不浄妃に向かってドロップキックを叩き込む。
 全体重を乗せたキックに怪物はグラつく。そこから奈落の鉄鎖で行動を縛ると流れる動きで蹴りを放った。
 敵は息を止めた敦の存在を察知出来ないものの、どうもこちらの攻撃も効いてる気配もない。
「……噂には聞いていたけど、これがキョンシーの手応えか。タフだね、これは」
「ちょっと。タフですまさないでよ、タフで」
 ジヴァは思わず突っ込む。
「全然、通用してないじゃないの、この劣等種!」
「こ、こらっ。失礼なこと言わないの。ごめんなさい。この子、ゆとり世代なんで」
「別に気にしちゃいないけどね」
 肩をすくめ、敦は不浄妃を見やった。
「まぁ通用しないのは本当だし。強度と弾力があって……あれじゃ、打撃の類いはダメージが通らないな
「もとより不死者に打撃は相性が悪い。挑むなら切断の可能な技……それも火や光を伴う技が必須になる」
 ふと、道士パイロンはそう言うと、獲物を探し息を粗くする不浄妃にゆっくりと近付いた。
「……夜だけにあらわれる魔物か。どおりで日中、遭遇出来なかったはずだ。再び会う日を心待ちにしていたぞ!」
 復讐の炎をたぎらせ、勢いよく袖を払った。
 放たれた無数の護符が敵を捕縛……と、その前に謎の黒い霧が立ち込める。符は霧に触れるや四方に弾かれた。
 まただ……、とパイロンは思った。また、あの時と同じように技が通用しない。
「何故、オレの技が弾かれる……!?」
 とその時、黒い風が吹き抜けた。
 たなびくブラックコートは闇に溶け込み、音も無く、気配も無く……死を運ぶ風が吹いた。
 元神父のアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)は獰猛な蜂のように両手に光る刃で急所を狙う。
 先ほどの息止めで判明したが、この怪物もキョンシー同様五感がほぼなく……なおかつ、呼吸で獲物を見分ける。
「!?」
「オオオオオオオオ!!」
 無論、気配を絶ったアキュートも例外ではない。
 鞭のようにしなる腕のひと薙ぎを避けて、彼は不浄妃の懐に飛び込む。狙うは一点、喉元……!
 しかし、刃は突き刺さる寸前で止まった。
「こっちもか……!」
 刃の侵攻を阻む黒い霧に目を細める。
 しかし……と彼は少しずつ、この霧の正体に気が付き始めた。
 彼の武器、ティグリスの鱗とユーフラテスの鱗の持つ光輝属性にこの霧は反発しているように思えた。
「……むっ!?」
 上方から高速で振り下ろされる腕を鉄のフラワシの頑強さでもって耐える。
 その威力たるや凄まじく、完全にガードしたはずの彼の足元を地面に沈めてしまうほどだ。
「眠りは、戦いへ赴く者達にとって、ひと時の安らぎ。死の眠りから覚めたる亡者には退場して戴きましょう」
 飛翔したクリビア・ソウル(くりびあ・そうる)は月光を背に黒いシルエットを浮き彫りにした。
「エルンテフェスト」
 その言葉が手にした槍に眠る、月よりも蒼く猛る鎌刃を目覚めさせる。
 目にも留まらぬ速度で滑空。そして、一閃。
 血に飢えた大鎌リヒト・ズィッヘルの蒼き刃が、瞬時に幾つもの軌跡を虚空に描いた。
「……!?」
 しかし、ここでも霧が邪魔をする。布よりも薄く張り付く霧が、どんな分厚い鎧よりも強固だった。
 アキュートは必殺の構えを維持したまま、敵との間合いを少しづつ広げる。
「……それでも駄目となると、次の一手が出てこないな」
「けれど、このリヒト・ズィッヘルもあなたの二対の刃も、おそらく彼女の苦手とする要素なのでは……?」
「そうとしか思えんな。徹底して防御するってことは光が弱点だって言ってるようなもんだ」
「問題はあの黒い霧、ですか……」
 ・
 ・
 ・
「ほらほらー、こっちだよー」
 激しく手を鳴らし、ユノは不浄妃を自分のほうに誘導する。
 おそらく聴覚も減退しているので、声をかけたり手を叩くことはあまり意味が無いが、彼女はこちらに向かってきた。
 オオオオオオオ……とこの世ならざる唸りを上げて、大地をかきむしるようにユノを追いかける。
 すると突然、彼女は大きく態勢を崩した。
 ユノはロープや蔦を道の左右にある建物に結び、転倒させるべく罠を張っていたのだ。
「へへ、ちょろいもんよね」
「よくやったのだよ」
 ぴょんぴょん跳ねて喜ぶユノをリリは褒めると2匹のサラマンダーを放った。
「行け、双子よ」
 続けて火術を繰り出し、不浄妃を焼き払う。
 見たところ黒い霧は発生していない。どうやら霧は弱点を突いた場合のみ発生するもののようである。
 と言うことは、火は不浄妃にとって別段弱点ではないと言うことだ……!
「オオオオオオオオオオ!!!」
 巨大な咆哮が炎をかき消す。
 それから、彼女は身体を這っていた2匹のサラマンダーを喰らった。
 その身体は炎で焼けただれていたが、すぐさま表面が泡立ち、驚異的な再生能力で元の姿へ戻った。
「た、食べられたのだよ! 双子が!」
 あわあわするリリには目もくれず、不浄妃は踵を返し、廃都の闇に消えて行った。
 時刻は寅の刻。間もなく夜が明ける。
「ここまで来て、逃がすか……!」
 探索隊の面々が追跡を躊躇する中、パイロンは脇目も振らず仇を追う。