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第29章 秘密の場所

 空京の外れの、丘の上にある公園からは、バレンタインフェスティバルが行われている街も、見下ろすことが出来る。
 ここは、桐生 理知(きりゅう・りち)の秘密の場所だった。
「ここは一人になりたい時や悩んだ時に来る大切な場所なんだよ。守らなくちゃいけないものを再確認しに来るんだ……」
 理知は今日、同じ学校の辻永 翔(つじなが・しょう)を誘って訪れていた。
「イコンってカッコよくって好きってだけで天御柱学院に入ったけど、この綺麗な景色を一瞬で壊してしまう存在でもあるんだよね。怖さもあるけど責任もある。この景色を守れるのもきっとイコンだから……」
 フェスティバル期間中ということもあり、街の中は装飾やイルミネーション……そして、幸せそうな人々の姿があって、いつもよりも綺麗で、暖かい景色となっていた。
「戦う時はいつもこの景色を思い出すの。私にとって忘れちゃいけない大切なもの」
「そうか……理知は色々、考えてるんだな」
「翔君だって……」
 本当は色々考えているはず。
 だけれど、彼は悩みを打ち明けたりする方ではないだろうから。
 理知はこの景色を見せることで、それが彼の癒しにもなればいいなと思っていた。
(それに、翔君と来たかったし)
 街を眺めている翔の横顔を、そっと眺める。
 街もそうだけれど、今日は彼のいるこの場所の景色も、大切に感じていた。
 秘密のこの場所も、理知にとって守りたい場所だから。
「ホント……戦ってばかりだと、忘れそうになることあるよな。俺も、再確認」
 街を見ながら、穏やかに小さな笑みを浮かべた翔の姿に、理知は安心感を覚えた。
「あっ……」
 全ての景色に見とれていて、肝心なことを忘れてしまいそうになった。
 翔に渡そうと思って、持ってきたものがある。
「バレンタインだから、受け取ってくれたら嬉しいな。甘いものは疲れも取れるって言うし、訓練が終わってからでも食べてね」
「ありがとう。……聡にリア充爆発しろとでも、言われそうだな」
 少し照れながら、翔は理知が差し出したチョコレートを受け取った。
「本当はハート型にする予定だったけど、何故か星型になっちゃって……。学校で渡そうかとも思ったんだけれど、みんないてなかなか難しかったから。冷やかされたら翔君に迷惑かけるし……」
 翔以上に照れながら、理知はそう言った。
「気、使ってくれてありがとう。楽しみに食べさせてもらうよ」
「うん」
 理知は赤くなったまま、嬉しそうな笑みを浮かべる。
 翔は今は包みを開けずに、貰ったチョコレートを大切にしまった。
「あ、夕焼け……」
 太陽が沈みかかり、丘も街も朱色に染まっていく。
 2人は肩を並べて、暖かな朱色に染まる街を眺めていた。
 朱色に染まるのは、この暖かい太陽の光だけでいい。
 力に溺れず、この街を……シャンバラを守っていこうと思いながら。

「今日はありがとう」
 街の電飾の光が賑やかになり。
 丘に降り注ぐ光が、月の穏やかな淡い光だけになった時に。
 理知は目を細めて翔にお礼を言い、ちょっとだけ小首をかしげた。
「また、誘ってもいいかな?」
 翔は軽く息をついて理知を見つめて。
「勿論、また来ような」
 と、微笑んだ。