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手を繋いで歩こう

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第9章 伝えよう…

拝啓、ジェイダス様へ

先日は私の絵を見に来ていただき有難うございました
本当に嬉しかったです…
あの頃から私の絵は成長したでしょうか?
まだ自分の実力に満足していませんが、やっぱりジェイダス様の
評価が気になってしまいます
弱気な一文お許し下さい

話は変わりますが、私は精霊都市イナテミスである作品を手掛けています
トリック・アートというものです、ご存知でしょうか?
まだ完成には程遠いですが、完成できたら見に来て下さい!
その時はまたご連絡させていただきます
それでは、長文失礼しました

PS
まだ肌寒い季節です、お体を大切に…

アスカ


「……よし! 送信完了〜♪」
 空京の喫茶店で、師王 アスカ(しおう・あすか)は、ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)へメールを送信した。
 今月は先月と違い、絵を展示してもらってはいない。
 アスカがここを訪れたのは、パートナーの蒼灯 鴉(そうひ・からす)に誘われたからだった。
 ホワイトデー大感謝祭の加盟店の中に、良い画材を販売している店がある。
 画材の一つが切れかけていることに気付いた鴉は、その店に一緒に行こうとアスカを誘ったのだ。
 鴉はアスカを好いている。
 告白も既に済ませているのだけれど、アスカから返事はまだもらっていなかった。
 だから2人の距離は、恋人ほど近くはない。
 触れることも、手を繋ぐこともなく、一緒に買い物をしていた。
(まだ答えは……だしてないんだよな。バレンタインでも色々あって、チョコレート渡せずに終わっちゃたし)
 街にはカップルの姿が多い。
 若者達の姿を見ながら、アスカは軽く息をついた。
(私達浮いている感じだろうなぁ。それとも……カップルに見えてる?)
「おい、アスカ」
「……ん?」
 ぼーっと考え込んでいたアスカは、鴉に呼ばれて振り向いた。
「今日だけ……一日彼女になってくれねえか? せっかくだからやってみたいしな」
「え!?」
 鴉が指差しているのは、抽選会場だった。
 カップル限定でガラガラを回すことが出来るらしい。
「あ……抽選ねぇ」
 アスカはふうと息をついた。
 何故だか少しだけショックを受けていた。
 くすぶった感じがして、気持ちが悪い。
 右手には荷物を持っているけれど、左手は空いていて。
 寂しさも感じる。
(自分から手を握ってみようかしらぁ……? 今は彼女だもん、いいわよね〜??)
 そう思いながら、そっと手を伸ばして彼の手に触れた。
 でもすぐに、アスカは手をひっこめてしまった。
(今繋いだら、抽選の邪魔になっちゃうかな〜……)
「よし、行くぞ!」
 鴉は抽選券を叩きつけるかのように、テーブルに置いて、ハンドルに手を伸ばした。
 ゆっくりと、抽選券の枚数分だけ、ハンドルを回していく――。
(いいもんでも当たったら、アスカを誘える口実ができるんだがな……)
 念じながら、1回、2回とハンドルを回し、玉の色にため息をついていく。
 ほとんど5等の白だ。
 だけれど、一つだけ、色のついた玉がある。
「赤色は、なんだ!?」
「おめでとうございます。3等です。ヴァイシャリーゴンドラクルーズペアチケットを贈呈いたします!」
「おおーっ! やったぜ」
「やりましたねぇ、おめでとぉ」
「2人で当てたんだろ。えっと……楽しみだな!」
 鴉のそんな言葉に、アスカは微笑んでこくりと首を縦に振った。
 それから、もう一度手を伸ばして、今度はちゃんと鴉の手を握りしめた。
「え……っ」
 鴉は驚きの表情を見せる。
 アスカは顔をほんのり赤く染めて、微笑みを浮かべた。
 彼女の手の感触は、とても柔らかくて。
 その表情に、胸が掻き乱される。強く、魅かれてしまう。
(……反則だろ、その表情)
 魅かれても、鴉の方からできることはない。
 既に想いは伝えてあるのだから。
「えっと……」
 アスカは鴉を見詰めながら、心臓を高鳴らせていた。
 ジェイダスを傍にした時の高鳴りとは違う高鳴り。
(私……鴉の事、好きなんだ)
 今日一日で、はっきりと気づいていた。
 もう、答えを出してもいいかもしれない。
 答えを渡そうと、アスカは意を決していく。
 呼吸が苦しくて、言葉がなかなか出てこない。
 だけれど鴉だって、自分に想いを伝える時は、同じような気持ちだったはずだ。
「私……」
 鴉は、アスカの言葉を静かに、真剣な表情で待っていた。
 アスカは呼吸を整えて、言葉を続けていく。
「鴉のこと……好きだと、気づいたの。お返事遅れて、ごめんなさい」
 繋いだ手が振りほどかれるのではないかと。
 既に、他の誰かに目移りしてはいないだろうかと。
 不安を抱きながら、アスカは鴉の答えを待っていた。
 ほんの数秒なのに、
 数時間に感じるほど、長い時だった。
「そんなの……決まってるだろ」
 鴉はアスカの手を解いたけれど、空いた彼の手はすぐに、アスカの後頭部に当てられて、僅かに引き寄せられた。
「やっとくれたな……俺の、欲しかった言葉」
 心に響く、声だった。
 アスカはもう何も言えなくなって、ただ、首を縦に振った。
 しばらく見つめ合った後。
 照れくさそうに互いに微笑んで。
 一緒に赤くなって、一緒にうつむいて。
 また手を繋いで、歩き出した――。