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Zanna Bianca II(ドゥーエ)

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Zanna Bianca II(ドゥーエ)

リアクション


●4

 竜巻のような猛吹雪が、数分間暴れ狂ったのちようやく収まった。
 視界は一変していた。まるで、あらゆうるものをリセットしたかのようであった。自分たちがいた痕跡はすべて消えた。かすかに顔を出していた岩や地は、白いものに覆われ尽くしていた。雪を避けるため隠れていた木も、すべての枝に白いものを積もらせていた。
 純白に帰したフィールドに立ち戻ると、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は凍てつく大気を胸一杯に吸い込んだ。ぴりぴりした冷気が舌を刺し、肺に結晶が張るかのように思うも、それは決して不快な感触ではなかった。
(「やはり雪は好きだ。冷たくて気持ちがいい」)
 故郷に戻ったような気がする。グラキエスにとっては、酷暑の世界のほうがよほど暮らしがたいのだ。吹きすさぶ雪も、零度を下回る気温も、すべてが自分のためにあるようにすら思った。

 元々は、パートナーのエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が、「グラキエス様、連日の暑さで参っているご様子ですね。いかがでしょうか。保養を兼ねて、雪山での復興作業に参加してみるというのは?」と持ってきた話である。
 それは良い、とグラキエスは愁眉を開いた。
「暑さで参っている体力が回復できそうだな。それに、安静にし過ぎていると魔力が停滞して逆に浸食が激しくなりかねない」
 だが、「雪山か……」それを聞き、ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)が何か言いたげな口調になったものの、結局彼は言葉尻を濁すにとどめた。
 かくて、鎧化したアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)を装備した状態でグラキエスはヒラニプラの地を踏んだのである。
 到着してしばらくは、村で教導団に混じって復興作業を手伝った。凍てついた空間での作業は思った以上にグラキエスの体に味方し、体を動かすことも奏功してみるみる彼は体力を取り戻していった。
 ところが二日目の朝である。雪崩防止の柵を組んでいたゴルガイスは、グラキエスが作業の手を止め、山の彼方を見ているのに気づいた。
「どうかしたか?」
「……」
 グラキエスは応えなかった。にわかにゴルガイスは、胸に黒いざわめきを覚えていた。(「まさかグラキエス……やはり雪山に来るべきではなかったか!」)
 グラキエスは自身の過去を喪っている。意図的か、無意識か、それはゴルガイスには判らない。いずれにせよグラキエスにとって、過去は曖昧な記号や図式が少しだけ半端に描かれた白紙同然のノートに過ぎないのだ。しかしゴルガイスは彼の過去を知っている。知っていて、それが戻る日を恐れている。
 あの研究所も、こんな雪山に隠されていた――その言葉がゴルガイスの脳裏を去来したそのとき、
「あれは、狼か?」
 うわごとのようにグラキエスは呟き、次の瞬間には自分で組んだ柵を飛び越え、疾風のような速度で山に駈け込んでいたのである。
「待て!」ゴルガイスは追わんとするも、作業道具が邪魔して走れなかった。
「グラキエス様、まだそこまで無茶をする体力は……」エルデネストも動きかけたが、やはり間に合わなかった。
 かくてグラキエスは、赤い疾風のように二人の前から姿を消したのである。白い山に飲み込まれるようにして去ってしまった。
「しかし……行くべきだったかもしれん……」ゴルガイスは呟いた。これは雪山行きを決めた時点から、定まっていた運命のようにも思った。それに、ゴルガイスは目にしていないが、彼が「狼」と口にしたことも気になった。たしかにグラキエスの過去には、狼の姿をした機晶犬が大きく関わっているのも事実なのだ。
「心配しすぎる必要はないでしょう。何かあれば私は『召喚』されるでしょうし……」エルデネストは頷いてみせた。しかしその唇には、薄笑みが浮かんでいるのだった。「さて、次はどんな姿を見せてくださるんでしょうね。ふふ……」

 かくて単身、グラキエスは山中を彷徨っているのだ。
 何を求めての歩みなのか、自分でもよくわかっていない。しかしこの雪山を歩き、探さなければならないという強い想いがあった。
 いや、グラキエスが『単身』というのは間違いだ。彼の着る魔鎧はアウレウスなのだから。
「ゴルガイスとエルデネストを忘れていた。良かっただろうか……」という主の声に鎧は応じる。
「主よ、善し悪しの判断は控えたく思う。衝動的に飛び出したことも咎めますまい。されどやはり、一旦狼は後回しにしていただき、適度な場所で落ち着くべきでは」
「仕方ない。勝手に飛び出した挙句遭難したら怒られるどころでは済まされないからな」
 まずは休息場所を求めるとしよう。しかし、探索をとどまるつもりはグラキエスにはなかった。
 アウレウスは見なかったと言う。ゴルガイスとエルデネストも気づいた様子はなかった。あの場でともに作業していた人間はすべて、気づかなかったのだろうか。
「だが……」
 だがグラキエスは確かに見たのだ。狼の姿を。