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第52章 後ろから隣へ

「どうぞ」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、保温水筒に入れてきたホットチョコレートをカップに注いで、隣に座る人物――ティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)に差し出した。
「ありがとうございます。戴きますわ」
 ティセラは温室の高価な花のように、整っていて美しい微笑みを浮かべた。
 カップを両手で包んで、手を温めながら。
 彼女が目を向けるのは、道を歩く人々。
 幸せそうな恋人達だった。
 人々を見るティセラの目は、とても暖かい。
 そんなティセラの様子に、祥子は弱い笑みを浮かべた。
 自分の分のホットチョコレートも注いで、同じように両手でカップを包み込み。
 同じように、人々の姿を見る。
 息抜きをしようと誘ったのは、祥子の方だった。
 この大きな公園には、屋台が立ち並び、催しもいろいろ行われていた。
 噴水の傍では、大道芸人が、風船を使った芸を見せている。
 カップルだけではなく、子供達も母親と一緒に立ち止まって目を輝かせて楽しんでいる。
 祥子とティセラは、そんな多くの人々からは少し離れて。
 公園内の歩道脇のベンチで、今は休憩中だ。
 ティセラが人々を見る目は……なんだか、子供を見守る親の目のようだった。
 子供達が楽しむ様子を、遠くから見守って。
 何かがあれば、すぐに駆けつけ、危険から守り。
 何もなくとも、子供達の為に子供達には見えない場所で、自ら言うこともなく、守るために働いている。そんな、親の目のようだった。
「同じことをするにも、過去の罪を償うためではなく――」
 ホットチョコレートで温まりながら、ゆっくり時を過ごし。
 祥子はティセラに語りかけていく。
「紅白歌合戦でアムリアナ様が仰ったように、『アムリアナの意志は、願いは、途切れることなく引き継がれている』だからその願いを叶えるためにして……償いはその結果ついてくる」
「罪は償い続けなければなりません。わたくしはそうあらねばなりません。これはわたくしだけの問題ではないからです。被害に遭った方全てがわたくしを許すと仰ったとしても……それは本心ではないでしょう。わたくし達がしてしまたことは、許されぬことなのです」
 だけれど、とティセラは言葉を続けて、祥子に目を向けた。
「祥子さんの今の言葉。願いを叶えるため……その理由も、持つことにいたしますわ」
 ティセラの言葉に、祥子は切なくなってきて。
 僅かに眉を寄せて、視線を下に移した。
「歴史の影に生まれた十二星華ではなく、燦然と輝きシャンバラを照らし守護する十二星華として歩んで欲しい。そして自分一人で背負いこまず、セイニィやパッフェルに限らず周囲の人を頼ってほしい」
 独り言のように、そう口に出した後。
 祥子は顔を上げて、切なげな目でティセラをまっすぐに見た。
「勿論、私も……いや、他の誰よりも頼ってほしい」
 ティセラの手をとって、握りしめて、自分の胸の前に引っ張って――。
 貴女を大切に思っていると、想いを彼女に注ぎ込むかのように、抱きしめた。
 『一緒に歩こう』と言いながら。
「これからは貴女の事、様付けでは呼びません……新しい時代には新しい関係を」
 真剣にティセラを見詰めて、意を決して祥子は言葉を続ける。
「だから、これからは呼び捨てにします。ティセラ、と。上司や部下でなく、友としてティセラを支えたい」
 ティセラは穏やかな目で、祥子を見ていた。
 祥子は手の震えを隠すかのように、さらにティセラの手を強く握りしめて。
「そのつまり……私と友達になってください!」
 そう、大きな声で言った。
 ティセラの返事はすぐに返ってきた。
 「はい」と。
「祥子さんは、いつもわたくしの後ろにいてくださいましたね。わたくしは、あなたや、わたくしを慕ってくださる方に、恥じない生き方をしなければなりません。ですが、貴女には後ろにいていただくより、隣にいて欲しいと思っていましたわ。わたくしは、もっと前からあなたと、お友達になりたかったですわ」
 そう、ティセラは微笑みを見せて。
 祥子の手をもう一方の手で握り返した。
「うっ……ううっ……」
 感動で、祥子の目から涙が零れた。
 ティセラが手を祥子の肩に回した。
 途端、堰を切ったように涙をあふれさせ、祥子は声を上げてティセラにしがみついて泣き始めた。
「これからは、肩を並べて歩きましょう」
 ティセラのその言葉に、祥子は泣きながら何度も何度も頷いた。