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第18章 想い溢れて

 土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)は、金 鋭峰(じん・るいふぉん)に呼び出されて、空京の宮殿に来ていた。
 宮殿の警備か何かだと思ってきたが、どうやらそうではないらしく、同僚の姿はほとんど見かけない。
 自分の他には、世話係の女性と、護衛の男性が一人だけついてきている。
(なんだろ? でも団長いるし……人、間違って呼ばれたとか?)
 不安に思いながらも、雲雀は金団長に付き従っていた。
「と、とにかく何かお手伝いできないか聞いてみるのでありますよ」
 雲雀は前を歩く団長を追いかけて回り込んで、何か手伝えることはないか尋ねてみた。
「堂々としていろ。隣にいればいい」
 金団長は厳しい顔つきでそう言い、荷物を預けてきた。
「は、はい」
 どうやら、雲雀の今日の仕事は、護衛件秘書といったところらしい。
(でもなんで、あたしが……。傍にいたいってお願いに、応えてくれた?)
 見上げても、金団長の表情からは何も読み取れなかった。

 夕方。女王との謁見と用事を済ませた後、金団長と雲雀達は教導団へ帰還することになった。
 世話係の女性は弁当の手配に。
 護衛の男性は、乗り物の手配に向かっていき、ロビーには、金団長と雲雀、2人だけになっていた。
 難しい顔つきで書類を見ている金団長を、時折ちらりと見ながら、雲雀は一人考え込んでいた。
(……あたしはただの秘術科士官候補生で、団長は今は国の軍になった教導団の団長で……普段ならこんな近くで話す事もできない人だし、近くにいたってあたしバカだから難しいことは役に立てないんだけどさ……)
 先日、雲雀の「実力も経験積んだら、団長の傍にいさせてほしい」という想いに対し、金団長は「傍にいるというのなら、私の背中を守れるくらい強くなるんだ」と返答をした。
(そう言ってくれたのは嬉しかったんだけど、よく考えたらあたしより強い人なんて教導団にはいくらでもいるんだし……)
 せっかく、今日、声をかけてくれたのに。
 特に自分は役に立てていない。
 もう2度と、声はかからないかもしれない。
 どんなに努力をしても、自分より優れた人……背を守るにふさわしい人は、教導団に沢山いるから。
(……つまり、あたしじゃなくてもいいわけで。……やっぱり、ダメなのかな……)
 まったく自信がなかった。
 どう考えても、自分が認められる可能性はないような気がして……。
「土御門……雲雀?」
「……ぇ? あ」
 名前を呼ばれていることに気づき、雲雀は我に返る。
 慕っている人の傍にいたのに。大切な時間なのに。
 その声も、聞き逃してしまうほどに、深く、雲雀は考え込んでいたようだ。
「す、すみませんですっ」
 言った途端、涙が一筋、雲雀の頬を伝った。
(やだ、団長の前なのに泣いてんのあたし……?)
 雲雀は慌てて涙を拭う。
 だけれど、涙は止まることはなく、流れ続けていく。
「雲雀……どうした?」
 顔を上げれば、金団長が困ったような表情で自分を見ていた。
(やだこんなの、駄々こねた泣き落としみてーじゃん。団長に失望されたくねーのに……)
 そう思っていても、やっぱり涙は止まらない。
 歯を食いしばり、拳を強く握りしめても、止まらなかった。
「気分が悪いのか? 医務室を借りて、休んでいくといい……」
 金団長が手を伸ばしてきた。
 雲雀は首を左右に振る。
「いえ、団長の傍にいさせてください」
「しかし……」
「理由なんてないんです」
 涙を止めることをあきらめて、雲雀は今の素直な表情――感情を金団長に向けた。
「ただどうしても、団長の傍にいたいんです。あたしなんかじゃない方がいいってわかってます。勝手なわがままだってわかってますけど……団長の一番近くにいたいんです」
 彼女の真剣な思いに、金団長は目を彷徨わせていく。
 どうしたらいいのか、わからずに。
 彼は恋愛経験が乏しく、彼女の想いにどう答えたらいいのか、まるで分らなかった。
「おねがい、します……っ」
 泣きながら、切実に訴えてくる彼女に。
 金鋭峰は、伸ばしていた腕を回して、軽く抱き寄せた。
 それから、彼女の頭を軽く撫でて、ちょっと上ずった緊張を感じられる声で。
「拒否は、しない」
 と、言ったのだった。