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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 空はどんよりと湿っているが気温は高い。けれど暑いとか蒸すとかそういうことを、あまり榊 朝斗(さかき・あさと)は感じなかった。
 感じるのはある種の不安感だ。狭くて暗い穴の底に、大量の蛇が這い回っているかのような落ち着かない感覚……こんな近代日本があったのか。
「爺ちゃんから第二次大戦の事は聞いていたけど、まさか自分の目でその光景を見る事になるとはね」
 渋谷は日本でも有数の洗練された土地のはずだ。さまざまなカルチャーの発信地ではなかったか。それがどうした。ガス爆発でもあったのかというほどに荒れている。いや、その荒れ野を、夜盗の大軍が引っかき回した後とでも言うかのような……。
「私はまだこの時代の時は封印されてたから話だけしか聞いた事ないけど、見るに堪えないものがあるわね」
 同行のルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が言った。夏なのに彼女はマフラーで口元を隠している。己の目立つ外見を隠すためだ。
「そう……だね」
 曖昧にも聞こえる口調で朝斗は応じた。
 たしかに、戦争孤児出身の朝斗とっては、自分の経験に照らし合わせても痛ましい光景ではあった。だが、辛いと言っても逃げ出したくなるほどに辛いということはない。不安はあっても押し潰されそうとまでは思わない。むしろある主の懐かしさを感じる。
 それに――この渋谷は、破壊を受けている光景ではない。破壊から立ち直りつつある光景なのだ。蛇の穴と書いたが、その奥には希望という名の宝石があるようにも思うのだった。
「それで……最初は……どこへ行きますか」
 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が言った。アイビスも今日は、フードを被って鮮やかな緑の髪を隠している。
「そうだね……僕の考えでは……」
 ここで朝斗ははたと足を止めた。馴染みの顔を見たのである。
「陣さん」
「よう、朝斗くんか。どんな感じや?」
 七枷 陣(ななかせ・じん)ではないか。今回は朝斗も目立たない服装を心がけていたが、陣たちも引き揚げ者たちのような扮装であった。リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)小尾田 真奈(おびた・まな)も同様で、地味な色彩の服装の上に風呂敷包みを背負っていた。仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)は兵隊が着るようなカーキ色の上下で、その襟を立てている。
「お互い、なんか違和感あらへん?」
「ちょっと……あるかもしれません」
 お互い、服を着ているといよりは、なんだか服に着られているような印象があった。あるいは、『終戦直後の日本人』という役柄を一生懸命演じる新人俳優といったところか。血色が良いからだろうか。それとも、終戦直後の空気がまだ馴染んでいないからだろうか。
「今回はどうされるつもりですか」朝斗が訊くと、
「せやな。コトが起こる日まで情報集めにせいを出すかな」陣は言った。
「それと、英気を養いたいよ……まずはこの時代の空気に慣れたいと思ってるんだ」
 つづけてリーズが言うと、アイビスは首をかしげた。
「空気に同化? この時代の大気の酸素含有量も、いえ、窒素、アルゴン、二酸化炭素……その他含有物の分量もすべて、2022年と極端な差はないかと考えますが」
 こう言った物言いはアイビスの癖であり、決して皮肉ではでもないのを真奈は知っている。だから、真奈は穏やかに言った。
「私たちにはまだ、2022年の雰囲気が残りすぎているということですよ。この時代の人からすれば浮いて見える、とでも言えばいいでしょうか。しばらく過ごしてみて、この時代に馴染みたいということです」
「それなら理解できます……私自身、朝斗と共にいるという環境に慣れるのには、少し時間がかかりましたから」
「それで、朝斗はどうする?」
 磁楠が訊くと、彼は頷いた。
「未来につながるものを見たいと思います」
 つまり、石原肥満が関わっている孤児院の手伝いに行きたいと彼は述べた。
「この街で戦いが起こるのは止められません。けれど、孤児たちの命は守りたいと思うんです。できる限りは孤児院も手伝って、戦いになれば戦火が飛び火しないように守りたい……それでいいよね? ルシェン、アイビス」
「異存ありません」アイビスは即答して、
「もちろんよ」ルシェンも答えた。
 朝斗はおそらく、昔の自分と孤児たちの境遇を重ね合わせてるかもしれない――そうルシェンは思う。なぜなら朝斗もまた、どこかの国の戦災孤児だったのだから。
「お互い別行動になると思うけど、いよいよのときに再会できたら共闘しょうか? じゃ、またな」
「ええ、また」
 こうして陣と朝斗は別々の方向に別れたが、それでもなお、何度か振り向き合った。