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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ

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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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 ■ 歌と夢が結んだ絆 ■
 
 
 
 2020年の5月ももう終わろうかという頃。
 当時の赤城 花音(あかぎ・かのん)は夢と志をもって、ストリートミュージシャンとして活動していた。
 
「派手に降って来ちゃった……」
 東京の渋谷センター街。
 ついさっきまで太陽がまぶしいくらいだったのに、突然土砂降りの雨が降り出した。
 大急ぎで散ってゆく聴衆に、また聴きに来てねと呼びかけて、花音も近くの軒先に身を寄せた。
 けれど、強い風雨は容赦なく花音に吹き付けてくる。
 もうすっかりずぶ濡れだ。
「参ったなあ」
 思わず花音がぼやいていると、傘が差し掛けられた。
「そのままだと風邪を引きますよ」
 仕事帰りに通りかかったリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)がかけた声と差し出したタオル。
 それが2人の始まりだった。
 
「ありがとう、お姉さん」
 タオルを受け取った花音が礼を言うと、リュートは微妙な表情になった。
「僕は男性ですよ」
「あっ、ごめん」
 整った優しげな顔立ちと、線の細さからてっきり女性だと思っていた花音は慌てて謝った。
「いえ、よく間違えられますから」
 リュートは苦笑いした後、良かったら家に来ないかと花音を誘った。
「僕の借りている家は……ここから近いんです。そこで雨宿りしませんか……?」
 雨に打たれてすっかり冷え切っていた花音は、有り難くその申し出を受けることにした。
 
 リュートの借りていたのは小さなアパートだった。
 紳士的な物腰と住居のアンバランスさに首を傾げはしたけれど、花音は有り難くお風呂と着替えを借りた。
 花音がお風呂で温まる間に、リュートはコインランドリーに行き、花音の服を乾かしてきてくれた。
「ありがとう。ほんとに助かったよ」
「いえ……大したことはしてませんから」
「ううん、お陰で風邪を引かずに済みそうだし、何より雨に濡れて憂鬱だった気分がどこかに吹っ飛んじゃった」
 花音は礼を言うと、自分の名前と住所をきちんと伝え、無事に家に帰ったのだった。
 
 
 それからリュートは、花音の路上ライブに必ずといって良いくらいに顔を出すようになった。
 にこにこと楽しそうに歌を聴いてくれるリュートの存在に、花音は励まされる思いだった。
 それが続いたある日、花音はお礼を言いたいからと、リュートをドーナッツショップへと誘った。
 
「いつも聴きにきてくれてありがとう!」
「お礼を言うのはこちらですよ。花音さんの歌には未来に向かう力があって、忘れてはならない何かを思い出させてくれるような気がするんです」
「えへ、そう言って貰えると嬉しいな」
 花音は嬉しくなって、自分のことを色々話した。
「ボクね、歌で多くの人に希望を灯すコトが夢なんだ!」
 音楽は心に寄り添い、紡がれていくもの。リスナー皆に笑顔を届けられるようなミュージシャンになるのが花音の夢だ。
「でも……両親はその夢を快く思ってくれてないんだ」
 今の花音は無銘のアーティストでしかない。そんな夢を見るのはやめておきなさいと、両親が諭すのも無理はない。
 そして花音自身も、厳しい芸能界にコネクションも無く進むのが、どんなに困難なことなのか予想は付く。正直、自分の目指す道に迷いがあった。
 自分のことはあまり語らないリュートだったが、花音の話はしっかりと聴いてくれた。
 リュートは花音の瞳の中に何かを見いだそうとするようにじっと見つめ……そして意を決したようにこう言った。
「花音さん、コントラクターになりませんか?」
「コントラクター? なんで?」
 リュートがどうしてそんなことを言い出したのか分からず、花音がきょとんとする。
「実は……」
 そこで少しためらった後、リュートは自分自身のことを話し出した。
 
「僕は地球人ではありません。シャンバラ人なんです」
「シャンバラ人って……もしかしてパラミタ大陸の?」
「ええ。僕は……パラミタに住む下級貴族の妾の子なんです。余裕のない生活の中……母は必死に……僕を育ててくれました。その母が病気で亡くなったことが……地球で暮らすきっかけですね」
 持たない者には過酷な世界を出、リュートは嫌いな父の小さなプライドを利用して、東京に奉公に出る道を選んだ。
 父は上手く厄介払いできると思ったのだろう。放り出すようにリュートを地球へと送りだした。
「東京で僕は、新聞売りの仕事につきました。生活は楽ではありませんが……僕に穏やかな時間を与えてくれたと思います。色々と情報は入りますし、勉強にも困らず……ありがたかったですよ」
 シャンバラ人であることを伏せたまま、シズカに暮らすのも悪くない、そう感じていた。
 けれどリュートは花音の中に輝きを見た。
 まっすぐに夢に向かう意志の宿る瞳、歌に対して誠実なその姿勢。
 応援したいと感じたから、何か手伝えることはないかと考えた。
 それが、自分と契約することだった。
「急にそんなこと言われても……」
 花音の戸惑いを当然のことだと受け止め、リュートは考える時間を取ることにした。
「3日後……ご両親への説明と……契約に……ご自宅に伺います。契約の意思がなければ……迷惑なファンとして……追い返していただいていいですよ」
 
 
 リュートからもらった猶予期間の間、花音はシャンバラのことを調べた。そして、リュートの境遇も考えた。
 契約を受けるか受けないか。
 大きな転機ともなりうる申し出だからこそ、花音は真摯にそれについて検討した。
 そして決めたのだ。リュートを信じようと。
 
 
 返事を聞きにリュートがやってくる日。
 花音は決意を固めていた。
 追い返すという選択はあり得ない。だから、花音は両親に契約をしてパラミタにいきたいのだと話した。
 最初は冗談だと思っていた父母も、もうすぐその相手が説明にくる予定なのだと聞いて黙り込んだ。
 両親とって花音は大切な娘。
 未知の大陸へ送り出すのに躊躇いが無いはずはない。
 だから約束通りにリュートが花音の自宅を訪問したとき、家の空気は重かった。
 
 リュートは正直に、自身の境遇を花音と両親に話した。
 シャンバラの現状を伝える具体的な例にもなると思ったからだ。
 そして花音の両親に深く頭を下げた。
「花音さんを……僕に預からせて下さい。シャンバラの騎士として、命を賭けてお守りします」
 両親は顔を見合わせた。
 リュートに好感は持ってくれたようだが、やはり娘のこととなると両親も慎重になる。
「花音はまだ学生だし……」
「学校でしたら……パラミタに契約者の通う学校があります。それぞれ特徴がありますが……落ち着いて芸を磨くために……イルミンスールが花音さんに適していると思います」
 もう入学希望の学校の目星もつけていていたリュートは、両親にイルミンスール魔法学校について説明する。
「ザンスカールは僕の地元です。それに、イルミンには伝統もあり、安心できる学校ですよ」
 懸命にリュートが説得するうちに、両親の態度も軟化していった。
「君のような人がついていてくれるなら、パラミタに渡るのも悪くはないかも知れないな」
 父親が先に折れたが、まだ母親は渋っている。
「パラミタに渡ることは花音の為になるのかしら。地球で暮らす方が良いんじゃないかと思うんだけど……」
「為にしてみせます。そうですね……3年後を目安に……シンガーソングライターとして、花音さんが広く認知されるようになることをお約束します」
 力強く言い切るリュートに視線を当てたあと、母は花音に目を移した。
「花音、あなたはどうなの?」
「ボクは……ボクはパラミタに行って、もっとたくさんの人に歌を聴いてもらいたい! もっと可能性を試してみたい!」
 はっきりと答えた花音に、この子がそう言うなら、と母親も遂に折れたのだった。
 
 契約を結ぶのなら、自分を花音の義理の兄として認めて欲しいというリュートの願いは、すんなりと受け入れられた。
「これからは、『兄さん』って呼ぶね」
 まだ慣れないその呼び名を、花音は気恥ずかしくも嬉しく口にした。
 
 そして、両親に見守られながら花音とリュートは契約をかわした。
「赤城花音は……夢を叶える原動力として、リュート・アコーディアと契約します!」
「リュート・アコーディアは……赤城花音の……夢を叶える意志を手伝うために……契約します」
 互いに宣言すると、花音とリュートは目をあわせて笑みをかわした。
 
 忙しい準備を経てパラミタに渡り、2人の物語は始まった。
 パラミタ大陸という新たなステージを得て。
 
 
 ■ ■ ■
 
 
 過去の出会いを見終え、花音とリュートの意識は現実世界へと戻ってきた。
 あの契約から2年。
 最近になって、リュートと花音の間に違和感が生じている。その正体をリュートはなかなか掴めなかったが、紆余曲折あって、1つ分かったような気がしている。
 破天荒……この言葉を見落としていたのが原因なのだろうと。
 言葉の意味を、リュートと花音が正しい意味で共有できた時。その時リュートは決めた。
 ――花音を愛そう。
 
 花音には、今はなんて答えていいのか分からないと言われてしまったし、色々と片づけなければならない問題が山積みではあるけれど。
 きっとまた2人は、新たな始まりを迎えているのだ。
 より明るい未来へと続く道の。