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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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 4 ライナス研究所での情報交換

     〜1〜

 チェリー達を中心に、それぞれの情報交換が為される。
 先日、偶然にも全裸を見せてもらったお礼を一言、とやってきた緋山 政敏(ひやま・まさとし)とそのパートナーのリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)、依頼を知って学園に来ていた緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)もチェリーの話を聞こうと集まっている。
(なんだか、すごい団結力を感じますね……)
 口には出さないものの、遙遠は空京から来た皆にそんな感想を抱いていた。困っているチェリーを放っておけない、という霞憐も、真面目に彼女達の話を聞いていた。実を言えば、遙遠はチェリーにはあまり関心が無い。それよりもアクア側に興味があるので、皆からは一歩引いた形だ。
「……そうか、ライナスの研究所に行くのか……」
「……ファーシーにキバタンを送ったのは、お前か?」
 簡単に話を聞き、チェリーは驚いたようだった。その彼女に、ラスはずっと気になっていたことを尋ねる。だが、その質問に答えたのは菫だった。正悟の家で、そのあたりの事も聞いている。
「そう、ガーマルを飛ばしたのはチェリーよ。脚の修理についての情報を知ったアクアが、電話をしてきたの」
 菫もこちら側の事情を説明した。若干、ラスに警戒の視線を送っている。一応和解したとはいえ、被害者と加害者だ。頭では納得していても、気持ちの整理が出来ていなくてまた手を出してくる可能性もある。チェリーも、どこか落ち着かなさげに見えた。リネンのように今の考えを確認してはいないし、まだ油断は禁物だ。
 そして、そう思って見ているからかもしれないが、彼はチェリーから少し距離を取っているように思えた。その実2人共、顔を合わせ難いからという理由であったりするのだが。
「……でも、どうしてキマクの方に行っちゃったのかしら」
「さあ、それは知らねーけどな」
 警戒を察してか、ラスは無愛想に菫に言う。と同時に、内心ではキバタンの名前は結局ガーマルなのかモフタンなのかどっちなんだとか思っていたりする。キバタン自身の決定で、どちらでも正解なわけだが。
「ガーマル……」
 心配になったのか、チェリーは僅かに俯いた。彼女を気遣わしげに見ながら、菫は本題に入った。この為に、わざわざ蒼空学園まで来たのだ。
「それで、エリザベート校長」
「なんですかぁ〜」
「そういうわけで、あたし達も研究所に行きたいんだけど一緒に連れて行ってくれませんか?」
「良いですよぉ〜」
 あっさりとOKが出た。
「目的地が同じなら、ついでですぅ〜」
「…………」
 しかしそこで、チェリーが何かを迷うような表情を浮かべた。彼等と一緒に行動するのに躊躇しているのだろうか、と菫は彼女に発破をかける。
「ほら、自分から助けに行くって決めたんでしょ」
「あ、うん……」
 確かに、ライナス達が完全に安全になる所まで見届けたい、と言ったのは自分だ。だが、これから間もなく警告は届くようだ。更に、別件とはいえ多くの契約者達が研究所に向かい始めている。
 その事実を知った時、脳裏に浮かんだのは――
「なぁ。アクアに会ってみないか?」
 その時、トライブがチェリーに話し掛けた。「え?」と彼女は顔を上げる。
「さっきの話を聞いて思ったんだ。会ってどうなるって訳じゃねぇが、何事にもケジメは必要だろ?」
「……ケジメ……」
「それでどうするかは、チェリーが決める事だ。戦うのか話し合うのか。もちろん、何もしない、会わないって選択肢もある」
「トライブ……」
「大丈夫。チェリーには明日がある。居場所だって、仲間だっている。どんな道を選んでも俺は味方だ。考えるより行動。自分自身の想いを言葉と行動にして全部ぶつければいい」
「…………」
 正に今、彼女が思い浮かべていたのはアクアの顔だった。研究所の方は、人が足りている風に感じる。だが、向こうはどうなのか。ファーシーと決別するのは目に見えていて、その後、アクアはどうなるだろう。このまま、会わないで終わってしまうのだろうか。
 ……それに、実際にどの範囲の者達にまで命令を飛ばしているのか、本人に確認してみたい、とも思った。
 トライブは、チェリーと目を合わせてはっきりと言った。
「チェリー。お前の知ってるどんな現実よりも、俺の言葉を信じろ」
「…………」
 チェリーは彼を見返した。何故か重く、心に響く。全ての煩雑な様々な物事を忘れて度外視し、素直に自分の中に落ちてくる、言葉。
 2人はしばし見つめあい――
 やがて、チェリーは頷いた。
「分かった……。アクアに会ってみる。会って……私はもう、戻らない、従わない、と……言ってみる」
 声を絞り出すようにして言う彼女の顔は、辛そうに歪んでいた。トライブは、安心させるようににっこりと笑い、その頭を撫でた。
「……!」
 びっくりして顔を上げるチェリー。ヴァルの時とは何やら反応が違う。
「心配すんな。チェリーが諦めない限り俺がどんな障害からも守ってやるさ」
「…………え、あ、うん……」
 焦って少し挙動不審になる彼女に、トライブは明るく言う。
「そんで、全部終わったら俺とデートだ! 約束な!」
「…………」
 そこで、チェリーははたと止まった。ふ、と冷静になる。で、でーとって……、だから、こいつ彼女居るんだよな……!? と。
「か、買い物くらいなら……で、デートじゃないけどな」
「?」と、不思議そうにするトライブに、チェリーは律儀に真面目に、そっぽを向いて言った。
「……ほんっっっとに女ったらしなんだから……」
 そんな、傍目から見て振られたんだか進展前なんだか微妙だけどとりあえず雰囲気だけはある2人を、ジョウは完全な半眼を向けていた。そして、その半眼をエリザベートに移して表情を戻す。
「ねえエリザベート校長、チェリーさんの後ろ盾になってもらえないかな?」
「な、なんですか唐突に〜」
 エリザベートは目を白黒させる。
「迷惑かもしれないけど、エリザベート校長の保護があれば寺院も迂闊に手は出せないと思うし、今後の生活も安定すると思うんだ」
「そうね……」
 それを聞いたエミリアも、話に参加してきた。
「校長の1人が後ろ盾になってくれていれば心強いわ。普段はうちで過ごしていますし、あんまり負担にはならないと思います。ただ、何かあった時に協力を仰ぐかもしれませんけれど……ね、正悟」
「ん? ああ……」
 正悟は頷く。流石に、必要なら何でも利用する精神をここで表には出さないが。
「ま、待ってください〜。何度も言うようですけど、私は彼女とは無関係なんですよぉ〜、今、初めて会ったんですぅ。そんなにほいほい受け入れられません〜!」
 まあ、当然の答えだ。というより、正直、エリザベートは展開についていけていなかった。いきなり呼び出され、環菜に恩を売るとかと変な文句で丸め込まれてこの場にいるだけで、前後事情も聞いたばかりで実感が得られていない。で、渋った訳だが……ジョウは「そうだよね」と割合あっさり引き下がった。
「やっぱり、環菜校長とは違うから無理だよね」
「どういう意味ですかぁ〜!」
 環菜という言葉に反応してエリザベートが見上げてくる。しかし、ジョウはもうあさっての方を向いていた。残念そうにため息をついて、呟く。わざとだ。
「ああ、こんな時に環菜校長が居たら何とかしてくれたのに」
「うぅ〜〜〜〜〜〜」
 両手を固めて、エリザベートはうらめしげである。あくまでも目を合わさずにいると、小さい校長が言ってくる。
「即答は出来ません〜、か、考えておきますぅ〜」
 ――勝った。まあ、これだけの台詞が引き出せれば充分だろう。
「エミリア、私……、あ、ありがとう……」
 一方、チェリーはエミリアに向き直ってお礼を言っていた。
「私は、正悟みたいにあなたを守るなんてことは言えないわ。だから、一緒に支え合っていければいいなって思うの」
 そして、そのままの笑顔でエミリアは付け加える。
「……あと、出来れば正悟と契約でもして、正悟が馬鹿した時のフォローというかおしおきも手伝ってもらえると……」
「? 馬鹿?」
 チェリーはきょとんとした。まあ、正悟がおっぱい党の党首をやっていることとかそこら中でリアジュウシネと言っていることを知らないので仕方ないといえるだろう。
 それは兎も角。
「そうだな、契約か……」
 選択肢の一つとしては、あるのかもしれない。そう思いつつ、チェリーは皆に改めて言った。
「アクアは、キマクの古いテナントビルを拠点にしている。アクアに会うなら、行き先を変えることになるが……」
「自分は構わないっスよ!」
「チェリーの行きたい所に、私達は同行するわ。気にしなくていいのよ」
 シグノーが明るく言い、パビェーダもそう声を掛ける。少しでもこうやって相談してくれるのは嬉しいことだ。しかしここで、エリザベートが空気を読まない発言をした。
「キマクまでは行きませんよぉ〜」
 自然と、多くの視線がエリザベートに集まる。だが彼女は、そんなものはどこふく風だ。
「方向が全然違いますぅ〜。短時間に何回もテレポートするのは大変なんですよぉ〜」
 チェリーを護衛する皆は、互いの顔を見遣った。だとすると、引き続きワイバーンを使うしかないが――
「元々、不確定だと分かっていてここまで来たんだし、エリザベート校長がそう言うなら仕方ないかしら」
 パビェーダが言う。ただ、それだと懸念されることもあった。ワイバーンは目立つ。彼等を使っての移動は、アクアにこちらの行動を教えているようなものではないだろうか。キマクに着く前に、何か策を取られる可能性もある。そこで、ライスが提案した。
「公共機関を使ったらどうだ? 無関係な一般人がいっぱい居る環境なら、チェリーへの襲撃も少ないんじゃねーかな」
「そうですね……」
 遙遠が1つの見解を述べる。
「チェリーさんがアクアの命令に従う気がない以上、アクアが別の襲撃者を用意していると想定していた方がいいでしょう。それを防ぐ為には、有効な手段かもしれません」
「僕達にも、何か手伝えることはないか? 必要なことがあれば、なんでも言ってくれよ」
 霞憐が前に出る。何ができるかと聞かれれば弱いが、一緒に居れば、何か頼まれれば、可能な限り手伝いたい。デパートでの騒動のようなことは、もうこりごりだった。
「……私としては、一緒に来てくれるだけで、心強いんだけどな……」
 チェリーもぱっ、と具体的な何かを思いつくわけではない。その中で、考える。
「連中も、人前で無闇に事を起こそうとはしないだろう。でも、公共機関を使ったとして、万一の事があったら一般人を巻き込む事に……」
「自分が囮になるっスよ!」
 そこで、シグノーが陽気に言った。
「同じ獣人っスから、軍用バイクを使って別ルートを行けば、相手が釣られてこっちに来るかもっスからね!」
「……そうだな、情報攪乱を使ってチェリーの正確な移動ルートを伏せれば更に危険は減るだろう」
「これなら、安全にキマクまで行けるっス!」
 ヴァルが同意し、シグノーはやる気満々だ。しかしキリカを除く他の皆は、その案には肯けなかった。獣人とはいえシグノーは少年であり、チェリーとは体格も似ていない。似ているのは耳と尻尾くらいであろう。……色は違うが。
 ぽかんとしている面々に、シグノーはけろっと言う。
「何変な顔してるっスか? 自分、これでも女だから気にする必要無いっスよ?」
『…………!!!』
 衝撃の事実に、一同は大いに驚いた。
「服を交換して、チェリーになりすませば遠目にはバレないっスよ! さあチェリー、服を寄越すっス」
 びしっと腕を伸ばして手の平を差し出すシグノー。
「見事、襲撃者を撃退してやるっスよ!」
「……分かった」
 何か迷っていたチェリーは、その言葉を聞いて決心を固めたようだ。
「で、でも、ここで着替えるわけにもいかないから、向こうで……」
 校舎内を指し示してそちらに足を向ける。
「チェリー」
 政敏は、その途中で声を掛けた。アクアを止める。その意志は強いようだがどうにもふさぎがちな彼女の様子を見て確認したいことがあったからだ。振り返ったチェリーに、彼は訊く。
「アクアを裏切るって事に、罪悪感はあるか?」
 チェリーは少し表情を曇らせ、暫く考えていた。その言葉の意味を、表す感情を。
「……罪悪感、というのとは違うと思う……。だから、無い、かな……」
「そっか」
 答えを聞くと、彼は真正面から彼女に笑いかけた。
「問いに『答え』は出る。だけど、人には『零れる』思いがあるんだよ。それが溜まると……調子狂ってくるから。そうやって言葉に出していくだけで、割とね。楽になる」
「…………」
「体は思いを現すインターフェイス、心は思いを生み出す原動力……ってな」
 茫然と政敏を見ていたチェリーは、ほどなく、こくんと首を縦に振った。外にいた事務っぽい青年――1ページ目の登場依頼空気になっていたコネタントに声を掛け、校舎の中に消えていく。それを見届けると、政敏は隣のリーンに言う。
「さて、ぜんr……俺の用事は終わった。戻るか、リーン」
 だが、リーンは何やら目を輝かせていた。
「『思い』が溜まるねぇ……面白そうじゃない!」
「……へ?」
「機晶姫のエネルギーにも同じ事が言えるのかもね」
 リーンは、先程の政敏の言葉に刺激を受け、研究所関連の方の依頼を思い出したようだ。テクノクラートとしての技術者魂に火がついたのか、彼女はラスの方み顔を向けた。
「ラスさんが募集依頼を出したのよね。私達も一緒に連れてってくれる? 廃研究所っていう所を探索してみたいわ」
「あ、ああ……いいけど……」
 チェリー達の話をすっかり傍観者の体で眺めていたラスは、突然の振りに驚きつつも了承する。
「え? リーン。それって、俺も行くのか? 腕が痛……」
 政敏はまだ、先日チェリーに咬まれた傷が直っていなかった。腕に包帯が巻いてある。その上を、リーンは軽くぺしんと叩いた。痛い。
「そんなもの、気合でなんとかしなさい。行くわよ!」
 はっきりと言い切るリーン。
「気合ねぇ……」
 こうなったら彼女は止められない。痛くない方の手で頭を掻きつつ、政敏はそう呟いた。
「あ、ラスさん、一応電話番号とメルアド、教えてくれる? 何か見つかったら連絡するから」
「……何か、完全に世話役になってるよな、俺……」
 そして、物凄く気が進まない様子で、ラスはリーンと連絡先を交換するのだった。